1-02.俺は転生者である
俺は転生者である。
名前はまだない。ついでに当年きっての三歳児様だ。
「チャー、チャラリラリラリー、チャーラリーラッチャラリランタラン」
「なんでやねん!」
「そこは洋画縛りだろ!」
生まれも育ちも柴又でおなじみのつらい男といえばコレな、明るい調子を口ずさむ「イワークん家のチビ」の背を、俺「アルベルトん家の末の小僧」と「ウォルダんとこの小倅」がしばいた。
「いや、ここはボケるところかと?」
「うっ、否定できない」
「おまえら関西人かっ!」
ボケられたらツッコミたくなるじゃないか。
「ちょっと?」
「リテイク! リテイクです!」
やるな、「ウォルダんとこの小倅」。「サウビスん家の小娘」を有無を言わさぬ勢いで押し切ったぞ。
といったわけで、思わぬアクシデントはあったが、子守り引率の「サウビスん家の小娘」と俺の直上の兄の二人、および子守られる側の俺たち三人による、「領地の視察の途中で魔物に襲われるお姫様とその騎士というシチュエーションでのおままごと劇イン河原」再開である。
なお、子守られる側の俺たち三人は魔物役として飛び出してはズンバラリされるだけの簡単なお仕事です。
「デーンデデデーンデレデレデデデーン……コーホー」
「なんだよそのコーホーって、いかすじゃん!」
腕を突き出し、おまけのように付け足された独特の呼吸音に兄上大喜びだよ。
ていうかこの世界、当たり前に魔物が跋扈してるっぽい。しかも、文明レベルは俗にいう中世という印象。
前世記憶的にはある意味あこがれのシチュエーションのはずだったんだが、物語を楽しむ側と実体験する側とでは意見が異なります。あくまで個人的見解でございますが。
厳しい現実に心萎えそうな中、唯一の望みは魔法があるらしいこと。
儚い希望かもしれないが、希望がないと人は生きていけないの。
「キーッ!」
フォース的なにぎにぎが通用せずズンバラリされた暗黒卿……じゃなくて「イワークん家のチビ」と入れ替わりで、世界征服をたくらむ悪の秘密結社の戦闘員がエントリーだ。
「ステータス・オープン」
もうね、子守られる側の俺たち三人、明らかに転生者でしょ。しかも、三人そろってあからさまなフレーズを繰り出したにもかかわらず、「サウビスん家の小娘」も俺の兄も特別な反応を示さない。
演技なら、たいしたものですよ。ええ。
でもまあ、俺たちが転生者だと気が付いた可能性は限りなく低いだろう。ならば、自重してらんない。
叫びとともに指先でSの字を描くジェシュターっていうかモーションっていうか、それっぽいしぐさをやってみる。
……反応なし。
なしか……。そっかー……。
何やってるんだという感じで俺を見つめてくる青目と、ちょっと期待のこもった黒目にかるく首を振る。
青目のほうからはわかんねーって感じの、黒目のほうからは軽い落胆とやっぱりという諦観が帰ってくる。
無言で、目と目で通じ合うってこういうことかな。
どうやら、黒目の「イワークん家のチビ」とはヲタ会話が成立しそうだ。
「メニュー」
「インベントリ」
「アクセス」
魔物の演技にかこつけて、技名のようにいちいち叫びつつ、とにかく思いつく限りのテンプレ的ワードやしぐさを試してみる。
「キーッ!?」
よくわかっていないようだけど、青目の「ウォルダんとこの小倅」も悪の秘密結社エントリーして、英単語なんかを繰り出している。
よくわかっているだろう、黒目の「イワークん家のチビ」は日本語も織り交ぜて……本当に、自重してないな。
「姫、こいつら魔法を!」
「魔物のくせにやるじゃない。でも、あたしの魔法で一撃よ! 必殺、【ファイヤー・ボール】」
「ぐぁー」「ぎゃー」「いやぁーん」
「サウビスん家の小娘」の宣言に、俺たちは一斉にもだえ苦しんで見せた。
守られるだけのお姫様じゃない。なら俺的ポイントは高得点だが、これは単に自分も勝者の無双感味わいたかっただけだろなあ。それにつけても、やられるだけの魔物はつらいよ。
ザコの悲哀感を増幅させるかのようにお腹がぐぅとなった。
「あー、腹減ったなあ」
「そうね。何か探しましょ」
ままごと劇もひと段落ということで、「サウビスん家の小娘」と俺の兄の指示のもと森に入って、腹に納めるものを探す。
田舎農村の厳しく貧しい生活で、家父長とその嫡男以外の食糧事情は推して知るべし。
おぼろげな記憶とはいえ、前世日本を知る俺にとっては辛い生活である。
今生栄達を望みつつも、なにはともあれまずは生き残ること。お腹いっぱい食べたい。満たされたい。
「木の実とか果物とか……」
「ねーんだよ。俺らで行ける範囲なんて誰かが先に採ってるからな」
「この花はちょっとだけと蜜が吸えるのよ」
ありがたい知識を伝授されているのだが、世知辛い。
「この茎は食えるぞ。葉っぱや根っこも食える」
教えられた茎を手折ってかじってみると、これがなんとも青臭い。
ぬるっとした汁が舌の上で苦みを残し喉に絡んで腹に下る。食えるし養分も含んでいるんだろうけど、どう間違っても美味しいものじゃない。
