1-03.俺はビビッてない
俺はビビッてない。
決してビビッてなどいない。
「明日は朝から、村囲いの堀の、渡し橋の下で遊ぼうよ!」
昨日、別れ際に「イワークん家のチビ」が俺と「ウォルダんとこの小倅」に告げた『遊びのお誘い』は、俺たちが転生者であると互いに気付いたことに関係するのはまず間違いない。
お誘い時の「イワークん家のチビ」の何も映さない黒目が闇深く感じてしまったのはきっとあれだ、腹が減っていたからだ。人間、腹が減ると気が滅入る。間違いない。
だいたい黒髪黒目なんて前世で見慣れている。おぼろげな記憶の中に出てくる人物の大半は日本人であり黒髪黒目だ。
その前世記憶において若干の憧れめいた感情があった金髪碧眼が、今生の俺「アルベルトん家の末の小僧」だ。つまり俺は個人的勝利ポイントをすでに得ている。
だから決してビビッてなどいない。
朝日もまだ昇っていない薄暗いうちから目を覚ました俺は、かくのごとく理論武装を整えた。
余人を交えず三人だけでの話し合いが必要な案件だ。どうせ朝飯は日が昇ってからになる。気合入れて、朝飯前の一仕事といこう。
母に遊んでくると告げて、まずは「ウォルダんとこの小倅」を呼びに行く。
「ウォルダんとこの小倅」は赤毛をぼりぼり掻きながら、青目を落ち着かなく揺らしていた。
これで見かけ上は二対一、圧倒的じゃないか我が軍は。「ウォルダんとこの小倅」が味方かどうかはこのさい忘れよう。「イワークん家のチビ」が敵と決まったわけでもないのだから。
三人で連れ立って村囲いの堀の渡し橋の下に潜り込む。
「環濠集落ってやつですね」
「ヨーロッパ中世風にいえばモット・アンド・ベーリーになるのかな」
「世の東西問わず、防御施設なんて似たり寄ったりになるんだろ」
昨日の転生モロバレ案件があっての今日なので、今生の三歳児である俺たちが知るはずのない知識を遠慮なく披瀝しあう。
多少は探り合うようにしつつも、互いの認識のすり合わせも進める。
ビビってたわけじゃないけど、紳士的に話し合いができるとホッとする。俺たち文明人。
「俺だけじゃなく、二人とも神様的な存在に会ったとか、トラックに突っ込まれたとか、そういうテンプレは経験してないと」
「トラック?」
何を言いたいのだとばかりに、「ウォルダんとこの小倅」が首をひねった。
「あれです、転生もののお約束の一つってことで」
「昨日、『ステータス・オープン』とか『アイテム・ボックス』とか叫んで見せただろ? ああいうのと似たような様式美だと思ってくれよ」
「はあ、よくわからないけどわかりました」
俺と「イワークん家のチビ」はヲタ会話が成立するが、「ウォルダんとこの小倅」はこの手の話にあまり縁がないようだ。
というか「イワークん家のチビ」は俺よりディープだな。正直ついていけないレベルのネタを振られても困る。もしかするとヲタ的なマウントを仕掛けられているのだろうか。とりあえず、いまいちわからないネタには「レベルたけーなオイ」で返しておく。
「まとめると、ゲーム的な常識は通じないまっとうなリアル・ワールドで、特別なチートもなし」
「前世の記憶があるといっても、おぼろげなうえに知識チートに役立つようなもんは自信ないぞ」
「チート? はともかく、前世の記憶なんだよね。妙にしっくりくるから、他人の記憶とも思えないし」
「ああ、そうですね。コピーやクローン……はないかなあ。文明レベル、いわゆる中世っぽいですし」
「いきなりSFに振られてもなんだその、困るだろ」
いわゆるヨーロッパ中世風異世界で、魔物が跋扈し、魔法もある……らしい。
箇条書きすれば、前世記憶的には憧れたこともあるシチュエーションではある。
ただし、チート抜き、リアルより……リアルそのものかあ。薄々気が付いてはいたけれど、きついなあ。俺はこの先生きのこれるのか。
「そういえば、『ウォルダんとこの小倅』も転生ってこと自体には驚かないんですね?」
「それはまあ、自分なんちゃって仏教徒とはいえ、解脱目指して転生輪廻という概念くらいは知ってますし」
「えーと、『七回死んで八回やり直せ』だっけ?」
「それは違うと思いますよ?」
二人とも俺同様、今生で知るはずのない記憶という違和感は物心ついた時から付きまとっていたが、それが転生によるものだろうと結論付けられたのは最近のことだと言う。
今はまだまだおぼろげな記憶だが、それでもじわじわと、ピントが合うように輪郭がはっきりしてきた感じと言われて俺も納得する。
俺や「イワークん家のチビ」はヲタ知識として、転生者という存在が世間にネガティブ方面に受け止められるとどうなるかというシチュエーションを知っていただけに、自身の立場をどう判断しどう行動すべきか悩んでいた。
しかし「ウォルダんとこの小倅」は、知るはずのない知識はともかく映画的登場シーン程度なら問題ないだろうと、ある意味気軽に披露したのが昨日の状況。
結果的に、俺たちが釣られたわけだ。
「せっかく転生したんだし、俺は冒険者になりたいな」
「ファンタジーものの定番ですねえ」
「だって、魔物も魔法もあるってくりゃあそうだろ? 立ち位置的にいずれは家を出なきゃならんのだろうし」
田舎農村の厳しく貧しい生活で、家父長制っぽいからな。跡継ぎ以外の男なんて放り出されるのが目に見えている。
「なら僕は、世界中を旅してみたいですね」
「イワークん家のチビ」は前世、若干の引きこもり気質だったらしく、旅行は修学旅行か近場の家族旅行、親戚挨拶程度しか記憶にないという。
三歳児目線でわかることと前置きしたうえで、こんな世情で引きこもり生活なんて無理でしょうしと笑った。
「ふむ……なら自分は、悪徳領主ってものをやりたいな」
「え?」
「え?」
「ウォルダんとこの小倅」の思いがけぬ発言に俺たちは真顔になる。
いや、テンプレではあるよ、悪徳領主。でも、こいつヲタク文化とはあまり近くなかったんじゃないの?
