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ヤンデレ短編劇場  作者: 雨内 真尋
5/7

調教師✕魔物

「ガウッ!」

「はぁ、本当に他人には一切懐かないね君は」


 彼の名はヨハン。魔物の調教師をしている街では名の知れた魔物使いだ。彼の調教した魔物は命令に忠実で従順であるため、多方面からの需要を得ている。

 だがそんな彼には今大きな悩みがあった。それは目の前にいるこの魔物、クィーンウルフの「リリー」のことである。

 クィーンウルフは優秀な魔物ではあるが、人の手に慣れることは絶対にない危険生物とも言われていた。金色の体毛を持つキングウルフと対を成し、月光のように儚くも美しく輝く銀の毛を全身に纏った、最大全長は3メートルを超えるとも言われる凶暴な魔物だ。


「リリーは僕には凄く懐いてくれてるんだけど、お客さんが買おうとすると敵意剥き出しで脅してしまうから本当に困ったものだよ……」

「ガウゥ?」


 有名なクィーンウルフを我が物にしようと貴族や大商人などがこぞってヨハンの元を訪れたが、その全員を今にも殺してしまいそうな敵意の眼差しで睨みつけていたため、結局買い手は一人もつかなかった。

 調教された魔物は例外なく全員契約紋で縛られており、主の命令に背けば即罰則が浴びせられる。ヨハンも客を脅すリリーに対し何度か心を鬼にして契約紋を発動させたのだが、リリー自身が強大過ぎるためか効果は皆無だった。それも買い手がつかない理由の一つだろう。


「お前はずっと僕のそばにいるつもりか?」

「ガウッ!」


 ヨハンの嘆きにも似た問いかけに対し、リリーはご機嫌に鳴き頭を擦り寄せ甘えてくる。

 人の手に渡れない魔物を使役しているなど調教師としては失格だ。だがそれでも、魔物使いとしては強大な魔物を使役しているのは誇りでもある。

 悩みのタネであるリリーを優しく撫で回しながら、それでもそんな今の生活に満足しているヨハンであった。


「そう言えば、噂だとどこかの魔物使いがキングとクィーンの番を使役してて、しかも出産まで成功させたって聞いたことがあるな。今度その人を探して色々と相談に乗ってもらおうかな」


 同業者からそんな噂を聞いたことがあるヨハンは、参考にしたいことも多いので先駆者であるその魔物使いに話を聞きたいと思っていた。そのためにいつかは調教師を止めて、旅に出るのも一つの道だと。


「もし僕が度に出ることになったら、リリーは付いてきてくれるかい?」

「ガウゥ!」


 ヨハンの問いかけに対しリリーはもちろんだと首肯して元気よく鳴いた。会話は出来ないがそれでも二人は心では強い絆で結ばれている。

 最近はリリーのためになら調教師を止めて外の世界へ飛び出し、彼女の気に入る安住の地を見つけてあげたいとも考えるようになっていた。


「ヨハンさん、いらっしゃいますか?」

「いらっしゃいフラミニアさん。ご無沙汰してます」

「はい、お久しぶりです」


 フラミニアは行商人組合のご令嬢で、ヨハンは同じ商売人として彼女の父と懇意にさせてもらっていた。街外での取引が出来るようになったのも、組合の協力があればこそだ。


「今日はどうされました?」

「いえ、他愛もないお話なのですけれども、よろしければ今晩御夕食を一緒に如何かと思いまして、そのお誘いに参りました」

「ぼ、僕とですか!?そんな恐れ多い……!」

「うふふっ、安心して下さい。お父様も久しぶりにじっくりお話をしたいと言っておりましたので、遠慮することはありませんよ」

「あ、なるほどそういうことですか……」


 見目麗しいご令嬢より夕食の誘いを受け、ヨハンは気があるんじゃないかと勘違いをしてしまった。

 だがそう思ってしまうのも仕方のないことだろう。以前こそ彼女のいた経験のある彼だが、何故かここ最近は女性との縁がぱったりとなくなってしまったのだ。上手くいきそうな女性が現れると、毎回次の日以降僕の前に姿を現すことはなくなり、その後人伝で別の街へ移り住んだことを聞く。

 そんな状態であるため、フラミニアからの誘いに舞い上がってしまうのは当然のことだ。


「では、是非ご一緒させていただきます」

「分かりましたわ。今晩を楽しみにしております」


 恥ずかしさで顔を真赤にしながらも、ヨハンは夕食のお誘いに乗ることを伝えた。男女の話でなかったのは残念だが、それでも組合長と食事ができる機会もそれはそれで貴重なものであったから。


