2-02.第一回イレギュラーズ伯都会合
俺の名はウヅキ。そして朋友たる同村出身者にして、前世の記憶持ちという秘密を共有するミナヅキとハヅキ。
「やっほー、おひさー」
「うぃーっす」
「元気そうで何よりです」
安息日の昼下がり、いくつか取り決めた連絡方法の一つ、教会前の広場で俺たちは挨拶を交わした。
ツェルマット伯爵家の本城鎮座まします伯都の名もまたツェルマット。
だいたいこの手の城塞都市では、中心部に近いほうが偉かったり高かったりするものである。攻められて被害が出るのは外側からだからね。
なので城にほど近い位置に立つ教会からは、宗教勢力の権勢や社会的地位というものが推測できるのある。
「ここを、『嘆きの壁』と命名しないで済みそうでよかったです」
「ミナヅキ……ずいぶん、サッパリしちゃったなあ、おい」
集合場所の目印にした色違いの壁は戦火に焼かれた跡というわけではないが、なんだか煤けている。
俺の金髪碧眼やハヅキの赤髪青目が珍しいものではなく、色とりどりの髪の毛が行き来するこの伯都でも、ミナヅキの黒髪黒目は意外と目立っていた。
が、十日は経っていないはずの再会に、彼の頭髪は見事にバッサリと刈り込まれていた。
「まさに坊主スタイル?」
「あー、ミナヅキは教会関係者だもんな」
「頭髪を短く保つのは虱対策みたいですよ。入院に際して、そりゃもうジョキジョキとやられました」
ミナヅキが送り込まれたのは、教会関係組織の養成院というところになる。
養成院の候補生といえばコレというくらいに、伯都民おなじみの頭髪であるらしい。言われてみれば、広場にもちらほらと坊主スタイルに刈り込まれた少年たちが見て取れる。
ハヅキが自分の前髪をつまんで、ナイフをあてた。
「気になりだすとダメです。自分も、ざんぎり頭くらいにはしたいな」
「文明開化の音が聞きたいですね」
俺とミナヅキも手伝うが、所詮は素人。もさっとしていたハヅキの赤髪が多少軽くなったが、見栄えはこの際忘れよう。
俺は現状ひっつめ髪。金髪ロンゲという前世コンプレックスにチャレンジ中。
「状況報告、誰からいく?」
「じゃあ、自分から」
ハヅキの就職先はノウブラウンド商会。そこで雑用一般の丁稚を務める。
すでに読み書き計算ができるということで、手習いの時間をもらえないことの有利不利。そして先輩丁稚たちに微妙な扱いをされていること。
もとより学制などないので、いわゆる同期内での歳の差はあるもの、経験年数という点で後輩に同格・上位面されるのは面白くない。わかる話だ。
「単純な嫉妬はまあ、自分も中身はいい歳なので適当に解消、発散してもらう方向で誘導を試みているところです」
「僕のほうは嫉妬は感じないんですが、内部組から微妙な疎外感があるのが目下の悩みですね」
ミナヅキの現在の所属、教会の養成院というところは、教会組織に必要になる各種職種・専門技能者を育てる組織であるという。
宗教教育と鍛錬の時間がとられることが特徴になるが、身の回りと施設・組織の雑用一般がお勤め責務という点は、ハヅキや俺も同様、丁稚・下働きの基本課程みたいなものなのだろう。
内部組というのは、教会運営孤児院からの選抜者のグループ。
養成院への入院に際しては最低限の読み書き・計算が試験されるらしく、総じてやや年嵩になる外部組と、孤児院で幼児教育を受けそのままスライドしてくる内部組と、年齢差と教会組織への慣れ、そもそもの身内意識など、人間関係は複雑模様とミナヅキはかぶりを振った。
「内部エスカレーターと外部入学者の確執って聞くと、どこぞの名門校っぽいな」
「実際、少なくともこの伯都には他に組織だった教育機関がないようですし、名門校認識で間違いないのかも」
貴族や富裕層は基本的に家庭内教育のようだし、ハヅキのような商家への丁稚勤めでもその商家内での手習い。職人方面は徒弟制度だし、なるほど、比較的門戸の開かれた教育機関が教会の養成院しかないのか。
俺たちの出身地エンダー村には教会がないから、あわよくば司祭まで出世して戻ってきてほしいとのカイアスの希望は知っている。
「組織内出世なら祭祀職一択だそうですが、エンダー村にご奉公なんて気にはなれませんし、専門職・特化職群で狙うかなあ」
「情報収集しつつ、身の振り考えるべきでしょうね」
「どの方面に進むにしろ、堅い職と技能を得られそうでなによりじゃん」
「それ言ったらウヅキだって、錬金術師に売れたってカイアス大喜びでしたよ」
「村へ持ち帰る品々の買出し、捗ってましたねえ」
「高値が付いたことを喜ぶべきか、そんなんで喜ぶ奴隷根性を嘆くべきか」
若年労働力の売買は、雇用主が成人までの期間の雇用賃を手数料として先払いすることで行われる。
最大年限八年などいくつか慣行があるようだが、原則としてこの金は実家と仲介者の手に渡り、俺たち本人には一銭も入らない。実に人身売買なスキームだ。
俺の値段は八年分で金貨八枚。伯都探索の際の相場観では、おおよそ大人二人分の年間食費を賄える大金である。
……うん、売るな。
俺がカイアスの立場なら喜んで売る。わかるよ?
