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ヤンデレ短編劇場  作者: 雨内 真尋
3/7

騎士✕エルフ

「一緒に逃げましょう!ここに残ったら死んでしまいます!」

「守るべきものを守り死ねるのなら本望だ。さぁもう行け、お前達が逃げる時間くらいは稼いでみせる!」

「ああ、騎士様!騎士様ぁー!」


 ――騎士ニコラスは、懐かしい光景を夢に見ながら目を覚ました。もう何年も前のことだというのにこうして夢に見たのは、つい先日長きに渡る戦争が終結したからだろう。

 朝日を全身に浴びて身体を目覚めさせる。戦いのことを考えずにぐっすりと眠れたのは久方振りだったため、全身の疲労が抜けきった状態にすらも懐かしさを覚える。


「エルフの里、無事に復興しているといいが……」


 隣国との戦争では、同盟を結んでいたエルフの里が狙われるという事件が起こり、彼らを助けるために増援としてニコラスの部隊が派遣された。

 だが到着した時にはすでに里は火の海で、生き残ったエルフはほんの僅かしかいなかったのだ。その僅かな生き残りを救うため、ニコラスは部隊の全員を護衛として就かせ、自分は単身殿として敵兵に突撃した。

 その戦闘で重傷を負ったものの奇跡的に生き残ったニコラスは、今こうして戦争の終結を迎えたのである。


「あの戦いでエルフは戦争から離脱することとなった。今となっては彼らがどこに身を隠し過ごしているのか、知る者は誰もいないんだ」


 エルフの里には、一人親しくなった女性がいた。ニコラスは彼女のことを慕い、彼女もまたニコラスのことを愛していた。だが二人の運命は戦争という理不尽によって引き裂かれ、それからもう何年も経過したが、会うことも連絡を取り合うことも出来てはいない。

 生死すらも不明な状況だが、きっとどこかで生きている。ニコラスはただそう信じ彼女の幸せを願っていた。


「そろそろ式典の時間か、行かないとだな」


 戦争は勝利という形で終結し、今から活躍した騎士を称える叙勲式が行われる。同盟相手であるエルフの窮地に駆けつけ、その後いくつかの戦場で武勲を上げたニコラスは、その筆頭として呼ばれているため欠席は不可能だ。


「王国騎士団長ニコラス、そなたの活躍を称えここに貴族の爵位を拝命する」

「はっ、謹んでお受け致します!」


 一般の農民生まれであるニコラスにとって、爵位は身に余る栄誉であった。だが長年の戦いで自身の体が限界であることを悟っていた彼は、もう騎士として生きられないことを理解している。

 今後は裏方に下がり、後人の育成に尽力しようかなどと、そんな将来を思い描いていた。

 そうして式典も無難にこなし、今は王城での勝戦パーティーに顔を出している。


「ニコラス殿、少々お時間よろしいかな?」

「こ、これは伯爵殿、お初にお目にかかります。騎士団長ニコラスです。あっ」

「なっはっは!長年慣れ親しんできた地位を今日国へ返したばかりなのだ。すぐに順応できずとも当然だな」

「し、失礼いたしました……」


 パーティーでのんびりと食事を取っていたニコラスは、不意に声を掛けられつい騎士時代の名乗りをしてしまった。

 笑って流してくれた伯爵に感謝しつつも、恥ずかしさで赤くなる顔を止められない様子だ。


「それでニコラス殿よ、そなたは今後の将来をどのように考えている?」

「具体的にはまだ何もです。当面は教官として後人の育成に尽力しようかと」

「そうかそうか、それは立派な心掛けだな。しかしニコラス殿はまだ独り身と聞く。将来を考えるなら、そろそろ身を固めるのも男の義務というものだぞ」

「はは、仰る通りです。返す言葉もございません……」


 たとえ農民生まれと言えど、騎士団長の地位まで上り詰めたニコラスは国でも名のしれた英雄として扱われている。そのため当然縁談話は事欠かなかった。

 ただ彼の心には未だにエルフの女性のことが残っており、そして戦時中という状況もあり、縁談は全て断っていたのだ。

 だがそれも終結した今、いつまでも過去に縛られていないで、一歩前に踏み出す時ではないかという思いもあった。


「うむ、そこで相談なのだが、我が娘をニコラス殿の側で支えさせてやってはくれぬか?」

「初めまして、アリアンナと申します」

「アリアンナ様……あっ!し、失礼しました。ニコラスです」


 伯爵に紹介されて現れた娘アリアンナは、武人のニコラスですらも目を奪われるほどの美貌の持ち主であった。そんな美しさにエルフの女性と重ねてしまった彼は、もうこれまでのように簡単にその申し出を断ることが出来ない。

