第20話〜傷だらけの英雄〜
ベディヴィアの手の中で邪悪な炎を放っている剣はまるで劫火を纏い、周囲の空気すら歪ませるほどの熱を放っている。その炎は左腕をも侵食していた。
「これが俺の武器、魔剣ファフニールだ。闇と炎、その両方を支配する武器だ」
「それにしては左腕が燃えてるけど?」
「心配してくれているのかな?大丈夫だよ。俺の左腕は隻腕でね、義手をつけてるんだ。魔剣の代償をキャンセルできるよう調整されている」
「チートすぎる…」
ベディヴィアは誇らしげに言いながら左肩に羽織っていたローブを脱ぎ捨て剣を掲げる。そこには異形の腕があった。肩にある炉心が動き始めると剣からは灼熱のオーラが吹き出し辺り一面に広がった。熱が増幅され、周囲の温度が一気に上昇する。刀身から放たれる炎は、まるで生き物のように蠢きながら、剣の動きに合わせて自由自在に形を変えるように見えた。
「ファフニールは、ただの剣ではない。この剣は竜の力を宿しており、振るうたびにそのエネルギーを解き放つ。触れるもの全てを焼き尽くす灼熱の炎だ。覚悟しておけ、魔法少女ビビット・マジカ。この剣の前に立つ者は、必ずその身を灰に変えることになる。その真髄思い知るがいい、レクイエム・ファフナー!」
魔剣ファフニールが炎を纏いて私に向かって振り下ろされる。その圧倒的な力が空気を震わせ、剣圧と豪熱が襲いかかってくる。ベディヴィアの力はまさに暴力そのもので、心許ない二振りの短剣では受け流すことが精一杯だった。剣が振り下ろされるたび、私はギリギリのタイミングで体を捻り、攻撃のチャンスを伺う。
「今ならいける!」
ベディヴィアの攻撃の隙をつき、一瞬のチャンスを見逃さず、私は彼の懐に飛び込んだ。これなら――そう思った矢先、ベディヴィアの口元に不敵な笑みが浮かんだ。
「秘技、オルターネイション!」
その言葉と共に、魔剣ファフニールが斬り上げられる。袈裟斬り、今まで振り下ろす攻撃のみだった為この攻撃は予測できなかった。私は短剣を構えて防御を試みたが、二振りの短剣はあっという間に砕け散った。衝撃が私の腕に伝わり、手首が痺れて動かない。体が一瞬、まるで凍りついたかのように硬直してしまった。
「くっ……!」
立て直す時間も与えられず、ベディヴィアの次なる技が放たれる。
「ファーヴ・ストリーム!」
巨大な炎が剣から放たれ、天井へ向かって爆発が起こる。私は咄嗟に後方へ飛び退いたものの、焼けるような痛みが一気に襲ってきた。まるで肌が溶けていくような感覚。熱が脚を包み込むと、鋭い痛みが神経を直接叩きつける。息が止まる。痛みは瞬間的なものじゃない。じわじわと広がって、まるで火が皮膚の奥深くまで浸透していくかのようだった。
「うっ…くっ…!」
声にならない声が喉から漏れる。まるで鼓動するように痛みが続き、そのたびに全身がこわばる。焦げた匂いが鼻を突いて、冷や汗が背中を伝うのが分かった。服が焼けついて皮膚に当たるたび、さらに痛みが増して、正気を保つのがやっとだ。
「こんなところで…負けたくない…!」
しかし足に力が入らない。心が負けかけている。だとしてもと負の感情を必死に押さえ込む。前に進まなければ。ここで倒れるわけにはいかない。呻きながらも、痛みに震える足を無理やり動かし、進むしかなかった。
「え…なんで…?なんでよ!動いてっ、動いてよ!!!」
体は限界に近づいていた。最後のポーションを使い果たし、残されたのはただ一つの魔力結晶――それは私とリーゼのお揃いのペンダントだ。私は震える手でネックレスを掴み、引きちぎろうと力を入れる。
「リーゼ…ごめんっ…!」
その時だった。突然、砕けた天井から光が降り注ぎ、空中から一人の女性が舞い降りた。
「誰……?」
空から降りてきたまるで天使のような女の人を見て、息を呑んだ。彼女はまさに救世主だった。茶髪でおさげツインテをしている美しい女性は白銀の翼を広げ、ベディヴィアの前に静かに立つ。
「ラジエル……どうしてここに?」
その名がベディヴィアの口から漏れる。彼女は冷ややかな眼差しでベディヴィアを見据え、剣を抜くこともせず、ただ一言こう言った。
「ここは私に任せておきなさい」
「で、でもっ…!」
「貴女にはやることがあるのでしょう?」
穏やかな声で助けに来た彼女の放つ魔力のオーラからはベディヴィア以上の強さを感じさせられた。その言葉に、私ははっとして、再び立ち上がった。今は、ここで戦っている場合ではない。まだ子供たちが檻に捕らわれている、助けに行かないと。
「わかった……!」
