使用人見習い✕婦人✕護衛騎士
「あら、随分と落ち込んだ顔をして、また何かしてしまったの?」
「あ、クラウディア様。はい、旦那様が大切にしていた壺を割ってしまって……」
「そう、アレンは本当におっちょこちょいね」
「う、すみません……」
使用人見習いであるアレンはスラム出身の孤児であるため、屋敷での生活になかなか慣れることが出来ず失敗を繰り返す日々を過ごしていた。
(ああ、失敗して落ち込んでいるアレンもとても可愛いわぁ。このまま食べてしまいたいくらい……!)
彼をこの屋敷に招き入れたのは、ジンメル家当主の第一婦人であるクラウディアだ。街中を移動している際、本当にただの偶然でアレンとすれ違い一目惚れをしたのが全ての始まりである。
表面上は平常心を装っているが、内心は気が狂いそうなほど溺愛し、下卑た笑みを浮かべていた。
「ふふっ、本当にしょうがない子ねアレンは。旦那様には私が上手く誤魔化しておくから安心してちょうだい」
「は、はい、ありがとうございます!クラウディア様に受けたご恩はいずれ必ずお返しします!」
「気にしなくていいのよ。私が好きでやっているのだから」
スラムに居ればそのまま野垂れ死んでいた筈だったため、アレンはクラウディアに対し並々ならぬ恩を感じている。ただ、恩が大きすぎるが故にそれが足枷となって、関係を進展できずにいることをクラウディアは嘆いていた。
ちなみにジンメル家当主とクラウディアはいわゆる仮面夫婦で、互いに本心では一切関心がない。だから裏でいくら別の相手と関係を持とうと問題はなかった。
「こんな所にいたかアレン、探したぞ」
「あ、カトリナ様」
「そろそろ訓練の時間だからな、支度しておけ」
「はい!」
「では奥様、アレンを借りていきますので、これで失礼します」
「えぇ、無理のない程度によろしくね」
ジンメル家で騎士団長を努めているのが彼女、カトリナだ。見習いの従者であるアレンは覚えることが多くあるが、その中には最低限の戦う技術を身につけることも含まれている。
まだまだ子どもであるため、戦闘経験のない彼が本職の騎士と同じメニューをこなすことなど当然不可能だ。そのため隙間時間を見つけては、こうして騎士団長が直々に稽古をつけている。
「脇が甘い!そんなことでは刺客相手に簡単に剣を奪われるぞ!」
「は、はい……!」
屋敷の中庭ではカトリナの厳しい叱責と、それに必死に応えようとするアレンの姿があった。
自他ともに厳しく謹厳実直で有名な騎士団長の訓練は過酷である。だがそれでも受けた恩を返そうと、アレンは弱音を一切吐かず食らいついていた。
(この、なんてか弱くて嗜虐心を刺激する顔をしているんだ……!このままでは、このままでは私の心が持たない。今にもどうにかなってしまいそうだ!)
カトリナもクラウディアと同類であった。
「はぁっ!やぁっ!とうっ!」
「まだだ!もっと全力でぶつかってこい!」
「は、はい、とあぁっ!」
「よ、よしいいぞ、その調子だ!はぁ……はぁ……」
ぶつかる度にカトリナが興奮し恍惚とした笑みを浮かべていることなど、残念ながらアレンには気づく由もない。
そんな調子でアレンの訓練もとい、カトリナの自己満足なご褒美タイムは夕暮れまで続くのだった。
訓練後、汗でぐっしょりと濡れた身体を清めるため浴室へと向かったアレンは、そこで人生最大級の危機にさらされることとなった。
「奥様、アレンの世話は私に任せておけば問題ありませんので、ここはお下がり下さい」
「何を言っているのよ、あなたこそ疲れているのだから休むように指示を出していたはずよ?ここは私が受け持つから下がりなさい」
「いいえ。いくら奥様の命令と言えど、貴族である貴方様にお手を煩わせることなどあってはなりませんので。私がやります」
「あなた随分と生意気な口をきくようになったじゃない?命令違反で解雇にしてもいいのよ?分かったらとっとと消えてちょうだい」
「そんな脅しには屈しませんよ」
「この……!」
アレンが入室した浴室では、ちょうどクラウディアとカトリナが互いの欲望を賭けて火花を散らしている最中であった。
普段は温厚なクラウディアと厳しくもその奥に優しさを滲ませているカトリナ、そんな両者のこんな表情を見たのは初めてで、アレンは恐怖に支配され完全に縮み上がっている。
(このクソ女騎士が、私のアレンと混浴なんて絶対に許すわけ無いでしょ。最近アレンに下卑た視線を送っていたから不快だったけど、とうとう本性を表してきたわねこの脳筋女が……!)
