1-2 「みんなが驚いた、大喜利部の新入部員の特徴を教えてください。」
大喜利部という部活と、大喜利を知らないその部長、小手毬先輩。
そしてその部長に、「大喜利を教える」という名目で強制的に入部させられた自分。
そんな理解しがたいことが立て続けに起きた、その翌日。
昨日のことが頭から離れないまま時は流れ、気づけば放課後になっていた。
上の空で聞いていた授業のことは一旦置いておくとして、問題はこの放課後の時間である。
真っ先に帰ることはもちろん考えたが、玄関を見るとやはり、昨日と同様に部活の勧誘でいっぱいだ。
大喜利部にはおそらく小手毬先輩がいるかと思うが、このまま流されるのもなんだか癪で行く気が起きない。
当然何か他に案があるわけでもなく、ひとまず校舎をぶらつくしかなかった。
まずは玄関からは離れるため階段に向かう。が、3階まで上がると今度は、大喜利部の部室に近づいてしまう。
仕方なく2階で留まった自分は、人を待っているようなフリだけしながら、時間が過ぎるのを待っていた。
「……さん、小っちゃくてほんとかわいいよね!」
「ほんっとかわいいよね!今度声かけてみようかな……?」
「いや~声かけにくいんだよね~。なんか話し方もすごいお嬢様って感じだし、成績も優秀だし~。」
こそこそと噂話をする女子生徒の声が聞こえてきた。ここは2階だから、おそらく2年生の先輩だろう。
「噂で聞いたけど、すっごいお家大きいんでしょ?」
「そういえば、なんかすごい別荘も持ってるんだって!」
「ええ~!いいな~憧れちゃう!休みの日にパーティーとかやってるのかな?」
そのまま女子生徒たちはそのテンションを維持しながら、話を続けている。
なるほど。この学校には生徒間で噂になるほどの、小さくて可愛くて賢くてお金持ちのお嬢様がいるのか。
小さくて可愛い……?何か不思議な既視感を感じるが、自分には関係のない話だということにしておく。
そろそろ場所を変えよう。別の場所に移動するため、顔を上げようとした。
「……おや、ユキではないか。何か用でもあったのか?」
……顔は上がることなく、自分の首は下を向いたまま固まってしまった。
部長、もとい、小手毬先輩だ。よく考えれば2年生の教室の近くなのだから、2年生の先輩がいるのは当然だ。
この状況は、自分の考えが甘かったと言わざるを得ない。
「あー、先輩。お疲れ様です。」
「教室を間違えたのか?ここは2階で、我々の部室は3階だぞ。さあ行こうではないか。」
……諦めて素直に部活に向かうしかなさそうだ。諦めて移動し始めたが、なぜか周りがざわついている。
周りの視線は自分と、その目の前にいる小手毬先輩の方に集まっている。
『お嬢様』について話していた女子生徒は、先ほどに比べ、さらに盛り上がっている様子だ。
なるほど、なるほど。この状況を見て、固まった頭がようやく働き始めた。
まず小さくて可愛い『お嬢様』とやらは、嫌な予感の通り、この小手毬先輩ということで間違いないだろう。
そしてその小手毬先輩は、この扱いを見るにおそらく、学年内でかなり特別視された存在だ、ということも予想がつく。
『お嬢様』ということから、昨日先輩の名前に覚えがあったことも説明できる。その屋敷の表札を見たことがある、あるいは新聞か何かで見かけているというのが自然だ。
小手毬、と苗字がかなり特徴的であるのも、記憶の残りやすさを補強する。
世間知らずのお嬢様となると、大喜利のことをよくわかっていないのにも納得がいってしまう。
「おい、ユキ?急に立ち止まってどうしたんだ?」
いやー、謎が解けてすっきりした。頭のもやもやが取れていい気分だ。さあ、帰ろう帰ろう。
「おいユキ、部室はそっちじゃないぞ。」
気分よく帰ろうとしたが、腕を引っ張られてしまった。
見た目通り力は弱いので簡単に振り払えそうだが、周りの目がある以上そうもいかない。
というか、めちゃくちゃ見られている。廊下の視線は完全に自分たちに集まるばかりである。
結局先輩に引っ張られるまま、部室の扉の前にまで着いてしまった。
最後まで腕を掴んでいたあたり、他人の目線は全く気にならないのかもしれない。
そんなことを考えていると、先輩が部室の扉を開けた。
「ユキ、今日は新しい部員を紹介する。」
「え、もう2人目の新入部員ですか。」
入部2日目にして部員が増えるとは、随分な急展開だ。
「ああ、昨日君が帰ったあとに見つけたのだよ。」
「見つけた……?」