 前に進むと決めたニコラスは、アリアンナとのお付き合いを受ける決心をした。

 その後は女性慣れしていないニコラスの初々しい姿にアリアンナも強く心惹かれていき、互いの愛する想いが強くなった結果、無事結婚を迎えたのである。



















 ニコラスとアリアンナが結ばれてから5年の歳月が経過した。その間大きな争いが起こることもなく、子だからにも恵まれ順風満帆な生活を過ごしている。

 幸せがニコラスの過去を、エルフの女性との過去を乗り越え思い出にしようとしていた。

 そんな何の変哲もない日常である。過去を呼び起こす一報が届いたのは。


「エルフの使者が王城に現れただと!?」


 何年もの間姿を現すことのなかったエルフが、とうとう表舞台に現れたのだ。

 元々秘匿グセの強い彼らは今まで安否すらも不明だった。そんな同盟相手の吉報に国は大きく活気を帯びる。だがそんな中で唯一人、ニコラスだけは動揺を禁じ得なかった。


「あなた……」

「すまん、アリアンナ。真相を知るためにも私は王城へ行かねばならない」

「でも、エルフはあなたにとって大切な方がいたのですよね?本当に、大丈夫なのですか……?」

「安心しろ。エルフとの出来事は過去の話だ。今の私が愛しているのは、アリアンナと息子達だけさ」


 ニコラスは自分がエルフの女性に想いを寄せていた事をアリアンナに話している。そのことがあったからか不安を見せるアリアンナに対し、彼は頼りげのあるいつもの笑みを見せた。

