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第11次元世界アガルディア

何でもかんでも拾ってくるバカ犬が、とんでもない者を拾って来た

作者: 時任雪緒


火の首長国連邦は、大小様々な首長国が連邦を形作り、南大陸全域に大帝国を形成している。

その内の1つである我が国は、北部は海に接した平野が広がり温暖で、農業が盛んであり、南部は山岳と砂漠になっているが、鉱物資源が豊富で、天然ガスという燃料もある。塩湖では放っておいても塩が堆積する。

我が国含め火の国は、こうした資源の輸出で大いに外貨を稼いでいる経済大国だ。


私はそのハムダン首長国で、皇太子をやらせて貰っているが、今私の目の前には頭痛の種がいる。


体高2メートルにもなる巨体から生えた尻尾が、ブンブン振り回される度に強風が起きる。

白銀の毛並みに黄金の瞳、額に白い角を持つその獣は、シャハールと名付けられたフェンリルで、飼われている為かとても人懐っこい。飼っている証に、紋章入りのメダルがついた、赤い首輪をしている。

そのシャハールが、咥えて来た物を床にポトリと吐き出し、ハッハッと舌を出して、褒めてくれと言わんばかりに尻尾を振るのを、私は額に手を当てて溜息をついた。


「それはなんだ?」

「拾った!」

「そうだな。それで、それはなんだ?」

「海に落ちてた!」

「そうか。私の見間違いでなければ、貴族の令嬢に見えるが」

「知らない!でも人間のメスだね!」

「そうだな……」


幼児のような声でシャハールが元気いっぱい言う通り、床でヨダレにまみれて目を回しているのは、どう見ても人間の少女で、しかも高価なドレスを着ていることから、どう見ても他国の貴族令嬢だ。何てものを拾ってきたのか、このバカ犬は。


「シャハール」

「わん!」

「元の所に捨ててこい」

「なんで!?やだ!これはオイラが拾ってきたのに!」

「お前、今までそれで何人拾ってきた?」

「沢山!」

「そう、沢山だ。面倒を見る私の身にもなれ」

「でも!」

「捨ててこい」

「やだ!ザイードの意地悪!」

「あっ、こら!」


へそを曲げたシャハールは、風魔法で飛んで逃げてしまった。

残されたのは私と、ヨダレでベチョベチョのご令嬢。仕方がないので、使用人に指示をして、ご令嬢を中に運び込んだ。


他国のご令嬢……、これは困った。今までもシャハールは色んな人や物を拾って来たが、これは外交問題になるかもしれない。

頭を抱えていると、ご令嬢が目を覚ましたと連絡が来た。ご令嬢が海に落ちているとは、いかなる事情かは定かではないが、これは国に送り届ける為にも、話を聞かなければならない。

私はご令嬢が運び込まれた客室に向かった。


使用人が声をかけると中から返事があり、使用人が扉を開けた。

風呂に入ったのか、我が国の衣装を着たご令嬢は、我が国の挨拶の作法には慣れないだろうに、笑顔で握手をして、ハグをした。

ご令嬢は、カーキ色のサラサラの髪に緑青色の瞳をした、美しい娘だった。


「私は水の国、ジュデッカ王国のティバルディ公爵家の娘、モルガーナと申します。この度は保護して頂き、感謝の念に絶えません」


保護……。本来誘拐と言われても仕方がないのだが、保護ときたか、なるほど。本人も大事にしたくはないらしい。


水の国は我が国とも交易のある、北の大陸の国だ。200を超える島から形作られ、道路はなく水路が張り巡らされており、世界で最も美しい国と呼ばれている。その国の公爵令嬢とは、参ったな。

というかシャハールは、海を跨いで散歩していたのか。その間食料は、魚でも採っていたのだろうか……。


「私は火の首長国連邦ハムダン首長国が皇太子、ザイード・ビン・ラシード・マクトゥムだ。此度は私の飼い犬が無礼を働いた事、申し訳ない」


一応謝罪すると、モルガーナは首を傾げた。


「飼い犬……ですか?」

「覚えがないのか?」

「はい……お恥ずかしい話ですが、遭難してしまったようで……」

「遭難?」


そういえばあの駄犬は海に落ちていたと言っていたが、何故公爵令嬢が遭難したりするんだ?

