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「毎度おなじみシアワセ・クリーン・サービスです!」


日曜の午前、けたたましいチャイムと共に部屋に響き渡ったのは、まったくもって聞き覚えのない会社の名前を連呼する男の声だった。


枕元のスマホが示す時刻は午前9時。

平日ならともかく、大多数の仕事が休みとなる日曜では、まだ早いと見なされる時間帯であろう。

私はスマホを元に戻すと、居留守を決め込むことにした。

掃除代行だか配達クリーニングだか知らないが、どうせどこかの会社の営業だろう。

このマンションは単身者向けだし、日曜のこの時間なら普段仕事に出てる住人も在宅確率が高いと踏んでの奇襲に違いない。

そんな手慣れた営業の相手をするほど私は暇じゃないし、元気でもないのだから。


「おはようございます!シアワセ・クリーン・サービスです」


だが男は諦めない。

よほどきついノルマでもあるのだろうか。いや、だとしたら、返事すらない家などすぐに切り捨てて次へ次へと巡るはずだ。


「橋本さまー!おはようございます!シアワセ・クリーン・サービスです!」


とうとう名指しで呼びかけはじめた男に、私の寝ぼけ眼もピリッと覚めてしまう。

そして男の声が意外にいい声だということにも気がついた。

これだけいい声だから、それに惹かれて扉を開けてしまう女性もいるんだろうな……

そんなどうでもいいことを思いながらも、絶対に出るつもりがない私は、掛け布団を引っ張りあげて潜り込む。

だが、ふと、違和感がよぎった。

………表札を出してないのに、どうして私の名前を知ってるの?

しかも、先週ここに引っ越してきたばかりなのに。

違和感は不審に変わり、私は布団から顔を出さずにはいられなくなった。



……とりあえず、インターホンの画面を確認してみようか。

恐怖心がないわけではないが、相手の顔すら確かめずに怖がるわけにもいかない。

こんな声優にも負けない美声の持ち主、私の知り合いにはいないけれど、万が一ということもある。

私はベッドからなるべく音をたてずにリビングに移動した。

こんなことなら、多少家賃が高くてもちゃんとオートロックがついてるマンションに引っ越せばよかった……そんな後悔を漂わせつつ、インターホン画面に目をやった。



「橋本さまー、お留守ですかー?シアワセ・クリーン・サービスです!」


画面に映っているのは、比較的若い男だった。

キャップを浅く被っていて、そこには“シアワセ・クリーン・サービス”とカタカナで記されている。

男前声を裏切らない、なかなかのイケメンだ。

だがこんなイケメンだからこそ、もし知り合いなら私の記憶に残っていないのはおかしい。

要するに、このシアワセ・クリーン・サービスの営業マンは、私の関係者ではないのだ。

ではなぜ私の家を知っているのか?

いや、そもそも彼は、ただの営業マンなのだろうか?

だってまるで、彼は私の家を狙って訪ねているようではないか。

宅配業者が私宛の荷物を届けるがごとく、私のみに目的があるような様子だ。


……どうしよう、もしかして不審者?

でもピンポイントで訪ねてるあたり、もしかしたら本当に私に用があるのかも?

ただ、シアワセ・クリーン・サービスなんて会社には心当たりの欠片すらないのだ。

迷いに迷った末、やはり居留守を貫くことにした。

例え私に用があったのだとしても、ずっと無視してればいつかは諦めて帰るだろう。

だけどもしもという場合に備え、念のために着替えておこうと、私は寝室に戻った。なるべく静かにだ。

だがそのとき、


「橋本さまー!同僚の平野真実さまからのご紹介で伺いましたが、お留守ですかー?」


扉の向こうから、またもやピンポイントの名前が飛び込んできたのである。

平野と聞き、聞き覚えがありすぎた私は思わず身体をビクリとさせてしまう。

その反動で、床に転がっていたテレビのリモコンを踏みつけてしまい、パッと電源が入った。

とたんに、賑やかな音楽と陽気なナレーションのコマーシャルが容赦なく流れ出す。


「―――っ!」


慌ててリモコンに手を伸ばすも、それよりも早くに、室内の異変を察知した外からの声が大きく侵入してきたのだった。


「あ、橋本さま、いらっしゃったんですね?おはようございます!シアワセ・クリーン・サービスです!」


さっきよりもさらに1ランク気合いを高めた男の様子に、私は手を引っ込めるしかなかった。


「橋本さまー?橋本さまー!」


こんなことならもっと遮音がしっかりしてるマンションに引っ越せばよかったと、本日二つ目の後悔を引きずりながら仕方なくインターホンの通話ボタンを操作した。



「………はい」


「あ、橋本さまでいらっしゃいますか?おはようございます!シアワセ・クリーン・サービスです!」


画面越しに目があった男は、やはり整った面だった。だが今流行りのイケメンというよりは、少し昔の男前という印象だ。凛々しいというか、昭和の映画に出てくるような感じの。


「あの、何かご用ですか?」


警戒心を余すことなく表現すると、男はにっこり笑った。


「平野真実さまからご依頼を受けまして、本日参りました」


「依頼?」


「はい。お掃除のご依頼です。最近、橋本さまも環境の変化がおありで、きっとお掃除が必要だろうからとおっしゃってました」


環境の変化…だいぶ曖昧に匂わせているが、この男は私の事情を承知しているようだ。

私の同僚でもある平野先輩から得た情報ならば、それは間違いないものだろう。

確かに、私は平野先輩に色々話を聞いてもらってた。

先輩がなぜこの男に私の個人情報を漏らしたのかは知らないが、何にせよ、こんな初対面の見知らぬ男に関与されるのは歓迎しない。



「……あの、平野さんからの依頼ということですけど、わたしは間に合ってますので、お引き取りいただけますか?」


控えめに、失礼のないように断り文句を告げるも、男は少しも表情を変えることなく「申し訳ありません。依頼内容を聞いていただくまでは戻ることができない決まりでして」と訴えてくる。


「……わかりました。ではお聞きしますのでどうぞ」


これ以上引きのびてしまうのは得策ではないと考えた私は、インターホンを介して話を聞くつもりだったのだが、


「ご理解いただきありがとうございます!ではご説明を……あ、おはようございます!お騒がせしております」


男の背後にご近所さんの存在を察知すると、急いで男の大声を制したのだった。


「待って!そこでそれ以上大きな声出さないで。………すぐ着替えるので、ちょっと静かに待っててください」


ただでさえ引っ越しのバタバタでご近所さんには迷惑をかけてるのだ。

そのうえ日曜の朝から共有部分でひと騒ぎ起こすなんて、絶対に避けたい。

やむなく、掃除業者の男に玄関をくぐらせることにしたのだった。


男が不審者である可能性も過ったが、それならわざわざ平野先輩の名前を出す必要もないだろうし、護身用の催涙スプレーを持っていれば万が一の時も逃げることは可能だろう。

そう考えた私は手早く着替え、適当に髪や室内を整え、最後にテレビの音量を下げて扉の鍵を開く。もちろん催涙スプレーを握りながら。











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