表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Cafe Shelly

Cafe Shelly 残りの人生

作者: 日向ひなた

 五月一日、午前二時十五分。

「よいか、よく聞け。お前の命はあと三ヶ月。八月一日の午後三時二十五分にはお前の命は尽きてしまう。その間、どのように生きるのか。よく考えると良い」

 えっ、何だ今の? 私はびっくりする勢いで飛び起きた。やけにリアルな声。そして、なにやら神々しい姿の老人からそんなことを言われた。

 夢、そうか、夢か。慌てて時計を見るとまだ夜中。ゴールデンウィークの最中ではあるが、明日は通常通りの出勤。もう少し寝るか。

 隣で寝息を立てている妻をあらためて見る。結婚して二十年も経つと、色気も何も感じないな。なんてことを考えながらも、再び目を閉じる。

 が、出てくるのはさっき夢で見た変な老人とその言葉。八月一日の午後三時二十五分に私の命が尽きてしまう。何の冗談だか。

 体はいたって健康。つい先日、人間ドッグで検査してもらったばかりで、医者からもお若いですねとお墨付きをもらった。私の自慢は、未だに成人式のスーツが着れること。あれから二十四年も経っているのに、体型が殆ど変わらない。運動も適度に行なっているし、最近は食生活も気を使っている。ということは病気で死ぬわけではないのか。じゃぁ事故で死ぬってことか? そんなことが頭の中をグルグルと駆け巡りながら、気がつけば朝を迎えていた。

「おはよぅ」

「あら、あなた、なんだかいつもと違って眠たそうね」

「あぁ、昨日の夜中変な夢を見てな。おかげで寝付けなかったよ」

「ふぅん、そう。はい、朝ごはん」

 妻は私の夢の話には関心なさそうだ。さっさと朝ごはんを済ませて会社に行ってくれたほうが助かる、といった感じ。

「お父さんおはよう」

「あぁ、おはよう」

 起きてきたのは長女。高校三年生で今年受験生。といってもまだまだその自覚がないようで、昨日も遅くまでテレビを見て馬鹿笑いしていた。

「おぁよー」

 さらに中学二年生の長男も起床。部活のバスケが忙しいらしく、昨日も練習。

「ほら、二人とも学校なんだから。ダラダラしないっ!」

 妻からそう叱られながらも朝食をとる子どもたち。毎朝見る光景だ。この光景もあと三ヶ月しか見ることができないのか…いやいや、そんなことはないだろう。自分の気持が、つい夢の方に引きずられていたのですぐに否定。

 けれどもう一度考えなおしてみた。もしあの夢が本当だったら、今目の前で起きているこの日常を味わうことはできなくなるのか。そう思うとなんだか物悲しくなってきた。

 あの夢のお陰で、今日は一日考え事をすることが多くなった。もし本当に私の命が後三ヶ月だったら。今のままでいいんだろうか? なんだかとても悔いの残る人生にならないだろうか? まだまだやりたいこと、行きたいところはたくさんある。なのにこんなことやっていていいんだろうか?

 若いころは大金持ちになる成功を夢見たこともある。そういうたぐいの本を買っては読み、自分の心の中に落としこんでいった。ネットワークビジネスも始めたこともある。インターネットのアフィリエイトなんてのもやってみた。だが現実は厳しい。思ったように稼げるわけもなく、気がつけばどれも中途半端。結果的に、人並みの生活を維持するのが精一杯。

 だからといって、残り三ヶ月で何ができるだろうか? これが病気で余命三ヶ月なら、体も動かせないのでベッドの上で手記でも書いて終わるところなんだろうが。

 だが私は健康。やろうと思えばどんなことでもできる。どんなところへも行ける。だったら行きたかったところにでも行くか?

 そんなことできるわけがない。仕事だってあるし、家族が許すわけがない。お金だって余裕がある訳じゃなし。そんな感じで頭の中がぐるぐるまわって一日が終わった。

さらにその日の夜、また私を悩ませる出来事が起きた。

「お前の命はあと三ヶ月。八月一日の午後三時二十五分にはお前の命は尽きてしまう。どのように生きるのか、よく考えてみたか?」

 また出た。時計を見ると夜中の二時十五分。昨日と同じ時間だ。

 仙人のような格好をした老人が私にそう語りかける。今度は昨日よりさらにリアルだ。やはり本当のことなのか? 私は真剣になって考え始めた。おかげでまた眠れなくなり、昨日よりもさらに眠たい朝を迎えることになった。

「おい、なんだか元気なさそうだな。どうしたんだよ?」

 会社でも同僚からそう声をかけられる始末。まさか、神様が夢枕に立って余命を告げた、なんてことは言えない。そんなこと言ったら笑われるだけだし。同僚にはちょっと悩み事があって、としか答えていない。同僚もそれ以上はとりあわない。面倒に巻き込まれるのが嫌なのだろう。