「じゃあこれから夕食に出掛けてくるから、皆大人しく留守番しててね」


 その後閉店の時間となったヨハンは、手早く店を閉めると魔物達の世話を済ませ出掛けていった。普段よりも服装に気を使って勝負服で行ったのは、お世話になっている恩人への最大限の礼儀からだ。


「ガウ……」


 ヨハンのその気遣いがリリーの心に深い闇をもたらしていることに気づくことはなく。

 浮かれる主の背中を悲しげな眼差しで見据えるリリーは、またこの時が来てしまったかと嘆くように小さく鳴いた。















 深夜遅く、一睡もすることなく主の帰りを待っていたリリーは、何かを確信するように暗い表情で立ち上がる。

 頑丈に施錠された檻の鍵は彼女の手にかかれば、容易く解錠してしまうため意味はない。優秀な魔物の中には魔法を使えるものもいると言うが、彼女のそれはそこいらの優秀な魔法使いなど目じゃない程に凌駕していたからだ。

 ちなみに魔法が使えることをリリーは隠しているためヨハンはこのことを知らない。痕跡を一切残さない完全犯罪である。


「ガウゥ」


 リリーが小さくひと鳴きすると同時に、現在ヨハンの扱っている取引用やそれ以外の魔物全てが檻から解き放たれた。

 解錠の魔法ともう一つ、クィーンウルフだけが使えると言われている特別な魔法「女王の威厳」により、全ての魔物を己の支配下に置いたのだ。

 こうしてヨハンの魔物の支配権を一時的に奪ったリリーは、暗い瞳を濁らせながら店を出る。目的地は当然、主であるヨハンの元へだ。


「ガウゥ……!」


 寝静まる夜の街を闊歩する魔物の群れ。隠蔽魔法で姿は消しているが、もし人に目撃されたら大騒ぎになることは間違いないだろう。

 そんな彼女らは迷うことなく最短距離で、主の眠る宿へと辿り着いていた。鼻の効くリリーならば例えヨハンが世界の反対側にいようと見つけ出してしまえる。


「ジジッ!」

「ガウ、ガルルゥ……!」


 宿への侵入は小型の魔物に任せたリリーは、今しがたそのものからの報告により過去最大の憤りを露わにする。なんとヨハンとフラミニアが同じ一室で眠っていたのだ。しかも同じベッドで。

 その事実はリリーの逆鱗に触れ、憎悪の眼差しとともに事を実行に移すことを最終決定した。それは令嬢を誘拐し、一晩かけてその身に己のしでかしたことの愚かさを分からせるための罰である。

 淡々と作業のようにフラミニアを攫ったリリーら一行は、人気の皆無な街外れの空き家へと移動していた。その手慣れた動きからは、もうまるで何度も同じことを経験したかのような達人の域に達している。


「コケー!」

「っ!?な、なんですの……!?」


 騒がしい魔物のひと鳴きによってフラミニアは深い眠りから目を覚ます。そして目の前に広がる光景に絶句した。何故ならそこには数多の魔物が彼女を囲い敵意のある眼差しを向けていたのだから。

 闇夜に光る獣の瞳が、まるで夜空のように爛々と彩っている。決してロマンチックなものではなく、恐怖の集合体としてだが。


「ガルルルゥ!」

「あ、あなたはヨハンの所にいる……これは一体どういうつもりですか!」

「グルルルルル」

「う……!」


 魔物の群れから一歩前に出てくるリリーに気づいたフラミニアは、沸き起こる恐怖を必死に抑えてそう問いかけた。

 だがそんなものを無視してリリーは彼女にも「女王の威厳」を行使する。目的は今晩ヨハンと何をしたか吐かせることだ。


「私はヨハンを騙して食事に誘いましたわ。本当はお父様は呼んでいませんの。でも二人きりだと警戒されると思い、嘘をついたのですわ」

「グルルゥ……」


 愛する主を騙し誑かしたことに怒りで頭がどうにかなってしまいそうなリリーだったが、どうにかこらえて続きを話すよう促した。


「楽しい食事も終わりかけた間際、再び私は嘘をつき酔ってしまって帰れないなどのことを言って宿に泊まるよう誘導しましたわ。ですがヨハンも随分と緊張していたらしく、酔が強く周り気を失うように眠っていしまいましたの。ですから目的を果たせなくて残念でした――ぎゃあああああああぁぁぁぁ!」


