5-08.神々の恩恵《ギフト》
十四歳の春を迎え、師父をはじめとするニートナル屋敷のみんなに成人を祝ってもらった俺たちは、馬と馬車を預けて徒歩でノルトラムの街へ向かった。
ノルトラムの街は伯都ツェルマットから南に三日ほどの距離にある。
この街には、神々の課した試練の迷宮が存在し、条件を満たせば恩恵を得られる、かもしれない。
魔法使い候補の発掘という、ある意味では俺のせいではじまった事業の使いっ走りでヤマトゥーン領内をあっちへこっちへ数か月。
身を切る冬の寒さはこたえましたねえ。
過酷な労働の報酬として、ヤマトゥーン家からギフト・チャレンジンに必要な分の聖石ほかを受けとった。
微妙ぉな遠回りをした気もするし、自分たちで聖石を集めずに済んでラッキーだったような気もするし。
「『試練の迷宮の真の試練とは、聖石集めである』なんて、まことしやかにささやかれるくらいにドロップ率渋いからなあ」
「自分らで集めようとしてたら、途中で飽きてたかもしれんわなあ」
「まあほら、神々《運営》にも事情があるんでしょうし」
なんせ試練の迷宮で、第三層ないし第四層でタイマンはれる実力があれば、普通の迷宮で魔物倒してる方がはるかに儲かる。
しかし、身寄りなしあてもなしで魔物狩りになるしかなかったような人たちだと、戦いに向いた恩恵は切実に欲しいものでもある。
稼げる実力があれば余所のほうがよくて、稼げないからと恩恵を求めれば、ますます稼げない期間が延びていく。
『試練の迷宮、金にならない問題』はさまざまな記録に恨み言が残るほどに、昔からあまたの人々を苦しめてきたようだ。
俺たちは十分に実力をつけてからのチャレンジだったからいいけれど。
聖石集めもヤマトゥーン家に任せちゃったけど。
あまり褒められたことじゃないかもしれないけれど、金持ちが聖石を買い集め、護衛もつけて第十層で恩恵を得てくるというのは定番中の定番でもある。
まさしく、『富む者はますます富む』のである。世知辛い。
「ほな、聖杯チャレンジ前に神殿にお参りしときます」
「願掛けか。俺も行く」
ハヅキの言にスコールの兄貴がのっかり、ならば俺もとぞろぞろと。
現役教会関係者のミナヅキ助祭様とハイラル助祭様に、元教会関係者である法術師三人娘までついてくる。
「別に、教義上の争いはないし、管轄の違いってだけだから」
「教会があまねく世界にで、神殿は特定神や地域特化程度の住み分けです」
「理屈はどうでもいいの。役に立つ恩恵が欲しいってお祈りしておくの」
ヒル子よぉ……もうちょっと、こう、空気を読んで本音と建て前をさあ。
介添え人のフィルに目をやったが、無表情で首を振られた。介添え人二号のミルディーフも反応しない。
三つ子の魂百まで。ヒル子はこのまま、裏表のない人生を歩むのだろう。
試練の迷宮そばにある神殿にお参りし、お賽銭? 献金? とにかく志をお捧げして割と真剣に祈る。
『魔法は才能、恩恵は運』とはいうが、ならばこそ、運気を引き寄せるための努力というものはすべきであると、ガチャ沼の底から声がする。
しかし、夜中の零時ジャストを知るすべはなく、みんなの前でトイレしながら聖杯に聖石を捧げるなどという醜態も晒せない。
いささか心もとないが、捧げる瞬間だけは無心になる、第三案でいくしかない。
「人生一回こっきりの一発勝負ガチャ。気合を入れざるを得ない!」
「二つ目の恩恵って都市伝説も、あるにはあるんですけどねえ」
「溶けたもんでもおって、エラッタ入ったんかなあ」
参拝後、以前の本気アタックと同様、十日分の食料や水を背負っていざ出発。
三日で最下層に到着した。
道中の戦闘に不安はないし、地図もあるし、一回来ている慣れもある。
十分な休憩を取り、心を落ち着けて、聖杯の間へ向かう。
皆の見守る中、俺は無心で聖杯に聖石を流し込み、無心で……うぼぁ!
「うひょおおおおお!」
「ウヅキが壊れた!?」
違うんですの奥さん!
