2-03.都市の闇
ホセという、俺たち同様にエンダー村から伯都に売られた子の行方がわからないらしい。
ホセを探す買い主にして飼い主、鞣し職人の男たちが去った一代騎士ナンディール・ラ・ニートナルの名を冠するポーション工房に、工房長ネイトナル・ニートナル様の渋い声が漏れた。
「臭いな」
「え?」
俺は慌てて自分のにおいをかいだ。
前世記憶のおかげで衛生の大切さを知る俺たちは、周りに比べれば清潔に気を使っているほうである。
「ああ、おまえではない。あいつらおそらくは鞣し屋か、薬剤と糞尿のにおいが鼻についた」
雇人に逃げられたのならお察しだと続け、一応の尋問らしきものも口にする。
「で、おまえは関わりないのだな?」
「残念ながら。事実、逃げたのであればできる限り匿うつもりでありますが、さきほど初めて知りました」
俺に何ができるのかはともかく、本心である。
村から出てきた子どもたちは、エンダー家末姫付きのシスティナ以外は売られた同士。そこはかとない仲間意識はある。
ホセが買い主にして飼い主から逃げたのであればよし。だが、もし誘拐などされていた場合は実際どうしたものか。そも、いつからいなくなったのか。情報が少なすぎる。
「半人前以下のクセに生意気なことを言う」
格好いい渋さなんだよなあ。
俺の返答を鼻で笑いながらも、バカにされた気はしない。どれかといえば、揶揄を含んだ視線がそう感じさせるのだろう。
俺の生意気さを許容し楽しむ大人っぷりは、まさにダンディ。俺が男でよかった。女だったら惚れてたね。
「ともあれ、こんな空気では工程に悪影響が出る。本日の製造は中止だ、道具をしまい、工房内をよく拭き掃除しろ」
「イエス、マスター」
やや神経質に聞こえるが、薬剤の調合を行う場。俺に対してすら、工房専用の貫頭衣が支給されている。
いや、これは俺を慮っての指示か?
ホセの件に気を取られては手元がおろそかになりかねない。とすればポーションとしての最終品質にも影響が出てしまうかもしれない。……といった理由ではなく、少なからず動揺している俺に落ち着く時間をくれたんだろう。
俺はホセの件を頭から追い出した。
薄情であっても、今現在は仕事の時間。半人前以下の雇われとして、敬愛する上司様のお言葉と思いは何よりも優先される。
こちらに買われてからの当初二週間は、指示されたことを行うだけだった俺だが、ようやく道具や材料の配置、なんとなくの手順全体の流れが見えてきている。
薬草を煮込む予定で沸かしていたお湯の使用許可を求め、掃除中に煮沸を行うべく器具を投入。
魔女の釜よろしくずんぐりした鍋の中で煮られる器具を横目に、工房長のネイトナル様が呟いた。
「はて、いつ教えたのか……」
やべ、そういや普段は使用後水洗いで済ませていた。煮沸消毒ってここで見たことなかったかも。
下手に反応してもあれだし、何気ない顔でお屋敷の中庭直通の扉を出入りし、井戸から水汲み往復しつつ拭き掃除を進める。
いやー、気にはなっていたんだ。床や製剤台の上は普段からきれいにしているが、壁面や天井、梁なんか。
工房で湯沸かしに使っているのは、これぞファンタジーなアイテム、魔導コンロとやらで煙はでないのだが、それでも何由来なのか煤が溜まっている。
台に乗ってモップを目いっぱい伸ばす俺に、ネイトナル様は気を付けるようにだけ言って隣室、薬液を瓶詰後に置いておく棚に向かった。
ニートナル・ポーション工房では、魔法薬液のうち主に回復剤と呼ばれるものを生産している。
これまたファンタジーものでおなじみの、たちどころに傷を治す、便利なアレである。魔法薬ではない普通の薬との違いはまさにそこで、効果が出るのが早いことに尽きる。
その分お高い。
お高いけれど、買う人は買う。そういう商品だ。
前世知識も加えた俺の観察によると、ポーションは大まかに四種の素材群が必要になる。
まずは薬効成分。
基本中の基本素材であり、数種類の薬草や実、なんかの根っこに肝の干物(?)などをブレンドしたり抽出したりする。
数種類というのは、例えば同じ薬草でも季節や部位によって薬効が微妙に異なることなど、その時々で調合を変化させるためで、パターンどころか何が素材になるのかもまだ把握しきれていない。
次に薬効の吸収を助ける補助剤や栄養分や香料などの添加物。
正直なところハチミツや砂糖ならともかく、薬草との違いはあいまい。草系は種類が多くてねえ。
例えばレモングラスは風味付け以外に鎮痛作用もあるそうですし。ともかく関わった薬草・薬種は丸暗記するくらいの気合でいかないと。この先生きのこるためにも。
そして忘れてならない魔力剤。
魔法薬液たるはコイツの存在が欠かせない。
薬効成分を魔力で強化することで、即効性や効果の増強を行っているようだ。原材料はクズ魔石。砕くぜー、超砕くぜー。ゴマすりならぬ魔石すりは俺の重要なお仕事だ。
最後はすべてを溶かし込む溶剤。
