1-1 「なぜか部員の集まらない大喜利部。その理由とは?」
高校に入学してから、1週間が経った。
1週間は、特に友人が出来るわけでもなく、何事もなく過ぎていった。
中学からの知り合い同士でまとまっている人々が多く、知り合いのいない自分に友達がいないのもまあ、こんなものだと思う。
とは言っても、中学でも友人が多くいたわけではない。
友人のいる高校に行くこともできたが、あえて高校は知らない場所を選んだ。
理由は特にあるわけでもない。そのほうが、面白そうだったから。それだけ。
面白そうなら、それで良いのだ。そうやって物事を選んできたのだから。
……少し考え事をしてしまったが、帰りのホームルームはもう終わっている。
今日もさっさと帰ろう。そう思い玄関に向かうが、玄関の前がなんだか騒がしい。
「サッカー部!新入部員大募集中です!」
「吹奏楽部です!未経験者も大歓迎です!」
「野球部で俺たちと甲子園目指しませんか!」
新入生に向けた部活の勧誘のようだ。
そういえば、今日から部活勧誘活動解禁、とかなんとか言っていたな。断り切れず、無理やり連れ去られている新入生もいるようだ。
この様子を見ているのも面白いが、見つかって連れ去られる危険もかなり高そうだ。少し落ち着くまで校内を見て回ることにしよう。
といっても、新入生の身では特に行く当てもない。フラフラと歩いているうちに、昼休みに校内掲示板を見かけたことを思い出した。
遠くからは何のポスターかよく見えなかったが、隙間がないほど埋め尽くされていたことは覚えている。少し気になるな。
玄関からはそう遠くない場所だったと記憶しているが、どこだったか……。お、見つけた。
近くまで寄って見ると、部活の勧誘のポスターでびっしりなのがわかる。
野球部、サッカー部、バスケ部。運動部のポスターは「昨年全国大会出場!一緒に頂点を目指そう!」「部員・マネージャー募集!見学からでもOK!」と、熱のこもった文字が並んでいる。
吹奏楽部、美術部、合唱部。文化系の部活は、イラストを前面に押し出したかわいらしいポスターが多い。
部活の勧誘から逃げ出してきたところでこれを見つけるとは、なんとも皮肉なものだ。
玄関の騒ぎに続き、どの部活も新入部員を獲得しようと必死だ。だが、自分にはあまり響かない。
まあ、中学に続き帰宅部だろう。掲示板から目を逸らそうとしたが、隅にある素朴なポスターが視界に入った。
「大喜利部 部員募集中 3階303教室」
白紙に手書きで書かれた、ポスターと呼ぶにはあまりにもお粗末な募集だ。しかし、その素朴さと、「大喜利」という言葉に何か惹かれるものがあった。少し面白そうだなと思う自分がいた。
まだ玄関の方は騒がしいようだ。3階まで行くのは少し遠いが、騒ぎが収まるまでの暇つぶしだと思えば悪くない。
階段を上がり、廊下を歩く。教室の場所は正確には把握していないが、番号順に教室が並んでいるはずだ。301、302、見つけた。303教室。
扉は閉まっていて、中から声もしない。大喜利部なのだから、笑い声の一つくらいは聞こえるかと思ったが、そうではないらしい。
もしかすると、大喜利部も部活の勧誘に行っているのだろうか。そう思いつつも、扉を開けてみることにした。
「失礼しまーす。」
特に返事はない。やはり、勧誘のため出払っているのだろうか。教室を見渡してみる。
「うーむ…………。」
……1人の少女が何か唸っているのを見つけた。
明らかに中学生、いや、小学生と言っても差し支えない身長の少女だ。長い黒髪に、大きな黒目。整った幼い顔立ちの、いわゆる「お人形さんみたい」というやつだ。
考え事をしている一方で、椅子から足をぶらぶらさせているのが面白い。
しかし、明らかにうちの高校の制服を着ている。リボンの色は黄色。ということは、2年生か?
いやいやいや。2年生、ということはまさか先輩……?かなり信じがたい光景ではあるが、流石に制服を見ればそう思わざるを得ない。
様子を見るにかなり集中しているようで、来客があることには気づいていない。そしてこの教室にいるということは、大喜利部の部員なのだろうか。
色々考えてはみたが、目の前の光景に対してどうにも納得がいかない。声をかけてみるしかないか。
「すみません、大喜利部の方ですか?」
「うん……?おお、私が大喜利部の部長だぞ。」
「ぶ、部長?他の部員の方はどちらに……。」
「部員は私1人だ。今のところは、な。」
えーと、早くもあまりの急展開に頭がついてこない。一旦整理しよう。
この子……ではなく、この先輩が大喜利部の部員ということ。さらに言うと、その部長だということ。そして部員は他に誰もいないということ。
いや待て、そもそもそれは部活と呼ばないのではないか。
「君は入部希望者かね?」
「あ、いえ。少し見学に来ただけです。」
「そうか、まあいい。何かお題を出してみろ。大喜利部部長として答えてやろう。」
普通、初対面の相手にお題を聞くものなのか?そして、なぜこの少女はこんなにも偉そうなんだ?
