迫りくる脅威
「ゴーマ!?」
驚くガウルにバルトスは頷いた。
「そうじゃ。文献にはゴーマは自信が滅びる間際、己が体に内包していた瘴気を大陸中に放ったらしい。それが原因で邪紋は発現しているそうなのじゃ」
「そのゴーマと言うのは一体…」
フリットは話に付いていけていない様子でバルトスに尋ねた。
「そうじゃったな。本来は女神イオナディアとゴーマの伝説すらイオの山に住む者しか知らぬ物じゃしのう。儂もこの間この二人の住んでいたガガナ村で聞くまでは知らなかったんじゃが、フリット君お前さんは何故イオの山周辺が聖域とされ、各国々が禁則地としているかは知っておるかのう?」
「もちろん知っています。イオの山には神が住むとされており迂闊に近づく者には神罰が下るとされているからです。そして邪紋持ちの者は聖域の神に忌み嫌われるとされその者と周囲に制裁を下すとも言われています」
「へぇ、外の人達にはそんな風に言われてたんだな。ま、俺も邪紋くらいは本の知識で知ってたけど神罰だとか制裁だとかの話は初めて聞いたし驚きだ」
「勿論皆が皆本当に信じとる訳ではないがのう」
バルトスはマリアに村の伝承をフリットに伝えてもいいか許可をとりイオの山に伝わるイオナディアとゴーマの物語を聞かせた。
「聖域ではそんな伝説があったなんて…」
「フリットが知らないのも仕方ない。俺だって詳しい話は最近聞いたばかりだし」
「それで続きの話じゃが、フリット君の言う通り一般的にはそう言われとる。儂はガガナ村で村長殿から教えて頂いたイオナディア伝説の内容と儂らが知っている聖域の知識を照らし合わせ一つの仮説を立てたんじゃ。マリアは気が付いたようじゃな」
バルトスは話を聞きながら何か閃いたような表情をしていたマリアに話を振った。
「え、ええ」
「儂の代わりにお主の思いついた仮説を話してみてくれんかのう?」
「わかりました。私達の住んでいた土地には時々黒い雷や高濃度の瘴気の風邪が吹き荒れていました。イオの山は各村長方が張られた結界に守られていたので大丈夫でしたし、慣れているものでした。ですが外から来た人達にはそれは恐ろしかったでしょう。私達はその現象をゴーマの呪いと呼んでいました。私は外の世界で語られているとされる神罰とはこのゴーマの呪いの事ではないかと思いました」
「儂の仮説も同じものじゃった。そして昔生きた人々が最も恐れた神罰こそが邪紋なのやもしれぬな」
「否定はできませんね」
「さてゴーマの説明が終わったところで話を先に進めるぞ。文献には女神の土地を侵す悪神、つまりゴーマが瘴気を放ちそれが邪紋の原因になっている事、そして邪紋は一種の魔族の卵のようなものである事が記されていた」
「成る程。だから魔族封印の儀式で邪紋の進行を止める事ができたわけだ」
「その通り。そして文献にはさらにこう記されておった。邪紋を完全に取り除くには悪神が従える邪悪なる二体の眷属が一つずつ持つ赤の悪神核と青の悪神核が必要じゃと」
「それって…!?」
「片方は魔竜ギドラの事。そしてもう片方は儂らが今倒し、封印しようとしている魔人…」
「ザントランか!」
「これで話が繋がったじゃろ?」
「つまりミミを救うには皆さんが倒そうされている魔人が持つ悪神核というのが必要なんですね?」
「文献を信じるならそういう事になるのう」
「しかしもう一つ悪神核が必要なのではないのでしょうか?」
「それは心配いりませんよ」
マリアは微笑みながらそう言った。
「姉さん、多分赤の悪神核ってアレの事だよな?」
「ええ間違いないと思うわ」
またまた話に付いて行けなさそうになったフリットは助けを求めるようにバルトスの方を見た。