単純に水か、モノによってはアルコールってところだろう。
素材としてはこの四種で、あとは配合レシピ含め製造上のノウハウとなる。
例えば我がニートナル・ポーション工房では、薬液を静置し、その上澄みだけを瓶詰する。
その理由は、直接傷口にかけるような使い方をすると、残留物を取り込んで傷が塞がってしまうからだという。いくら沈殿物にも多少の薬効はあるとはいっても、身体にとっては異物だからな。
なお、沈殿物は石鹸製造の際に混ぜています。お肌も潤うニートナル薬用石鹸をよろしく。
話がそれた。
実のところ薬液を瓶詰した段階では、まだ魔法薬液ではない。それだけでは出荷できないのだ。
秘密は、さきほどネイトナル様が入った、薬液を瓶詰後に置いておく棚のある隣室にあると俺はにらんでいる。
薬液を瓶詰後、出荷までの間に何かをしている。
まだ買われてから日も浅い、短い付き合いではあるが、俺の上司は俺が知識や技術を盗もうとすることに鷹揚である。
鷹揚に見せているだけかとも考えたが、少なくとも工房内で質問したことにはきちんと応えてくれるし、むしろ、たまに他に質問はないのかと言わんばかりの揶揄するような目で見てくる。
誘われている、弄ばれている……俺の中の乙女回路はもはやグデングデンになりながら、そっと隣室をうかがった。
それがまさか、あんなことになるだなんて……
「おい、そこで切るのか」
「ウヅキ……乙女回路ってさあ」
安息日、教会広場の一角で合流した後、伯都を守る城壁に向かいながら、俺は口調が荒くなったハヅキとジト目のミナヅキに責められていた。
いやさあ、ほら、一応営業上の秘密的な?
俺たち三人で情報共有とはいっても、こんな往来で話すかどうかは別問題じゃん。
「まさかウヅキが雌堕ちとは」
「堕ちてねーって。男でも惚れる、そんだけダンディなんだよ」
ミナヅキの誤解はともかく、性的な意味でのお稚児路線も上流階級方面でなくはないようだし、下層民向けにもずばりの男娼もいるらしい。
……そう、男の子の尻とはいえ狙うヤツはいるのだ。
「はぁ。ウヅキの件はまた後で追及するとして、僕の方から、ホセについてわかったことを報告します」
ミナヅキの眉が寄る。
本日の会合、いきなり壁外へいざなわれたのも気になったが、どうやら芳しくない話らしい。俺とハヅキも意識を切り替えた。
皮鞣しの職人集団に売られたホセは、脱走とされたその日に、教会の運営する施設の一つ、施術院に自力で駆け込んでいたらしい。
ひどく殴打を受けたのか打撲骨折が見られ、無料の範囲での施術は施されたものの、身元不明、つまりは施術料を払う者がいないために放置。意識戻らず、死亡したという。
ミナヅキは口を濁したが、打撲骨折だけでなくズボンの尻が血まみれと言われれば、想像はつく。ついてしまう。
「ひどい話です」
「胸糞わるい」
俺やハヅキのもとへも捜索の手が入った理由もわかった。
ホセの行方不明を知った買い主から売り主、エンダー村の伯都での窓口であるチビ若に連絡がいき、俺たちホセ以外の七人の所在開示。
個人情報保護法などないご時世、社会構造。
領民は所有物、ええまあそれはいいでしょう。では、売られた俺たちの所有権は今は誰にあるの?
結局、皮鞣し職人たちは、最後の最後に訪れた施術院でホセの死体とご対面とあいなったらしい。
施術院訪問が最後の最後になったわけも奮っている。
「有料の施術は受けていないことを何度も確認されたそうで」
「ひどい話です」
「胸糞わるい」
俺とハヅキの言語能力が著しく退化したわけではない。なんかもう、言葉がないのだ。
「一応、チビ若にも報告いったらしくて、僕に向かって施術院は教会の施設なのになんで気付かなかったといわれてもねえ」
「なんだかなあ」
「なんだかですねえ」
同村出身者ということだけを武器に、施術院に出向いて事情を確認したミナヅキには頭が下がる。
ミナヅキの現在の立場は同じ教会の施設でも養成院の候補生、聞く限りでは平日にさほどの自由時間はないはずなのだ。
紹介料として少なくない期間賃金を支払い済みのホセの雇用主と、売主エンダー村の代表チビ若との間で金銭関係について微妙にもめたらしいが、それこそ知った話ではない。
「埋葬料だけ、チビ若から出たそうですよ」
「ああ、もしかして今日壁外に向かっているのって……」
伯都教会の敷地内墓地は、伯都でも名のある人々のための墓所である。
名もなき人々や行き倒れなどは、壁外の無縁墓地に葬られるという。
ホセもまた、無縁墓地に埋葬済みのはずだとミナヅキはいう。
「ウヅキの件の追及は、墓参り……墓はないかな。その他大勢だし。ともかくホセの冥福を祈ってからということで」
「異議なし」
「せめて花でも手向けてやらにゃあな」
後に俺への追及が控えているからというわけではないが、伯都ツェルマットに来てから初めての壁外散策は、気の沈む始まりとなった。




