帰還
「やった」
ガウルはそう呟くと思わず崩れ落ちそうになる膝に力を入れ態勢を整えると剣を腰の鞘に納め、バルトスとガトラスとの闘いによって、入り口部分が破壊され中の様子がまるわかりになっている祠の中の柱に未だ縛り付けられたままのルミナの元へ向かい助けだした。
眠っているだけで特に変わった様子のないルミナを見てガウルはほっと息をついた。
バルトスはルミナを抱きかかえ戻ってきたガウルへ言葉をかけた。
「最後の一撃、見事であった。あのガトラスという魔族は儂の見立て以上の実力の持ち主であった。お主達が居らんかったら倒せては居たとしても儂も無事ではすんでおらんかったじゃろうからな」
「いや、こっちこそバルトスさんがいなかったら間違いなくルミナを助け出すことは出来なかった。それにあなたが最後の間際に放ったあの技、あれは剣技なのか?」
「うむ。あれはお前さんも使っておる皇流剣技の派生形の剣技じゃよ。情けない話、今は分け合って儂もおいそれとは使えんのじゃがな。そんな事より、お主ガトラスの奴に立てなくなるほどには痛めつけられていた様に見えたのじゃが、気が付けば動けるようになっておったのはどうゆうことじゃ?傷も癒えておるようじゃし」
「それはこれのおかげさ」
ガウルがそう言って懐から出したのは村を出る時に村長から貰っていた癒し草だった。
「俺達の村の村長が村を出る時にくれた物なんだ」
「癒し草か。なるほどのう、それがあったお陰で儂らはガトラスを倒せたようなもの、お主達の村の村長殿には感謝しなければなるまいのう」
「話はそのくらいにして一旦村に戻りましょ。ルミナちゃんもこんな所に一週間近く捕まってたんだから村でゆっくり休ましてあげたいし、何より早く村長に無事な姿を見せてあげたいもの」
「ああそうだな。よければバルトスさんも来なよ!」
「うむ。じゃがその前にせねばならんことがある」
バルトスがそう言い祠の方へ視線を向ける。
「ガトラスの奴が復活させようとしていたあの魔人を消滅させねばなるまい」
「儀式は中断されたんだし大丈夫なんじゃ…」
「こう見えて封印術にはちと詳しくてな。見たところガトラスが何もしていなくともあれは遅かれ早かれ復活していたじゃろう。それに下手な刺激を与えた所為で封印が解けかかっておる。完全な状態での復活は出来ないじゃろうが今のままだと再封印しておる間もなくあの魔人の封印は解けるじゃろうな」
バルトスは左目に着けた眼帯をさすりながらそう言った。
「とは言ってもどうやって消滅させるおつもりですか?バルトス様はご存知ないでしょうが、あの魔人ザントランは女神イオナディアの加護を受けた英雄ですら封印が精一杯だったのです。伝説を知らないとはいえバルトス様ほどの実力をお持ちの方ならあの魔人の力がどれほどの物かおわかりになられているとは思うのですが」
「確かに並々ならない力を感じるがアレは長年の封印によりひどく弱っておるようじゃ。放たれている魔力に覇気がない。だが確かにマリア、お前さんの言う通り消滅させるのは難しい。消滅させるか、封印が解けるかの一か八かの賭けになるじゃろうな。じゃがこのままアレが復活したとしたら衰えているとはいえ間違いなく甚大な被害がでるじゃろう。それならばここでアレの封印が解けるまで放置するも消滅に失敗し少し早く封印が解けるのも変わらんじゃろ?」
「確かにそうですが、私達には弱っているとはいえあの魔人を滅ぼせる術なんてもっていません」
「悔しいがマリア姉さんの言う通り、今俺が使える最高の技である縦一文字でも傷を付けられるかどうかわからない」
「なあにそこは儂に任せい!今から早速準備をするから少し離れておくんじゃ」
バルトスは有無を言わせず二人を下がらせると全身に力をため始めた。
するとバルトスの体から黄金に輝く光が溢れだし、止まることなくどんどんその光は大きくなっていく。光に呼応するかのように大地も静かに揺れ始めた。
その圧倒的な光景を前にガウルとマリアの二人は静かに見ているしかできなかった。
暫く時が経ち、バルトスの纏う輝きが極限に達したと思われた時、同時にバルトスは叫んだ。
「四神剣技秘奥義、黄龍覇斬ッ!!」
バルトスの周囲から龍を模った黄金に光輝く巨大な闘気の様な物が複数現れ、バルトスが剣を振るうとザントランが封印されている球体目掛けて襲い掛かった。