(アレンとの出会いは私にとって運命だったんだ。彼を屋敷に招いたことは感謝しているが、それでも譲る気は絶対ない。アレンは私が責任を持って面倒を見るから、お前は貴族のブタ連中を相手でもしてろこの女狐め……!)
片や相手は貴族であり雇い主でもあるためなかなか強く出ることが出来ず、片や相手は一端の騎士だが直接の雇用は屋敷の主がしているため、理不尽な解雇は自身の立場を危うくさせる。
そんな両者の立場が根底にあるためか、お互い決め手に欠ける状況であった。だからこそ、全ての裁定はアレン本人にかかっている。
「アレンー?アレンは私のこと大好きよね?」
「えっ!?えっと、は、はい、とてもお慕いしております……」
「ほら見なさい。アレンは私のことが大好きだって分かったでしょ?部外者はとっとと消えてちょうだい」
「ちょっと待て……下さい!アレンはあなたに返しきれないほどの恩義を感じているのだから、断れなくて当然です。そこに付け入るのは卑怯なんじゃないですか?」
アレンを囲い込むことで有利を取ろうとするクラウディア。そんな彼女に反論したいカトリナだが、相手が恩人という強い立場である以上真っ向勝負で勝ち目はない。
(クラウディア様相手に正攻法では勝てるはずもない。ならば私の有利に引き込むまでだ!)
「申し訳ないがアレンはこれから浴室での特別訓練がありますので、クラウディア様は参加を控えていただきたい」
「え、そうだったんですか!?」
「ふざけたことを言わないで、そんな訓練など聞いたことがないわ」
「おや、クラウディア様はご存知ないと?高温多湿な浴室では、発汗による持久力の効果を見込め、滑りやすい床では足腰を強化することが可能なのです。いかなる場であろうとも鍛える心を忘れてはならないと、アレンには教え込まねばならないのですよ」
ここでカトリナのカウンターが炸裂した。訓練という自身の土俵に引き込むことで、今度はクラウディアを部外者へと仕立て上げたのだ。
戦闘に関して素人である彼女では、訓練という場においては邪魔者以外の何者でもない。
(やるわねカトリナ、上手いこと私を出し抜こうとして。でもアレンだけは誰にも譲るつもりはないわ。この子の可愛さはすべて私のもの。どんな風に成長していくのか、全身を隅から隅まで舐め回すように見る権利は絶対に渡さない!)
「カトリナの心掛けは見事なものですが、アレンもまだ鍛え始めたばかりなの。今日はゆっくりと体を休めるべきよ。さぁ、あなたは早く下がりなさい」
「いーえ、アレンはこう見えて根性がある……ます!きっとこの後の訓練も泣き言一つ言うことなく付いてこれるはずだ……です!」
両者一歩も譲らぬ白熱した議論は平行線となり、間に挟まれたアレンは顔を真っ赤に染めて目を回し、今にも爆発寸前である。
「ぼ、僕は川で身体を清めてきます!ごめんなさーーーーーい!」
そしてとうとう限界を迎えた彼は、その場にいることに耐えきれず全速力で逃亡した。むしろここまでよく逃げずに耐えたものである。
「ああ、アレン……でもあんなに頑張って走る姿も可愛い……!」
「なんて、なんて愛らしい走りなんだ……!」
「あ?」
「何ですか?」
走り去る後ろ姿ですらも愛おしくて興奮を隠せない両者。そして互いの言動が引き金となり、当事者のいない所で第2ラウンドが開始されるのであった。
ここまでご愛読ありがとうございました!書き溜めていたものがなくなったので、一旦ここで閉幕とします。
今後新しいヤンデレストーリーを思いつきましたらまた公開しようと思いますので、その際はよろしくお願いします!
また別件ですが、You Tubeの方で新しく異世界転生モノの二次創作を始めましたので、よろしければそちらも見ていただけたら嬉しいです!!
イナズマイレブンの技のみを拝借した転生物語です。
You Tube:https://youtube.com/channel/UCNHBUZmrvd3BWJPEW_m-j7Q