 そう考えたら、こんなことをまじめに話せるような友人なんていただろうか。ふとそんなことを思った。社会人になってから二十年以上経つが。親友と呼べるような人間がいないことに気づいた。なんて希薄な人生なんだろう。学生時代はこんなことでも真剣に話せる友達がいたのだが。

 このとき、大学時代の友人の顔が思い浮かんだ。それこそ、あの頃は掛け値なしに親友と呼べる相手だった。

 会いたい、あいつに会って話がしたい。今、無性にその気持ちが湧いてきた。確か地元で学校の先生をやって、今はそれをやめて喫茶店をしていたんじゃなかったかな。今では年賀状のやり取りくらいしかやっていない仲だが。

 明日から四連休。この間に久々に地元に帰ってやつを尋ねてみるか。

 その日の夜、年賀状をひっくり返してヤツの住所を確認。そして妻には連休中に実家に行かないかと提案。

「えぇっ、別に私は行きたくないわよ。それに、そんな計画を立てるんだったらもっと早く言ってよ。明彦のバスケの試合が四日に入ってるし。さつきは友達と遊びに行くって言ってたから、子どもたちも反対するはずよ」

「わかった、一人で行ってみるよ」

「そうしてくれると助かるな」

 妻の思惑はわかっている。私がいないほうが家事も手抜きできるし、それこそ自分も自由な時間で友達と遊びたいんだろう。最近、妻はカラオケに凝ってるみたいだし。じゃぁということで、私も遠慮なく実家に戻ることにした。

 翌日、早速朝から車で移動。高速はちょっと渋滞したが、昼には到着した。

「えぇっと、確か街中のあの通りだったよな」

 実家には夕方にでも行けばいい。まずはヤツのところへ。年賀状の住所を頼りに、スマホで地図を見ながらだいたいのあたりを付ける。車は近くの駐車場に停め、久しぶりに歩く地元の街の景色を楽しむこともなく目的地に一目散。

「あ、ここだここだ」

 見つけた黒板の看板。

「カフェ・シェリーか。あいつ、学生時代からコーヒー好きだったけど本当に喫茶店を開くとはなぁ」

 ふと看板を見ると、手書きでこんな言葉が書かれてあった。

「過去は振り返るものではなく、未来を創るためのもの」

 その言葉にドキッとした。まるで私が今日ここに来るのがわかっているかのような言葉じゃないか。

 ヤツに会いに来たのは、過去を懐かしむためではない。残り三ヶ月をどう過ごせばいいのか、それを話すためにやってきたのだから。そうだ、残り三ヶ月とはいえ未来を創るためのものなのだ。そのことを再度自覚して、ゆっくりと階段を上る。

 思えばヤツに合うのは何年ぶりだろう。あいつ、数年前に再婚したんだよな。そのときに結婚式に招待はされたけれど、運悪くちょうどそのときは海外出張中。それ以前だから…おそらく十年以上は会っていない。

カラン、コロン、カラン

 その扉を開くと、軽快なカウベルの音が私を出迎えてくれた。同時に聞こえる、若い女性の「いらっしゃいませ」の声。続けて、私が聞き慣れたあの落ち着いた声で「いらっしゃいませ」が続く。その声を聴いて、私はとても懐かしく、そして気持が安らぐ感じがした。

「よぉっ」

 私はにこやかに手を上げて、カウンターにいるヤツと目を合わせる。

「弘寿、おぉっ、何年ぶりだ。こっちに帰ってきてたのか?」

 ヤツは目を丸くして私の来訪を歓迎してくれた。

「あぁ、そんなに離れたところにいるわけじゃないのに、久々に戻ってきたよ」

 私はまだ誰も座っていないカウンター席を陣取り、懐かしむヤツの顔をまじまじとながめた。

「マイ、紹介するよ。こいつ、学生時代の悪友で弘寿っていうんだ」

 マイって、確か奥さんだったよな。髪が長く、とても綺麗で若く、ヤツにはもったいない。

「初めまして、マイです」

 にこやかな顔が店の雰囲気を明るくしてくれる。

「こいつとは学生時代にいろいろと語り合ったからなぁ。今の思想の原点ともいえるかな」

 そうなんだ、私もこいつと同じ考えを持っている。だから今日はここに来たんだ。

「おい、早速だけど話があるんだ」

「話、か。うちのオリジナルブレンドでいいか?」

 ヤツはそう言うと、早速コーヒーを淹れる準備を始めた。そして耳はオレの方を向けてくれる。ヤツがコーヒーを淹れながら私の話を聴くってスタイルも懐かしい。よくヤツのアパートでこんな感じで会話を進めたものだ。

「おまえ、神様って信じる方だったよな」

 オレはいきなり本題に入ることにした。ヤツに回りくどい言い方は不要だ。

「あぁ、神の存在は信じているというより感じているからな」

「じゃぁ、その神様が夢枕に立って、とあるお告げをしたら。お前はどう思う?」

「それが神だという確信が持てれば、そのお告げを信じるだろうけど」

「そうか、まずはそこが問題だったな」

 確かにヤツの言うとおりだ。あの夢に出てきたのが神かどうかさえわからないまま、悩んでいる自分がいる。

「神かどうかなんて、どうやって調べればいいんだ?」

 ヤツにそう質問。これにはどう答えを返してくるのだろうか?