「せめて火が使えれば、灰汁抜きできるのに」
これまた渋そうな顔というか、実際渋いんだろう。おぼろげな知識ではゼンマイに似たグルグル草をかじっていた「ウォルダんとこの小倅」がつぶやいた。
先端がグルグルしているからグルグル草。多分きっと、ちゃんとした本なんかだと違う名前で載ってそう。
「河原なら大丈夫じゃない? 燃えるものないし」
「火遊びは怒られるし、火種持ってきてないぞ」
引率二人が何事かを相談しているが、どうせ「サウビスん家の小娘」が俺の兄を押し切って終了だ。
「イワークん家のチビ」は、せっせと俺のかじった植物の根っこを引き抜いている。
土が着いたままの根っこを口に入れようとはしないのは、いまさらだが転生者としての振舞いらしいっちゃらしいと、あまり気にせずかじりついている兄たちを見てはじめて気が付いた。
「やっぱ根っこは皮剥いたほうがいいな」
「土の味になっちゃうのよね」
もそもそとした葉っぱやグルグル草の天然サラダ。
おこちゃま舌だから苦みが苦手とかそういうレベルじゃない。単純に、まずい。まずいのに、とりあえず食ってしまう。飢えとはそういうものだ。なんか悔しい。
「落ちてる枝拾いながら河原へ戻るぞ」
「焚き火用の枝集めよ」
火種はないが方針は決まったらしい。
ちょぼちょぼと、落ちている小枝を拾い集めながら俺たちはまた河原へと戻った。
「イワークん家のチビ」は、指示された森と河原の境に拾ってきた薪を落とすと、さっき引き抜いた根っこを洗いに行った。
「おうおまえら、皮剥きや茎切るのに使える鋭い石探そうぜ」
「キーッ!」
片腕をあげて応えて見せたら兄上大喜びだ。
わかるよ、いかにもな手下ムーブだもんな。
さて、石で刃物といえば黒曜石、というのが俺の前世記憶から浮かび上がるが、そも黒曜石ってどんな石だよ。
「知ってる?」
「ガラスっぽいというかガラス質らしいですけど、自分も現物見たことはないので」
相談してみた「ウォルダんとこの小倅」が首を振る。ぼさぼさの赤髪がゆさゆさして、フケが飛ぶ。
河原を見渡す限りガラスっぽいものはなさそうだ。
「髪も、洗いたいな」
「シャンプー……石鹸欲しいです」
慣れてしまうといえばそれまでだが、気になりだすと気になるものでもある。
俺たちは頭を掻いた。かゆい。
水辺から戻ってきた「イワークん家のチビ」が俺たちを見ながら背中を掻く。
「虱かノミか、虫もねえ」
「服ごと丸洗いだわな。それだって、すぐに家族から移住してくるんだろうが」
とりあえず、足首までの浅瀬で水かけっこをする。
引率の二人にまじめに石を探せと怒られたが、水をぶっかけてやったら即参戦だった。
ひとしきり水と戯れ全身濡れネズミになったので、全員マッパになって服を揉み洗い。男だ女だ気にする歳じゃないのよ。河原に服を広げて乾かす間に石探しを再開だ。
なお、黒曜石でなくとも、手ごろな大きさで鋭さを持つ石があれば、素手で引きちぎるのとは比べ物にならない切れ味になる。なった。
「うぉ、結構切れるじゃん」
「鉄の刃物にはかなわんけどなー、ナイフもらえるのまだまだ先だもんべよー」
いやこれは革命ですよ。
道具を使うことが人と獣の境目。俺たちは石器時代に突入した。刃物革命、文明万歳。
それぞれにお気に入りのマイ石包丁を確保した俺たちは、改めて森に入って食料や素材採取を行った。
ちなみに「イワークん家のチビ」がせっせと集めた根っこを分けてくれたが、まあ、うん。茎よりはマシかな程度。
味に不満は多々あれど、一応、腹の虫も収まったし、その点は素直に年上に感謝しておこう。
そして道具革命に目覚めた俺は、拾ってきた枝と裂いたツタをつかって小ぶりな石斧を作成した。三歳児サイズのミニチュアだ。
すぐに兄貴に取り上げられた。
「ガキが持っていていいものじゃない」
年上とはいえガキがそれを言うかという感じ。
悔しかったのでもう一個作った。すぐに「サウビスん家の小娘」に取り上げられた。
「おそろいとは気が利いてるじゃない」
いや、そういうつもりじゃなかったんだけど。
なんかもう意地になったので、三個目を作りたかったが時間切れだ。山の端に日がかかっている。
「やっべ。おまえらあ、急いで帰るぞー」
俺から取り上げたミチニュア石斧で枝払いなんかして遊んでいた兄貴たちが声を上げた。
明るくなったら起きる。暗くなったら寝る。
そんな生活では日が暮れる前に夕飯を済ませてしまう。急いで帰らないと食いっぱぐれる。
集落にて別れ際、「イワークん家のチビ」が俺と「ウォルダんとこの小倅」の手を取った。
「明日は朝から、村囲いの堀の、渡し橋の下で遊ぼうよ!」
声だけ聞けば遊びのお誘いだけど、「イワークん家のチビ」ちょっと目が怖いぞ。黒目が闇をたたえているように見えてしまう。
「お、おう」
「わ、わかった」
決してビビったわけではない。
ビビったわけではないが、俺は「ウォルダんとこの小倅」と顔を見合わせてしまった。
【メモ】
・星戦争