ただなあ、教会に送り込むミナヅキの分は諦めたが、俺とハヅキに関しては他の子の倍近い紹介料がとれたとホクホク顔で言われては、俺ご自慢の愛想笑いもさすがに引きつるというもの。
エンダー村の新領主は人の心がわからないのか、無自覚に無神経なのか。
まあ、もう、どうでもいい。
売られた以上、俺というモノは、買ってくださった方の管轄下にある。エンダー家エンダー村とも今生の両親とも縁は切れた。
あっちがなんと言おうと、ビジネスな関係以外は望まない。
「そのためにも、自立できるだけの力、技能を身につけなければなりません」
「自衛するための力も、ですね。八年伯都で過ごして伯都の自由民のつもりでいても、力尽くでこれは領民だ我がモノだされないとも限らない」
「まさに力イズパワーだなあ」
俺ウヅキは錬金術師様の名を冠したポーション工房勤務となり、声が渋いロマンスグレーのおじさまからご指導ご鞭撻を受けている。
まだ日の浅い付き合いだが、仕事には厳しくも質問には丁寧に応えてくれるなど、けして嫌な人ではない。第三者視点で眺めれば、発酵の進んだご婦人だったなら垂涎ものの環境に見える気がしないでもない。
自衛力はともかく、ポーション作成の技はなるべく早く盗み取るくらいの気概で勤めよう。
「総じて、よしと」
「安息日にきちんと休ませてくれるのもありがたい。こうして会える」
「日本の歴史だと丁稚奉公の休日って盆と正月だけですもんね」
空に浮かぶ二つの月のうち、大の月の満ち欠けは約二十九日周期。
だというのに、なぜか一月は二十八日、一週七日。
安息日も規定されていることから、俺たち以外の転生者の存在がうかがえる。質はともかく、紙と鉛筆があることからも間違いないだろう。
エンダー村には愛想が尽きているが、俺たち同様に売られた他五人の子たちは別枠だ。
彼らの状況についても知っているところを交換し、第一回イレギュラーズ伯都会合は閉幕した。
数日後、俺の勤務先に口を尖らせた男たちが訪ねてきた。
「それで、一代騎士ナンディール・ラ・ニートナルのポーション工房に何の用だね」
「いえ、あたしらはあやしいモンじゃありやせんで……」
戸口から聞こえる頼れる上司、ネイトナル様の声は、今日も惚れてしまいそうなくらいに渋い。
はっきりと運営者の名前と立場を示された男たちの腰が引ける。
騎士様の名前の下で運営する工房、権力の後ろ盾をもつ者に平民があやつけるのは命がけ。無礼討ちとか、あるらしいですよ。
「ウチの小間使いのホセについて、こちらのウヅキってのにちょいと話をききたいだけなんでさ」
「同じ村の出身ということで、もしや匿っていないかと、はい、そういう次第でございやして」
「ふん、逃げられたのか」
「はえーよホセ」
物陰で聞き耳を立てていた俺は、思わず呟いてしまった。
「我が工房に、貴様らの小間使いを匿う理由はないな」
「へぇ、それは重々承知でありやす。ただちょっと、心当たりなど……」
門扉での押し問答が続く。工房の後ろ盾を示されてなお食い下がるのは、それだけホセの売られた先も必死ということか。
ホセ、ホセの売られ先は……皮鞣しの職人集団だったな、確か。
当年九歳、頭はあまりよくなかったが、ガタイはまあまあで我慢強い性格だったはずだ。
売られてからまだ二週間ちょい、それで脱走まで図るというのはよほどのことでもあったか?
いやそもそも、本当に脱走なのか。かどわかし、誘拐の線もありうるのか。
状況がわからんので保留。仮に脱走だったとしても、できる限りは味方でいてやろう。
村に逃げ帰る……道中をクリアできたならその時点で有能判定だな。自主独立の気概があるならなおよし。
「ウヅキ、そこはいい。こいつらにおまえの寝床を見せてやれ」
「へへっ、ありがとうございやす」
工房から通りに出て、男たちを案内して屋敷の裏木戸から敷地内に入る。途中で、台所にいた下女さんに執事さんへの伝言を頼んで通用口をくぐった。
俺の勝手ではなく、ネイトナル様のご指示だよーのホウレンソウ。
俺の寝床は本館の一角、館の使用人と同等の一室になる。
昨冬まで、ここに二人の見習い小僧がいたそうだが、例のはやり病でお亡くなりになり、現在は俺だけの部屋だ。はっきり言って、村での生活が比較対象にならないくらいにハイグレードな生活をさせていただいている。
大旦那様、一代騎士ナンディール・ラ・ニートナル様の御名をたたえよ。工房長ネイトナル・ニートナル様の名をたたえよ。俺の忠誠心は即物的ですがなにか?
「こんな感じです。匿っているどころか、ホセの行方が知れないこともついさっき初めて知りましたが、いつからですか?」
「知らねぇなら知らねぇでいいんだよ。大人に口出すな」
後ろ盾万歳。
俺が名のあるポーション工房の下働きだから、そのお屋敷の中だから手を出してはこなかったが、俺の質問に拳が固められた時は身がすくんだ。
検分を終えた男たちを連れ、改めて工房へ戻る。
もしホセから連絡があったら、何か手掛かりがあったら云々と、まるで脅されるように告げられるが、こういうのは表面上聞いておけばいいだろう。どうするかはその場の判断だ。
俺に対するのとは打って変わって、へこへことお辞儀を繰り返して去っていく男たちを見送り、門扉を閉めた工房長にして頼れる上司、ネイトナル様がつぶやいた。
「臭いな」
「え?」
俺は慌てて自分のにおいをかいだ。
【メモ】
虱対策に定期的に頭髪を短くするのも、衣類洗濯の仕上げに熱湯に浸けるのも、それができるだけの財政基盤が必要です。