私の尤もな疑問は分かり切っているようで、モルガーナは事情を話し始めた。


モルガーナは自国の王子と婚約していたのだが、王子が別に作った恋人と結婚したいが為に、婚約破棄されたらしい。更に冤罪までかけられて国外追放となり、身一つで王国から追放された。それで一人で小舟で彷徨い遭難する羽目になり、空腹と疲労で倒れたとの事だった。

それを偶然散歩していたシャハールが拾って来たようだ。


「冤罪とは言え、それを証明する術を私は持ちません。自国では罪人として、追放されました。この国にも、皇太子殿下にも、ご迷惑はお掛けしません。ただ、国の片隅にでも、暮らす許可を頂けないでしょうか?もちろん罪人ですので、牢に入れと言うのであれば、その命に従います」

「……」


しばらく考えてから、私は使用人を振り返った。


「マリヤム、茶と食事を持て」

「かしこまりました」


使用人が下がると、モルガーナは困惑していた。


「殿下、私はお世話になるつもりなど……」

「だとしても、まずは体力を付けるべきだ。腹が減っては、回る頭も回らないだろう。食事をして、しっかり休みを取れ。そうだな、3日後、改めて話そう」

「……ありがとうございます」


客室から出ると、後を付いてきたまだ幼い小姓のハッサが、「困りましたね」と眉を下げた。先程の侍女も、この小姓も、シャハールの拾ってきた人物で、私の宮にはシャハールの拾い者が、実に58名もいた。

拾って来るのがハッサやマリヤムのような、自国の平民ならまだ良いのだが、他国の公爵令嬢は本当に参った。


「全く、あのバカ犬と来たら……」

「僕らは助かりましたけどね?」

「そうかもしれないが……」


本当にどこから拾ってくるのか、シャハールが拾ってくる人物は、不幸な身の上の者ばかりだった。

親に砂漠に捨てられたハッサ、まだ少女だったのに性奴隷として売られたマリヤム、身寄りのない傷痍軍人、災害で畑も家も父も失った親子、路上生活をしていた兄弟、騙されて借金地獄に陥り、心中しようとした一家、etc、etc……。

私としてはキリがないのでやめて欲しいのだが、拾って来たものは仕方がないので、面倒を見ている。だが、流石に他国の公爵令嬢は手に余る。


「仕方がない、水の国に事実確認を急げ。バレないようにな」

「はい、わかりました」


パタパタと走り去るハッサの背中を見送り、私は深い溜息をついた。他の拾い者については、父は何も言わないが、流石にモルガーナの事を黙ってはおけない。父の執務室に行くと、すぐに通された。


「先触れもせずとは、お前にしては珍しい」

「御無礼をお許しください」

「お前のことだから、よくよくの話だろう。なんぞあのフェンリルが拾ってきたか」

「まさしく……」

「ははは!その内やるだろうと思うたわ!」


正直、私もいつかやらかすのではと内心思ってはいた。だが、海を渡った別大陸から公爵令嬢を攫ってくるなんて、誰が想像できる?


「して?」

「拾って来たのは、水の国の公爵令嬢です」

「……は?」


流石の父も、目と口をあんぐりと開いた。申し訳なく思いながら、再度告げた。


「水の国の、公爵令嬢です」

「……今すぐバカ犬を捨ててこい」

「先程逃げられました」

「あぁ~、なんだって公爵令嬢なぞ……」


父が頭を抱えてしまった。本当にウチのバカ犬が申し訳ない……。

父の一助になるかはわからないが、モルガーナの事情も話す。それを聞いて、父は顔を上げた。


「それは真か?」

「現在確認中ですが、シャハールも、海に落ちていたと」

「ふむ……それが事実なら、そこまで大事にはならんやもしれんな」

「国外追放になった罪人を受け入れただけと主張は出来ましょうが、冤罪が晴れれば面倒なことになります」

「その時は保護してやったのだと言えば良い」

「それで済むでしょうか?」

「どうにか済ませるしかなかろう。当面、確認出来るまでは手厚く保護するように」

「かしこまりました」



3日後、モルガーナと面会した。顔色も良くなっており、元気そうだ。

改めて意志を確認したが、モルガーナは国に戻る気はないようだ。家族は心配していると思うのだが……。


「家族は、心配などしていないと思いますわ」

「何故だ?」

「王子殿下の恋人は、私の妹でしたから」

「なに?」


詳しく聞くと、モルガーナは公爵の前妻の娘。モルガーナが10歳の頃、公爵は前妻が亡くなるとすぐ、愛人を後妻として娶った。義妹はその後妻の子で、連れ子ではなく公爵の実子らしい。