「そんなこと簡単さ。夢枕に出てきた時に聞けばいいんだよ。あなたは神ですかって」

「それで正直に答えてくれるのかよ?」

「神ならね」

 なんだかわかったようなわからないような答えだ。とりあえず話を進めることにしよう。

「じゃぁ、それが神様だったとしよう。その神様から、お前の命は残り三ヶ月だと宣告されたら。どうする?」

 ここでヤツの動きが一瞬止まった。

「そうだな、それが真実なら受け入れるしかないだろう。そして、残りの三ヶ月を悔いのないようにどう生きるのか。それを真剣に考えるかな」

 オレがヤツに期待した通りの答えが帰ってきた。ヤツは続けて私に質問してきた。

「弘寿、そう言われたのか?」

 その顔は真顔であった。私もその質問には無言ではあるが、真剣な目で首を縦に振った。

「そうか、だからここに来たのか」

 これに対しても同じように首を縦に振る。ヤツは一拍置いて、こう質問してきた。

「それ、いつだ?」

「夢に出てきたのはつい二日前だ。五月に入るときだった。そして、八月一日の午後三時二十五分にはお前の命は尽きてしまう。そう言われたよ」

「やけに細かい時間まで言われたんだな。でも、どんなふうに命が尽きるんだ? 今病気でも持っているのか?」

「いや、至って健康だよ。先日人間ドッグにも行って異常なしと太鼓判を押されたからな」

「となると事故か何かなのかな?」

「それはわからん。わからんが…これからどう生きればいいと思う?」

 私は本気で考え始めた。

「そうか…じゃぁその答えを見つけるのに、こいつに手伝ってもらおう」

 そう言ってヤツはコーヒーを私に差し出した。

「こいつにって、このコーヒーにか?」

「あぁ、このシェリー・ブレンドは飲んだ人が今望んでいるものの味がする。人によっては望んでいるものの映像が見えることもある」

 そんな馬鹿な、と一瞬思ったが冗談でそんなことを言う奴ではない。つべこべ言わず飲んでみるとするか。私は早速淹れたてのコーヒーを口に運ぶ。

 いい香りだ。さすが、コーヒーおたくだけある。そしてコーヒーを口に入れた時、とても刺激的な感じを覚えた。この刺激…昔、似たようなものを感じたことがある。そうだ、成功というものに目覚めてがむしゃらに本を読みあさった時のあの感覚。セミナーにも通ったな。沢山の人とも会った。そして、やるぞぉと意気込んでみたこともあった。あのときは人生そのものが刺激的だったな。充実感。一言で言えばそうなる。今の自分の人生、そんな刺激や充実感を感じることなど皆無になっていた。いつからそんな自分になってしまったんだろう。このままじゃ後悔だけが残ってしまう。もう一度、あの刺激が、あの充実感が欲しい。

「何か感じたか?」

「あ、あぁ、なんだか懐かしい刺激を受けたよ。充実感、これを欲しがっているのか」

 私はさっき感じたことをヤツに素直に話してみた。

「なるほどね、じゃぁ何から取り組むんだよ?」

「何からって…それが見つかりゃ苦労はしないよ」

「今夢中になっていることとかないのか?」

「うぅん、最近は仕事にばかり追われてたからなぁ。楽しんで夢中になっていることとか、よく考えたら持ってないよ」

「そうか…じゃぁ昔やりたくて諦めたこととかは?」

「諦めたこと、か。そういや自転車を諦めたかな」

「自転車? 弘寿、自転車なんか乗ってたのか」

「あぁ、二十代半ばの頃だったかな。健康のために通勤に自転車を使い始めたんだよ。そしたらおもしろくなってきて、ロードレーサーを買ったり、マウンテンバイクで野山を駆け回ることもしたな」

「へぇ、そいつは初耳だったな」

「あぁ、でも仕事が忙しくなってきて、気がついたら自転車から遠ざかってしまってな。今では自転車も部屋の飾りになっちまってるよ」

「自転車で何かしたかったことがあるのか?」

「そうだな、日本一周とかやってみたいと思ったこともあったな。時間とお金の関係で、そんなの夢の話になっちまってたけど」

 言いながら、なんだか心の奥がワクワクしていることに気づいた。何か大きな目的や野望があるわけではない。ただ自転車で日本を一周するということに憧れを抱いていた時期があったことを思い出した。

 けれど、そんなことだったら結構多くの人がやっている。もっとそこに何かをプラスしてみたい。ヤツに話しながらそんな思いがふつふつと湧いて出てきた。

「何かプラス、か。それだったら人の役に立つようなことがいいな」

 ヤツはそう私にリクエストしてきた。人の役に立つことって、どんなことだ?

