2-01.就職戦線異状なし
■第1章のあらすじ(抄)
金髪碧眼美少年(自称)の俺ウヅキ、黒髪黒目で腹も黒いのがミナヅキ、一見常識人だがピンポイントに突き抜けているのが赤髪青目のハヅキ。
俺たち三人は前世の記憶を持つ転生者である。
この世界、文明レベルはいわゆる中世で、魔物が跋扈し魔法もある。とくれば定番の冒険者稼業に世界旅行、目指せ悪徳領主などと野望を抱くのも当然のこと。
だがしかし現実は世知辛く、とにもかくもまずはサヴァイヴ。小さなことからコツコツと。
そんな俺たち数え六歳の春、生まれ育った村を襲った一連の強制イベンドの、最後で最大の問題が食料不足。
新領主の選択は、俺たち三人を含む子どもたちを伯都に売り込み、口減らしを行うことだった。
俺たち三人の転生者、伯都での新しい生活が始まる。
俺ウヅキ、そして朋友ミナヅキとハヅキ。
三人そろってイレギュラーズを自称する俺たちは、実は前世の記憶を持つ転生者である。
この春に数え六歳になったばかりの若さ溢れる俺たちの生誕地エンダー村では、領主のオットーおじさんが死去するというバッド・イベンドが発生した。
そのためカイアス・エンダーは、上司にあたる伯爵様へ代替わりの報告が必要になった。
併せて、村を悩ませる食料不足問題への対処もある。
そんなこんなの背景事情があって、名誉ある口減らし要員に選出された俺たち三人を含む子どもたち他は、カイアス若様の引率で伯都にやってきた。
伯都はぐるりと石壁に囲まれ、ごちゃっとした家屋密集地の中心にお城がある。上空から俯瞰できたなら、いかにもな城塞都市という姿をしているのだろう。
寄り親寄り子というんだったか、大領主たる伯爵家は配下にエンダー家のような小領主を抱える。
そういう小領主が伯都に滞在する際のゲストハウスの一つを割り当てられ、若様や末姫様たちは足を洗ってつろいでいる。
季節は夏に変わったばかり、夜は短く日が長い。俺たちは庭を区切る柵に寄り掛かり、三人だけのミーティングを開催した。
「冬のはやり病で、伯都の若年労働人口に不足があるってのが若様の見立てだったけど、実際どうだろな」
「村としては口減らしがしたいわけで、伯都まで来た以上、連れて帰るという選択肢はないでしょう」
「それこそ捨てていくまである」
なんとも世知辛いことだ。俺たちはそろってため息をついた。
どこかへ行儀見習いに入る予定の末姫様付のシスティナ── こいつは俺たちの子守り引率担当だった過去を背景に、いつまでも姉貴面をするおさげの悪魔である ──を除く、俺たち三人と他五人。
最悪は、伯都スラムへのご挨拶も考えておく必要があるかもしれない。
「それに、冬のはやり病というのも、やばい病じゃないといいんですが」
「今日の印象だと、市街は賑わっているようにみえましたね」
若年労働人口に穴をあけるほどの病というのも確かに脅威だ。
市街地大通り近辺を通り過ぎただけで人口動態を判断できるはずもない。
「ただの風邪でも致命傷になるのが弱者や貧困層だからなあ」
「風邪は風邪でもスペイン風邪クラスだと、十分にやばいよ」
「栄養さえ十分にとれていれば抵抗力も上がるんですが……」
「村と違って、森で食べもの探すことができなくなりますし、その点は不安です」
「売られた先、雇用主様がよき人であることを祈るしかない」
「ガチャの神様、今回の就職ガチャこそ星五でお願いします」
「ガチャ神いねーよ! ……多分」
じゃあ何に祈るのか。これまた悩ましい。
この世界のはじまりと、俺たち人間種にエルフだゴブリンだの各種人類の存在に神々が深く関与したという神話は知っているが、村には教会がなかったため、現状の神々や宗教勢力の存在や影響力の判断がつかないのだ。
「あいかわらず、知識不足、常識不足が枷になる」
「あぁ、最善最適な判断のための俯瞰視点、神様目線が欲しかった」
「せっかく転生だと思えばチートなしだもんなあ。スキルはともかくメタ情報のない転生者とか、俺TUEEEどころかざまぁ一つもできやしない」
「『僕、なんかやっちゃいましたか』ってウザ顔でドヤりたいだけの人生だった」
とある筋のヲタ文化に造詣の深い俺とミナヅキが愚痴りあうが、ハヅキはこの手の話題にのっかれないのでほどほどに。仲間外れはいかんです。
「二人の嘆くチートとやらはともかく、自分が思うには、村にいる間に文字を覚えられたこと、館の蔵書にアクセスできたことは僥倖だったかと」
「異議なし」
「丁稚見習いも、その延長線上と思うべきなんでしょうね。いわゆる『修行回』として」
俺は挙手アピールを繰り出した。
「ミナヅキ先生、『修行回はウケない』というのがセオリーです」
「ウヅキ君、それは物語かつエンタメ目線です。僕らはリアル・ワールドでサヴァイヴでアライブするためにどのみち修行必須なんだってわかってるだるぉお」
「わかっちゃいるがよおぉ」
俺の肩をつかんでゆすぶるミナヅキは、黒髪黒目で腹も黒い。
たまに闇をたたえた目が怖いが、本気で怒るととても静かになるのでこれはただのフリ。じゃれあいに割って入ったハヅキが軌道修正してくれる。
「まあまあ二人とも、自分で選択できない強制イベントとはいえ、『困ったときの武闘会』展開に放り込まれるよりはまだマシですって」