「赤の悪神核を持つとされる魔竜ギドラはこの二人の両親が既に討伐しておるんじゃよ」
「ええっ!!」
フリットは驚きのあまり大きな声を上げた。
「すみません、取り乱しました。という事はつまり赤の悪神核は……」
「ああ多分家に飾ってある赤の秘宝の事で間違いないと思う」
「ええ、あれは父さんがギドラを倒した時にその心臓部にあたる場所から取り出し持って帰って来た物だから討伐の証として家に飾っていたけど…まさかこんなところで役に立つ日がくるなんて思いもしなかったわ」
「つまりじゃ。残すはザントランのみと言う事なんじゃよ」
「あぁっミミ、こんな奇跡信じてもいいのかな?」
そう呟くとフリットは振るえながら涙を流したのだった。
◇◇◇
「僕も同行させて下さい!」
話をした翌日、朝早くにフリットはバルトス達三人に頭を下げていた。
「ミミの状態を見ながらになるので迷惑をかける事になると思います。ですがそれ以上の活躍をしてみますですからどうか僕にも魔人ザントラン討伐にっ…」
「まあ一旦落ち着くんじゃ。フリット君はこういっとるがお主達はどう思う?儂たちがザントランを討伐するのを待つという手もあるしのう」
「私は構いませんよ。聞く限りじゃフリット君は医薬学の学者さんって話なので私達もそういう人がいた方が助かると思いますし、魔法の腕も中々みたいですから。なにより邪紋や魔族の知識が豊富なバルトスさんと一緒の方がミミちゃんにとってもいいと思うので」
「俺はただ妹を助けたいって一心で言ってる人間の頼みを断るほど性根は腐ってないんだ。それに逆の立場だったら何もせず他人がザントランを討伐して帰ってくるのを待つだけなんて絶対嫌だからな」
「うむ。こういう訳じゃ、よろしく頼むぞフリット君」
「あ、ありがとうございます!」
「まあそう気負わず行こう。それとミミちゃんの具合が悪くなったら迷わずそっちを優先しろよ」
「ああ、ありがとうガウル君」
二人はがっちりと握手をかわしたのだった。
その後バルトスが村で買い取って来た馬車に乗り村を出た。
ザナック大河を目指し進んでいた一行は暫く馬車に揺られ、バルトスとマリアは表の御者台に居るため中にいたガウルとフリットは二人で会話していた。
「そういえばフリットとミミにはネージュリアに働きに来ていた行方不明のお姉さんがいるんだって?」
「うん。姉さんの事も心配だけど今はミミを放っておけないしね。姉さんも性格的にミミを優先しろって言うと思うから」
「そうか。いいお姉さんだったんだな」
「うん」
「んじゃさっさとザントランの野郎をぶっ倒してミミちゃんを元気にして、んでもってお姉さんも探さないとな!そん時は俺も手伝うからさ」
「そうだね。ありがとう」
夜になり野営の準備をした一行は見張り役を一人立て眠ることにした。
バルトスが見張り番の時間になりガウルと交代しようとした時、ガウルがバルトスを呼び止めた。
「バルトス。漸く完成したよ」
「また見張り中に剣の修行をしておったのか」
あきれ半分といった表情でそう呟くバルトス。
「ああ。だがこれを見てくれ」
「おお、これは…」
◇◇◇
「女子供は見逃してくれ…!」
「ヒヒヒッ駄目だな」
異形の姿をした骨と皮だけの体に地獄に住む鬼の様な顔をした化け物はこの町の兵士だと思われる男にそう言うと手に持った槍でその体を貫いた。
「ヒヒッヒャヒャヒャッヒャーーッ、ここはキにイった。キョウからここはこのオレ、ギルギスのネジロにする。クサいキサマらニンゲンはジャマ、よってミナゴロシだ!」
その日ネージュリアにある一つの町が滅んだ。