 ニコラスが妻と子を愛しているというのは真実で、それが今の現実なのだと口に出して伝える。


「では行ってくる。留守を頼むぞ」

「はい、気をつけて行ってらっしゃい」


 愛する妻と玄関で口付けを交わしたニコラスは、そのまま愛馬に跨がり王城へと馳せ参じた。エルフの無事を確かめるため、過去の思い出に決着をつけるために。


「おや、これはこれは騎士団長様、いえ今は元でしたかね。ご無沙汰しております」

「じ、女王様!ご謙遜なようで何よりです。こちらこそ先の戦いでは御身をお守りすることができ光栄であります!」

「その節は本当にお世話になりました。あなたの部隊がいなければ、今頃エルフは絶滅していたでしょう」


 王城に到着したニコラスは謁見の間まで通され、そこでエルフの長である女王と再会することとなった。

 エルフが今も健在であることを己の目でも確認でき、心の底から安堵に包まれている。

 だというのに、彼の心には一抹の不安が込み上げ続けていた。その理由は、女王のニコラスを見据える視線に一切の笑みが無いからだろう。


「ところで、風の噂によると元騎士団長様はここ数年でご結婚をし、身を固めたとお聞きしましたが、まさか真実ではありませんよね……」

「い、いえ、それらは全て真実でございます」

「……そうでしたか。なるほど、分かりました」


 ニコラスの言葉を聞いた瞬間、女王の顔から笑顔が完全に消失した。残っているのは冷徹なまでの侮蔑を帯びた憤りである。


「なっ……」

「これは失礼しました。そうでしたか、すでに結婚を……それはなによりでございます。幸せな家庭を築けたら、良かったですね」


 次の瞬間には女王の顔は、普段の温和な自愛に満ちた笑みに戻っていた。

 だが一瞬でもその憤怒を浴びたニコラスは考える。女王は何故悪意を向けてきたのか、そして幸せな家庭を築けたら良かったという、その言葉の真の意味を……


「ま、まさか貴様ら、私の家族に何かするつもりか……!」

「はて、私には関係のないことですので。でも、あの子はどうなんでしょうね」

「……そういうことか。悪いが私は今すぐに帰らせてもらう!」

「それはもちろん、ご自由にどうぞ」


 女王の態度と言動から、全てを悟ったニコラスは走り出した。周囲の危険など顧みず、ただひたすらに全力疾走で。

 馬にも強く鞭を打ち酷使しあらん限りの速度で、愛する家族の待つ我が家への帰路を駆ける。


「今帰ったぞ!おいアリアンナ、無事か!?」


 街の明かりも全て消えた真夜中、屋敷へ帰ってきたニコラスは上がる呼吸など気にもとめず、声を荒らげそう叫んだ。

 家族の無事を確かめるまで、彼の心が安らぐことはない。


「あら、お帰りなさいニコラス。随分と早かったのですね」

「あ、ああ、少し野暮用でな。それよりも、お前達が何事もなくて良かった……」


 寝静まった真っ暗な屋敷の中で、窓から漏れる月明かりに照らされたアリアンナが現れる。そこでニコラスはようやく安堵のため息をついた。

 女王のあの態度から嫌な予感が脳裏をよぎったが、それらは全て杞憂だったのだと安心し。


「でも大丈夫ですよ。だって邪魔者は既に全員排除しておきましたから」

「っ!き、貴様、アリアンナではない……何者だ!?」


 だが次に放たれた言葉で、声音が、纏う雰囲気が、その全てがアリアンナとは似てるようで、まったく違う赤の他人だということに気がついた。

 途端に警戒心を最大まで引き上げたニコラスは、眼の前にいる女性を睨み剣に手を掛ける。未だ月明かりの逆光で相手の正体は掴めない。


「随分と物騒なもの言いですね。せっかく愛する彼女が、遠路遥々会いに来たというのに。私のことをお忘れですか?」

「なっ、まさかお前は!何故、何故お前がここに……!」

「だから言っているでしょう。愛する彼女が会いに来たのだと」


 対峙する相手の放つ言葉で、そして過去を呼び起こさせる懐かしい雰囲気で、ニコラスはとうとう気がついた。目の前にいる相手が件のエルフの女性であることに。


「そうか、だとしたら嬉しいことだが申し訳ない。私は既にアリアンナと家庭を築いている。だからお前と幸せになることはない!」

「ええ、そんなことは知っていますよ。ここへ訪れたのは、もう何日も前のことですから。あなたが私を裏切り、他の女と幸せそうに笑っている姿を見せられ、どれだけ怒りと悲しみでこの身を焦がしたことか!」


 ニコラスの拒絶に対し彼女の放つ言葉は、強い嫉妬と怒り、悲しみと嘆きに満ち溢れていた。ここまで強烈な激情を浴びた経験はかつてなく、その恐怖にニコラスは無意識に後退りしてしまう。


「たった数年、ほんの数年離れ離れになっただけだというのに……私を裏切ったこと、私を捨てて他の女に乗り移ったこと、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!絶対に許さない!」


「ぐっ、冗談じゃない。長寿であるエルフの価値観を私に押し付けるな!それよりも私の家族をどうした!アリアンナは無事なのか!?」


 恐怖で全身の鳥肌が止まらない中、それでもニコラスは大切なものを守るため立ち向かう。折れそうな心はその一点のみで、鋼よりも頑強に支えられていた。


「ああ、あの女ですか。アリアンナというのですね。それならそこにいるじゃないですか。よく見てくださいよ」

「そこだと?何を言って――は?あ、あ、アリアンナ?それに、子ども達、まで……」


 エルフの女性が示す指の先。それはニコラスの立つ位置の少し後方で、月明かりによって影になっている場所だった。

 そして目を凝らし送る視線の先にいたものは、無惨にも殺害された家族の姿だった。

 全身から流れている血は時間が立ち過ぎたのか赤黒く固まり、胴と頭は無惨にも引き千切られた様な跡がある。その瞳からは涙が溢れており、助けを請いながらも絶望し死を迎えたのだろうことが伺えた。


「くふふっ、浮気をしたことは許されませんが、相手がいなければもう関係ないですよね。だから寛大な私は、あなたのことを許してあげます」

「ふ、ふざけるなあああぁぁ!貴様だけは、貴様だけは絶対に許さな――うっ」


 大切な家族の喪失に絶望し心が折れる。そんな状態でも、目の前のこの女だけは許してはいけないと本能の叫ぶままに斬りかかった。

 だがニコラスの剣がエルフの女に届くことはなく、急速に訪れた睡魔に脳を支配され昏倒してしまう。エルフの扱う特殊な魔法によって、眠らされてしまったのだ。


「今は静かに眠っていて下さい。そして目が覚めた時、今度こそ私と、真実の愛を育みましょう?くふふ、くふっ、ふはははははははははは!」


 眼の前で眠るニコラスを愛おしげに抱き上げたエルフの女は、その唇にそっと口付けをすると、この上なく幸せそうな高笑いを上げる。静まり返る夜の屋敷に、彼女の笑い声だけがよく響いた。




 長寿で清潔潔癖を愛し、不純を憎悪する種族エルフ。そんな彼女達の怒りを買った男性は、全てを失い姿を消すという噂が、時折この世界には流れていた。

 エルフを愛したものは他に目を向けてはならない。さもなければ、災厄がその身を焼くことになると。

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