2-1 「野球部でレギュラーになれない、その理由は何?」
冗談だらけの不思議な女の子、ノナのお題……もとい依頼に振り回された日から1週間後。ノナが入部し部員は4人になり、大喜利部は無事部活として認められた。
もちろんその1週間の間も大喜利のお題は募集していたわけだが、相変わらずお題が来る気配はなく。そろそろ手を打たないといけないなあと思いつつ、部活へと向かうのだった。
部室のドアを開けると、いつものようにノナが一人で座っていた。どんな裏技を使っているかは知らないが、ノナが一番最初に到着しているのが通例となっている。ホームルームが終わってすぐに来る自分よりも先に来るあたり、何かしら裏道を使っていると見てよいだろう。
「ノナ、相変わらず早いな。」
「ユキも十分早いでしょ?まあ僕は、それより十分早かったわけだけど。」
「文面にしないとわかりにくいボケをするなよ。普通伝わらないぞ。」
「実際伝わってるから問題ないんですよ。〇トラマンダイナです。」
「ちょっと怒られそうな発言もやめてくれ……それも伝わらないし……。」
とまあ、ノナは相変わらずこんな感じだ。こんな感じなので、敬語を使う気も失せてしまっているというのが現状だ。
2人で適当な話をしていると、小手毬先輩が部室に入ってきた。……それを眺めていると、ノナが先輩に向かって飛んでいった。
「あ、小手毬先輩こんにちは~!」
「ノナ、座れないから、少し離れてくれ。」
「ええ~、いいじゃないですか~。」
この1週間で、明らかにノナと先輩の距離が近くなっている。ノナが一方的に近づいているだけだし、先輩がそんなに嫌がっているわけではないが、一応警告しておこう。
「先輩が困ってるから、やめたほうがいいんじゃないか?」
「ユキ、嫉妬してるんですか?一人しっとり嫉妬?」
「ああ、気遣い感謝する。座れないことは問題だから、ほどほどに頼むぞ。」
相変わらず先輩のスルースキルには感心するばかりだ。この調子なら、ノナの恋が成就することはおそらくないだろう。
「ユキ、今日のお題は入っていたか?」
「あー、今日は見るの忘れてました……。」
どうせ来ていないだろう、と思い込んでいたのは先輩には秘密だ。
立ち上がって見に行こうとしたところで、入り口の扉が急に開いた。慌てた様子のランが部室に入ってきた。
「あ、あの。なんと、お題が入ってました……!」
「ほう、見せてくれ。」
「これです!多分、普通のお題だと思うんですけど……。」
ランは嬉しそうに机の上に紙を置いた。紙には『野球部でレギュラーになれない、その理由は何?』と書かれている。
「ユキ、これについてはどう思う?」
「ぱっと見たところ、お題かどうか半々というところですが……あくまで『お題募集』と書いてあるので、普通にお題だと思っていいんじゃないでしょうか。」
とは言ったものの、出来るだけ面倒なことには巻き込まれたくない、というのが本音だ。ノナのときのような気苦労は出来るだけ避けたい。
「ふむ。では大喜利開始としよう。」
「じ、じゃあ。はい!」
真っ先にランが手を挙げた。相変わらずランは思いつくまでが早いな。
「はいどうぞ。」
「野球のルールがわからないです!」
「そりゃ知らなかったらレギュラーにはなれないでしょうね。」
「あ、いえ。ルールがわからないのはあたしです!」
ランは大喜利も知らなければ野球も知らないのか。というかそれ以前に、それは大喜利の回答になっていない。
「じゃあ僕が。」
今度はノナが手を挙げた。
「はいどうぞ。」
「毎日ハイオク満タンにしているから。」
「いや、普通に伝わらない回答をするなよ……。」
「ど、どういうことですか?」
「ああ。車のガソリンにはハイオクとレギュラーがあってだな。」
「先輩、説明しなくて大丈夫ですよ。」
先輩が急に入ってきて驚いたのは内緒だ。てっきり考え込んでいて聞いてないものかと思っていたのだが。
「あ、もしかしたらディーゼル車かもしれませんね。」
「またわからない話を追加しないでよ……」
もう少しわかりやすい話題なら、悪くはない回答だと思うんだが。
「うーん、あんまりわかんなかったです……。でも、1つ思いつきました。はい!」
ちょうどランが再び手を挙げたタイミングと同時に、先輩も無言で手を挙げた。
「ああ。先にラン、いいぞ。」
「いえいえ。順番通りにいきましょう!」
「じゃあ、先輩どうぞ。」
「わかった。レギュラー陣が桁違いの練習をしているから。」
「確かにそうなんですが。大抵の場合そうなんですけども!」
先輩、そうじゃないんです。なんとかクイズから離れてほしい。
「いや、それ以外の人も練習はしているものだな。適切ではなかったか。」
「ツッコんでるのはそこではないんですよね……。」
そしてまた先輩は考えこんでしまった。真面目すぎます。先輩。
「じゃあ次はランの回答を……」
「は、はい!えっとー……」
「あれ、次は僕の番でしたよね?」
「えっ?う、うーん。そうだったかもしれません……。」
ランがノナの冗談に惑わされている。せめて自分の数分前の記憶くらい信じてあげてほしい。
「いや、次はランでしょ。答えて大丈夫ですよ。」
「じゃあ……。ハンドルの操作が下手だから!」
「えっ?どういうこと?」
「すみません、僕もよくわからないです……。」