「そんなに難しい話じゃないんですよ。自分、記憶の中では『いい人』やってるんですが、長男、夫、お父さん、上司……『いい人』の演技のし過ぎで『自分』ってなんだろうみたいな疑問、抱えてたみたいなんですね」
「はあ」
「せっかくだから、今生は好き勝手やってもいいじゃない!」
青い目をキラキラと輝かせて言うセリフかどうかは脇に置こう。
「男のロマンではある?」
「やっぱりこう、好き勝手やるには金も地位も必要ですよね」
「だから領主? わかりみ?」
壮大な野望。妄想ともいう。言うだけならタダだ。
「ウォルダんとこの小倅」が熱弁する『悪徳』とは、好きなように生きる、ワガママ上等ヨロシクな利己主義スタイルってことでいいんだろうか。
ネットも冷蔵庫もエアコンも、電気もガスも水道もない。現代日本基準を知る俺たちにとって今生の生活はあまりに厳しい。
いっそ知らなければよかったとさえ思うこともある。
そんなつらい現実から自分を慰めるためにありえない光景を夢想する。わからなくはない。
「それでですね、美女がいたら召し上げて、侍らかすんですよ! おそろいの衣装着せて、靴底の厚さでトップラインを調整して!!」
「ミニスカか?」
「ミニスカです!」
俺たちは固い握手を交わした。熱いまなざしの交差、言葉は不要。
しばしの時が流れ、「イワークん家のチビ」が咳払いした。
「冒険者、世界旅行、悪徳領主……野望はいいとして、当面の方針は?」
「そもそも、転生者が三人も同年齢でそろうって状況が、判断つかんのよね」
「自分にはテンプレというものがわかりませんが、この状況がスタンダードなのかイレギュラーなのかもわからないということですか?」
「集団転生・転移ってテンプレはあるけど……」
「僕としては、イレギュラーと思っておくべきかと。悪いほうで予想、対策するほうが、希望的願望的楽観的でハズすよりはマシなはずです」
それに、と続ける。目が怖い。
「潰しあいしてる余裕、ないでしょ」
「『三人寄れば文殊の知恵』、『三本の矢は折れにくい』。三人で協力しあうということだね。自分はオッケーだよ」
「おっすおっす」
ビビッてないっすよ。合理的、理性的、戦略的判断ってヤツっすよ。
「僕たちはまだ三歳、見聞きできる情報に限度があります」
「当面は俺たちが転生者ということは伏せつつ、情報収集だな」
「りょうかーい」
頭上の木橋を踏むドタドタという音がする。
食事は朝夕二回。明るくなってからお日様がいい感じに昇るまでの時間、朝飯前の一仕事として畑に出ていた大人が帰ってきたのだろう。
「そろそろ家に戻らないとまずいか」
「ああ、じゃあ最後に自分から。呼び名、決めません?」
俺たちは、まだ名前がない。
コロコロ死ぬ乳幼児に名前つけてもしょうがない、ということなのだろう。死亡率が安定する数え七つで名付けをするらしい。
とはいえ 俺で例えれば、いちいち「アルベルトん家の末の小僧」と呼ぶのも面倒なので「金髪アル」と呼ぶ、みたいなあだ名や呼び名が発生する。
ただし、「サウビスん家の小娘」を「おさげ」と呼ぶと怒られる。ケース・バイ・ケースである。
「……『アルベルトん家の末の小僧』だと、ライオンハートかレオナルド?」
「イワークん家のチビ」が俺の金髪に目をやりながらつぶやいた。
ザ・レジェンド・オブ・ギャラクティック・ヒーローズ的な金髪キャラのもじりだと、俺にはわかる。
「ちょっと待って、それって赤毛無残な話じゃありませんでしたっけ?」
赤毛の「ウォルダんとこの小倅」から物言いがついたのは意外だったが、有名作だけに「嗜みとして」知っていたそうだ。
「確かに僕も黒髪だと、敵対勢力キャラになっちゃうか」
「もじりもじって、北宋でヨウギョウなんてどうです?」
「北宋か……」
「北宋だ……」
三国志や始皇帝のあたりならともかく北宋は知らないなあと「イワークん家のチビ」。俺もだ。
てかもう、捻り過ぎても訳わかめ。身の丈にあうかどうかもある。あだ名呼び名とはいえ、名前負けは悲しいものがある。
「……ウヅキ」
「ん?」
「俺、前世で四月生まれなんだ。だから卯月」
「じゃあ僕は六月でミナヅキ」
「……八月ってなんでしたっけ?」
「オーガスト?」
「そりゃローマ歴だっちゅう! 葉っぱのハヅキです」
「ありがとー」
「じゃあとりあえずそういうことで。急いで家に戻ろうぜ、朝飯なくなっちまう」
俺みたいな末っ子に供される食料は、三歳児ということを抜きにしても少ない。何事につけても家長と跡継ぎが優先だ。
切なくてお腹が鳴った。
【メモ:和風月名】
睦月・むつき
如月・きさらぎ
弥生・やよい
卯月・うづき
皐月・さつき
水無月・みなづき
文月・ふみづき/ふづき
葉月・はづき
長月・ながつき
神無月・かんなづき
霜月・しもつき
師走・しわす