1-12.俺たちは悟った
俺たちは悟った。
「人生とはクソゲーである」
「然り」
春先の事案で働き手たる男手を棄損したうえに農作業が遅れ、秋の収穫見込みが真っ赤っかという状況で打ち出された若様の策とは、冬のはやり病で若年労働力の不足している伯都に子どもを売ろうというものであった。
うんまあ、理解はできる。
座して飢え死に姥捨て見殺し赤子縊りなどを発生させるよりも、よほど建設的な提案といえよう。
若様の目が、俺たちを見据えていなれば。
「詳しくはこの後、各家長との話し合いの場を持つが、例えばアルベルトの家であればウヅキ、イワークの家であればミナヅキ、ウォルダの家ならハヅキ、このあたりの年代から上は十歳くらいまでで丁稚や見習い下男・下女の働きをできるものを選びたいと思う」
がっつり売り飛ばす気満々の目ですわー。決定事項ですわー。オットーおじさんの死後、村の領主たる座に座る最高権力者のご内意ですわー。
「名指しかよ!」
「逃げ道なしですかー」
「オープン・ワールド系で驚異の自由度、難易度高いというだけなら、良ゲー判定したいところなんですけどねえ」
「シナリオ選択に関与できないって、それ自由度ないですからー」
「とはいえ僕ら六歳、まだまだチュートリアルと思えばKOTYへのエントリーは時期尚早かと」
「一理ある」
俺たちが半ばやけくそで呟きあう間にも、若様は奥様のスカートを掴んでいる末姫様を促して前に立たせる。
「我がエンダー家としても、ソウニャを行儀見習いとして送り出すことにしている」
若様は触れなかったが、行儀見習いで入るのは上位者の家、つまり伯爵家かその近辺ということになるだろう。いわゆる侍女枠への前倒し出荷ですね、これは。
さておき、ご領主様のエンダー家では末姫様を村から切り離す、食料を供給すべき口を減らすという決断を示した。
トップが率先して口減らしを行うという姿勢は、村民にもプレッシャーをかけることになる。当然、そういう効果も見込んでの発表だろう。黒幕は奥様か。
「そいはわかったんが、じゃけん、伯都へは若様がお送りになられるんだべ?」
「そうなるな」
「んだば、その間の村は誰がまもるんだべさー」
「そうじゃなあ」
明日の飯より今日のこと。村がどうこうというよりわが身の安全。
とても共感を覚える小市民的発言だが、奥様が一喝なされた。
「堀も柵もある村で何を恐れていますか! いざとなれば館に立てこもれば、例えオーガの三匹や四匹を相手にしても、数か月だってしのげます」
「いやいや奥方様。館に拠りて矢など射かけますれば、しのぐどころか倒せますぞ」
片腕・片目を失い現役引退したクルップおじさんが豪快な笑い声をあげる。
不意打ちを受け、オットーおじさんを守れなかったとはいえ、オーガにやられて引退した人の妙に強気な発言に仕込み臭を感じる。いや、引退前は家臣団のトップを張っていた男だ。これくらいの腹芸は事前打ち合わせなしでも余裕か。
村民に漂いかけた空気はおそらく目論見通りに流された。
あとは順当に若様サイドから各家長への要望、ないしは逆提案などを経たのだろう。
俺は今生の血縁上の父に呼び出されていた。
「我が家からはおまえを伯都に送ることにした」
それだけである。それだけを告げられて、俺は下がれと追い払われた。
家父長制において、名目上の一家の最高決定権は家父長に属する。あえていえば家父長以外は「持ちモノ」だ。
俺の意思とは関係なく、身売りが決定したのはそういうことだ。
「どこぞのお屋敷の下男にでもなれれば、もしかすると家よりもマシな生活できるかもな」
直上の兄のスコールが慰めてくれているらしい。
「おまえは字を書ける。そいつはおまえの武器だ。それに男ってのはどんなときでも胸をはらにゃいかん」
「確かに、兄貴もたまにはいいこと言うじゃん」
「たまにってなあ……。まあいいや、俺だってあと五年もすりゃこんな村出て魔物狩りでもやって一旗揚げてやる。おまえもそれまで元気でいろよ」
家父長制において、跡継ぎ以外の男子の身の振りは、予備として飼殺されるか野望を胸に一念発起か、はたまた婿入りチャンスをものにするか、といったくらいしか選択肢がない。
してみると、俺もいずれは家を出ることになったわけで、そのこと自体には否はない。
「生んで、育ててくれた恩を感じないわけじゃないんが……」
「僕、母には家を出て行ってくれることが恩返しだと言われちゃいましたよ」
「キッツイなあ」
実際、ちょっとでも考えられる頭があれば、口減らしはしたかったろう。労働力として半人前以下にしか換算できないガキを引き取ってくれるなら、それこそタダでも持っていけくらいのノリで。
そういう世界、ご時世なんだ。
慣れた。
夏至祭週の終わり、善は急げとばかりに俺たちは若様主従と狩人のおっさんに率いられて村を出た。
今生で旅は初めてだし、生まれ育った村を出ることに不安もあるが期待もある。
若様たちも、できるだけポジティブな面を強調して俺たちの気を盛り上げようとしている。
道中野営の夜番の際には、寝る前に話があるなどと俺たち三人を呼び出して、たぶん、フォローのつもりだったのだろう、あれこれと話してくれた。
「ウヅキ、ミナヅキ、ハヅキ。ヅキヅキッズのおまえたちは、自らの名を自ら名乗った。親に定められたではなく、祖先に由来するでもなく、自ら決めた名。それは自らを定めたに等しい」
「イレギュラーズです」
「ああ、ヅキヅキッズではなくイレギュラーズか……まあ、もう解散することになるチームだし、気にするな」
