義妹になって下さい。一生かけて幸せにすると誓います
初めに言っておく。
この物語は、俺・桜田宗助が失恋するまでの物語だ。
俺には付き合って半年になる恋人・小鳥遊花梨がいる。
出会いは放課後の図書室。二人で同時に同じ本を取ろうとするというベタすぎるシチュエーションから、俺たちの恋は始まった。
花梨と一緒にいる時間は、とても心が安らいで。恐らく彼女も同じことを考えていたのだろう。
俺たちは、どちらから言うわけでもなく、気付けば図書室で一緒に勉強するようになっていた。
放課後の二人きりの勉強会は、俺にとって最も楽しい時間となった。
放課後だけじゃなく、もっと彼女と一緒にいたい。彼女と繋がっていたい。
そんな欲望を抱くようになった俺は……クリスマスイブに花梨をデートに誘い、そして告白した。
花梨は「宜しくお願いします」と、頬を紅潮させながら頭を下げる。
成る程。これがクリスマスマジックというやつか。俺がそう言うと、
「それは違うわよ。クリスマスイブじゃなくったって……宗助くんに告白されたら、オーケーしていたわ」
……ウチの彼女、めっちゃ可愛いすぎませんかね?
俺たちの交際は、お手本ともいえるくらい順調だった。
煌びやかなイルミネーションの下でファーストキスを経験し、「友達の家に泊まる」と親に嘘をついて一緒に新年を迎えた。
バレンタインには、この世でただ一つの手作りチョコレートに舌鼓を打ち、そして今、俺たちは――
『……』
互いの親と一緒に、とあるレストランのテーブルで向かい合っていた。
「何でお前がここにいるんだよ?」。俺たちは視線で、互いにそう尋ね合う。
現在行われているのは、家族への恋人紹介だ。「自分はこの人と付き合っています。あわよくば結婚したいです」と宣言しているようなものである。
しかしここで言う「恋人」とは、俺と花梨のことではない。俺の父親と、花梨の母親のことだった。
つまり俺の父親と花梨の母親が、再婚することになったのだ。
「父さん、再婚しようと思うんだ」。そう言われた時は、心底嬉しい気持ちになった。
母さんと離婚してから半ば女性恐怖症に陥っていた父さんを癒せる人が、ようやく現れたんだ。こんなに喜ばしいことはない。
「それでだな、実は再婚相手には……お前と同い年の娘さんがいるんだ」。そう言われた時は、少し複雑な気持ちになった。
見ず知らずの異性を、果たして家族として見ることが出来るだろうか? しかし父さんの幸せの為ならば、順応する自信はある。
覚悟を決めて、迎えた今日この時。……義妹になるのが恋人だなんて、一体誰が想像出来るだろうか?
「はじめまして……じゃないわよね? 二人は同じ学校だし、会ったことがあるんじゃないかしら? 実はお友達だったり?」
『……』
花梨母の質問に、俺たちは沈黙で返す。
花梨母はそれを否定と捉えたようだ。
「え? もしかして……友達じゃなかった? それどころか、仲が悪いとか?」
不安そうな顔をしながら、オロオロする花梨母。
「友達じゃありません。恋人です」などと言えるわけがないので、
「いいえ、友達で合ってます」
「それも、とびっきり仲の良いね」
……どうしよう。
友達と認めてしまったことで、今後「実は付き合っているんです。アハハハハハ」と言うことが出来なくなってしまった。
一度口に出してしまった言葉を、戻すことは出来ない。
そして自分から発した以上、その言葉には責任を持たなければ。
俺と花梨は顔を見合わせ、頷き合う。
恋人なのだ。互いの考えていることくらい、言葉にしなくてもわかるさ。
「親たちには、このまま付き合っていることは隠し通そう」。俺たちは、そう心に違うのだった。
◇
俺の父親と花梨の母親の再婚話はどんどん進んでいき、顔合わせから1ヶ月後には、婚姻届を提出していた。
勿論、俺と花梨の関係は伏せられたままで。
晴れて桜田姓になった花梨と彼女の母親は、我が家で一緒に住むことなり。俺たちは予期せぬ形で同棲することになったのだ。
