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第1話

 安全地帯で生きているのだ。今まで平気な顔をして人並みな人生を送ってきた。これからも直接責めを負うことなく、自らの道を好きに歩んでいけるのだろう。疑うことすらしないだろう。


 人通りが少ないせいか、地元は都会よりも涼しく感じられた。それでも歩いているうちに、身体の内側が燃えるように熱くなりだした。吹き出た汗で全身が湿っている。こめかみのあたりから滴り落ちる水脈が痒くて仕方ない。いくらハンドタオルで拭ってもすぐにまた滲み出てくる。額から瞼にかけても流れてくるから目が満足に開けられない。ひどく不快だった。着替えと日用品しか入っていないはずのバッグはこんなに重かったのか。

 暑さのせいか、それとも久しぶりに歩いたせいか、実家までの道のりは果てしなく長く感じられた。アスファルトの焦げたようなにおいと陽炎で揺らめく景色が混じり合った。頭頂部が痛いほどに熱を帯びて、僕は水を飲みたくなった。

 自動販売機を探したが、近くにはなかった。記憶が正しければ少し先の公園に数台ほどあったはずだ。あそこなら日陰もあるし、ベンチもある。少し休むことに決めた。

 公園は低いレンガの塀で囲われている。固いレンガの赤褐色は記憶よりも深い色をしていた。植えられた木々の影が園内を暗くしている。セミの鳴き声だけが何重にも響いていている。平日の昼間であるためか、人の気配はなかった。夏休みでも子どもはこの公園には来ないのだろうか。

 自動販売機でスポーツドリンクを買って、その場でいくらか飲んだ。喉を通り抜けていく冷たい液体がはっきりと感じられた。熱い身体のなかで、ドリンクの通ったところだけが生き返るようだった。

 気が済むまで飲んでから、座れる場所を探した。一刻も早く腰を下ろしたかったので、緑色をしたプラスチックのベンチを見つけるや否や、まっすぐに向かって荷物を下ろし、腰かけた。

 休憩の体勢に入ったとたんにまるで蜂の群れが暴れるような勢いで大量の汗が出始めた。とてもハンドタオルでは拭いきれない。手足の関節に服が張り付いて食い込む。不快だ。帰ったら何よりもまずシャワーを浴びようなどと考えていた。

 急に僕の思考は中断された。

 やや離れたベンチに、なぜか僕の胸を騒がせる誰かが座っていたのだ。理由もわからないまま恐怖した。彼女はおかしな格好をしていた。灰色のストライプの長袖を着て、明らかに夏物でない黒いスカートに黒い靴をはいていた。病的に太っていて、髪を振り乱して貪るようにピンク色のキャリーバックを漁っていた。

 恐怖の理由に気づいた僕は思わず両目を見開いた。荻原だ。間違いなく荻原華蓮だった。ほとんど初めて蔑称としてではなくこの名前を呼んだ。

 向こうは僕に気づいているだろうか。気づかれたらまずい。僕の顔を見せるわけにはいかない。視線をそらし、気配を消して逃げようとした。

 いや待て、向こうは知らないはずだ。僕が告げ口した本人であることは、僕と田中と教師たちしか知らない事実ではないか。あの事件の夜、口裏を合わせたのだから。

 ずっと忘れていた自分の罪を、僕は思い出していった。

DigNovel・カクヨムでも同内容で掲載しました。

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