「それはある」
「然り」
知識や技能を習得するのは自分のためだ。
読み書きできるというアドバンテージは、俺たちを売り飛ばそうとしているカイアスも認識している。
であればこそ、極力よい値のつくところに営業をかけるだろうという程度の信頼はしている。読み書き技能を活かすなら知能労働より、必然的に社会的地位も付属する職種という期待もある。
それに、前世記憶のおかげで精神年齢は大人を自任したところで、まだ六歳児なのだ。
おとなしく下積み修行に励み、成人する頃には手に職つけて潰しの利くようになっていれば、今生アライブの可能性がかなりあがる。
「野望のためにも、大事な時期です」
「努力目標は高いほうが、たとえ届かなくても低め見積もりスタートより上の結果になると説得されて設定したら、なんで達成できていないのかと考課を下げられる悪寒」
「やめてぇ」
「やめろ、やめろぉ」
ウヅキです。ハヅキ君からたまに漂うブラック臭が心を刺してきて痛いです。
「ともかく! 当面の作戦は『いのちだいじに』『戦わなくっちゃ、現実と』でよろしく」
「『めいれいさせろ』よぉ」
「『みんながんばれ』……何はともあれこれからも、協力し合って生き延びましょう」
この先どうなるかの不安はある。
あるが、無駄にネガティブに陥ることもない。漠然とした不安には手のつけようがないが、新生活で問題が具体的すれば対処を相談することもできるだろう。
ミナヅキとハヅキ。
転生チートはないが、今生でこいつらに出会えたことが俺にとって幸運なのだと、信じることにする。
ゲストハウス滞在中、特権階級の末姫様とお付きのシスティナを除く子どもたちは家事全般に使役された。
まあ、あっちはあっちで礼儀だ作法だを付け焼刃中で殺気立っている。近寄りたくない。
さておきも、身の振りが決められるまでの間に、具体的な連絡方法や他の五人との別れの挨拶、買出しの際の市街観察などなど。
伯都の名はツェルマットというらしい。中心に鎮座ましますのがツェルマット伯爵家の本城だ。
割り当てられたゲストハウスは城にほど近い、いわゆる高級住宅街に位置する。どのへんが高級かというと、なんと庭付きの戸建なのである。
たかが庭というなかれ。
防壁に囲まれた面積は限られている。限られた面積を活用するには、高さを重ねて容積を稼ぐしかない。
であるのに、庭なのである。木々まで植えられている。憩うわぁ。
ゲストハウスを出て市場に向かうと、必然的に市街地を囲う石壁によっていくことになるのだが、徐々に路面側は建物がみっちりした壁になり視界が狭まっていく。
さらに、とある通りを境に、住宅の密集度、容積率がガツンと上昇し、素人目には大丈夫なのかコレと思える建築物もちらほら見えてくる。
「そりゃあ建築基準法なんてないのかもしれないが、見てて不安になるな」
「両持ち梁は、上下荷重だけ考えれば安定なんですが……」
「横揺れで一発でしょうね」
一階より二階部分が大きく、路面に張り出すような高層住宅兼店舗を見上げる俺たちは、傍目には田舎者のお上りさんのように映るらしい。
実際、田舎者だしお上りさんなので別にいいのだが、これが街だ都市だ、凄いだろう的な目で見られると、そうじゃないと言いたくてお尻がモゾモゾする。
「世界的には前世日本が地震ありすぎ地帯ってのは知識としては知っていたけど、実際、これで暮らしてるわけだしなあ」
「そういや、この世界で地震の記憶ないですね」
「言われてみれば?」
そういう地域なんだろうな。
俺たち目線でどれほど不安定な建築物に見えても、そこで人が問題なく暮らしているのであれば、そういうものと受け入れるしかない。
なお、街を守る壁の外にはいわゆる貧民街、スラムが形成されているらしいが、そちらの建築物は文字通りの不安物件だそうな。治安もよろしくないので近づくなと、ゲストハウスの管理人さんに警告された。
ゲストハウス滞在中に俺たちが壁外に出ることはなかったが、これから伯都に住むことになる者への善意の忠告だったのだろう。
俺たちが伯都ツェルマットの地理や情勢を把握しようと努めるのと並行で、若様たちもまた目的のために動いていた。
若様たちが、伯都で騎士見習いとして修行中のチビ若様との交流をしたり、末姫様の行儀見習い先に挨拶に出向いたり、伯爵様への代替わり報告をすませたりしているかたわらで、一人、また一人と子どもたちは減っていく。
丁稚や見習い下男・下女として引き取られるのと引き換えに、若様の手には成人までの期間の雇用賃に見合う『紹介料』が握られる。そのうちの幾ばくかが、それぞれの実家に『養育費』として渡され、エンダー家は『仲介料』を得るシステムだ。
名目上はともかく、実質的に売り飛ばされた子どもたちの思いはそれぞれであった、ということにしておこう。
彼らの心情を代弁するには、俺の役者力は不足している。
順番は前後するが俺たち三人もそれぞれに行先を決められ、新しいご主人様の下へと赴任した。
俺たちイレギュラーズ、六歳児の就職戦線異状なし。
【メモ】
スペイン風邪:1918~1919年、全世界的に流行したインフルエンザ。推定死者5,000万人以上。