ノナが困惑するほどの珍回答だったらしい。もちろん、自分も理解できていないのだが。
「あれっ。お題って車の話じゃなかったでしたっけ?」
「お題は、『野球部でレギュラーになれない、その理由は何?』ですよ。」
「おそらく、先ほどの車の話が頭に残っていたんだろう。記憶の中身がすり替わるというのはよくあることだ。」
「それですそれです!流石小手毬先輩です~。」
ランが感心してうなずいている横で、ノナがまた不思議なことを言い出した。
「あ。ハンドルとサンダルが似てるのってちょっと面白くないですか?」
「急に何の話?」
「触るのは手と足で全然違うのに、音が似てるのすごくないですか?」
「た、確かに言われてみればそうかも……?」
「自動車のハンドルは英語で『ハンドル』とは呼ばないからな。言われてみれば不思議な巡りあわせと言えるかもしれない。」
「2人とも、別にフォローしなくていいんですよ……。」
こんなところでお人よしを発揮する必要は全くもってないと思う。優しさは、時に罪。
「そういえば、ユキは回答しないのか?」
「そ、そうです。ユキさんの回答も聞きたいです!」
お題の話に戻したところで、先輩に痛いところを突かれてしまった。
「自分はまあ、出題者みたいなものなので……。」
「いつもはそうだが、今日は違うだろう。回答しても良いのだぞ。」
……先輩からの無言の圧力を感じる。机の下の足が揺れているのが見えるので、よほど回答を楽しみにしている様子だ。
「僕も回答聞きたいなあ~。」
ノナも便乗して圧をかけてきている。……こうなると、1つくらいは答えておいたほうがいいか。
「じゃあ、はい。」
一応、他の部員にならって手を挙げておく。
「はいユキ、どうぞ。」
「実は入部届をサッカー部に出していた。」
…………沈黙。
自信があるわけでもないが、そこまでつまらなかっただろうか……。永遠とも思えるその沈黙を破ったのは、先輩だった。
「ふむ。面白いんじゃないか。」
「先輩、その優しさが辛いです……。」
「な、なるほど!サッカー部に入っていたら、当然野球部のレギュラーにはなれませんよね!」
「ラン、解説しないで。笑いを解説するのが一番やっちゃだめなやつだから。」
「入部届を間違えることなんかあります?ありえないですよね~。」
「ノナに関してはわかってやってるだろ。せめていつもみたいに冗談で返してくれよ。」
三者三様の返答だったが、3人とも厳しい評価というのは間違いないようだ。今後も出来るだけ答えないようにしていこう……。
「もう自分の回答はいいんで、次の回答どうぞ。」
「はいはーい。」
ノナがテキトーな感じで手を挙げた。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
「はい、ノナどうぞ。」
「実はサッカー部に入っていたから。」
「おい、早速回答を掘り返すなよ。」
「あ!確かにサッカー部に入っていたら、野球部のレギュラーにはなれませんよね!」
「いやいや、ランもさっきと同じように被せてこないでよ。」
「え?何の話ですか?」
「もしかして自分の回答、つまらなさすぎてもう忘れられてる?」
ランなら本当に忘れかねないのが怖い。
「私は覚えているぞ。『実は入部届をサッカー部に出していた。』だったな。」
「スベったのを一言一句思い出されるのも、それはそれで嫌ですね……。」
「いやー。ユキと偶然被っちゃいましたね。」
「ニヤニヤしながら言われても説得力がないぞ。」
「か、被っちゃうこと、ありますよね!あたしもよくあ……いや、なかったです。」
……ランと被ることは、おそらく一生ないだろうなあ。
「おそらく先ほどのユキの回答が頭に残っていたんだろうな。ランの車の話と同じだ。」
「先輩、これもフォロー不要なやつですよ……。次、先輩の番ですかね?」
「ああ、そうだな。ここで少し、話をさせてくれ。」
そう言った先輩は急に立ち上がり、窓の方へと歩き出した。
「次は私の番だが、気になることがある。」
「今回のお題だが、もしかすると出題者が困っているのではないか、と思わずにはいられなくてな。」
「レギュラーになれない、どこかの野球部員が助けを必要としているかもしれない。」
こうならないように、普通に大喜利を始めたつもりだったのだが。先輩の人のよさには、やはり勝てっこなさそうだ。
「な、なるほど!ノナさんのときみたいにですね!」
「まあ、僕の場合はちょっと違うんですけどね……。全く成就してませんし。」
ノナが小声で何か言ってきたが、これは気にしないことにする。
「というわけで、今からグラウンドに依頼者を探しに行くぞ。」
「え、今からですか?」
先輩の発言を否定するつもりはなかったが、驚いて心の声が出てしまった。あまりにも展開が急すぎる。
「ああ、当然だろう。助けは一刻も早いほうがよいからな。」
「は、はい。行きましょう!」
そう言って小手毬先輩とランの2人は、意気揚々と部室を出て行ってしまった。部室にはノナと自分の2人が取り残された。
「……もしかしてこれ、僕も行くんですか?」
「当たり前でしょう。この部活に入った以上、小手毬先輩には逆らえませんよ。」
「ですよねー。まあ、大好きな先輩のためなら、付いていきますけどね。」
そんなわけで、我々大喜利部は急遽グラウンドに向かうことになったのだった。