「うむ。私が帰ろうとした時に、玄関で彼女が困った顔をしていたのでな。」
そう言って先輩は、部室の中の女の子に目をやった。
先輩の極端な体格とは違い、年齢相応の身長だ。まずは一安心、ともいかなかった。
……かなり胸が大きい。先輩を見ていた以上、その差に驚いてしまう。
そしてリボンは赤。つまり、自分と同じ1年生だ。見覚えのある顔ではないから、おそらく自分とは別のクラスだろう。
同じ1年生ということで少し安心している自分とは対照的に、彼女はまだ不安げだ。
「こ、こんにちはー……」
「話を聞くに、強引な部活の勧誘に困って逃げ出したところだったらしい。
ならばということで、大喜利部に入部するよう勧めたのだ。」
「ってそれ、先輩も強引な部活の勧誘じゃないですか。」
「そんなことはないぞ。私は彼女の意思をちゃんと聞いた上で勧めたのだ。なあ、ラン?」
「は、はい、そうです……。」
ラン、と呼ばれた女の子は、遠くからでもわかるくらい目線を逸らして答えた。
間違いない。自分が入部させられたときと同じように、無理やり入部させられたと見ていいだろう。
「嫌だったら、この変な部活は辞めちゃっても大丈夫ですよ?」
「で、でも、小手毬先輩は優しくしてくれたので……」
これは明らかに押しに弱いタイプのようだ。他の部活の勧誘も断り切れずに連れていかれてしまったんだろう。
無理にでも辞めさせてあげたほうがいいのではないか、と思ったが、この訳の分からない部活にいるほうがまだ安全だ。
……集めなければならない部員数の確保にもなるし。部員数が集まれば、自分が辞める余地が生まれるかもしれないし。
「というわけで彼女にも入部してもらうことになったからな。よろしく頼むぞ。」
「よろしくお願いします。」
「よ、よろしくです。」
そんな感じで、早くも3人目の部員の入部が決まったのだった。いや、自分が入部した記憶はないんだけども。
「立ったままなのもなんだし、ひとまず座ろうではないか。」
「そうですね。」
「は、はい。」
そう言って小手毬先輩は入口から最も遠い場所に座った。昨日も同じ場所に座っていたし、定位置のつもりなのかもしれない。
四角い机の奥側に小手毬先輩。その右隣にラン。その対面に自分が座った。
小手毬先輩の向かいは空席になっているから、4人目の部員が現れればちょうど机が埋まる計算だ。
「さて、部員も3人になったところで、早速だが大喜利を始めようではないか。」
「あ、あのー……」
「どうした、ラン?」
「す、すみません、大喜利って何ですか……?」
早速大喜利部とは思えない発言が飛び出した。野球部に入る人間が野球を知らないみたいなものだが、そんなことあってたまるか。
「ユキ、説明してやってくれ。」
「先輩もよくわかってないですよね?」
言ってはみたものの、完全にスルーされた。これについてはあくまでシラを切るつもりらしいな。
「大喜利っていうのはですね、最初にまずお題が出されます。
質問文の形式が多いですが、必ずその限りというわけではないです。
あと、たまに写真や絵でお題が出される、みたいなパターンもあります。」
「そしてそのお題に回答者が答えます。
回答者は、出題者やまわりの人を面白いと思わせるような回答をします。
正解ではなく面白い回答、というのがクイズとの違いですね。」
「うむうむ。」
先輩は当然元から知っていましたよ、という顔をしてうなずいているが、クイズと大喜利の違いは昨日知ったばかりである。
「な、なるほど。ちょっと面白そうです!」
対照的にランはかなり好意的な反応をしている。意外とこういうのが好きなのかもしれない。
「じゃあユキ、まずはお題を考えようではないか。」
「お題ですか?昨日は自分が考えたので、今日は先輩が考えてください。」
「うむ、そうだな。ではこれでどうだ。」
『江戸幕府第3代将軍は誰?』
「いやいや、それじゃただのクイズに……」
「は、はい!」
ランが元気に手を挙げた。何かいい回答でも思いついたのか?
「はいランさん。」
「源頼朝です!」
「ラン、不正解だ。それは鎌倉幕府だ。」
いや、 二人ともそうじゃないだろ。
「じゃあ、織田信長です!」
「それも不正解だ。そもそも織田信長は将軍になっていないはずだ。」
「えー、じゃあ誰なんですか?」
「待った待った、それ違う、違いますから。」
なぜかあまりにも無茶苦茶な大喜利、もといクイズ、いや漫才が始まってしまった。自分、大喜利の説明しなかったっけ?