公爵は元々モルガーナや前妻に冷たかったし、義妹ばかりを可愛がった。後妻からはいびり倒され、義妹には母の形見や様々な物を奪われた。挙句には婚約者まで。

それなのに、モルガーナが義妹を虐め抜いたのだとされ、その罪で国を追われた。


「私はあの家にとって、邪魔な娘でしたから……。妹が王子殿下の婚約者になり、喜んでいることでしょう」


事実なら不憫ではあるが、確証も無いことには鵜呑みにする訳にもいかない。事実確認出来るまでは信じ難い話ではあるが、国に戻りたくない理由としては納得した。


「そうか、モルガーナ嬢の事情は理解した。現在水の国の状況を確認中だ。それ次第で我が国も対応を変えなければならない。我が国の動きが整うまで、この宮で過ごしてもらいたい」

「ですが……いえ、かしこまりました」


世話になる気がないのは本当なようだが、下手に動かれるとこちらも迷惑だ。それを察してくれたらしい。


「理解が早くて助かる。もし水の国から身柄の返還を要求された場合だが」

「戻りたくないと申しましたら、ご迷惑ですわよね」

「迷惑だ。我が国にメリットがない」


モルガーナはしゅんと項垂れてしまった。少し可哀想か。私の言い方が冷たかったな。反省。


「だが、それ程に帰りたくないと言うなら、条件を出そう」

「どのような条件でしょうか?」


恐る恐るといった風に顔を上げたモルガーナは、不安そうに緑青色の瞳を揺らめかせている。


「モルガーナ嬢が、我が国にとってメリットのある人物であると、私に思わせればいい。高度な教育を受け、王子妃として育てられた公爵令嬢モルガーナ。無能とは言わせない」


モルガーナはハッとして、ややもすると私を真っ直ぐに見つめ返す。その瞳からは、先程の不安定な揺らぎは消えていた。


「必ずや、ご期待に応えてみせますわ」

「よろしい。必要な物があれば、使用人に申し付けるといい。私の宮にも図書館はあるが、不足なら宮殿の図書館を案内する。私の執務室は宮の中央棟だ。君には文官のアフマドをつけよう」

「過分なお心遣いに、心より感謝致します」

「では、私は失礼する」


用を済ませて客室を出て廊下を歩いていると、庭の花園でシャハールが蝶々を追いかけて遊んでいるのが見えた。

あいつ、あれほど庭を荒らすなと言っているのに。庭師が半泣きだぞ。


「シャハール!」

「あ!ザイード!ただいまー!」


声をかけると、蝶々を追い回すのをやめて、回廊のバルコニー下までノシノシやってきた。庭師がホッとしている。


「今日までどこに行っていた?」

「んとねー、変な匂いがするところ!」

「また火山に行ったのか!あのガスは体を悪くすると言っただろうに!」

「だってあの匂いクセになるよー」


我が国が火の国と呼ばれるのは、砂漠や火山から噴出する天然ガスに、風の摩擦などでガスが燃え、それが至る所で見られるからだ。

そのガスの匂いを、何故かシャハールは気に入っている。何故犬は変な匂いが好きなのか……。


「オイラが拾ってきたメスは?」

「元気だ。会いたいならマリヤムを探して聞いたらいい」

「わかった!」


返事をするなり、シャハールはドタドタと走っていった。荒れ果てた庭園の前で、途方に暮れた庭師が呆然としていた。

やれやれ。庭師には、給料に少し色を付けてやろう。本当にいつもウチのバカ犬が申し訳ない。



それからしばらくの間、モルガーナは図書館に籠って、我が国の地理や歴史や経済などを勉強していたようだ。火の国と水の国では環境も産業も異なる。慣習から言葉まで、何から何まで違うのだ。

それでも自分が役に立つと思わせなければならないモルガーナは、補佐で付けた文官のアフマドも驚く程に、熱心に学んでいたようだ。


モルガーナがやってきて20日もした頃、調査報告が来た。

モルガーナから聞いた話は、間違いなかった。ただ、どうも王子の独断だったらしく、王子は謹慎中。モルガーナは対外的には療養中という事になっているようだが、港からは何隻も軍船が出ていることを見るに、モルガーナを捜索している。