俺の自室にて。
夜だというのに警戒心ゼロで押しかけてきた花梨は、俺に相談を持ちかけてきた。
「それでこの先、どうやってイチャイチャしようかしら?」
「あぁ。俺もそのことについて、頭を悩ませているところだった」
同棲と言えば二人の関係が前進したかのように聞こえるが、実際のところは親同士の再婚の副産物に過ぎない。
付き合っていることを隠しているのだから、当然家の中で大っぴらに手を繋いだり抱き締め合ったりすることは出来ず。
すぐそばにいるのに、触れ合えない。俺たちはお預けをくらっている気分だった。
「取り敢えず、キスして良い?」
「どんと来い」
それでも青春真っ盛りの高校生だから、我慢出来なくなることもあるんだけど。
今がまさに、その時だった。
俺たちは互いの唇を近付け合う。
あと数ミリで二人の唇が重なるというところで――
「宗助くんー。お風呂空いたわよー」
義母さんが部屋に乱入し、俺に入浴を促してきた。
そりゃあもう、光の速さで俺と花梨は距離を取るよね。スポーツ選手も惚れ惚れする程、見事な動きだったと思う。
「あら、花梨もいたの?」
「えぇ、いたわよ。二人で勉強をしていただけで、何もやましいことはしていないわよ」
「やましいことって何なのよ? ……もしかして、隠れてチューしようとしていたとか?」
「そっ、そんなわけないじゃない! 近付いていたのは、その……彼の目のゴミを取ってあげてただけだから!」
「怒鳴らなくても良いじゃない……」
それだけ花梨も必死だったということだ。なにせ本当に隠れてキスしようとしていたのだから。
「宗助くんが上がったら、花梨もお風呂に入っちゃって。もう遅いんだし、あんまり長風呂するんじゃないわよ」
義母さんが去って行った後、俺と花梨は大きく溜息を吐く。
「……危なかったな」
「えぇ。やはり家の中でイチャイチャするのは、リスクが高いわね」
家の中でも絶対に見つからないような場所があれば良いんだけど、自室でさえ今みたいなハプニングがあるからなぁ。
鍵をかけられて、ある程度の時間こもっていても問題ない場所というと……トイレとか?
だけどトイレでイチャイチャするっていうのは、なんか嫌だった。
家族とて四六時中一緒にいるわけじゃない。両親が出掛けて、たまには花梨と二人きりになれる時間も出来るだろう。
一先ず今は、その機会を辛抱強く待つとするか。
そんなことを考えながら、俺がお風呂に向かおうとすると……花梨に服の裾を掴まれた。
「ねぇ。お風呂って、鍵がついているわよね?」
彼女の発言の真意を、俺は瞬時に察した。なにせ俺もさっきまで、似たようなことを考えていたのだから。
「お風呂なら、多少イチャイチャしていてもバレないと思うわ。だから……一緒に入ろ?」
首を僅かに傾けながら、花梨は俺にねだる。クッソ可愛い。
しかし付き合って半年の恋人同士とはいえ、互いに一糸纏わぬ姿というのはいささかハードルが高かった。
「流石に裸っていうのは、ちょっと……」
「水着を着るから、それなら良い?」
俺は花梨の水着姿をまだ見たことがない。しかも初めて拝むのがお風呂って……なんだかイケない気持ちになってくる。
お風呂で洗いっこなんてしてみろ。イチャイチャを我慢していた分、歯止めが出来なくなってしまう気がする。
少なくとも、互いに窒息寸前に陥る程のディープなキスくらいする自信があるね。
「……お風呂場こそ、父さんたちに見つかったらマズいだろ。鍵付きで安全かもしれないが、バレた時のリスクが高い」
どちらかの部屋なら先程のように「勉強していた」と言い訳出来るが、お風呂でそれは通用しない。
寧ろ一緒にお風呂で勉強していたなんて言ったら、その時点で一発アウトだ。
だからお風呂でイチャイチャするのは諸刃の剣である。そんな口実を花梨だけでなく自身にも言い聞かせて、俺は湧き出す衝動を抑え込むのだった。
うん。やっぱり義妹との交際は難しい。
◇
