第24話〜買い物と道標(前編)〜
病院を出た私たちは、冷たい風が頬を撫でる街並みをゆっくりと歩き出した。リーゼの表情はどこか曇っていて、さっきの診断が心に重くのしかかっているのが分かる。医者の言葉が、頭の中でまだ反響していた。星骸の呪い、侵食の危険、それらは聞き慣れない不安な響きだった。呪いなんて、物語や伝説でしか聞かないものだと思っていたのに。
「リーゼ…?」
私は、心配そうなリーゼの横顔をちらりと見ながら、どう声をかければいいのか迷っていた。星骸の呪いなんて、自分自身でも理解しきれていないし、回復力が高いなんて言われた自分もどう受け止めればいいか分からない。だけど、考えすぎても仕方がない。今は目の前のことに集中するしかない。
「リーゼ、大丈夫?」
私はできるだけ柔らかい声で彼女に話しかけた。
「…はい、なんとか。でも、なんだかまだ実感が湧かなくて。あんなこと言われたら…」
リーゼは力なく笑う。その姿を見て、私は彼女の手をそっと握った。
「気にしないで、きっと何とかなるよ。精神を塗り替えられなければリーゼはこれからどんどん強くなるってことだし!」
「あはは…中々の理想論ですね…。でも、ポジティブに考えることは悪いことじゃありませんよね」
私の言葉に、リーゼは少しだけ表情を和らげて頷いた。私たちはいつも一緒だったし、これからもきっとそうだ。だからこそ、乗り越えられると信じていた。
「それに、今日はお買い物の約束してたでしょ?あまり暗い顔してたら、あの人に心配されちゃうよ」
私は軽く冗談を交えて言うと、リーゼは少しだけ笑みをこぼした。
「そうだね、彼女に頼りっきりになっちゃいますけど、今日は楽しみましょう」
そう言いながら、リーゼも少し前向きになってくれたみたいだ。私たちは、気持ちを切り替えて合流場所である噴水広場へと向かった。
*
昨日の話だ。無事に任務を終えた私たちは、祝勝会の席に招かれていた。宴会場は華やかで、豪華な料理と美味しい飲み物が次々に運ばれてきた。冒険者たちが集まり、笑い声と歓声が絶えなかった。私はそんな賑やかな雰囲気に少しだけ浮かれていたけれど、ふと、少し離れた席で一人静かに壁に寄りかかっている女性に目が留まった。
「ああ、そうだ。ふふっ…それは可笑しな話だな。わかった。以上、通信終わり」
彼女は黒っぽい紫の長い髪を持ち、その瞳は紅と翠のオッドアイの他のどの冒険者とも違う冷たい美しさを纏っていた。白いシャツに黒のスカート、紫のローブを羽織っていて側から見ても美しい女性だというのがわかる。彼女の右の額には一本の角が生えていた。見た目はクールで、誰にも気を取られずにじっと宴を眺めている様子だった。
「リーゼ、あの人に声かけよう?」
「えっ…あの人にですか…?」
「うんっ!いいから行こっ!」
リーゼが近寄り難い雰囲気を醸し出している女性に怯えている中、私たちは声をかけた。彼女はゆっくりとこちらに視線を向けた。紅と翠の瞳が私たちを捉え、鋭いけれど冷静な表情で静かに頷いた。
「こんにちは!先日はどうもありがとうございました」
「魔法少女ビビット・マジカ。いや、今はルナ・ナナホシと呼んだ方が良いのかな?」
「ルナちゃんって呼んでください!」
「はあ…だからちゃん付けは苦手だと…」
「あ、紹介します!この子がリーゼ、私の今回の依頼の最重要人物!」
「は、はじめまして…!リーゼヴェルデ・セレスティアです…!よろしくお願いします」
「よろしく。リコリス・アマリリスだ。今日の主役二人に声をかけてもらえるとは光栄だ」
彼女は低く澄んだ声で名乗った。その一言には力がこもっていて、彼女の強さが滲み出ているようだった。
「そういえばリコリスさんの武器珍しいよね。刀っていうの?」
私は興味津々で彼女の腰に差した刀に目を向けた。
「そうだ。セブンスター王国では見かけないかもしれないが、私にとってはこれが最も扱いやすい武器だ」
彼女は淡々と答え、刀を軽く撫でた。その動作からは彼女がどれほどこの武器を信頼しているかが伝わってきた。
「ふむ、貴殿たちが悩んでいることを私が当ててみせよう」
「えっ…中々急ですね」
「子供が悩んでいることくらい大人はわかるものさ。さて、まずはルナさんから」
「は、はいっ」
リコリスさんは目を瞑り、神に祈るが如く手を合わせる。これで私の悩んでることがわかるんだろうか。
「ふむ。ルナさんは強くなりたいけど、強くなる為に何をするべきかが不明瞭のようだ」
「嘘、当たってる!」
「ふん、私は大人だからな。子供の悩みくらいわかるさ」
「では私のことも見て欲しいです…!」
「良いだろう。リーゼさんは…」
そう言うと再び目を瞑った。賑やかな宴会の席での瞑想、騒がしすぎて集中出来るのだろうか。そう思っているとリコリスさんが口を開いた。
「リーゼさんは、これから冒険者として旅に出る為に準備すべきことがわからない。といったところだろうか?」
「は、はいっ…合っています…!」
すると突拍子もない言葉が飛び出してきた。