報告を見るに、恐らくモルガーナは冤罪であり、水の国の国王は婚約破棄を認めていないし、モルガーナを連れ戻す気でいる。

モルガーナから聞いた家庭の事情を鑑みるに、公爵が抗議したとは思えない。国王に何かモルガーナを留め置きたい理由があるのだろう。その理由が何なのか、モルガーナから聞く必要がある。


夜になりモルガーナの部屋に使いを出すと、図書館にいるとの事で、こんな時間までと思いつつも図書館へ向かった。

モルガーナは調べ物をしながら、しきりにアフマドに質問していたが、私に気づくと立ち上がった。


「ザイード皇太子殿下、ご機嫌麗しゅう」

「あぁ。少し根を詰めすぎではないか?」

「このくらい問題ありませんわ」


モルガーナが問題なくとも、アフマドは疲れているようだが。存外タフな令嬢だ。


「座ってくれ。水の国の調査報告が来た」

「はい」


調査報告の内容を話すと、モルガーナは真剣な表情でそれを聞いていた。


「水の国の国王陛下は、君を連れ戻す気でいるようだ。それは何故だ?」

「恐らく血筋のせいかと」

「血筋?」

「はい。私の実母の生家、サルヴァトーレ家は、かつて風の国の王女を娶っています。私は、その孫にあたります」


風の国は我が国同様首長国だ。国土は広いが少数民族の国。各部族の族長が持ち回りで首長を名乗る。

しかしながら、その戦闘力は北大陸一を誇る戦闘民族と言われている。

今代の首長はエルフだが、確か先代先々代は違ったはずだ。

それでも自国の王女の孫が追放されたと聞いたら、黙ってはいないだろう。


「なるほどな」

「後は、義妹が王子妃としては不勉強なので、私に政務をさせるために側妃に据えたいのかと」

「馬鹿な。婚約破棄しておきながら……」

「可能性の話ですわ」



苦笑するモルガーナに、どうしても庇護欲を刺激された。前者の理由ならまだ納得出来るが、後者の理由では納得行かない。

義妹が使えないなら、別の優秀な令嬢を宛がえば済む話だ。それこそ義妹を側妃か愛妾にでもすればいい。これはまだ調査が必要だな。


「話はわかった。邪魔をして悪かった」

「いいえ。ご迷惑をお掛けしているのは、私ですから」

「気にするな。シャハールがやった事だ。それよりあまり無理をするな。体を壊すぞ。そろそろ休め」

「はい、ありがとうございます」

「ではおやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」


挨拶をして図書館を出たが、私は取って返し宮殿へ向かった。

父にモルガーナの血筋の事を話すと、翌日には連邦評議会へ連絡した。

評議会に向けて元老院議会で様々に協議し、父と元老院議員、そして私とモルガーナは、首都のハリーファへ向かった。


我が国は北大陸との貿易のハブとしても機能しており、勿論海運も強いのだが、陸路空路での輸送にも強みがある。

私もそうだがテイムのスキルを持つ者は多く、ワイバーンでの空輸も首長国の強みだ。

それで今回は空路で首都を目指しているので、1日もせずに着くだろう。

モルガーナは空の旅は初めてなようで、目を煌めかせて窓から外の景色を見ていた。

あの白い山は何か。湧き出る灰色の水は何か。何故湖が赤いのか。何故地面が燃えているのか。質問を繰り返すモルガーナと、それに答える私。父や元老院議員達は、それを微笑ましそうに見ていた。


