魔法のお薬
「...あなたが“幸せさん”ですか?......」
制服に身を包んだ少年が、本を読みながらベンチに腰掛けてる赤いコートの男に声をかけた。
少年の制服はところどころほつれているしなんだかボロボロで、声も卑屈そうで弱々しい。
「...ええ、そうですヨ。どうされましたか?」
男は優しくはにかみながら少年を隣に座らせた。
少年は座ると男の顔は見ず、地面を見つめながら言った。
「...殺したい奴がいるんです......。ぼく...そいつらにいじめられてて......毎日が辛いし...でも、あいつらは楽しそうだし...なんでぼくだけがこんな目に、合わなくちゃいけないんだろうって...お、思うし...」
少年の目からは次第に涙が溢れ、男はただ優しい顔で「うん、うん」と黙って聞いている。
「...親とか、先生もろくに取り合ってくれないし..クラスの奴らも見て見ぬ振りだし...で、一時期.........じ...自殺も考えたんですけど...死ぬ前に、あいつらも道連れにしてやろうと...」
男は少年の頭をさすりながら言った。
「そっか、よく頑張ったネ」
少年は久しぶりに感じた人の優しさに涙が止まらなかった。
男は少年が泣き止むまでただ待っていた。
「...落ち着いたかい?」
「ええ、すみません...」
「いいヨ、いいヨ。大丈夫だからネ...で、それで殺したい子達がいると...」
少年が男の顔をガバッと見上げた。
「そうなんです!4人!...“幸せさん”なら、何とかしてくれるかもってネットで見て...お願いします!お金はあるだけ持ってきたので!」
少年はカバンから封筒を取り出した。少年によると5万あるらしい。カツアゲされながらも必死に必死に守ったお金が貯まった大切な全財産だ。男はそんな事を思い馳せたのか、5万と言う世間で言えばはした金、ましてやこんな怪しい奴だったらまず門前払いするような金額の金を受け取った。
「そう...4人ネ...。ちょっと待っててネー。......」
男は足下にある革の鞄をゴソゴソしながら言った。
「じゃあこれをあげちゃう!この薬を殺したい人の水筒とか、飲み物に1袋づつ入れてネ。そしたらそれ飲んだ相手はだいたい2時間後に中枢神経障害からの呼吸不全で死ぬヨ」
少年は男からパケ袋に入った白い粉を受け取った。
ベンチ近くの街灯のオレンジ色の光がキラキラと反射して琥珀のように美しかった。
「ありがとうございます...それじゃあ頑張ってきます」
少年は袋を握りしめて立ち上がった。
「うん、いい“幸せ”を...」
男は終始にこやかだった。
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「おーい、マツダ」
黒いコートの男がベンチに腰掛けてる赤いコートの男に声をかけた。
「いや、“幸せさん”か...何が幸せだテメー」
黒いコートの男がパシッと頭叩いた。
「痛いネ。殴る事ないじゃない」
男が頭をさすってると新聞の見出しがズイッと飛び出してきた。そこには
《男子高校生が同級生を毒殺‼︎大人しい少年に一体何が》
とあった。
「これオメーだろ。ガキ相手に何渡してんだコラ」
男は微笑みながら答える。
「僕はただあの子の“幸せ”を叶えてあげただけだヨ。いじめられっ子だから不幸せの原因は明らかだしネ」
黒コートの男はため息をついて新聞を畳んだ。
「だからってお縄についちゃ意味ねーがな。誰も得してねーぞ」
男は満遍の笑みで言った。
「いいや、僕が得したヨ。一人の若い芽がこれだけの行動をしてくれたんだ。最近はただ薬に溺れるバカばっかだったから久々にいい暇潰しになったし、嬉しかった。僕が“幸せ”だヨ」
黒コートの男が立ち上がってまた男の頭を叩いた。
「あーはいはい。たっく、性格歪んでんなオメー。また場所変えなきゃじゃねーか。ほら行くぞ、胸の馬しまえコラ」
2人の男は寒そうに肩をあげ、ポケットに手を突っ込みながら、横浜を後にした。
あなたの街にも“幸せさん”がやってくる...