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「あ、おはようございます!シアワセ・クリーン・サービスです!」
「それはわかったから、静かにしてもらえませんか?」
「それは大変失礼いたしました!」
だからその声が大きいと返したくなるが、堪えて玄関に招き入れた。
狭い玄関に二人で立つと窮屈だけど、これ以上入らせるつもりはなかった。
掃除業者という割には荷物は肩に掛けたトートバッグひとつだけで、その服装は大学生にも見えるほどカジュアルだった。
「それで?依頼内容って何ですか?ああ、それと一応これは持ったまま話させてもらいますね」
男にスプレーを見せたが、「もちろん大丈夫ですよ」と微笑みをキープさせながら答えてくる。
「女性の一人暮らしは何かとご心配ですものね。では、平野さまからのご依頼をご説明いたしますね」
男は私の警戒心などまったく意に介さないようにマイペースに話しはじめた。
そしてバッグから黒いバインダーを取り出し捲りながら続けた。
「平野さまが仰るには、橋本さまは最近心身ともに疲弊されてそうなのでぜひクリーンサービスを受けて新たな生活をスタートさせてほしい……とのことです」
先輩……
私は、事情を知ってる平野先輩ならあり得ないでもないかなと思った。
私の事情…それは、二年も同棲していた彼の浮気が発覚し、住み慣れた部屋を超特急で引っ越した―――そんな、どこにでもある話だ。
ちょうど平野先輩も結婚前提の同棲相手と婚約解消したばかりだったので、互いの似通った境遇を語り合っていたというわけだ。
私の方はまだ結婚の話は出てなかったが、同棲を始める際実家の両親には会わせていたので、破局を報告したときの母の心配そうな表情には申し訳なさでいっぱいだった。……いや別に私が悪いわけではないのだけど。
でも、私にも足りなかったところはあったし、ああしてたら、こうしてたら…そんな反省はほぼ日課のように降ってきていた。
そしてそういった事情を把握している平野先輩が、きっと私を元気付けるつもりでこの男を寄越したのだろう。
……先輩らしいと言えば先輩らしい。
だが、今は引っ越しの片付けも一通り済んでる状態で、とりたてて掃除が必要ではないのだ。それに、やはり見ず知らずの男を部屋に上げるのは遠慮したい。
「すみません、せっかくですが、この通り狭い部屋ですので、掃除をしていただくところもないんですよ。ですのでどうぞお引き取り…」
「いえいえ、お掃除するのはお部屋ではありませんよ?」
お引き取りくださいの言葉が、男の柔和な笑顔に取り上げられる。
「は?」
部屋じゃないならどこを掃除するというのだろう?
「はい。私共がご提供しますのは、メモリー、つまり記憶のクリーンサービスでございます!」