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ヤンデレ短編劇場  作者: 雨内 真尋
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鍛冶師✕大口顧客の娘

「カイル殿、進捗はどうだ?」

「バッチリですよ。もうすでに完成してます!」

「おお、流石仕事が早いな」


 俺の名はカイル。鍛冶師として自分の工房を持ち始めて早5年。まだまだ一流と呼べるほどの技術はないが、それでもここ最近は顧客がかなり増え生活も安定してきた。

 その中でも一番贔屓してもらっているのがこの方、ティルピッツ家の当主レオナルト様だ。今回はレオナルト様のご要望で、希少金属を用いたオーダーメイドの短剣を打った。


「どうぞ」

「ああ、助かる」

「確か娘さんへ護身用に持たせるんでしたよね。女性でも扱いやすいように出来るだけ軽くしておきました」

「はっはっは!見事だカイル殿、本当にお主は痒い所まで手が届く奴よ」

「いえいえ、恐れ入ります」


 今回は女性が扱う護身用の武器ということだったので、軽く加工したのが功を奏したようだ。

 顧客の要望から裏に隠された真意まで理解し工夫をこらす。それが真の鍛冶師だと思っている。こうして全力を出し切り、依頼主から笑顔でお礼を言われる瞬間が一番の幸せだ。


「ところでどうだねカイル殿、例の話は考えてくれたかな?」

「あー、婿養子の件ですか?あれなら何度もお伝えしている通り、俺には荷が重いので無理ですよ……」

「まぁ待て、そう結論を急ぐでない。君にとっても悪い話では無いはずだが?我がティルピッツ家の支援があれば、工房を更に大きくすることなど容易だ。そうなればカイル殿の夢にもより一層近づけるだろうて」

「有難いお話ではあります。ですが身の丈に合わない地位を頂いても、いずれボロが出てしまい成功は難しいでしょう。必ず自分自身の実力で上り詰めて見せますので、どうかそれまで暖かく見守っていただけると嬉しいです」


 俺には夢がある。それはこの国一の鍛冶師になることだ。確かにティルピッツ家の援助があれば達成まで大きな近道になるだろうが、それでは意味がない。純粋に実力のみで評価された鍛冶師こそが、真の国一番だと俺は考えている。

 レオナルト様にはいつもお世話になっている手前本当に申し訳ないと思っているが、この我儘だけは貫き通したいのだ。それが俺の鍛冶師としての誇りなのだから。


「むぅ、そうか……。分かった、残念だが今回は引き下がろう。ではまた次の依頼時にはよろしく頼むぞ」

「はい!その際はまたよろしくお願いします!」


 そうしてレオナルト様は短剣を持って帰っていく。











 屋敷へ帰宅したレオナルトは、敷居を跨ぐ前に一度大きくため息をついた。

 その理由は、これから愛娘であるレナータよりキツいお叱りを受けることになるからだ。その情景が脳裏によぎり今すぐ後戻りしたい衝動に駆られるも、意を決し重い足取りで一歩ずつ前へと進む。


「あらお父様お帰りなさい。今日はお庭のダリアが綺麗に咲いておりましたのよ」

「ただいま。そうか、もうそんな季節だったな。はっはっは!」

「それはそうと、カイルの方は如何でした?」

「うっ、そ、それはだな……」


 何気ない雑談で油断を誘い、気が抜けたところで本題を切り出すその話術にレイナルトはまんまと嵌められてしまった。

 心の準備が出来ていないまま、それでも逃げ場はなく話さなければならない状況となってしまった為、覚悟を決めて今日の出来事を語る。


「なるほど、そうでしたか」

「う、うむ。彼もなかなかたくましい夢を持っているようでな。はっはっは――」

「この愚図が、その不甲斐ない結果で何を悠長に笑っているのですか」

「ぐ、愚図!?なぁレリータよ、一応わしはそなたの父親なのじゃが……」

「黙れ。誰が口答えをしていいと言いました?お父様がそんな性格だから、カイルにも呆気なく振られるんじゃありませんの?」


 実の娘から浴びせられる容赦のない罵詈雑言にレイナルトの精神はもはや限界だった。だがそんな父に対し、レリータは攻撃の手を一切緩めることはない。


「だいたいお父様に貴族としての魅力が足りないから、カイルはこちらに就こうとしないのですよ。悔しかったら他貴族を出し抜いて、ティルピッツ家の威厳を見せるくらいのことはして下さい」


「そ、そこまで言わんでも……」


 強烈な言葉の数々にとうとうレオナルトは膝から崩れ落ちた。その瞳には薄っすらと涙までも浮かべてしまっている。

 これが口喧嘩で負けた父親の憐れな姿だ。


「これまで変な虫が付かないよう後方から色々と小細工を講じたり、工房が繁盛するよう裏で顧客を斡旋して来ましたが、それもあまり意味はなかったようですね」

「レリータ、お前いつの間にそんな事をしておったのか……?」

「何を当たり前のことを。カイルと結ばれるのは私なのですから、それ以外の虫共とくっつかないようにするのは当然でしょう?それに、将来傍に仕えて支える伴侶として旦那の仕事を陰ながらサポートするのは、妻としての当然の義務ですから」

「つ、妻?お前は一体何を言っておるんだ……?」


 妻という言葉を強調して言ったレリータは、その瞬間だけほんのりと頬を赤く染めていた。まるで理想の殿方に恋い焦がれる乙女のように。

 そんな言動の全てが理解出来ない父レオナルトは、衝撃の数々に返す言葉もなくただあんぐりと口を開けるのみである。


「はぁ、もういいです。今回のことでお父様に任せても埒が明かないことはよく分かりました。後は私が直々に行います」

「なっ、それは待つのだ!レリータが動いては、カイル殿がどうなってしまうか……!」

「そう言ってお父様が動いた結果が、この無様な惨状じゃないですか。愚図は黙っていなさい」


 そう言葉を切ると、怒り足でレリータは自室へと戻っていく。そんな娘の後ろ姿をレオナルトは止められず、ただ呆然と眺めることしか出来なかった。

 何を隠そうこのティルピッツ家の長女レリータは、国では知る人ぞ知る政界の切れ者である。家の権力の約半分は彼女の手腕によって拡大したと言っても過言ではない。

 だが、そんな実績とは裏腹に彼女は求める結果に対し一切手段を選ばない女であるため、中には相当過激な政策も含まれている。そういった出来事があったからか、レリータは貴族間ではしばしば、冷徹嬢と揶揄され恐れられているのだった。


「待っていなさいカイル、あなたは絶対に私のものにしてみせるわ」


 愛しの男を我が物にせんと息を巻く冷徹嬢。その瞳は闇より暗く漆黒に染まり、口から覗く純白の歯は対象的に、怪しくも艷やかに煌めいている。

 厄介な女にその身を狙われることになってしまった、しがない町工房の鍛冶師カイルの運命はどうなってしまうのか。

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