旅の始まり
ガウル達がルミナを救出し村へ戻ってきた日から数日経過した。
その間、バルトスは傷つき疲弊した体を休めガウルとマリアは旅に出るための準備をしていた。
ルミナはまだ眠り続けていたが村の医者の話では仮死状態にする魔法を掛けられているだけで効果が切れれば時機に目を覚ますという話であった。
剣の整備を終えたガウルに後ろからバルトスが声をかけた。
「ガウルよ、今日も村の外で稽古をするのか?」
「ああ、するけど、それがどうかした?」
「今日は儂も付いて行ってもよいか?体も大分回復したしのう。そろそろ儂も体を動かしたいんじゃ」
「別に構わないよ。それに実は俺もバルトスと手合わせしたかったし」
「うむ。なら早速行くとしよう」
二人はガウルがいつも稽古場に使用している場所へと足早に向かった。
まだ解けずに積もっている真っ白な雪に足跡をつけながら二人はどんどん進んでゆく。
暫くすると雪が不自然に解けている場所へと着いた。
「ここがいつも稽古に使っている場所だ」
「ほう。確かにここなら辺りに何もなく地面も平で稽古にはうってつけじゃな」
「この場所なら遠慮なく剣を振るえるから。んじゃ早速手合わせしよう!」
「まあ待て、そう慌てるでない。手合わせの前にお主に確認しておく事がある。お主自分が使っておる剣術が皇流剣技である事は自覚しておるんじゃな?」
「ああ。まあそうは言っても基礎の型の動き以外でまともに使える技は火炎剣くらいで、他の技で知ってるのはこの前ガトラスにまぐれで通用した奥義の縦一文字くらいだけどな」
「そうか。お主はどこで剣術を学んだのじゃ?」
「親父の昔使ってた剣術を記したノートを読んで覚えた。だけど基礎の動きと火炎剣、あとは親父のメモ以外はノートが汚れすぎてて読めなかった。辛うじて縦一文字の書かれたページは少しだけ読めたけど肝心な場所が読めなくて自分なりに何度か試したけど成功したのはガトラスに使った時だけだったよ」
「やはりのう。お主の剣技がちぐはぐな理由に納得がいったわい。よいか、皇流剣技とは大きく括るとと四つの段に分かれておる。壱の段、弐の段、参の段、そして皇流剣技の究極と言われる零の段、それぞれ三つの技と一つの奥義があり、一つの段の技を奥義を含め全てマスターすれば次の段を覚えるという形が基本なのだ」
「そうだったのか。俺何も知らずに使ってたよ」
「そうじゃろうな。今日は手合わせの予定を変更してお主に皇流剣技の基礎を教える事にしよう。そうすれば今以上に強くなれる上に基礎ができておる分短期間でパワーアップすることができるじゃろう。手合わせはそれからでも遅くないと思うがどうじゃ?」
「それでいいよ。俺ももっと皇流剣技の事知りたいって思ってたし今まではほとんど自分一人でやってたけどちゃんと教えてくれる人が居たらなっていつも思ってたからありがたいよ」
「うむいい心がけじゃ。ではもう少し皇流剣技について説明しようかのう。先程も説明したように皇流剣技には四つの段があるんじゃが最初は壱の段を習得するところから始めねばならん。一の段の技は気合斬り、甲羅砕き、水流斬りの三つからなっており奥義に縦一文字がある。ここまでで質問はあるか?」
「今バルトスが言った技でわかるのが奥義の縦一文字くらいなんだけど…。とりあえずそれぞれの技の説明と火炎剣の名前が何故入ってないのか聞きたい」
「ふむ。まず技の説明じゃな。気合斬りとは剣に自らの闘気を流し込み剣の強度と威力を上げ敵を薙ぎ払う技だ。まあ基礎中の基礎技じゃな。次に甲羅砕きじゃがお主は既にマスターしておる」
「えっ?」
「お主は確か岩砕剣と言っておったな」
「岩砕剣は本当は甲羅砕きって名前の皇流剣技の技だったのか!?」
「そうじゃ。では話を進めるぞ。最後に水流斬りじゃが、この技は不定形の敵に攻撃を与えるための技なんじゃ」
「不定形の敵?」
「そうじゃ。例えばスライム系のように形を自在に変えるものやレイスなどの死霊系やはぐれ精霊などのそもそも実態をもたない相手に対して対抗する為の技じゃよ」
「なるほど」
「それで火炎剣の話じゃが何故名前が出てないかという話じゃったな」
「ああ」
「簡単な話だ。火炎剣は弐の段の技じゃからじゃよ」
「ええっ!でも弐の段の技って壱の段をマスターしてからじゃないと習得できないんじゃ…」
「そこは儂もびっくりしておる。何故習得できたかは単純にお主の才能としか言いようがあるまい。じゃがそこで自惚れてはいかんぞ。とりあえず今日から旅に出るまでの五日間は気合斬りと水流斬りの習得する為の稽古にするとしようかのう」
「わかった。でも最後に一個だけ聞きたいことがあるんだけど」
「なんじゃ?」
「バルトスが使ってた四神剣技って皇流剣技の派生形ってこの前言ってたけど、詳しくはどういう事なんだ?」