「その答えも、シェリー・ブレンドに聞いてみるといい」

 ヤツはコーヒーカップを指さしてそう言う。なるほど、望んでいるものの味がするんだったな。じゃぁ早速。私は願いを込めて、シェリー・ブレンドを少し多めに口にした。そして目を閉じて味を確認してみる。すると今度はまた違った味を感じた。いや、味と言うよりもインパクトと言ったほうがいい。そのインパクトは一言で言えば「笑い」。といっても、それは漫才などのお笑いとは違う。ホッとした、なるほどと思えるような安堵感。それを自分が得るのではなく、人に与えていく。それが喜びと幸せに変わっていく。でもどうやって? 私は残っているシェリー・ブレンドにその答えをゆだねてみることにした。

 どうやって笑いを届ける? 一度それを念じてから、シェリー・ブレンドを口に運ぶ。すると、今度は街角の光景が思い浮かんできた。

 夕暮れ時、通行人がたくさんいる。そんな中、私は街頭パフォーマンスをしている。それを見ている人はほとんどいない。けれど私は必死になって、周りを幸せにするための話をする。すると一人、二人と立ち止まって私の話に耳を傾けてくれる。最後は十人くらいいるだろうか。話し終わると拍手が飛び交い、そこには私の望む笑顔がある。

 うん、これだ。そういえば昔、ちょっとだけ演劇をかじったことがあったな。素人芝居かも知れないが、人前でパフォーマンスをするのはひとつの憧れでもあった。そんな夢も思い出されてきたぞ。

「よし、決めたっ!」

 私が突然そう叫んだので、ヤツもさすがにびっくりしたようだ。

「何を決めたんだよ?」

「自転車で日本一周しながら、行った先の街角で私が今まで培った成功の話をパフォーマンスを交えながら話していく。うん、一人芝居だな」

 言いながら悦に浸っている自分に気づいた。

「どうせだったら、ネット中継するとおもしろいかもよ」

 マイさんがそんな提案をしてきた。うん、それも面白そうだな。幸い、私のスマートフォンにはそういうアプリを入れているし。なんだかワクワクしてきた。

 だがすぐに頭に浮かんだのは家族の姿。私がそんなことをすることで、家族はどうやって暮らしていけばいいのか? それを考えると一歩を踏み切れない。

「なぁ、どうしたらいいと思う?」

 そのことをヤツに話してみる。

「案ずるより産むが易し、だよ。出来ないことよりどうすればできるかを考えれば、道は開けるさ。このことを会社で相談できる相手はいないのか?」

「さすがに余命三ヶ月の話は出来る相手はいないけど。自分のやりたいことをやるって制度がなんかあったような気がするなぁ。総務に同期のやつがいるから、そいつに話してみるか」

 そう思うといてもたってもいられなくなってきた。早く連休が終わらないかな。そんな気持ちにすらなってきたぞ。

 その日は私の思いを語るだけ語って閉店時間となった。そしてその夜、実家で寝ていたらまたあの神様が出現した。

「どうやら残りの人生でやるべきことが決まったようじゃのぉ。ではおまえさんに手助けをしてあげるとしよう」

 その声に慌てて起きると、また二時十五分だった。

しまったなぁ、ヤツの言うようにあなたは神様ですかって聞ければよかったのに。しかし手助けって何をしてくれるんだ?

 そして翌日、私は早々に自宅に戻り自転車の整備を始めた。

「あら、また自転車に乗るの?」

 妻は物珍しそうに私を見る。

「あぁ、思うことがあってね。それでな…」

 日本一周のことを話そうと思ったが、やはりためらってしまう。結局言い出せないまま連休が終わった。出社するとすぐに総務の同期のところへ。

「あぁ、チャレンジ休暇制度のことだな。勤務十年以上の社員に、最大一ヶ月間の有給休暇を与えるって制度だよ。ちゃんとした計画書を出してくれれば申請できるぞ」

 一ヶ月か。それで日本一周できるとは思わないが、とりあえず申請するだけしてみるか。あとは家族にどう言うか、だけだが。まずは計画書を作ってみよう。その日はそれで頭がいっぱい。

 その翌日、さらに私に奇跡が起こった。いや、正確に言うと妻に奇跡が起こったと言ったほうがいいだろう。

「ん、電話?」

 夕方、珍しく妻から電話がかかってきた。

「はい、どうした?」

「あなた、あたっ、あたっ、あたっ…」

「おい、なにふざけてんだ?」

「あたったのよ、一等がっ!」

「えっ、何の話だ?」

「た、宝くじ、一等が当たったのよっ!」

 これには驚いた。聞けば妻がはまっているミニロト。五つの数字を当てるというやつなのだが。今まで一万円程度しか当たったことがないのが、なんと一等。約一千万円を手にすることができた。まさか、これがあの神様の言った手助けというやつなのか?

