陰キャに優しいギャル......じゃねーよ!
桜舞い散る青空の下、私たち3人は入学式が終わってすぐに屋上に向かった。
私は轟響子、ここを訪れたのには理由がある。
ブラウンとベージュのカラーが入ったサラサラのセミロング。
風の当たる場所だからなのか、気合を入れた髪が靡いて少し崩れるのにテンションが下がった。
「響子、何青空ぼーっと眺めてるんだよ!」
声を掛けてきたのは中学からずっと一緒の連れ兼、ギャル仲間の舞。
「えー、私今日向ぼっこしてんのー。いいじゃん少しぐらい」
青空をぼーっと眺め、天然サロン風に全身に光を浴びた。
しかし、その時間も数秒で終わる。
もう1人のギャル仲間である、香菜が頭上に仁王立ちして影を作ってしまうからだ。
陰でちゃんとは表情を読み取れないが、声色からして若干キレてらっしゃるな。
私はため息を吐き、「ババアかよ!」と、心の中で突っ込みながらも腰をトントンと軽く叩いて起き上がった。
「響子がいったんでしょ。ここなら良いカモが見渡せるってさ」
「はいはい、わかったからもう。えーえー、探しますとも!」
あー、ヤニ吸いてぇ。
でもここじゃバレそうだからなぁ、我慢我慢。
そう自分に言い聞かせ、私は柵越しに校門を出る学生どもを俯瞰した。
うーん県内屈指の馬鹿校と聞いて入ったが、これはとんだ誤算だ。
「舞、香菜ごめんいねぇわ」
「はーうっざ。まぁ、私もそれは薄々気づいてたけどさ」
馬鹿校って2種類あるんだよね。
スポーツめっちゃ力入れてる所と、マジの所。
どうやら前者に当たってしまったらしい。
脳筋男どもは、多少の脅しじゃ怯まないからなぁ。
「どうする? 初めてだけど女をカモる?」
うーん、うちらの金づる確保の常套手段って美人局して脅すことだしなぁ。
女はハメにくいだろうどう考えても。
「とりあえず今日は面倒くさいし、遊びに行こうぜ」
そう声をかけると、舞は門側とは別の柵から見下ろしていた。
「香奈、響子いいの見つけたぞ!」
舞の言葉に乗せられ、私たちは校舎裏近くに来た。
この角の先に奴はいた。
「いやぁガリガリで身長低くて、おまけに前髪が眉にかかってる。どっからどう見ても陰キャ!」
私たち3人はハイタッチで喜びを表した。
それもそのはず、1人で背を丸めていじけてるような奴は気が弱いって相場が決まってんだ。
「今回は誰が色仕掛けするの?」
そう言うと舞は、私を力強く指差した。
「響子に決まってんじゃん。私たちにいーっつもやらせるし、今回私はちゃんと見つけたんだよ?」
「げっ、マジ?」
驚きつつそう返すも、2人はじーっとなこちらを見つめて無言を貫いた。
どうやら、考えを変える気はないらしい。
まぁ今回は私が提案したことだし、仕方ないか。
「よし、あいつから金ぶんどってケーキバイキング行こうぜ! ちゃんと写真撮ってくれよん」
私が2人に背中越しで親指を立てると、「わーってるって」と、気だるそうに舞が返した。
そして私は、腰を下ろして地面を眺める陰キャの背後まで近付くことに成功した。
さて、どう声をかけるか。
少し声のギアを調整し、陰キャの好きそうな萌えっぽいボイスで挨拶をしてみた。
「やっ! 君そこで何してるの?」
私は渾身のスマイルを放った。
同時に後ろで笑い声を塞ぎ切れてない2人の姿が目に入り、若干恥ずかしい。
しかしこの陰キャ......全無視である。
未だ腰を落とし、ダンゴムシのように縮こまって地面を眺めてる。
この私を差し置いてまでも、夢中になるものがあるって言うの?