首都に着いた翌日、評議会が始まった。最初の議題は風の国への対策だ。これはこちらから連絡をして、保護していることを申し入れる事で決まった。

モルガーナの祖母の縁者が、身柄の引渡しを要求してきた際は、モルガーナは応じると答えた。だが、どこか不安そうではあった。

それに気づいた評議会議員が尋ねる。


「風の国の縁者に会ったことは?」

「ありません」

「それなら多少慣れ親しんだ、ザイード殿下の宮の方が、落ち着くのではないかね?」

「ですが、これ以上のご迷惑は」

「ふむ。ザイード殿下、迷惑かな?」

「私の駄犬が人を拾うのは、昨日今日の話ではありませんので。別に?」

「ガッハッハッ!」

「相変わらずだな!」

「まっことお人好しよな」


別にお人好しではない。駄犬の尻拭いに慣れただけだ。

少し不貞腐れていると、連邦大統領が、笑いを噛み殺しながら言った。


「どうせならモルガーナ嬢と婚約したらどうだ?まだおらんのだろう?」

「婚約ですか?」

「そうすれば風の国に言い訳も立つし、水の国に返さずに済む」

「はぁ……?」

「む?良案では?」

「おお、確かに」

「あのフェンリルに振り回される事を除けば、ザイード殿下は好物件ですな」

「アッハッハッハッハッ」


このクソジジイ共。他人事だと思って笑いやがる。

確かに悪い案ではないが、モルガーナはどうだろうか。

私がモルガーナに視線を向けたのに気づいて、父が尋ねる。


「モルガーナ嬢は、いかがかな?」

「私に否やなどございません」

「決まりだ」

「決まりだな!」

「いや目出度い」


私の意思は?あれよあれよという間に、私とモルガーナ嬢の婚約が決められてしまった。

流石に慌てた。


「お待ちください。水の国とこの国では、姻習も異なります。水の国にハーレムはありません。モルガーナ嬢に、後宮が耐えられるか」


言われて思い出したらしく、モルガーナも不安そうにした。

私は今でも婚約者はいないが、結婚したら妃を何人も囲わなければならないのだ。

正直それが面倒だったから、今まで結婚しなかった。まぁ、恋人になった令嬢は、沢山いたが。

だからといって、そんな姻習に馴染みのないモルガーナに、苦労を強いるのは本意では無い。

すると大統領が言った。


「それも近々議題に上げるつもりだった。後宮を撤廃したい。やたらに女を養うのは金がかかりすぎる」

「しかし、後宮は婦女子の保護のための制度でもあります」

「貴族の令嬢に保護もクソもあるものか。大昔は平民や奴隷も後宮にいたが、今は違うだろう」


元々後宮や一夫多妻制は、自立出来ない婦女子を保護するためのものだ。貧しい娘や寡婦を、資産のある男が娶ることで保護下に置く。

確かに大統領の言う通り、昨今の後宮は貴族の令嬢ばかりで、元々の有り様からは形骸化していた。


「しかし、貴族からの反発は免れません」

「それはそうだ。しかし、貴族への待遇は婚姻以外にもある。それは他国が証明している。また、いかに好色でも、男が愛せる女など、そう多くは無い。百も二百も囲うなど馬鹿げている。多くても三十と言ったところだな」