 今なら妻の機嫌もいいし、当座のお金も確保できたし。その日の夜、私は妻に日本一周の話を切り出してみた。

「いいじゃない、やりたかったことなんでしょ。インターネットであなたの様子も見れるんだし。やってみれば」

 一番障害と考えていた妻からもあっさりOKが出た。そうと決まれば早速計画開始。会社に出す計画書を作成し、翌日提出。出発は来週早々。それでもすでに二週間ほど経っている。つまり、私の残された命はあと二ヶ月半だ。もう後戻りはできない。

 そうだ、ヤツに連絡をしておかないと。私は出発前にヤツに電話をしてみた。

「そうか、いよいよ明日出発か」

「あぁ、でも途中事故にあったりしないかな?」

「大丈夫だよ」

「どうしてそう言い切れるんだ?」

「だって、残り二ヶ月半の命って神様から宣告されたってことは、残り二ヶ月半の間に死ぬことはないってことだろう?」

 なるほど、そういう考え方もできるな。ヤツはさらに続けてこう言ってくれた。

「死に物狂いって言葉があるじゃないか。でも、本当に死ぬ寸前までやった人なんかなかなかいないんじゃないかな。弘寿はいいよ。なにしろ、何をやってもあと二ヶ月半は死ぬことはないんだから。思い切ったことができそうだな」

 これで私の心は救われた気がした。そうだよ、何をやっても二ヶ月半は死なないんだから。本気で死に物狂いのことができそうだ。

 そうしていよいよパフォーマンスを行いながら日本一周の旅がスタートした。これはレースではない。自分との戦いだ。そう言い聞かせながらペダルを漕ぐ。おかげで初日は二百キロも離れた土地まで進むことができた。

 そしてその夜、第一回目のパフォーマンス開始。今回たどり着いた土地は、それなりに栄えているところ。駅前の人通りも多い。そこで意を決して、大きな声を出す。

「さぁ、御通行中の皆様。ちょっとお時間のある方はちょいと脚を止めて御覧ください」

 目の前にはスマートフォンを置いている。この模様はインターネットを介して生放送で放映されている。後から録画も見れる。私の初公演、果たしてどのように映っているのだろうか?

 パフォーマンスはわずか十分程度。特別な観客もいない。少しだけ足を止めて見ていた人は何人かいたが、終わった後に拍手があるわけでもない。とりあえずこの様子をツイッターに送り、さらにフェイスブックとブログにアップする。その日はそれで終了。安いホテルで疲れを癒し、深い眠りについた。

「ほう、なかなか面白いことを始めたではないか。よしよし、そんなお前にまた手助けをしてあげよう」

 えっ!?

 夜中、またあの神様の夢を見た。時計を見ると二時十五分。どうしてこの時間なのだろう? それにしてもまた手助けとは、一体どういうことなのか?

 わけも分からず次の土地へ。そしてまた同じようなパフォーマンスを繰り返す。ただし、話す内容は昨日とは違う。そんなことを五日間も繰り返しただろうか。ブログに始めてコメントがついた。

「話す内容やパフォーマンスがとてもおもしろいです。次はどこで話すのか、わかったら教えて下さい」

 そうか、予告をするといいのか。その日のブログから早速次の予定を書き入れることにした。この時点で旅がいきあたりばったりではなく計画を持って行うこととなった。

 さらに別の人からも書き込みが。

「なんかすげーって思った。感動です」

 その書き込みを境に、動画の閲覧数が増えていった。さらにブログのコメント書き込みも徐々に増えていく。私のパフォーマンスもだいぶ慣れてきて、徐々に演じる時間も長くなってきた。そしてまた、奇跡が起こった。

「ヒロトシさんですよね。よかったら取材させてもらってもいいですか?」

 私はブログや動画のタイトルを「ヒロトシが日本に笑顔を届けます」としている。それを見た新聞社が、なんと私を取材に来たのだ。

 その翌日の朝刊に私のことが掲載された。おかげで、観客がかなりついている。私はそれを見て、臆するどころかワクワクしてくる。こんな才能が私に隠れてたんだなよぉし、まだまだやってやるぞ。

 私が自転車で回れる期間は、残り二週間。残念ながら日本一周は難しい。北海道上陸を諦めて、東北を南に下ろうとした。だが、それをブログで見た北海道の人から、ぜひうちに来てくれとのリクエストが。

 そう言われたら行かないと。もう期間は度外視しよう。会社のことなんかもういいや。何しろ残された命はあと二ヶ月ちょっとしかないのだから。自分のやりたいことを優先させよう。

 リクエストされた土地に到着したら、さらに信じられないことが待っていた。

「ヒロトシさん、ここではぜひこちらでお願いします」

 そう言って通されたところ。そこは町の公民館で、なんと五十人ほどの人が集まっている。これじゃ十分で終わるなんてことはできない。パフォーマンスだけではなく、多少の私自身の話も含めたトークショーとなってしまった。ただし、なぜ私がこの日本一周に目覚めたか、つまり残りの命が神様から告げられた話は言っていない。今を一生懸命、全力で生きる。この話に終始した。

