5-04.名ばかり領主ハヅキの誕生
ハイラルのホウレンソウのためにヤマトゥーン領に立ち寄った俺たちは、ハイラルの兄、ウイフェン様の治療という強制クエストを開始してしまった。
きっと、ハイラルと友人で実家訪問がイベント発生フラグだったんだろう。
仮にも領主様からの依頼だし、看病相手は友人の兄だしで断るという手がなかったのではあるが、ご当地に古くからある風土病ということで、手のつけようもなかったのである。
河川交易で富を得ているヤマトゥーン家が、尽くせる手は尽くしてきた後、ダメ元での俺たちの投入なのだから、どうしようもないのも当然といえた。
それでも俺たちにだって背負うものがある。
額を寄せ合い古文書を洗い聞き込みを続け、原因は寄生虫と突き止めた。
そして、寄生虫の巣、肝臓周辺を重点的に魔法攻撃して寄生虫を殺した後で【治癒】をかけるという力技な対処療法を編み出し、当人の希望もありウイフェン様を実験体第一号として一定の成果を収めることに成功。
ならば他の患者も頼むということでなし崩しで滞在が長引き、その日の俺たちはご領主オブムス様の呼び出しを受けていた。
執務室には、ヤマトゥーン四兄弟そろい踏みである。
ヒル子とミルディーフはそそくさと俺の背後にまわりこんだ。
「どうしても、当家に仕官はしてくれぬのか」
「しつこい」
んんーなんですかねー。
相手は男爵家のご領主様なんですけどねえ。
連日の過酷な労働にブチ切れてしまうという、我ながら大人げない真似をしてしまった後から、なんかこう、腰が低いんですよねえ。
湿地帯に向けて、なんちゃって【隕石落とし】の実験したのがまずかったかな?
でもなあ、人的被害を出さないで試せる場所ってなかなかないのよねえ。
イライラしていたし。
「おまえ、すげえよ。魔術師ってパネェな」
【瞬間移動】の改造で、手近な岩なんかの質量物を上空に移し、自由落下でドーンしてるだけなんです。
なので狙いがつけられなくて困るという。
メテオなんてそんなものといえばそんなものだけど。
「そうだウヅキ、魔法使い候補、旅先で探すようネイトナル様から言われてたよね」
「ならば当家当地から才能ある者を選んでくだされまいか」
魔法使いは希少である。
ゆえにその力に幻想を抱いてしまう人も結構いる。
ファイヤー・ボールを使えるようになれば戦術兵器にはなれるが、同時にその程度のものでしかないんだけどなあ。
「言われてたけど、ありゃあツェルマット伯爵家紐付きのプロジェクトだぞ?」
仮に俺がヤマトゥーンの領民でこいつは才能があるなんて連れ出したとする。ツェルマット領に。
それ、ヤマトゥーン家としてどうですか?
我が師父のところで育成後、雇用するのはツェルマット家ですよ。
「それは……困るな」
「ああ……。将来的にうちに戻るならともかく、ツェルマット家で囲いこまれては意味がない」
このように、他領で人材を探すのには問題があります。
ではツェルマット領内で探せばいいのかというと、中断中。
ハンド・トゥー・ハンドで魔力通しができた子はいたのだけれど、いざニートナル家に預けるとなると物言いがついたのだ。
いわく、「金払え」。
親や村にとって子とは若年労働力市場へ売れる商品なわけで、それが魔法の才能ありとくれば驚異の高値を皮算用してしまったらしい。
教育を施すという点でいえばむしろこっちが金取るべき案件なのだが、そうなるとそれこそ富貴クラスでないと払えない額になる。
それに、無学のガキんちょより、金を払ってでも魔術師になりたい者のほうがモチベーションは高いだろう。
しかも、魔力通しは魔法使いへの第一関門にすぎない。
育成しても必ずしも魔法使いになれるとは言い切れない。
もとより慈善事業ではないし、ツェルマット伯爵家の戦略的判断もあるので、師父経由でどうしましょうの方針おうかがい案件となっている。
「てな塩梅で、どっちにしろ今は動けない案件なんだな」
「当家ならどうする? 適当な相場で召し上げるか?」
「はした金よりも、可能性のある子を囲ってしまうことが得策でしょう」
「だが、誰に育てさせる」
「そもそも、どうやって才能を見分けるんだ?」
そりゃおめえ、企業秘密ってやつですよ。
師父と俺の連名でツェルマット魔術師組合に提出したレポート、伯爵様からの命令で封印、閲覧禁止にされちゃったみたいだし。
「なあ、やっぱり当家に仕官は……」
「ああん?」
俺だけでなく、ヒル子にまで満遍なく仕官を勧誘してくるヤマトゥーン兄弟をあしらいながら、風土病の治療と経過観察なんかのあれやこれやの引継ぎをしていたら、せめて夏至祭まではと引き留められた。
「今回治療できた人にしても、あくまで延命、再発はするものとお心得ください」
「何より、予防策がないのが痛い」
「もいっこの、肌がかぶれるって病気の方も合わせて、経口感染だけじゃなく水を介した皮膚経由も疑わしいんやけどねえ」
水に入るな触れるなとは言えない。
年に数人の死者を出す程度だったそうで、飲むべきリスク、コラテラル・ダメージとするしかないのかもしれない。
「湿地帯の奥が、怪しいんやね」
「隣国との境界調査で踏み込んでな、多分その時に感染したんだろう」
確かに、ウイフェン様の直属兵でやけに罹患率が高く、死亡者も出ていた。
