第27話〜宵闇の微笑みと苦悩〜
「今日は満足感のある一日だったね!」
「すごく楽しかったです…!」
「ただいまー」
教会の扉を開くと、マーヤが修道士服を着て働いているのが見えた。小さな手で一生懸命何かを運んでいる姿がなんだか微笑ましくて、私は思わず足を止めて彼女を眺めていた。
「お疲れ様、マーヤちゃん」
私たちが声をかけると、マーヤは顔を上げ少し驚いたような顔をしてからすぐに笑顔になって私たちの方に走ってきた。
「…ルナさん、リーゼさん…!おかえりなさい…!」
マーヤの笑顔はまるで太陽みたいに明るくて、その笑顔を見るだけで今日一日の疲れが吹き飛ぶようだった。
「はい、これ。お土産ですよ」
リーゼが黄色の熊のぬいぐるみを差し出すと、マーヤは目を輝かせてぬいぐるみを受け取った。
「…可愛い!これ、私にですか…?」
マーヤは熊のぬいぐるみを大事そうに抱きしめると、感激したように何度も頷いていた。
「そう、私たちとお揃いなんですよ。ルナさんがピンク、私は青。マーヤには黄色が似合うかなって思って、ルナさんと一緒に決めたんです」
リーゼが説明すると、マーヤはさらに嬉しそうに目を細めた。
「ありがとうございます…!すっごく嬉しい…!大切にします…!」
マーヤはそう言って、ぬいぐるみを抱いたまま静かに喜んでいた。。そんな彼女の姿に、私とリーゼも自然と笑みがこぼれたのだった。
―――――――――――――――――
その日の夜のこと。私は宿屋の窓から星空を見上げる。明日からもまた、私たちの旅は続く。
「お母さん。私、もっと強くなってみんなを守れるようになるよ。だから見ていてね」
その日の夜、マーヤは熊のぬいぐるみを抱いて眠っていたと後日リーゼから聞いた。彼女がそれをどれだけ大事にしているのかが伝わってきて、私は目頭が熱くなるのだった。
*
「報告します!」
窓から月明かりが差し込む美しい街のとある場所で、ワイングラスに入った赤い飲料を嗜んでいる男がいた。そこに一人の白衣を羽織った男が男は慌ただしい足音を響かせながら、勢いよく部屋に駆け込んできた。教団トップが静かに晩酌を楽しんでいたその時だった。
「五月蝿いぞ。何用か」
「はっ、大導士様。報告したいことがございます!」
「よい、話してみよ」
彼の前に立つ男の声には、かすかな震えが混じっていた。
「――拠点が襲撃され、重要な研究資料が一部消失、更に襲撃者に奪われました。そして器の少女『マーヤ』が消息不明となりました」
「ほう?」
「目撃者によると、襲撃者は『謎のステッキを持った者』だそうです」
『謎のステッキ』という言葉を聞いた瞬間、大導士の脳裏に遠い記憶が蘇ってきた。数十年前、彼の師である厄災の魔女あるいは創始者である一人の少女が語った言葉があった。
――――――――――――――――――
『私ね、魔法少女に憧れていたの。絶対なる悪を可愛らしい少女が借り物の異端の力で断罪していく。その姿に私は胸を躍らせていたわ』
『魔法少女ですか?』
『そう!可愛らしいフリフリの服を身につけ、謎のステッキを振り回して魔法を行使し悪を皆殺しにしていく。ふふふっ、堪らないわ!そう…。私にそんな力があれば…ふふふっ…ふふふふっ!』
『し、師匠…?』
『こほんっ、すまないわね。どうしても滾ってしまうのよ。えっと、本題はなんだったかしら?まあ良いわ。憧れの魔法少女にはなれなかったけれど、今の私には…』
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彼女が語ったその言葉は、まるで風に流れるかのように大導士の胸の奥に深く刻まれている。その答えは今もなお、心の底で冷たい炎のように燃え続けている。
「魔法少女、か…」
厄災の魔女が憧れていた存在、それに似たようなモノが現れた。これは由々しき自体である。
「その者は魔法を扱っては来るが、私たちの理解の範疇を超える物だと知れ」
「は、はいっ!」
大導士は静かに、そして重々しく命じた。
「その存在を徹底的に追え。そして情報を集めろ。その正体を突き止め、いかにその力が生まれたのかを解明するのだ」
「かしこまりました。して、便宜上でも名前をつけるべきでしょう。何に致しますか?」
「魔法少女、で良い。いや、それ以外はあり得ない」
「はっ、わかりました」
報告者は頭を下げたが、まだ別の報告が残っていた。
「もう一つ、ベディヴィアの件についてですが…」
「ベディヴィア?」
大導士は眉をひそめる。その名前に覚えはなかった。
「はい、彼は次期円卓候補として各方面で期待されていましたが、天使との戦いで命を落としました」
「ベディヴィア…そんな奴がいたのか」
大導士は冷たく言い放つ。報告者は困惑しながらも説明を続けた。
「彼は星骸の呪いに関する研究で大きな成果を上げ、円卓入りが期待されていました。しかし…魔法少女と天使に倒されたと報告が上がっております…」
だが、大導士の関心は薄かった。彼の顔には無関心な表情が浮かんでいる。
「円卓に座す者は十二人。これ以上増やす必要はない」
報告者は口を閉じるしかなかった。教団トップの意向は明確だった。円卓に加える必要のある者などいない。厄災の魔女の復活という目的に向けて、十二人の円卓は十分であり、それ以上の存在は不要だ。
「だが、天使に敗れたというならばそれは教会との対立が激化している証拠だ。ベディヴィアが何者であれ、教会は我々の敵だ。我が師を封印した諸悪の権化だ。戦争に備えろ。教会との戦いは避けられぬ」
「承知しました。それと…」
「…まだあるのか…?」
「はい…。新たな呪いの適合者を発見したとの報告が…」
「なんだと!?それは誰だ!」
「リーゼヴェルデ・セレスティア、魔法少女のお気に入りの修道士のようです。彼女、異質でしたよ。星骸の呪いを錬金術を用いて他の子供から取り出し過剰に彼女に取り込ませていたのですが、暴走する気配もなく…」
「確かにそれは異常だな。何かしらの影響が出るはずなのだが…。ならば、魔法少女に向けて刺客を送り出してその少女を回収せよ!魔法少女が厄災の魔女の言っていた通りなのかも確認しなければ…!」
「承知しました」
報告者は最後に一礼し、部屋を出て行った。大導士は、一人静かに考え込んだ。目の前に現れた新たな脅威――"魔法少女"の存在。絶対悪を容赦無く断罪してくる脅威、そして教会との戦いもまた避けられないことがはっきりとわかっていた。
「カヤ・ナナホシ…。セブンスター王国と教会側の正義の英雄、星の導き手を冠する星の魔女という二つ名を持つ女。奴をなんとかしなければ。復活が果たされたとしても再封印、あるいは討伐されかねん…。どうしたらいいんだ…」
大導士は目頭に鈍い痛みを感じ、目を瞑った。厄災の魔女の復活に向けた計画は進行している。しかし数多の障害が立ちはだかっている。教会の動きや魔法少女の存在、星の魔女への対処。重量級の課題に頭を悩ませながら男はトマトジュースを飲み干すのだった。