マジでいきなりこう、俺にはスキルが与えられたってわかっちゃったっていうか、マジで神秘体験なんですって、マジで。
「落ち着け、頼むから落ち着け」
「うわー、マジだわ。これマジで神様信じちゃうわ。スキルぅ・インストゥールってビシっと感じちゃいましたよマジで」
興奮が収まるまでに、しばしの時間が必要だった。
いやそのね、俺って前世日本人じゃないですか。あの辺に居そうな。
だからそのね、神秘体験なんて経験なかったわけでね。
宗教ってもんは便利な道具くらいの認識だったわけでね。
てかさあ、そりゃこんな奇跡盛りを味わわされたら、神様の前に跪いちゃうわ。
人生観を根本から揺り動かされた興奮の具合は、やはりミナヅキ、ハヅキが大きく、兄貴たちはスゲーなとか感謝って感じが強かった。
「……あっさり、もらえちゃったな、ギフト」
「わかってる条件はクリアしてきましたしね」
「自分で集めた聖石じゃないって、若干の罪悪感があるけんどな」
そこはしゃーないだろと笑いあう。
きちんとした労働の対価として受け取ったもんだし、恥じる理由はない。
第十層には魔物は出ない。
聖杯の間に陣取ると、仮に他のパーティが来た時に邪魔になるので、転移紋の描かれた帰還の間の手前でキャンプを張る。
魔導コンロを用いてみんなに温かい飲み物をわたしたところで、スコールの兄貴が手を挙げた。
「スキルを明かすのは信頼の証だったよな。俺は【食いしばり】、必死を瀕死にとどめ、底力を発揮できるようになるスキルだ」
「ここ一番で踏ん張れるってことかな?」
「だな。お前たちの盾としちゃあ、いいとこもらえたと思うぜ」
ミルディーフが肩をつついてきたので振り向くと、じーっと目を見つめてきた。
「(聞こえますか…私は今、あなたの心に直接語り掛けています…)」
「こいつ直接脳内に……!」
「ん」
「(ファミチキください)」
「ん????」
「お、こっちからのも届くんだ」
「ん。私と、私が選んだ人? 【念話】」
めったにしゃべらない娘に【念話】って、それどうなんでしょう神様。
あ、どさっそくみんなと次々に何か話し合っているっぽい。びっくり顔と「しゃべれるやん」の呟きが漏れている。
ミルディーフの飛び入りはあったけれど、座り順で順繰りに、ハイラルは【弱点看破】。
これもなかなか使い勝手のよさそうなスキルである。
「兄さんたちのような戦人への未練、見透かされたのかなあ」
「ハイラルはマッチョじゃないってだけで、俺らのパーティじゃ、兄貴と並んでのツートップだかんな」
「そうだね。うん、頂いたこの力を役立てるポジションだね」
ハヅキが【鑑定】。にやりと笑いやがった。
「ただ、使い勝手は悪いわ」
「そなのか?」
俺を見つめるハヅキの目が光った。
「こないな感じで、スキル使うと目が光ってもう。で、読み取れるんもなんちゅうか、うーんって感じや」
「それ、俺が微妙ってことじゃないよな?」
俺を【鑑定】したところ、名前、性別、年齢、ギフトはわかったという。
「自分自身は、もうちょい詳しく読めるわ。使い手と対象によるっぽい」
「鑑定系は、そういうあいまいさがあるみたいだね」
「どんだけ訓練した目利きでも、知らん名前は抜けんしな、どえりゃースキルではあるんやろ」
フィルが【安産】で、念願かなって嬉しそうである。
ミナヅキは【虚空蔵】。正真正銘のアイテム・ボックスだよ、やったね!
さっそく二日分の物資だけ手持ちとし、それ以外はミナヅキの【虚空蔵】に放り込む。
「収納の魔法と違って、負荷らしい負荷を感じないね」
「さすがギフトやな」
「けど、荷物をミナヅキに任せすぎると自滅する、と」
「それもギフトの怖さですね」
ヒル子の【気配察知】には、みんなで突っ込んだ。
「「「その空気読めじゃねーよ!」」」
「なんでよー!」
そして俺は【隠密】。
NINJAはロマン。はっきりわかんだね。
「……どう役に立つのか、立たせていいものなのかは脇に置いて、それぞれギフトに慣れる期間は必要だな」
「いきなりポン付けされた能力ですからね、どこまでのことができるのかなども確認しないといけませんね」
伯都ツェルマットへの凱旋途上で、各自思いつくことを試しては評価をしあう。
便利という意味ではミナヅキの【虚空蔵】がぶっちぎり、次いでミルディーフの念話。
声に出さない相談ができるのは大きい。
パーティ全員くらいなら『つなげられる』という。ただし、同じ場所に固まっているからでもあるようで、どれくらい離れても大丈夫なのかはこれからの検証事項。
戦闘系は無難に強い。
フィルさんの【安産】は、必要な時に確実に役立つでしょう。
ハヅキの【鑑定】、ヒル子の【気配察知】、俺の【隠密】は使いどころが難しいうえに、使いこなすまでにも時間がかりそうだ。
「あっちのほう、ウサギかなー、くらいはわかるけど、だから何って話よね」
「俺たちの魔力レーダーと組み合わせればエグイこともできそうだけど、まずは慣れるのが先だろな」
「そうね。意識的に使おうとすると結構疲れるし」
ハヅキも、本来知りようもない情報を抜ける『かもしれない』だけでも【鑑定】のアドバンテージがある。
それだけに、相手の許諾なしに人を鑑定すれば攻撃とみなされるとか、物品でも、相手を信用していないという合図だとか、社会的な縛りがあれこれある。
なんせ目が光るから、使えばモロバレなのよね。
「バレんように使えっちゅうのと、そんだけ警戒される理由を裏読みすれば、えげつないモンって希望もありますけんどね」
「どこまでの情報が抜けるかは使い手次第って、そりゃ怖いわな」
俺の【隠密】にしても、使いこなせるようになれば、マジでNINJAやれるかもしれない。
いやー、転生に、冒険者で、魔法使いで、NINJAって、全部盛りですな。妄想ひろがりんぐ。ぐふふ。
伯都ツェルマットではパーティ・ホームでくつろぐ。
弟弟子の生意気な方、レオーネにはまた帰ってきたって目をされたが、ヤクートとともども土産だと聖石を渡したら笑顔になりやがった。現金な奴だまったく。
あいにくと師父ネイトナル様は魔法使い候補の育成事業でお留守だったため、一度帰りましたの伝言だけ残した。
近いうちに頼み事があると言われているので、しばらく伯都に滞在する予定でいる。
巡礼だの遍歴だのどうしたと言われそうだけど、いろいろあるんだよ。
そのいろいろのいくつかを片付けるため、ミナヅキ、ハヅキと連れ立って魔導技師のメセドリウスさんを訪ねた。
馬車を預けて改造を頼んでおいた件やそのほかの相談事について、進捗確認などしておかないと、次の旅の予定も立たないからね。
「こんにちはー、どうっすかあ」
「来たか」
メセドリウスさんは、しかめっ面で俺たちを出迎えてくださった。