いまいちわからないが、ひとまず無難なお題を出してみることにする。
「うーん、そうですね。『こんな高校は嫌だ』とかどうでしょう。普通ですが。」
彼女は少し考えている様子だ。少しの間の後、彼女の手が挙がった。おそらく回答のための挙手と思われるが、なんだか小学生の授業を見る気分である。
「はい、回答どうぞ。」
「すごく遠いので、通うのが大変。」
「な、なるほど。」
予想外のひねりのない回答に戸惑っていると、またすぐに手が挙がった。
「あ、はい、どうぞ。」
「校則がすごく厳しい。」
……これは、ボケてるつもりなのか?常に表情が一定なので、いまいち意図を掴みかねる。一旦お題を変えてみたほうがいいのかもしれない。
「あー、すみません、お題が悪かったですかね。『名門野球部が予選初戦で敗退。その理由とは?』とかどうでしょう。」
お題を変えることに対する反応は特になく、少し考える様子を見せたあと、またすぐに手が挙がった。
「はいどうぞ。」
「慢心による練習不足。」
やはりこれはボケなのか?ツッコミ待ちなのだろうか?
大喜利部の部長を名乗っている以上、流石にこの回答が連続しているのは、何か意図があるに違いない。そう思うしかなかった。
「普通の回答ばっかりじゃないですか~。」
意を決して軽くツッコんでみた。が、反応がないまま、しばらくの沈黙が続く。彼女は何か考え込んでいる様子だ。なんだか過ちを犯した気分で、申し訳なくなってきた。
「あの、なんかすみません……。」
「君、大喜利というのは、普通の回答では問題があるのか?」
「え、いや、その……なんて言うんですかね。大喜利って、ちょっとひねったような回答をして笑わせるものだと思っていたんですが。」
「そういうものか。大喜利は、クイズとは違うものなのか。」
「はい、そうかと……。」
この人、本当に大喜利部の部長なのか?そもそもなぜ大喜利を知らないのに大喜利部を?と、疑問は尽きない。
何から質問すべきかと考えていると、彼女は何か思いついたような様子で話し始めた。
「君、私に大喜利を教えたまえ。」
「はい?」
「大喜利部に入部して、私に大喜利を教えろと言っているのだ。」
話の流れが無茶苦茶すぎやしないか。これは自分が何かおかしいのか?
というか大喜利を教えるってどういうことだ。入部するという話も一切していないし。
「入部するとは一言も言ってないですよ?」
「元々大喜利部に興味があって来たのだろう。他に入りたい部活でもあるのかね?」
「いや、特には……」
「なら良いではないか。部長の私が許可しているのだから、何も問題はない。」
一切表情は変わらないまま、無茶なことを言ってくる。
こちらの意思というものは彼女の頭の中になさそうだ。一旦違う方向から話を進めるべきか。
「えーと、そもそもこの部活って、明らかに人数が足りてなくないですか?部活として成立してるんですか?」
「大喜利部は、まだ正式な部活として認められていない。この高校では部員が4人以上で部活として認められるからな。」
「じゃあもし自分が入部したとしても、そこからあと2人必要じゃないですか。」
「そうなるな。だから君は、あと2人部員を集めてくれ。」
意見を無視して入部させた上、部員集めまでやらせようとするとは、あまりに傲慢すぎやしないか。
入部云々というよりも、彼女がどうやって今まで生きてきたのかが心配になってきた。
「そもそも入部するとは……」
「ああ、君の名前は何というんだ。」
「あ、はい。……と言います。」
「うーむ。非常に呼びにくい名前だな。君の呼び名は『ユキ』で良いだろう。」
聞いたそばから人の名前を否定してくるとは、失礼過ぎてびっくりである。
呼びにくいのは確かだから、何とも言えないところではあるのだが。
「ではその名前で入部届は出しておくから、心配しなくてよいぞ。」
「いやあのですね……」
「うむ。新入部員が入部するというのは、嬉しいものだな。」
彼女は満足げにうなずいている様子だ。相変わらずほとんど表情は変わらないが、心なしか笑顔にも見える。
そして、床についていない足をバタバタさせている。これは犬がしっぽを振っているようなものなのか?
そう喜ばれると、こちらとしても断るのに分が悪い。上手く抜け出せればよいのだが……。
「あー、そういえば、玄関でやってる部活の勧誘とか行かないんですか?」
「あれはうるさくてかなわん。私には向いていないな。」
さっき見た部活の勧誘に向かわせようかと思ったが、ダメか。
確かに彼女があの場に向かえば、新入生と思われて連れ去られてしまう気もする。
見てもいないのに、なぜか去年の悲惨な光景が目に浮かぶ。
「というかユキ、君はどうしてここに来たのかね。」
「えーと、掲示板のポスターを見て来ました。」
「ならばそれで十分ではないか。わざわざ玄関で大声を出す必要はなかろう。」
そう言われてしまうと、ポスターを見た自分は何も言い返せなくなってしまう。
というか、あのポスターでは部員は集まらないような気がするが、大丈夫なのだろうか。
……いやいや、自分は何を心配しているんだ。早くこの部活から抜け出すんじゃなかったのか?
「あー、あの、自分はそろそろ帰ろうかなと……。」
「うん?そうか。明日もこの時間に部室で待っているからな。」
「は、はあ……。」
当然のように、自分は明日も来る想定になっているらしい。
相変わらず無茶苦茶な先輩だが、一旦時間をおけば考え直してくれると信じよう。
と、そういえば今更だが、彼女の名前を聞いていなかったような気がする。
「あの、そういえば、お名前を教えてください。」
「私か?私は『小手毬 千花』だ。『小さい』に、『手毬』と書いて『こでまり』と読む。」
「小手毬……?」
「ああ。ではまた明日大喜利部に来るがよい。」
小手毬、小手毬か。なんだか何か聞き覚えのある名前のような気もするが、すぐには思い出せなかった。
大喜利部という謎の部活。そして大喜利を知らないその部長。さて、明日の放課後はどうしようか。
喉の奥につっかえたようなむずがゆさを抱えながら、すっかり人気のなくなった玄関を背にした。