「それはそうですが」

「ザイード、お前は愛されない妃の末路を知らんのか?」


その言葉に、私は反論を呑み込んだ。知らないはずがない。それこそ、正妃である私の母は、愛されない妃だったのだから。


「……存じております」

「ならばつべこべ言うな。お前が改革の魁となれ」

「御意」


なし崩しに、我が国の後宮解体と、モルガーナとの婚約が決まってしまった。不満はないが、不本意ではある。本当にこれで良かったのか。


私が頭を抱えている間に、次の議題に移った。水の国対策だ。どうやら本国でも調査していたらしく、私が知るより詳しく報告が上がった。


モルガーナと王子は、6歳から婚約していた。これは血筋による国交強化を目的とした婚約だった。

だからモルガーナは、幼い頃から登城し、妃教育を受けていた。

10歳になってモルガーナの実母が亡くなり、公爵が後妻を娶った。

この時点で、良識的な水の国の貴族は警戒していたようだ。何しろ後妻は平民で、読み書き出来る程度の知性しか無い娼婦だった。

だから社交界からは、すぐに爪弾きにされた。

卑しい女、それを娶った公爵もたかが知れていると。公爵も徐々に相手にされなくなった。

それで焦った公爵が、モルガーナのせいだと言い出した。

その真実を確かめる術は他者にはない。だから公爵と後妻、モルガーナの悪評は収まらなかった。


土の国で出来た学園に倣い、水の国にも学園が出来た。

その学園にモルガーナも王子も通い始めた。その学園で、王子はモルガーナの義妹と親交を深めた。

時に寄り添い、抱きしめ、口付けを交し。誰の目から見ても、恋人だった。

モルガーナは、やたらと異性に接触してはいけないと、水の国の常識に則った叱責はしたそうだ。

それを王子と義妹はいじめと解釈したらしい。

義妹は確かに虐められていたらしいが、それはモルガーナやモルガーナに近しい令嬢すらも関与しない令嬢達の仕業であったらしい。

要するに、モルガーナの冤罪は晴れた。それでも、公爵家は抗議もしないし、義妹との婚約を推進する事だけに心血を注いでいるようだった。

モルガーナの冤罪は晴れ、一方的に婚約破棄した王子と義妹は謹慎中。モルガーナは療養中という事になり、目下捜索中との事。


「ふむ、なるほどのう。ならばやはり、モルガーナ嬢は、ウチで貰ってもよかろう」

「異議なし」

「幼い頃から王子妃教育を受けている令嬢を手放すとは、水の国も終わりだな」

「馬鹿な王子だ。そんな王子を抱える国など、昨今破滅するであろうよ」

「大統領、水の国とは国交断絶しよう」

「やりすぎやりすぎ」

「アッハッハッハッハッ」


クソジジイ共が他人事すぎて腹が立って来た。一番傷ついているのはモルガーナなんだ。笑い飛ばすなんて無礼がすぎる。


「笑わないで頂きたい。モルガーナ嬢は辛酸を舐め痛苦に耐えてきました。その努力を足蹴にしないで頂きたい」

「無論」

「アッハッハッハッハッ、わかっていないなザイード殿下。だからこそ火の国」

「烈火のごとく怒り狂う我等の怒りを、水の国に鎮められると良いがな」


おっと、実の所笑いながらクソジジイ共はブチ切れているようだ。

これはこれでどうなんだ。全く火の国の人間は気が短い。

というわけで、私との婚約、風の国には婚約と保護の申し入れ、水の国には知らんぷりで押し通すと決まった。大丈夫かこれ。

しかし評議会で決まったなら仕方がない。私も腹をくくろう。




そうして3ヶ月後、私とモルガーナの婚約式の日となった。我が国には水の国のように夜会だの茶会だのは無い。

だが私が宮に他国の令嬢を囲っているという噂は流れたようで、連日貴族に押しかけられた。


「殿下には過去に娘の元にお通い頂き──」

過去は過去だ。

「娘が殿下の子であると──」

その赤子は絶対俺の子では無いだろ。通っていたのは3年前だ。

「娘は殿下をお慕い申しておりまして──」

私は慕ってなどいない。


我ながら酷薄な男だと思う。私が求めていたのは役に立つ女だった。だから手当り次第に女の相手をした。だが、制度や慣習が悪いのか、役に立つ女は見つけられなかった。

我が国において、女というのは真綿で包むように愛し慈しむ存在であり、勉強やらなんやらの苦労を強いてはならない存在だ。

だから我が国の女は、押し並べて優しく美しいが、それだけだった。

だが、モルガーナは違った。


我が国の基礎教育を終えたモルガーナは、灌漑や水路の整備、地脈から水路を発掘する技法、火の国でも育つ作物の提案、輸送力を強みにした軍備強化など、様々な提案をした。

私が欲しかったのは、こういう女だ。私と共に、並び立ち国を見ることが出来る。

モルガーナは、最早私にとっては唯一無二の相棒だった。もう手放すことなど考えられなかった。婚約式の頃には、私はモルガーナにゾッコンだった。


婚約式には、風の国の首長である風のエルフと、副首長であるモルガーナの祖母の兄がいた。2人には事情を全て説明してある為、大いに祝福された。

その2人と和気あいあい話していると、怒声が響いた。


「貴様!やはり浮気していたか!モルガーナを返せ!」


おや、謹慎が解けたのか。水の国の王子だった。

この国の婚約式と結婚式は、男女別室で開かれるので、この分だとモルガーナも心配だ。それもあるが、王子の言い分に私は腹を立てた。


「浮気だと?モルガーナがそのような事をするわけが無い。私がモルガーナを保護したのは、海洋で遭難していた時だ。モルガーナが遭難したのは誰のせいだ。もう忘れたのか」


私の言葉に、周囲はざわめいた。皇太子の婚約者が、かつて遭難し保護された。普通の令嬢なら有り得ない。その事情を知りたがっている。だから私は大いに暴露してやった。


「モルガーナは風の国の王の傍系。故に水の国の王子殿下と婚約を結ばれたが、王子殿下が性奴隷の娘と結婚したいばかりに、冤罪を被せて婚約破棄した挙句、国外追放にした。モルガーナは公爵令嬢であるにも関わらず、1人小舟で海洋に放逐され、遭難する羽目になった。それを私が保護し婚約した。なんの問題がある?」