私は壁に身を預け、震える足を引きずりながら、一歩一歩を刻むように進んでいく。体の重みを壁に逃がし、痛みに耐えつつも、倒れまいと必死に足を動かす。ベディヴィアとラジエルを背にリーゼのいる檻へと向かうのだった。
*
「うぐっ…」
必死にリーゼのいる檻に向かう最中、痛みに耐えきれず力尽きて倒れてしまった。ごめんねリーゼ。私、迎えに行ってあげられないかもしれない。意識が遠のいていく。すると光差す道の向こうから一人の女性が桃色の髪を揺らして近づいてくるのだった。
「あなたがルナちゃんね?」
「貴女は…?」
「私はジブリール。私たちは王都から派遣された精鋭部隊のリーダー、貴女のお仲間さんから指示を受けて助けに来たわ」
彼女は穏やかな表情を浮かべながら、私に手を差し出してくれた。
「王都から……?」
「ええ、自警団からの連絡を受けてここまで急いできたの。さっき天使に会ったでしょう?彼女はラジエル。あの子は大出力の闇の炎を見て、急いで現場に向かったの。あの子の判断は正解だったようね、ルナちゃん大丈夫?」
ジブリールは話していると私の全身についた傷に気付いたようだ。
「ハイヒール」
その魔法により温かい光が私の体に包み込むように広がり、傷が癒えていくのを感じる。
「これで、少しは楽になったでしょう?でも無理はしない事!傷は塞いだけど痛みは残るし、激しい運動をしたら傷口開いちゃうから」
「あ、ありがとうございます…」
「貴女の冒険者のお仲間さんも他の子供達を助ける為に奔走しているわ。自警団のお仲間さんも協力して敵を屠っているから安心してね」
「あはは…よかった…」
「よかったわね。これも全部、貴女が勇敢だったから引き起こせたことよ。だから誇らしげに思いなさい?」
ジブリールの言葉に肩の荷が降りた気がした。ジブリールに支えてもらいながら再び檻に向かって歩き出す。待っていてリーゼ、今迎えにいくから。
*
私たちはリーゼが捕えられている檻まで無事にたどり着いた。怯える子供たちの姿に心が痛むが、今は彼らを一刻も早く助け出さなければならない。
「今開けるわね。神よ。我が魔力を糧に封印されし扉を開けよ」
ジブリールによって扉が静かに開き、部屋の中の薄暗さに目が慣れるとそこにリーゼの姿が見えた。心臓が一瞬、ドクンと大きく跳ねる。戦いの前に会った時よりも、彼女の顔には疲れが色濃く残っていたけど、その瞳は私を見つけた途端に大きく見開かれた。
「ルナさん……!」
リーゼの震えた声が静かな部屋に響いた。彼女の瞳には、驚きと喜びが混ざり合い、涙が浮かんでいる。私は一瞬、足がすくんでしまった。無事に戻ってこられたことへの安堵と、彼女が私を待っていてくれたことへの感謝が、胸の中で押し寄せる。
「リーゼ…」
私はただ彼女に向かって歩き出した。痛みはまだ全身を蝕んでいるけど、そんなことどうでもいい。リーゼが無事でいてくれたこと、それが今の私にとって何よりも重要だった。
「リーゼ、戻ってきたよ……」
私の声は掠れていたけど、彼女はそれを聞いて微笑んでくれた。まるでこの瞬間のために、彼女はずっと強くあり続けたかのように、涙を浮かべたままの微笑みが、部屋の暗さの中でも輝いて見えた。
「他の囚われていた子達も無事ですよ。リーゼさん、よく頑張りましたね」
「私…怖かったです…っ…注射器で変な薬を打たれたり、私が私じゃなくなる感覚が常に襲ってくるんです…っ…」
「よしよし」
ジブリールはリーゼが落ち着くまでずっと天使の羽で包み込み、頭を撫でていた。その様子に安堵した私は気が抜けた事で腰が抜けてしまった。
「あ、あれれ…腰抜けちゃった…」
「ルナさんもよく頑張りましたね」
私もジブリールの羽に包まれながら頭を撫でられる。私、頑張ったんだ。もう立ち止まってもいいよね。
「あとは私が引き継ぎますから、二人は休んでいてくださいね」
「お待たせ!他の子供達は全員脱出させたぞ」
「ありがとうございます、この子達で最後です」
「ルナちゃん、ごめんな…。そんな怪我させてしまって…」
「いいんです、おかげで大事なモノを守れましたから」
その後他の子供達も脱出させる為にジブリールとお仲間の冒険者さんが交代制で対応していた。その間も私はずっと心の中で私を救ってくれた天使さん、ラジエルさんのことを気にかけていた。あのベディヴィアと戦っている彼女は、果たして無事なのだろうか。
「ラジエルさん……大丈夫かな……」
不安そうに呟くと、ジブリールは私の肩に優しく手を置いて、微笑んだ。
「心配しないで。彼女は強い天使よ。それに、勇敢でもあるわ。だから大丈夫」
その言葉に少しだけ安心し、私は頷いた。しかし、心の奥ではまだ、ラジエルの無事を祈り続けていたのだった。