ヤマトゥーン領の東、カブツ川とヴァルド川の間に広がる湿地帯が、風土病の原因寄生虫の巣とは推測できる。
「誰の土地でもないんよね」
「そうだが?」
なんで俺を見るんですかー。
自領ではないし人もいないって言ってたからぶっぱしたんですよー。
俺は悪くねぇー。
「じゃあ、ハヅキ領にしてもええんかな?」
「クハッ、童商人がよう吠える」
「その無謀さ、俺は嫌いではないぞ」
ゲハッハと大笑いするヤマトゥーン家の次男三男、それでいいのか。
さらには長男のオブムス様まで笑いながら証書まで書いていた。
冗談にしてはやりすぎではと問うたら、名だけ領主でも領主やねんとのこと。
いやいや、爵位もなければ領主様が定住せず領民ゼロ、しかも厄介な寄生虫の巣ってさあ。
「湿地帯は当家の領地ではない。それを公にしただけだ」
「寄生虫の巣とわかれば、下手に抱え込んで責任負わされたくないわい」
「ガンガン稼いでいずれ入植するさかい、そのときはお隣さんゆうことでよろしゅうに」
領都ヤマトゥーンはカブツ川沿いにあるだけに、湿気マシマシである。
風土病が怖くて水遊びもできない。熱い。暑いじゃなくて熱い。
夏至祭ではなにか仕掛けてくるかとちょっと身構えていたが、盛大な慰労兼お別れ会を開いてくれただけだった。
「うちの兄たちは、その、謀略とかには向かないんだ」
「そりゃあ、いいことなんだがなあ」
清濁併せ呑むべき立場にある領主と領主家および重臣としてはどうなのかなと、他人事ながら心配になってしまう。
人間としては好きなんだけどね。勧誘しつこかったけど。
まあいいさ。敵でないならみなし味方でもある。
『黒髪黒目は大事にしろ』という家訓を守るヤマトゥーン家、風土病の情報収集ついでの古文書で開祖は転移者で確定したし。……大和さんじゃなくて山田さんだったのはミナヅキ、ハヅキともどもやられた気分になったが、そんなことはどうでもいい。
特別の配慮を持ってお付き合いすることはやぶさかではないとしておこう。
試練の迷宮のあるノルトラムの街に向かう俺たち一行には、護衛もついてきた。
ウイフェン・ヴォン・ヤマトゥーン、御年二十歳。
風土病から一応回復。騎士隊長職への復帰前に、身体の点検をするという名目で俺たちの護衛をしてくれたのは、本当にただの善意だった。
「うちの兄たちは、本当に、謀略とかには向かないんだよ」
「なんちゅうか、ハイラル還俗したほうよくない?」
ウイフェン様は、馬車馬をひくハヅキと話し込んでいる。
「名ばかり領主ハヅキよ、いずれ湿地帯に入植するなどといっても、風土病はどうするのだ」
「んー、これなあ、奥の手なんやがなあ」
ハヅキのプランはとんでもなく強引なものであった。
湿地帯の埋め立てである。
「水を介するか、水生生物を介するか、とにかく水がなけりゃおられんねん」
「なるほど」
風土病の原因となる寄生虫の生息域をつぶしてやるという、シンプルだし効果はあるだろうがどうやって実現するねんと突っ込みたくなる。
ウイフェン様も、もったいぶったハヅキに律儀に付き合っている。
「ウィ兄さんとアイク兄さんは、その、筋肉こそ正義というか、だからこそ上下関係を一度定めると従順というか」
「ハヅキは別にマッチョじゃないんだが」
「風土病の原因が寄生虫だって突き止めたのはハヅキだったじゃないか。もちろん実際の治療や看護をしてくれたみんなにも感謝してるけど、功一等はハヅキだってそういう思考なんだよ」
「斬った張ったは犬の功ってか。まあ、そりゃなあ」
そんな俺たちの目の前で、ウイフェン様はハヅキからキサラギ赤ポをうやうやしく受け取っていた。
ヤマトゥーン領に滞在していた間に、ツェルマットの工房から仕入れて販売していたのはハヅキだかんなあ。
「……原因究明で功一等?」
「あれ?」
「なあハイラル、真剣に還俗考えたほうがよくない?」
「……そうだね」
道中、ハイラルの葛藤以外には特段何事もなくノルトラムの街に到着。
ウイフェン様の見習い騎士時代の定宿に案内され、腰を落ち着ける。
「俺も数年前なんだよなあ。試練の迷宮に挑んだのは」
「注意点はありますか?」
『試練の迷宮攻略記』という薄い攻略本は持っている。
迷宮入り口のそばにある魔物狩り組合で、各階層の地図や出現魔物情報も買えるだろう。
「挑戦者同士のトラブルだな」
紳士ルール、暗黙の取り決めとして迷宮内では飛び道具は使わないこと、声を掛け合って魔物ではないアピールを欠かさないこと、それでもやはり黒い噂のある人物はいるので注意することなど。
魔物に関する注意ではなく、とにかく他人、他のパーティに気をつけろとウイフェン様は力説なされた。
「迷宮内で何が起ころうが、確たる証拠がなければ、証拠を残さなければ、野放しだからな」
「どんだけやねん」
「だから、スキを見せないこと、余力を持つことが大事だと教わった」
どこまでいっても、人の敵は人だということなのだろうか。
魔物との戦いのための力、恩恵を与えるために神々の課した試練の迷宮にしては、なかなか気の利いた話である。
「明日からさっそく、慣らしを始めるぞ!」
「おー!」
さて、俺たちはどんな恩恵を得られるだろうか。
とらぬ狸の皮算用をはじめてしまうくらいには、俺も浮ついていたのだ。