父さんたちが再婚し、俺と花梨の意図せず同棲が始まって1ヶ月が経過した。
家では義兄妹、学校では恋人。全く異なる二つの関係性を明確に分けることを徹底していた俺たちは、未だに交際している事実を両親に悟られずにいた。
会えない時間が二人の愛を成長させるとも言うけれど、俺たちの場合一緒に住んでいるのにイチャイチャ出来ないもどかしさが、互いの愛を大きくさせていった。
今日は土曜日。家族になって1ヶ月記念ということで、今夜はパーティーをすることになった。
食材の買い出しは、義母さんの担当で。俺も荷物持ちとして、駆り出されるている。
黙って車の助手席に乗っていると、ふと義母さんが話しかけてきた。
「花梨とはどう? 仲良くやってくれている?」
「えぇ、まぁ」
「それはありがとうね。あの子って、昔から甘えん坊だから、そこのところも理解して貰えると嬉しいわ」
花梨が甘えん坊なのは、よく知っている。そしてそんなところも、彼女の魅力の一つだ。
「俺の方こそ、何かと頼らせて貰うことは多いですし。勉強とか、家事とか」
「本当? 私に気を遣って、そう言っているだけじゃないの?」
「そんなことありませんよ。寧ろ花梨は……俺の出会った中で、一番気の合う女性です」
「なんだか、義妹じゃなくて恋人に向けたようなセリフね」
だって義妹じゃなくて、恋人ですもの。
少々踏み込んだ発言だったが、義母さんは深く考えなかったようで。さっきの発言を蒸し返すような真似はしなかった。
「本音を言うとね、この再婚に不安を感じていたの。私たちに子供がいる以上、ただ「愛し合っているから」という理由で結婚するわけにはいかない。子供たちの気持ちも、当然考慮するべきだと考えていたの」
親の再婚相手の子供が知り合いだなんて、滅多にいることじゃない。ましてやそれが現在付き合っている恋人だなんて、そんな物語のような体験をする人間が一体この世に何人いるだろうか?
子供が同い年の異性だからこそ、父さんたちが慎重になるのも頷けた。
「でも、そんな心配が杞憂だったと思えるくらい二人は仲が良い。あなたたちが、義兄妹でいてくれる。だから私たちは、家族でいられる。そのことが、堪らなく幸せなの」
義母さんの本音を聞いて俺がまず抱いたのは……罪悪感だった。
違う。違うんだ。
確かに俺と花梨は義兄妹で、だから家族でいられるのかもしれないけれど、それは表面上の話なんだ。
俺と花梨は本当は恋人同士で、そのことを父さんたちに隠している。
父さんが幸せになれるのなら、それで十分だ。家では花梨と仲の良い義兄妹を演じ続けるとしよう。
しかし今の生活に満足していないというのもまた、事実であって。
数日前の夜、トイレに立った時に俺は偶然目撃してしまった。
リビングのソファーに座り、父さんの肩に頭を乗せている義母さんの姿を。
愛し合う二人を見て、俺はほんの一瞬だけど、「ずるい」と思ってしまったのだ。
俺たちは家族である為に、恋人らしい行為を我慢している。なのに、どうして父さんたちだけ。
勿論それが八つ当たりだと自覚しているし、眠さ故の思考だったと思ってもいる。
問題は、たとえ少しでも嫉妬心を抱いてしまったことだ。
このまま義兄妹と恋人同士という関係性の使い分けを続ければ、その嫉妬心はどんどん膨れ上がっていく。いずれは、我慢出来なくなってしまうだろう。
そうなった時……俺たちは、家族の幸せを再構築不可能になるまで破壊し尽くしてしまうかもしれない。
それだけは、なんとしても避けなくてはならない。今のうちに、胸の中の「爆弾」を処理しなければ。
恋人から恋人兼家族になった俺たちの関係に、更なる変化が訪れようとしていた。
◇
その日の夜。
パーティーを終えた後、俺は入浴の支度をしていた。
ボディスポンジとバスタオルと、あと水着をタンスから引っ張り出して、俺は花梨に一声かける。
「花梨。一緒に風呂に入らないか?」
花梨は目を見開いて驚いていた。
「そう言ってくれて嬉しいし、家の中でイチャイチャ出来るのは大歓迎なんだけど……良いの?」