 これがまた大ウケで。このとき参加した人のブログやフェイスブックから、さらに火がついた。

「ヒロトシさん、北海道ならぜひこちらにおいでください」

 その土地は北海道の真ん中にある。ちょっと上陸してすぐに下ろうと思ったのに、予想外の出来事である。自転車で二日かけてその土地に行くと、今度は三百人ほどのホールが待ち構えていた。さらに、私へのカンパということで有料の講演会にしてくれたそうだ。

 私もさらにトークに熱が入る。おかげで勝手に私を応援するホームページまで立ち上がってしまった。更に次の土地、次の土地という形で、二、三日に一回はなにかしらの会場でパフォーマンス&トークショーを行いながら進んでいくことになった。

 北海道で二週間ほど過ごしたあと、再び本州へ。ここで会社を休業できる期間が終わりになる。さて、どうする?

 私には迷いはない。総務の同僚に電話を入れ、自分の今の状況を話す。

「欠勤扱いでもなんでもいい。クビにしてくれてもいい。日本一周を達成させてくれないか」

「弘寿、それはこちらこそ頼むよ。今お前、我社の広告等になってるんだぞ。ネットで見た取引先の人たちが、おたくの社員ですよねって言ってきてくれて。こりゃ会社を上げて応援しないとと部長と相談してたところなんだぞ」

 なんと、そんなことになっているとは。これで心置きなく日本一周を目指せる。私はさらに先を目指し、行く先々でパフォーマンス&トークショーを開催することとなった。

 私の存在は、一部の人の間では有名人扱いされている。私は、自分の人生をどのように一生懸命生きるのか。そのことだけをパフォーマンスを交えて伝えているだけなのだが。それを実践しているというところに、多くの人が感銘を受けてくれているようだ。その盛り上がり方も尋常ではなくなってきた。

「これからヒロトシさんを一週間密着取材をさせて欲しいんですが」

 そう言ってきたのは、全国放送を行うテレビ局である。バラエティ番組型のドキュメント番組で私のことを取り上げてくれるらしい。断る理由はない。むしろ歓迎すべきことだ。

 それから一週間、私に対しての密着取材が始まった。これで私が生きた証をしっかりと残せる。この一週間、恥ずかしい格好は見せられないと気合が入る。

「どうしてこんなことを始めたのですか?」

 もちろん、この質問がくるのは予想できていた。だが本当のことは言えない。

「今を一生懸命生きるってことを実践したかったんですよ」

 なんて、かっこいい理由をつけてみた。けれどそれは本心。なにしろ私の命は、残りあと一ヶ月半ほどなのだから。

 密着取材も無事に終了。

「これ、いつ頃番組になるのですか?」

「すぐってわけにはいかないんですよね。まだ決定ではないのですが、早くても三ヶ月後くらいかなぁ」

「三ヶ月後ですか…」

 残念ながら私はこの番組を見ることはできないようだな。

「このあとのヒロトシさんの経過はブログや動画で追わせてもらいますね。なんかあったら取材に飛んでいきますよ」

 そういって取材スタッフと別れることに。このとき、私の頭の中でひとつの計画が立っていた。運命の日、運命の時間が過ぎた時にブログですべてを告白しよう。

 幸い、私のつかっているブログにはタイマー機能がある。日付と時間が指定できて、そこで自動的に記事をアップしてくれる。そうだな、私の命がなくなる時間ピッタリに…いや、あの神様の言うことはデタラメで、実はまだ生きていられるとしたら。そのときは記事をストップさせないといけないから…安全を見て、予告時間の三十分後くらいにセットしておくか。それだったら取り消しもきくしな。

 じゃぁ内容はどんなことを書こうか。自転車をこぎながら、頭の中はそのことでいっぱいになった。いわゆる遺書みたいなものだからな。書きたいことがたくさん浮かんできて、なかなか一つにまとまらない。

 その日から、ブログを更新した後にその日のための記事の下書きが始まった。一度書いては読みなおし、修正をする。また翌日読んでは修正をする。私は一体、世間に何を伝えたいのだろうか? 本当に伝えたいものは何なのだろうか? 頭の中ではそのことがグルグルとまわっている。

 そして行き着いた答えは、やはりこれだ。

「今を全力で悔いなく生きる」

 その大切さを伝えることが、自分の残された時間に課せられた使命なんだ。気がつけば私の命も残り一ヶ月。だが、今は不思議と怖さはない。

 今も三日に一回くらいの割合で、支援者が用意してくれている会場でパフォーマンス&トークショーを行いながら進んでいる。だが、私の心の中にまた一つモヤモヤしたものが生まれてきた。

「この状況に慣れてしまったのかもしれない。あと一ヶ月、本当にこれでいいんだろうか?まだ何か全力でやりきれていない気がする」

 残り一ヶ月の行程で日本一周は難しい。それをやりきるのが今の私の使命なのだろうか?