事情を聞いた貴族達は、流石にモルガーナに同情し、同時に水の国の王子達に罵声を浴びせた。


「冤罪とは?」

「あぁ、義妹を虐めた罪だと。実際に虐待されていたのはモルガーナ嬢だ」

「何たる事!」

「風の国の王の縁者を虐待したと?」

「有り得ない」

「水の国は何を考えているのだ」

「ハッハッ!自殺願望でもあるのでは?」


やはり貴族達はキレ散らかしている。それは風の国も同じだったようで、美貌のエルフである風の国の首長ドルジ・カーン・アルスランが、水の国の王子に尋ねた。


「モルガーナは、我が国の姫でもあるのだが、それは理解しているか?」


深緑色の瞳はにっこりと細められていたが、殺気がダダ漏れだった。流石は戦闘民族、覇気が違う。

水の国の王子は、冷や汗を流して後ずさりした。


「風の国を馬鹿にしているのか?」

「いえ、そのような、つもりは……」

「では先程の発言は、一体どのようなつもりだ?」

「風の国は関係なく……」

「何を訳の分からない事を。モルガーナとお前が婚約したのは、モルガーナが風の国の姫だったからだ。その前提を切り離せば、根本から破綻するが?」

「……」


水の国の王子が、何を思ってそんなことを言ったのか。最早明白だ。彼はモルガーナという女個人しか見ていないのだ。背景にある血筋や、他の貴族家や婚約が国内に与える影響など見ておらず、個人しか見ていない。だから水の国の王子は、同じように個人を見てもらいたがる。

それが平民ならそれでも良かっただろう。個人と個人が対等に存在するなら、良き在り方なのだろう。

だが、水の国の王子はダメだろう。立場がそれを許してはならないのだ。

本来王族なんて者は孤独なものだ。だから自分を見てもらいたいという気持ちはわからなくもない。

だが、孤独を癒すのは何も女でなくても良かった。面倒が増えるだけだ。お前も犬でも飼え。

私が考え事をしている間に、風の国のドルジ首長は、フンと鼻を鳴らした。


「話にならん。不愉快だ。我はもう水の国の者と話したくない。チンギス、帰ったら会議だ」

「おう」


ドルジ首長とチンギス副首長は踵を返すと、こちらに来て、チンギス副首長が私に声をかけた。


「ここを離れるぞ。いつまでも近くにいては馬鹿が伝染るからな」

「仰る通りで」


大賛成だ。私が指を振ると、気づいた貴族、続いて令息達が、私達と水の国の王子達の間に割り込んだ。


「邪魔だ!どけ!」


五月蝿いので兵士に合図して、王子を無理矢理下がらせた。

その後は貴族や招待した国の大使や王族達と歓談して、和やかにパーティを終えた。

それにしてもあの2人を婚約式のパーティに向かわせるとは、水の国は何を考えているのだか。多分国王もダメだな。



後で女性側の話もモルガーナに聞いた。


「お姉様!どういう事ですの!皇太子殿下と婚約なんて許さない!私の方が相応しいわ!」


挨拶を捌いていたモルガーナに、貴婦人を押しのけて義妹が怒鳴りつけた。

招待客達が眉を顰めたのと同時に、念の為にと仕込んでおいたマリヤムが、声高にモルガーナの事情を論った。

すると、モルガーナが現れるまでは、筆頭と目されていた、元老院議長の娘がモルガーナの隣に立つ。


「モルガーナ様が、まさかそのような憂き目にあったとは、思いもよりませんでしたわ。わたくしはモルガーナ様に味方致しますわ。このような、女を愚弄する真似は、許されてはなりません」


元老院議長の娘が率先してくれたことから、他の令嬢もモルガーナの味方に回った。ただでさえ、我が国では女は慈しむもの。それを冤罪で追放だの放逐だの、許されるわけが無い。

元老院議長の娘が続けた。


「貴族にとっての婚姻は、盟約と同盟が主です。それを理解出来ない者に、モルガーナ様を愚弄する権利はございません」


全くその通りなのだが、義妹は、顔を真っ赤にした。


「違うわ!私はずっとお姉様に虐められていたの!お姉様は水の国に戻って、側妃になるべきよ!いいえ、正妃でもいいわ。私が皇太子殿下の婚約者になれば」


それを聞いて、元老院議長の娘がクスクス笑いだした。


「ねえ、お聞きになりまして?風の国の王孫であるモルガーナ様を、未だに冤罪で糾弾しながら、側妃にですって。貴族相手の娼婦は、この国では性奴隷の事ですけれど、性奴隷の娘に妃なぞ務まりましょうや」