花梨は両親を見ながら、尋ねる。
俺が前に言った、「風呂場でのイチャイチャはリスクが高い」というセリフを気にしているのだろう。
「父さんも義母さんも酔っ払っているし、問題ないだろ? 仮に見つかっても、「見間違い」だと言い張れば良い」
「……わかったわ。水着を取ってくるから、ちょっと待ってて」
数分後。
流石に同じ脱衣所で着替えるのは恥ずかしかったのか、自室で水着になった花梨がやって来る。
透き通るような、白い肌。バランスの取れた、理想的な体躯。
俺はいつもより刺激的な恋人の姿に、つい魅入ってしまった。
「……ジロジロ見られると、恥ずかしい」
「えっ? ……あっ、悪い」
「でも! ……嫌じゃない」
恥ずかしいと言うのなら、ジロジロ見るのはやめる。だけど嫌じゃないと言うのなら、チラチラ見るくらいは許して欲しい。
「えーと……よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
余所余所しい態度にどこか違和感を覚えながらも、俺たちは浴室に入る。
互いに頭を洗い合い、体は……まだ覚悟が足りていなかったので、背中を洗うだけに留めておいた。
そして浴槽の中に、二人向き合って座る。
一人用の浴槽だ。二人で入ると、かなり窮屈だった。
「……それで、どうしていきなり一緒にお風呂に入ろうだなんて言い出したの? どういう心境の変化?」
「前も言った通り、リスクが高いのは重々承知だ。でも……最後くらい、思い出を作ったって良いだろ?」
「……最後って、どういうこと?」
花梨が眉を顰めて訝しむ。
そんな顔をされるのは、予想出来ていた。
俺は義兄妹になってからのことと、昼間に義母さんから聞かされた話、そしてこれからの未来について考えた上で出したある結論を、花梨に告げる。
「別れよう」
花梨はまずは、驚くだろう。その次は、「どうしてよ!?」と声を荒げて怒るだろう。そして最後に、泣き出す筈だ。
しかし花梨の見せた反応は、俺の予想していたどれとも異なっていて。彼女は……穏やかな顔で微笑んでいた。
「……あなたも、同じことを考えていたのね」
「同じことって……花梨も別れようと思っていたのか?」
「えぇ。……でも、勘違いしないで。あなたのことを嫌いになったわけじゃない。寧ろ一緒に暮らし始めて、あなたへの愛は以前より大きくなっている」
そんなこと、言われなくてもわかっている。でなければ、こうして同じ浴槽に浸かっていたりしないだろう。
「……お昼に、お義父さんに言われたの。「これからも家族四人、仲良くやっていこう」って。その言葉を聞いて……私は凄くいけないことをしている気分になったの。だって、そうでしょう? 最高の家族になろうと努力しているお義父さんとお母さんを、私たちは裏切っているのよ?」
「俺も昼間、義母さんに似たようなことを言われた。そして……お前と全く同じ風に感じた」
家族と恋人の二足の草鞋なんて、はじめから無理な話だったのだ。
確かに愛は大きくなっていった。しかし家族である以上、それに比例して罪悪感も大きくなっていく。
愛以上に。
家族か恋人か。どちらか一つしか選べないのなら……。
俺も花梨も、既に答えを出していた。
俺と花梨は、抱き締め合う。
続けて口付けを交わし、互いの熱を感じ合う。
神様。どうか今だけは、許して下さい。
恋人でいるのは、これで最後にしますから。
「別れても、お前への愛は変わらない」
「えぇ、私も」
「俺はこの先、別の彼女を作ったりしない。お前が「嫌だ」と言うその日まで、お前の義兄でい続ける」
「「嫌だ」なんて、絶対に言ってあげないわよ」
「恋人じゃなくなったからって、これまでの思い出がなくなるわけじゃない。これから先も、変わらずお前を大切にする。だから――義妹になって下さい。一生かけて幸せにすると誓います」
こうして俺は、恋人と別れた。そして、義妹に永遠の愛を誓ったのだった。