虫の居所が悪くなり、私は彼の前に立って何をしているかを突き止めることにした。
「ねぇ〜、何して......るの?」
彼の姿を正面から確認したその直後、私は口を5秒ほど開けっぱなしになった。
理由は簡単で、地面にある約1センチの穴から出てくる蟻だ。
その蟻一匹一匹を、彼はカッターで切り刻んでいた。
ただそうしてるだけでもない。
背後からでは聞こえなかったが、微かな声で喋っている。
「クソ、あの天然パーマ野郎。最初は友達になろうって声かけてきたのに、同じような陽キャオーラ放つ奴見つけたら見捨てやがって! なら最初から声かけんなよ! 大体......」
こいつただの陰キャじゃない。
例えるなら、電車で触れてはいけない変人のそれじゃないか!
ヤバイヤバイ!
こんなの騙したら手に持ってるカッターで……。
その瞬間、背筋にじんわりと汗が滲み出た。
まだこちらに気づいてない内にこの場から逃げないと。
そう思い、私は後ろ歩きで彼から距離を離していった。
しかし2、3歩目で頭に丸めた紙がヒット。
投げたのはもちろん、舞と香奈だ。
2人はジト目でこちらを見つめ、何してんだオーラが半端ない!
あーもうこれ、絶対に逃げられないやつじゃん!
怖いのにもう、なるようになれ!
私は覚悟というか自暴自棄になり、ついに陰キャの肩にそっと手を置いた。
「ねぇ、何しているの? 教えてよ」
背中と脇は汗でビショビショだが、声色と表情だけは何とかこいつの好きそうな萌え寄りの演技を完璧にこなせた。
しかしゆっくりと顔をこちらに向ける彼の所作は、汗どころか下半身から別の液体が噴き出そう。
カッターをカチカチカチと鳴らす手の動きも、私を大変ビビらせる。
「えっ!? あの、すいません!」
彼は私の姿を見るや、動転したのかカッターを落としたのに気づかず立ち去ろうとした。
私は私で引くに引けない状況のため、カッターを拾い上げて再び彼の肩を掴む。
「はいこれ、落としたよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
彼に手渡しすると、カッターから垂れたのか私の手のひらにびっしりと蟻の体液と肉片がこびりついた。
「なんじゃこりゃあ!」と叫びたくなったが、システマ並みに深呼吸しまくって踏みとどまった。
彼はというと丁寧にお辞儀をし、素早くカッターをポケットへしまい込む。
あー、もう帰りたい。
でもあの2人がずっとジェスチャーで指示してくる。
「ねぇあなた、名前は?」
私は残った勇気を絞り、篭絡を続けた。
「お、俺、いや僕は志波雄大っていいます」
おー、何とかコミュニケーションが出来た。
というか、意外と対人では本性が出にくいのか?
な、ならもう少し強気に出てみるか。
「へぇ、雄大くんか。私はと......佐藤舞っていうのよろしくね」
咄嗟に舞の名前を借りてしまった。
私でもこいつに名前を覚えられるのはヤバいと思うし。
ていうか何で私こいつを篭絡しようとしてんだ?
さっさと「失敗しちゃったー」って、終わらせた方がいいに決まってるのに。
なーんか流れに乗って馬鹿なことしてしまった。
よし、もうさっさと終わらせよう!
「あのさ、雄大くんよかったら私と友達にならなーい?」
これで綺麗さっぱりこいつとはグッパイ!
ふー、爆弾処理しているような気分だった。
さぁ早くこの手を拒絶してくれ陰キャ君。
君みたいなタイプは、色仕掛けもしないこんなケバい女嫌いだろ?
案の定私が怖いのか、その場で泣きだしやがった。
「ご、ごめんね。こんな女怖いよね、じゃあねえ」
私は最後まで愛想よく対応し、足早の一歩を踏み出した。
これで舞と香菜も渋々ではあるかも知れないけど、納得してくれるだろう。
と、思った矢先のことだ。
「僕でよければ......お願いします!」
彼がそう発すると共に落ち葉が舞い、強い風が吹いた。
しかしその風に負けないほど、いや上回るほどの大声で彼は言い放つ。
私はただ、目を点にして振り向き「はい?」と、失笑するしかないのであった。
他にも連載2作、短編1作あるので投稿するまでの間読んでもらえると嬉しいです。