 その後もつらつらと夜の出来事を語ったフラミニアは、最後のセリフを言い切る前に絶叫を上げた。何故なら彼女の左腕が、リリーによって食い千切られてしまったからである。


「うううううう、痛い……!いやああああああ!こんなのもう無理、あれ?腕が、治って……」


 あまりの激痛に地面をのたうち回り絶叫するフラミニアだったが、次の瞬間には左腕が元通りとなり先程までの痛みも嘘のように消えていた。

 高位の治癒魔法も扱えるリリーによって、欠損した部位を再生させられたのである。


「あ、あなた達、こんなことをしてどうなるか分かっていますの!?私がお父様に言いつければ、ヨハンの店なんて簡単に潰せてしまうのですよ!」

「ガウッ」


 痛みの引いたフラミニアは怒り狂った形相で叫び散らす。だがリリーにはそんな脅しなど一切通じておらず、それが通したと鼻で笑っていた。


「ピイィィィィイ!」

「へ?ぐぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!目が、めがあああああああああぁぁぁぁぁぁ!」


 生意気な口をきく小娘へお仕置き、とばかりにリリーの指示で鳥型の魔物が襲い掛かる。

 鋭い嘴で眼窩を砕き、そのまま眼球を引き摺り出す。その激痛は想像を絶するもので、フラミニアの絶叫は街全体に響き渡りそうなほど苦痛に塗れていた。

 だが実際にはリリーによる遮音結界の影響で彼女の叫びは一切外部へ漏れはしない。


「ガウウー」

「がああああぁぁぁぁ!あ、ま、また痛くない。治ってる……」


 再び先程まで響いていた鈍痛が嘘のように引き、くり抜かれた片目は元通り見えるように完治していた。

 痛みを受けては消え、受けては消え、永続的に続くような拷問じみた行為に、フラミニアは初めて心の底から恐怖を抱く。

 心の何処かでは、権力者である自分を無茶できる相手など存在しないと思っていたから。そしてその甘い考えは、目の前に集う獣には関係ないということを悟ったから。


「も、もう止めて、許してください。私が、悪かったです。もうあなた方の主には二度と近づきません!絶対に!だからどうか、御慈悲を、お願いします……!」


 血が出るほど何度も強く頭を地面に擦り付け、全身全霊の謝罪を口にする。

 魔物を相手にここまで謝る人間はいないだろう。なぜなら彼らには言葉が通じないから。それでも、そんなことは分かりきっていても、フラミニアは謝ることをやめられなかった。今の彼女には、それ以外の選択肢がなかったのだから。


「ガーウッ!」


 だが、そんなフラミニアの痴態を嘲笑うように口元を吊り上げたリリーは、絶対に許しはしないと仲間達に命令を下す。眼の前の女の心が完膚なきまで壊れるまでただひたすらに、食べては癒やし食べては癒やし食べては癒やし食べては癒やしを繰り返せと。


「い、いや、いやいや、いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 この日二度目となるフラミニアの絶叫が響いた後、魔物達による報復は始まった。丸々一晩かけて行われたリリーによる獣葬は一人の人間の心を壊すには十分である。














「あーあ、やっぱり僕が不甲斐なかったからフラミニアさん帰っちゃったのかなぁ」


 翌日、共に宿に泊まっていたはずのフラミニアが先に帰宅してしまったと思いこんでいるヨハンは、自分のせいなんだと嘆いていた。そんな彼の横には、昨夜のことなど知らぬ存ぜぬと澄まし顔をしたリリーが擦り寄っている。


「あーもー落ち込むのはやめ!女のことなんて忘れて、僕は仕事のために生きてやるんだ!ねーリリー」

「ガウウー」


 頬を叩き吹っ切れた様子のヨハンは、そう宣言するとよしよしとリリーに抱きついてその頭を撫でだした。リリー自身も主の温もりに埋もれ、この上ないほど恍惚な笑みを浮かべている。

 主を誘惑する女性全てに報復する、彼女の濁った瞳にヨハンが気づくことはない。

You Tubeで1話先行公開しておりますのでよろしければどうぞ!


https://youtube.com/channel/UCNHBUZmrvd3BWJPEW_m-j7Q

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