 いや、違う。私はもうひとつ大事なものを忘れていた。家族だ。

 この二ヶ月間は自分のことしか考えられなかった。もっと大事なもの、それは家族を幸せにしてあげる事。

 残された期間は残り一ヶ月。よし決めた。予定を急遽変更し、私は家に帰ることにした。

 だが、応援している皆さんにはなんと伝えればいいのだろうか? 予定を変更して家族のもとに帰るなんてことを伝えたら、たくさんの非難がでてきそうだ。

 いや、それでもいい。今を全力で、悔いなく生きる。そのために家族のもとに帰るのだから。私の脚は家に向けられた。

 おそらく三日くらいで着くのではないだろうか。あ、これだと地元にも寄ることになるな。ヤツのところに行ってみるか。私の脚には自然と力が入った。

カラン・コロン・カラン

 心地良いカウベルの音が私を出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。おぉっ、弘寿じゃないか」

「ようっ」

 ヤツの笑顔は私の気持ちを和ませてくれる。

「お前の活躍、ネットで見ているぞ。今じゃ行く先々で大歓迎じゃないか」

「おかげさまでな。これも、二ヶ月前にオレに決心させてくれたお前のおかげだよ」

「いやいや、弘寿が行動を決断したからだよ。シェリー・ブレンドでいいか?」

「あぁ、よろしく」

「弘寿さん、なんだかすっかりワイルドになったわね」

「そうかなぁ。自分じゃわからないけど」

「なんだか、生きてるって感じがしますよ」

 マイさんからそう言われて、あらためて自分の姿を眺めてみた。確かにこの二ヶ月で筋肉はついただろう。日焼けもしているし。今まで健康だと思っていたが、これこそが健康美なんだなと感じられた。そうか、生きているってこういうことなんだ。あらためてそれを実感している。

 だが、それを感じられるのもあと一ヶ月弱。そう思うと、少し切なくなってきた。

「はい、おまたせ。今日はどんな味だったか、聞かせてくれよな」

「あぁ」

 私は淹れたてのシェリー・ブレンドの香りを楽しみ、そしてゆっくりとそれを口に含んだ。きっと躍動感ある、生きているって味がするんだろう。そう思っていたのだが。

「んっ!?」

「弘寿、どうした?」

「いや、思っていた味と違う。なんだ、この静けさを思わせるような感覚は…」

 びっくりした。この味、例えるなら広くどこまでも続く大海原。波もほとんどなく、落ち着いた、安定した感じがする。私が考えていた躍動感というものとは程遠い。

「私が今求めているものって、こんなんなのか…?」

「どんな味だったんだ?教えてくれよ」

 私はヤツに今の味の感覚を伝えてみた。

「なるほどね。それで納得したよ。弘寿、お前ブログにはこれからは家族に目を向けていきたいって書いていたよな」

「あぁ、お前しか知らないことだが、残りの命もあとわずかだからな」

「だからこそ、今は心静かに時を過ごしたいんじゃないかな。この二ヶ月あまり、走って走って走りぬいた。そのことには満足しているんだろう?」

「おかげでね。いつの間にか有名人になっちまってたしな」

「だったら、あとは人生でやっていないことをやりたい。それが今味わった平穏ってやつじゃないのかな」

 言われて気づいた。そうか、今度は家族と過ごす、ゆったりとした時間が欲しかったのか。

「ありがとう」

 シェリー・ブレンドのお陰で、残された人生で自分のやるべきことが見えた。

 その日の夜、私は実家で久々に大の字になって眠っていた。すると、久しぶりにあの神様が現れた。

「これでお前もようやく、生きる意味を見つけられたようじゃな」

 このとき、私は今までと違う感覚を覚えた。前までは一方的にこの神様からお告げをもらっていただけだったが。今度は自分からこの神様に話しかけることができる。そんな感じがした。だから、思ったことを伝えてみた。

「はい、一生懸命生きるというのはこういうことかというのがわかりました。ところで一つ質問してもいいでしょうか?」

「なんじゃ、申してみぃ」

「あなたは神様なのですか?」

 この質問に、神様はにこりと笑うだけで何も答えてくれない。私は黙って、神様の答えを待っている。

 沈黙の時が過ぎる。そのとき、頭の中にこんな言葉が浮かんだ。

「自分が信じれば、それでいいんだ」

 その言葉が浮かんだとき、目の前の神様はにこりと笑って首を縦に振った。そうか、そういうことか。二ヶ月ちょっと前にこの神様が現れた時、私はその言葉を信じた。そして今、わずか二ヶ月でこれだけのことをやってのけ、そして新たな生き方に気づいた。