「なんて蒙昧なのかしら」

「信じられないわ」

「水の国は破滅したいのかしら」

「いっその事、滅ぼされた方が良いのではなくって?」

「シェヘラザード様、どうかお父上に進言なさって。水の国とは関わらないよう」

「あら、わたくしも同じ事を考えていたわ」


クスクスと令嬢達の嘲笑が響く。本当に火の国の人間は気が短い。高貴な身の上の娘を、自己都合で側妃にという言葉に、笑顔でブチ切れている。

義妹は顔を真っ赤にして反論した。


「私は性奴隷なんかじゃない!あんた達も身分を笠に着て迫害するのね!」

「身分を笠に着ている訳では無いのよ。これは文化の違いなのよ、チレッタ」


モルガーナは優しく諭すように言った。


「この国では、水の国と違って、娼婦は卑下される存在ではないわ。従軍娼婦などは、公務員として待遇されるし、兵士からは女神のように扱われるとされているわ。でもね、貴族や豪商の享楽の為に使わされる娼婦は、この国では奴隷なの。水の国ではお父様と婚姻出来たけれど、この国では違うの。それだけの事なのよ」


水の国では、公爵が娼婦の手練手管に籠絡された、で済むのだろうが、この国では違う。他国にはあるらしいが、この国には娼館などない。貴族や金持ちが性奴隷を買う。

だから子が出来たとしても、奴隷と結婚等有り得ない。これは単なる文化の違い。


「だから、貴方はこの国では奴隷以外とは婚姻出来ないのよ」

「嘘!嘘よ!」

「残念だけれど、本当なのよ」

「モルガーナ様のお優しい事。婚約者を略奪しておきながら、ザイード殿下と婚約をなんて嘯く者と、同じ空気をこれ以上吸う事などございませんわ」

「まぁ、シェヘラザード様ったら」


元老院議長の娘、シェヘラザードの誘いで、モルガーナはダンスを始めた。この国の人間はダンスが大好きだ。

基本男女別室なので、女同士で踊るダンス。そのダンスもモルガーナは完璧に踊りあげた。

途端に湧き上がる拍手に、モルガーナとシェヘラザードは、微笑みながら礼を取る。


「何よ!男の居ないダンスとか、意味わかんない!」


義妹はそう叫ぶと居なくなった。その後は穏やかにパーティはつつがなく終わったそうだ。



それから数ヶ月後、水の国は風の国に滅ぼされた。風の国は飛び地になる水の国には興味がなかったらしく、国境を接していた霧の国と雲の国で、領土を山分けしたそうだ。

元々霧の国と雲の国は、領土争いの激しい国だったので、水の国を滅ぼしたら好きに割譲すればいいから、後方支援と軍の国内通過を認めろと迫ったら、アッサリ協力したそうだ。

あと、何故かは分からないが、土の国が強力に風の国をバックアップしたらしい。数年前に風の国と土の国は和平に至ったと聞いたが、そこまでするか?

とはいえ、北大陸の土の国、アズメラ帝国のバックアップがあれば、負けるわけが無い。

モルガーナの母の生家であるサルヴァトーレ家は、現在でも霧の国の貴族として存在しているが、王族やその婚家は全員処刑された。


私とモルガーナは、私の宮で結婚式を挙げた。既に結婚していた弟達や貴族からは、ハーレムを持たない事に賛否両論だった。結局は一夫多妻制は維持されつつ、私の代からは後宮は解体とした。



それから数年後。

子宝にも恵まれ順風満帆。モルガーナのお陰もあって、少しずつ国は豊かになってきた頃。

ハッハッと舌を出したシャハールが、褒めてと言わんばかりにしっぽを振っている。

私はまたかと思いつつ、こめかみを揉んだ。


「シャハール、それは何だ」

「拾った!」

「どこで?」

「うんと、ずっとあっち!」

「どこだそれは」

「あっちだよ」

「わからん。所でそれは、貴族の少年に見えるが」

「よくわかんないけど、人間のオスだね!」

「……」


頭を抱える私の横で、モルガーナが苦笑している。そして、床に置かれた幼い少年を抱き上げた。


「この子も救うのでしょう?」

「別に救う訳では無い」

「そんな事を言って、この子で何人目?」

「199人」

「あら、もう少しで大台に乗りますわね」


呑気に言ったモルガーナは、少年を抱いたまま踵を返し、使用人達に指示を飛ばし始めた。

どうやら、シャハールの暴挙にすっかり慣れたモルガーナは、シャハールの味方に回ったらしい。

この宮に私の味方はいない……。






















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