「いいだろう。貴殿たちが旅に出るなら、準備はしっかりしておく必要があるな。防具や道具が必要だ。それに、二人は女の子としての嗜みも知らないと見える」
「つまり?」
「明日、女の子としての休日の過ごし方を教えよう。そして、旅の準備も済ませてしまおう」
リコリスさんはそう言ってくれた為、現在私たちはリコリスさんとの待ち合わせ場所である噴水広場に来ていた。
「お待たせ!待った?」
「いいや、今来たところだ」
「おっ、リコリスさんわかってるねえ〜」
「私は大人だぞ?貴殿らが想像してる年齢より遥かに長生きしている」
「亜人種って長命だとは聞くけど実感湧かないなぁ〜」
「私に関しては他の亜人種とは違って肉体的年齢はあまり変化しない体質なんだ。理解してくれ」
「わかりました!それで、今日はどこにいくんですか?」
「まずは私服からだな。その格好で休日を過ごすのはナンセンスだ」
「そうですか?」
「冒険者としての服、そして修道士としての服。仕事着は仕事の時に着るものだ。休みの日なら、それ専用の服に着替えなくてはいけない。ではいくぞ」
私たちはリコリスさんに連れられ商業エリアの大通りを歩いていた。衣装店や防具店が立ち並ぶ通りは人で賑わい、活気に溢れていた。リコリスさんは私たちの一歩前を歩き、黙々と案内してくれる。その背中には信頼と安心感が滲んでいた。
「まずはここだ。店の名をシャルル・ド・マーニュ。セブンスター王国の有名七都市に大規模な店を構え、各小都市にも小さいながらも店を構えるアパレルブランドだ」
「可愛い服が沢山…!」
「気に入ったかな?では入ろうか」
「いらっしゃいませ〜」
扉を開けると可愛らしい服を着た店員さんが出迎える。店内には様々なデザインの服が並んでいて、冒険用の機能性とおしゃれさを兼ね備えたものが多く揃っている。リーゼは店に入るなり、色とりどりのドレスやチュニックを見つけ、目を輝かせていた。
「ルナ、見てください…!このフリル付きのワンピース、可愛いです…!」
リーゼが一着のピンクのワンピースを手に取って嬉しそうに見せてきた。
「うん、すごく似合いそう。リーゼの雰囲気にぴったりだよ」
私は笑顔で応じる。リーゼの楽しそうな様子を見ていると、私まで嬉しくなってくる。
「動きやすくて、可愛いなんて最高ですね…!これに決めました!」
リーゼは満足そうにそのワンピースを手に取り、私は自分の服を選び始めた。私は少し控えめな色合いの、動きやすそうなピンクのセーラー服に目をつけた。デザインはシンプルだけど、細かな装飾が施されていて上品だ。
「リコリスさん、これどうかな?」
私は選んだセーラー服をリコリスさんに見せてみた。
「悪くない、似合っているぞ。セーラーに合わせるならこのブーツがいいんじゃないか?」
リコリスさんは静かにそう言って、私たちの選んだ服をチェックしてくれた。彼女のアドバイスを聞くと、選んだ服がますます気に入ってくる。
「お買い上げありがとうございました!」
「リコリスさん、楽しかったです!それにおしゃれとか私したことなかったから、新しい知見を得られました!」
「私も基本出かける時も修道服だったので、新しい服を買えて良かったです」
「なら良かった。私も良い買い物を出来たからな。では次の店へ行こうか」
次にリコリスさんに連れられて訪れたのは、防具店だった。
「ここの店は動きやすくて、かつ耐久性のある素材で作られた軽めの防具をメインで売っている。私のこの防具もここでオーダーメイドしたものだ」
「いらっしゃいリコリスさん、また新しい防具か?」
「いや、新人たちに良い防具を進言したくてね。良い商品を頼むよ」
「わかった。二人ともジョブはなんだい?」
「魔法使いと、修道士と言ったところだ」
「ならうちの店の商品が大正解だな。何個か持ってくるからそれから選んでくれ」
長耳で髭を蓄えたお爺さんは商品を複数個持ってきてくれた。どれも軽そうで動きやすそうだ。
「ふむ、これがいい。魔法耐性も物理耐性も施されている。同じものは二つないのか?」
「同じものは作れねえよ。但し、似たような物は作れる。能力的には同じだが、性能面がどうもブレちまうんだ。こっちは魔法耐性が、こっちは物理耐性が高い数値を出している」
「なるほど。なら物理耐性が高い方をルナさんに、魔法耐性が高い方をリーゼさんに装備させた方が良いだろう」
「リコリスさんは良くしてくれるから少し値引いてやるよ」
「ありがとう。また良い素材が手に入ったら渡しにくる」
「そろそろ渡す、じゃなくて売るにしてくれよ。あんたの負担分でかいだろう?」
「良いんだ。その分良い品を安く売れるのだろう?」
「そういうことじゃねえんだけどなぁ」
「だから今日も値引かなくて良い。定価で買おう」
「わかった、定価の価格で請求させてもらう」
そう言うとリコリスさんが全額支払ってくれた。何故わざわざ私たちのためにそこまでしてくれるのだろうか、そう私は思った。
「ありがとうございますリコリスさん!」
「良いんだ。大事に使うんだぞ」
私たちはリコリスさんに改めてお礼を言うと、リコリスさんは照れ臭そうに次の店へと連れて行ってくれるのだった。