こういうところ、無神経なんだよなあ。
「つまりだ、自らを定めたような者は、おおよそどこであろうと自ら立つ。生きていける。そういうことを言いたかったのだ」
「ほむー」
「我が村は男手が減ったうえに収穫も減るという危機に瀕している。早急な対策として口減らしが必要だったことはもちろんあるが、俺は、綺麗ごとと言われようと、おまえたちなら大丈夫だと選んだのだ」
さよでっか。
なお、チビ若に続いて末姫まで伯都に送り出すことについては、奥様が推進派だったという。
「どのみち、俺たちが戻るまで村にまともな戦力はいないだろ。ならソウニャもセオルドとともに伯都に居るほうが安全ってことだ」
冷徹なリスク分散行動。さすが奥様だ。
そして末姫様の下女扱いでつけられたのが俺たちにとって「おさげの悪魔」こといつまでも姉貴風を吹かすシスティナ。
俺たちにはもうどうでもいい話だが、システィナの親、サウビスは村内派閥の地位を次世代にも引き継ぐべく手を打っている。
六歳からは俺たち三人、七歳から十歳までの世代からシスティナ含む六人、そこに末姫様を足して計十人。
死亡率が安定する数え七歳から成人手前が、丁稚奉公や見習い等と称して引きとってもらえる、言い換えれば売れる年代らしい。
成人扱いはつまり一人前扱いだから、すでに手に職を持っているか、さもなくば単純労働用の人材ということになる。
なので十歳を超えて成人が見えてきている子どもは、なかなか売れないかたいした値がつかないという、なんとも世知辛い裏事情があるのだと。
若様、いやカイアス・エンダー。あんたは悪い人ではないが、しゃべりすぎた。
俺たちが見た目六歳児という油断や、もしかしたら後ろめたさがあったのかもしれないが、丁稚・見習い下男・下女として伯都の商家などに売り込み、紹介料のいくばくかをそれぞれの実家に養育費としてわたし、領主たるエンダー家では仲介料をピンハネと。
名目上はともかく、立派な人身売買スキームです。本当にありがとうございました。
一人は教会に引き取ってもらって、あわよくば司祭までたどり着けたなら、将来は我が村に赴任ということもあるだろうなどと都合のいい妄想を語られましてもねえ。
いやー、実質的に売られるわけじゃないですか。
それで将来も故郷に尽くせとか言われてもね、ないです。
「自分もない」
「もちろん僕だって、ない」
もう、薄情者でいいです。
実家とも、村とも、ビジネスな関係以上は望みませんし、ビジネスな関係以外も望みません。
「いわゆる奴隷紋だの奴隷契約魔法だの隷属の首輪だのの存在は確認できなかったのが救いというか希望というか」
「奴隷落ちからの成り上がりもテンプレっちゃテンプレだが、できれば御免だろ」
「……ファンタジーって、夢のある物語かと思っていましたが、恐ろしく殺伐としているんですね」
ごめんよハヅキ。
きっとそれは俺とミナヅキの嗜好が偏っているだけ、ファンタジー界隈全体を示しているわけでないんだ。
「魔法がある世界だと、契約魔法で云々というのはある種の定番なんですよ」
「主人を害したり裏切ったりできない縛りのためのギミックだが、必要と思うからそういうギミックも生まれるわけで」
「それはまあ、絶対服従の奴隷なら、主人側の安心感はあるでしょうね」
隷属の魔法などが仮に存在したとしても、どうにかして回避方法を生み出すのが人間だとも思うが、ないならないほうがいい。
「史実ヨーロッパ中世における、親に生涯賃金払ったから一生働けなんて実質の奴隷、名目上は債務労働者扱いというわけでもないんですよね」
「あくまで成人までの期間の賃金に見合う『紹介料』だとさ」
「そういう意味では、温めな世界なのかなあ」
逆に若様からは、成人以降は継続雇用するかどうかの保証はないので、まじめに勤め上げないと職を失うぞ、という警告を頂いている。
職を失うとは食を失うということなので、みんな真剣に聞いていた。
「数年育ててみて、使えなければ捨てるってことだし、やっぱり世知辛いんじゃね」
「あなたの代わりの人材はいくらでもいますからって、ああ、なんかブラック臭を感じますね」
成人でなければ半分モノ扱いなのはしょうがないとして、『紹介料』として賃金先払いにする以上、成人までの雇用期間中は、買い手こと雇い主としてもそうそう無体なことはしないはずである。
人格がぶっこわれたところに売り込まれれば別だが、そこは若様の伝手を信用するしかないか。
伯都でも、システィナ他の連中はともかく、どうにかして俺たち三人の連絡はとりあうという約束などを交わしながら旅を進め、ちょっとした丘の頂にたどり着いた。
「あれが、伯都だ」
若様の腕さす方に、遠目に、広がる畑の向こうに、ぐるりと石壁に囲まれたごちゃっとした家屋密集地が飛び込んでくる。
同行者たちから歓声があがる。
俺もまた、これから始まるであろう新しい生活に希望を込めて期待の声をだす。
「就職ガチャこそ星五でお願いします」
「ガチャいうなし」
「さてさて。何はともあれ生き延びなければ」
ミナヅキとハヅキ。こいつらに出会えたことは俺にとって幸運だった。
この世界、文明レベルは俗にいう中世、しかも魔物が跋扈し、魔法もある。
前世の記憶を持つ転生者である俺たち三人にとって、ある意味あこがれのシチュエーションではあった。
世界旅行に定番の冒険者稼業、目指せ悪徳領主。……だがしかし現実は世知辛く、妄想野望は脇に置き、目先の問題、小さなことからコツコツと。
小市民感覚の抜けない俺たち三人の転生者、伯都での新しい生活が始まる。
(第1章・了)