「なんだねユキ、何か問題でもあったか?」
「いやあの、どこからツッコめばいいかわからないんですが……
ひとまずお題がおかしくないですか?」
「先ほどの君の説明では、お題に特に制限はなかったではないか。」
「えーと、確かに形式的な制限はないんですが、回答者が面白い回答をできるようなお題が必要じゃないですか。」
ランは、すごく真剣に話を聞いてうなずいている。一切表情を変えない小手毬先輩とは大違いである。
「今のお題では面白い回答は出来ないのか?」
「出来ないってことはないと思いますけど……例えば『江戸幕府第300代将軍は誰?』とかはありそうなお題ですね。」
「300代?江戸幕府には15代までしか将軍がいないではないか。」
「だからこそ面白いんですよ。「いない」未来の将軍に思いを馳せて回答を考えるんです。」
「ふむ……そういうものか。ちょっと考えさせてくれ。」
そう言って先輩はそのまま考え込んでしまった。
その傍らで、すぐに知識が出てくるあたり、成績は良い人なんだろうな、とか。すごく真面目な人なんだな、とか、お題とは全然関係ないことを考えていた。
しばし時間が経過したところで、ばつが悪そうに先輩が口を開いた。
「うーむ、だめだ。中々いいお題とやらが思いつかん。」
「確かに慣れてないと難しいかもしれません。やっぱり自分がお題を出しましょうか?」
「このまま毎日君が担当するわけにもいくまい。部長である私がお題を出せないというのも示しがつかんしな。」
「まあ確かにそうですね……何かいい方法とかありますかね?」
少しの沈黙のあと、ランが何か思いついたように手を挙げた。
「あ、あの。お題を生徒の皆さんから募集してみるというのはどうでしょうか?」
「ほう、面白そうじゃないか。」
「割と面白がって出してくれそうですし、いいんじゃないですか。でも、どうやって募集しましょうか?」
「た、確かに……」
「それなら、いい案があるぞ。」
そう言って先輩は、部室の端に置いてあった箱ティッシュを取り出した。
「この箱に『お題募集中』と書いて、部室の前に置いておけばよい。」
見た目に似合った可愛らしい字で、ティッシュの箱に『大喜利部 お題募集中』と書いている。
「本当にこれだけでお題が来ますかね……?」
「私を信じたまえ。掲示板のポスターにもその旨を書いておけば大丈夫だろう。」
本当にこの先輩は常に自信満々である。この自信は小さい体のどこから来るのだろうか、と気になるばかりだ。
「こ、小手毬先輩が言うなら大丈夫ですよね!」
「うむ。お題が来る日が待ち遠しいな。」
「そうですね。あとはお題が来るまで待ちましょうか。」
そんなことを言いながら、お題が来るまでのしばらくの間は活動せずに済みそうだ、と考えていた。
「じゃあ今日のところは解散ということで……」
「おいユキ。今日は君がお題を考えればよいではないか。」
「あ、あたしも大喜利やりたいです……!」
……逃げられなかった。こんな反応をするとはもしかして、ランは本当に大喜利が好きなのかもしれない。
今日はランの入部初日だし、いいことにするか。
「じゃあ、今日はいくつかお題やりましょうか。」
「や、やった!」
ランはかなり喜んでいる様子だ。小手毬先輩からは絶対に見られないような笑顔がまぶしい。
「うむ。早く出したまえ。」
小手毬先輩は表情こそ変えないものの、少し足をバタバタさせている。
昨日のことも考えると、足をバタバタするのは喜んでいるときという解釈で間違いなさそうだ。
「じゃあこのティッシュ箱にちなんで……」
『1枚10万円するティッシュの特徴を教えてください』
「なるほど。そういったお題の出し方もあるのか。」
「は、はい!」
ランが手を挙げた。さっきもそうだったが、回答がなかなか早いな。
「はいランさんどうぞ。」
「鼻をかんだら気持ちよさそうです!」
「いや、勝手にかんでてよ。」
「ええ~、気持ちよさそうですよ~。」
ランはボケているのか天然なのかいまいちわからない。
そう思っていると小手毬先輩も手を挙げた。
「はい先輩どうぞ。」
「純金で出来ている。」
「そりゃ純金で出来てたら高くなるでしょうに。」
「なんだねユキ、これではだめなのか?」
「いやダメってわけじゃないんですけど、それだとあまりにも当然というか……」
「ふむ。次の回答を考えるから待ってくれ。」
真面目な回答をしてしまう癖は中々変わらないようだ。
「じ、じゃあ、はい!」
今度はランが手を挙げた。
「はいランさん。」
「なんと木で出来てます!」
「先輩のやつに引っ張られちゃってません?普通のティッシュじゃないですか。」
「え?ティッシュって木で出来てるんですか!?」
断言しよう。ランは天然のバカだ。この驚き方は間違いない。
「木材から取り出した繊維を加工することで、薄くて柔らかい紙にしているのだ。
古紙からできていることもあるから、木から、というのは適切ではないかもしれないがな。」
「へ、へえ~!そうなんですか!」
「……もしかしてランさんって、めちゃくちゃバカだったりする?」
「そ、そんなことないですよ!皆さんと同じ高校に入学してますし!
……まあ、かなりギリギリでしたけど。」
やっぱりランは狙ってボケているわけではないようだ。心なしか安心している。
「そして先輩は、すごく成績が良かったりします?」
「ああ、常に学年では一番だな。だから何かあるというわけでもないが。」
「ええ……めちゃくちゃすごいです……」
「って、すみません。脱線しちゃいましたね。大喜利に戻りましょう。」
なるほど、偶然にも成績がかなり凸凹の二人が揃ってしまったようだ。
ちなみに自分はちょうど真ん中くらいのはずなので、特に言うことはない。
少し間が開いて、再度先輩の手が挙がった。
「はい小手毬先輩。」
「1箱で4000万になる。」
「だからそれは……」
――と、こんな感じでその日の部活は過ぎていった。
すっかり空は暗くなり、こんな生活もたまにはいいかもな、と思うようになっていた。