 今は目の前のこの人が神様かどうかなんて関係ない。自分が信じたように生きていくこと。そうだよ、それが大事なんだよ。

 今までの私の人生、自分を信じたくても信じられなかった。どうせ無理だろう、どうせできるわけない、そんな気持ちが高かった。そうじゃない、もっと自分を信じるんだ。よし、残りの人生、もっと自分を信じていくぞ。

 そして翌日遅く、我が家に到着。予想外の帰宅に妻は驚いていたが。

「お前たちと一緒に、ゆっくりと時間を過ごしたくてな」

 妻がなんだか優しく見える。子どもたちも妙に私にすり寄ってくる。二ヶ月も家を空けていたせいなのかな。それから二日間は長旅の疲れを癒すように自宅で休養。

「あなた、仕事には復帰しないの?」

「うーん、今ちょっと思うことがあってな。今月いっぱいまでは休もうと思っている。それより、明日近くの温泉にでも行かないか?」

 できるだけ妻孝行しようと思ってそう伝えてみた。最初は突然の申し出にちょっととまどっていたが、一緒に行くことになった。

 このときに妻にいろいろと話しをしよう。この二ヶ月間で起きた出来事を。そして、少しでも私のことを頭の中に残してもらおう。なんだか妻が愛おしく感じられた。

 それからしばらくは、妻や家族といろいろなところに行ったり、ゆっくりと時間を過ごすことに意識をおいてみた。ここで子どもたちについて今まで知らなかったことも知ることができた。長男はプロバスケット選手になりたいとうこと。長女は実はメイクの仕事をしたいということ。そんな話をすることなんかなかったからな。

 そうしているときにも、講演の依頼がときどき入ってくる。あまり遠くには行きたくないので、近場の依頼だけ受けてみた。それがまた私という人物に対しての希少性を高めたようだ。

 ぜひこの金額で来て欲しい、とびっくりするような額で遠くからの依頼が来た。最初は断ったのだが、主催側の方がどうしてもということで懇願されたので、妻を連れて旅行気分で行ってみた。これはいい思いをさせてもらったな。うん、こんな生活もいいかもしれない。

 仕事として、自分が感じている価値を人に与えながら喜んでもらう。そして家族とも時間を過ごせる。あぁ、早くこんな生活を送れればよかったな。だが、気がつけば私の命も残り三日。そろそろ家族に話すべきだろうか。いや、やはりやめておこう。それよりも、その日をどうやって迎えるのか。そこを考えておこう。

 そんなことを考えていたら、とうとうこの日がやってきてしまった。八月一日。子どもたちは夏休みに入って、それぞれ課外授業や部活に出かけている。妻も今日は友だちと予定があるとのことで出かけてしまった。私は思うことがあって、自転車で出かけることにした。

 到着したのは海が見える遊歩道。ここは景色がいい割には人はあまりいない。ゆっくりと時間を過ごすにはいい。

 予定では三時二十五分に私の命がつきるんだったな。時計を見ると、午後一時過ぎたところ。まだ二時間もあるか。

 この三ヶ月間ひたすら走り、そしてひたすら休み、自分なりに満足した人生を送れたと納得している。前々から計画していたブログも仕掛けてきた。あとは静かに、その時を待つだけ、か。生まれてから四十数年の間で、こんなにも時間を持て余したことはなかったな。

 私はベンチに腰掛けて、ただ海を眺めるだけ。死ぬことに怖くもなければ悲しくもない。むしろ、落ち着いてすらいる。何一つ変わらない自分の感情が不思議でたまらない。

 時計を見る。あと五分か。どんな感じで命がつきるのかな? 半ば楽しみにも感じられる。

 あと一分。いよいよか。静かに目を閉じて、私はその時を待った。

 そして…


 私は今、千五百人の前で話をしている。場所は九州。ここまでは自転車でやってきた。

「あのとき、あの神様が出てきたんですよ。そしてこう言ったんです。お前の命はこれで終わりだ。私は素直にそれに従おうとしました。すると神様、むっとした顔をしたんですよ。そしてこう言うんです。どうして死にたくないと逆らわないのかって」

 会場のみんなは興味津々で私の話に耳を傾ける。

「自分はこの三ヶ月間、全力で生きました。未練がないといえばウソになるけれど、今は運命を受け入れることにしようって。そう神様に伝えたんですよ。そしたら…」

 私はみんなの顔を眺めて言葉を続ける。

「こんなヤツは始めてだ。もうちょっとお前を見てみたくなったわい。わしが飽きたらお前の命をもらいに来るからな。そう言われた途端、グルグルと目が回って…気がついたら元の場所にいたんですね。どうやら私はもう少し生かされることになったみたいです。だから、志半ばの日本一周をまた始めることにしたんです。全力と休息、この二つの大切さを伝えるために」

 神様に飽きられない人生を送らねば。そうしないと、私の命はいつつきるかわからないのだから。それが私の生き方、私の人生だから。


<残りの人生 完>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