「四神剣技の基礎は皇流剣技の型なんじゃよ。じゃから壱の段の技は縦一文字を除けば四神剣技の使い手は皆使えるんじゃ。奥義のみが異なっていてそこで四神剣技に枝分かれしとるんじゃ」
「成程。剣術って奥が深いんだな」
「そうじゃ。詳しい事は追々また教えてやろう。まずは壱の段の習得が先じゃ」
「ああ、よろしくお願いするよ」
「ではまずは…」
そうして日が暮れるまで稽古は続いたのであった。
◇◇◇
そうしてあっと言う間に五日間が経過し、旅立つ時がやってきた。
この間ルミナが目を覚ます事はなかった。
三人は村長やマーサ、鶏小屋の親父等村の皆に一通り挨拶した後イオの山を下っていた。
「村長も言っていたけど本当にルミナちゃんが目覚めるまでまたなくてよかったの?」
「ああ。あいつが目を覚ましたら自分も旅に付いて行くって言いだしそうだから。それにさっさとザントランを倒して戻ってきたら会えるんだ。今生の別れってわけじゃないんだから」
「彼方がそれでいいのなら私はこれ以上はこの話はしないわ」
「まあ帰って来た後が怖いけどな」
「フフッそれは仕方がないわね。処でバルトスさん、まずはここから北にあるザザーランの町を目指すんですよね?」
「うむ。おそらくザントランはザハーク王国にある降魔の遺跡におると儂は睨んでおる。あそこは昔から魔の物が力を蓄えるために利用したと文献に記されておったからのう。その為にまずはこの聖域から出、ザザーランの町に行きササクレ山に入り国境を越え、姫国家ネージュリアへ入る。そしてそのまま最短でネージュリアを通り抜け、ザナック大河を渡りザハークへ向かおうと考えておる」
「わかりました。ガウルもそれでいいわよね?」
「俺に聞かれても山の外の事はさっぱり分からないしバルトスと姉さんに任せるよ」
「では山を下りたら道なりに北に向かう」
「わかった」
三人はイオの山を下りきると山の梺の森を抜け街道へと出た。
予定通り北の方へと街道に沿って進んでゆく。
三人以外人影はなく、道中モンスターが襲ってくる事はあっても一切人と会わずにその日は日が暮れた。
三人は街道の隅に邪魔にならない様にテントを張り休む事にした。
「案外山の外も静かなものなんだな」
「この辺りは辺境じゃからな、仕方あるまい。モンスターも他所に比べれば多いうえに何より何処の国にも属しておらんからのう。それに町もないもんじゃから商人もほとんど通る事のない道じゃしのう」
「そうなのか。ホント俺って何も知らないんだ」
「仕方ないわよ。イオの山の住人はそのほとんどが山から出る事なくその生涯を終えるんだから。私もこの前まではもう外に出る事もないんだろうなって思っていたんだし」
「俺も村で一生過ごすもんだとこの間までは思っていたよ。けど両親の話を聞いたり、初めて山を下りて隣山へ向かった時もっと外の世界を見てみたいって思ったんだ。そういやバルトスは旅を始めて長いのか?」
「そうじゃな。かれこれ十年になるか。思えば色々な場所に行って来たわい。旅の話でもしようかのう?」
「また今度でいいや。まずは自分の目で色々見たいし、楽しみは取っておくよ」
「そうか。確かに自分の目で色々見た方がいいじゃろう」
「きっと町に着いたらガウルびっくりするわよ」
「ザザーランの町はそんなに大きくはないがあの村から出た事のないガウルには刺激的かもしれんのう」
「二人とも大げさだな。俺だって流石に町くらいじゃビックリしないよ。人をおちょくってないでそろそろ寝よう」
「そうじゃの。儂は暫く寝ずの番をしておく」
「それじゃお先に寝かしてもらうよ。時間が来たら変わるから起こしてくれ」
「それじゃ私も先に休ましてもらいますね」
「うむ、お休み」
ガウルは明日に期待を膨らませて眠りについた。
◇◇◇
ここはガルングスト王国にあるイングラムの街。
この街に住む青年フリットは大量の様々な種類の薬草を脇に抱えて走っていた。
彼は暫く走った後、一軒の家の前で止まると中へ入っていった。
家の中にはベットの上に横たわっている少女が居た。
「ミミ。今帰ったよ」
「お兄…ちゃん」
「今日こそお兄ちゃんが治してあげるからな」
「…うん。でも無理…しないでね」
「無理なんてしてないよ!ミミの方が苦しい思いしてるんだ。僕は全然へっちゃらだからミミは気にしなくて大丈夫だよ。薬ができるまで時間がかかるからそれまで寝ておくんだよ?」
「うんわかった」
フリットはミミの頭を優しくなでると奥の部屋へと入っていった。
「絶対治してやるからな」
フリットはそう呟くと薬草を磨り潰し調合を始めた。
◇◇◇
「町が見えたわ」
「想像以上にでっかいな」
ザザーランの町を目指していたガウル達は五日間かけ、目的地を目の前にしていた。
「うむ。ではあと少し踏ん張って歩くとしよう」
「ああ。やっぱり山の外の世界はワクワクするな」
ガウルは瞳を輝かせながらザザーランの町へと向かうのであった。
この章はここまでです。読んでくださったありがとうございます!