祠は吹き飛び、凄まじい衝撃と共に土煙を巻き上げる。
「やったのか?」
ガウルは思わずそうつぶやいていた。
「どうやらしくじったようじゃ」
バルトスが満身創痍の表情でそういい空を見上げた。
そこには翼も無いというのに空中に浮遊している巨大な人型の生物がガウル達を見下ろしていた。
しかし、その姿はボロボロで右腕と右足が欠落しており全身からは不気味な紫色の血が噴き出していた。
「グウゥゥゥ……。久々の目覚めだというのに最悪な気分だ。なんにせよ今は力を蓄えなければ」
ガウル達の姿など移っていないかのようにそう言うとザントランは何か呪文を唱え始めた。
「あ奴転移魔法を使う気か!」
「なんだって!?逃がすか!火炎剣ッ」
力を使い果たして満足に動けないバルトスに代わり、とどめをさそうとしたガウルであったが火炎剣が当たる直前にザントランの姿は掻き消えたのだった。
「大口を叩いておいて結局逃がしてしもうた。面目ない」
そう言って頭を下げてくるバルトスに対して二人は慌てて言葉をかける。
「バルトス様が誤ることなんてないですよ!失敗したとはいえあの傷では暫くは動けないでしょうし、あのまま何もしないまま放置しておくよりはよかった筈です!」
「ああ姉さんの言う通りだ。お礼をする事はあっても謝られることはないよ。ザントランがどこに行ったかは気になるけどとりあえず一旦村に帰ろう」
「ありがとう。ではお主達の好意に甘えて村へお邪魔するとしようかのう」
「ええ。遠慮せずゆっくりしていってくださいね」
三人は疲れ切った体を引きずりながらも眠ったままのルミナを連れガガナ村への帰路についた。
◇◇◇◇◇
帰り道、何度かモンスターに襲われたガウル達だったが何とか退け村に到達することができた。
ガウルはイオの山へ帰って来た頃には、襲ってきたモンスターの中に食材にもなる一角熊も居た為村長への手土産に解体する位の余裕を取り戻していた。
「とりあえずルミナを村長の家へ送り届けなきゃな」
「そうね。平静を装っていても心配でしょうがないでしょうからね。なんて言ったって唯一の家族なんだし」
「助け出したそのお嬢さんは村長殿の血縁者であったか」
三人が話しながら村長の家を目指して歩いていると、鶏小屋の前を横切るときに小屋の主である親父と出くわした。
「ガウル、マリアちゃんっ、二人とも無事だったか!!ルミナちゃんも無事みたいだな!よかった~~。二人が朝早くに隣山に向かったって聞いて皆心配してたんだぞ」
「おっちゃん落ち着けって、この通り皆無事だからさ。とりあえず今はルミナを村長の家まで送り届けたいから皆にはまた後で詳しい話をするよ」
「おおそうか。まっ今は皆無事帰って来たって事を知れただけでひとまず良しとしておくか」
そういうと鶏小屋の親父は、見慣れないバルトスに戸惑いながら軽く会釈だけすると引き留めては悪いと思い、ガウル達を見送った。
その後村長宅に到着した一行は家の中えと通されていた。
村長はルミナをベットに寝かせると今まで我慢していたものが溢れだしたのか暫くの間ルミナの手を握りながら涙を流していた。
「ガウルにマリア、それにバルトス殿、本当にありがとう」
村長は深々と頭を下げた。
「頭を上げてくだされ。儂はただ成り行きでルミナ嬢を助けたという形になっただけなのじゃから」
「バルトスさんや姉さんに礼をするのはわかるけど俺に頭下げる必要なんてないだろ村長。もとはと言えば俺が不甲斐ないばかりにルミナは攫われたんだからさ」
「私は私の意志で友人を助けただけです。どうか頭を上げてください」
「本当に、本当にありがとう」
村長は頭を上げた後も暫くの間涙を流しながら三人に感謝の言葉をかけつづけた。
村長が落ち着いた後、村長を含めた四人はテーブルを囲んでいた。
隣山で起きた事を聞いた村長は難しい顔をしながら唸っていた。
「う~む。ザントランが復活し何処かへ逃げてしまったとは…。いずれ復活したものとはいえ豪いことになったのう。アレは元々この山の問題、それを外に出してしまうとは……どうしたもんかのう」
「それならザントラン探しは儂が引き受けよう。儂は訳あって魔族とそれに関係するものを探しながら旅をしておるんじゃ。じゃから実は奴の居場所に心当たりもあるんじゃ。元々、儂もその場所に向かう予定があったから手間もないしのう」
「成程。だからバルトス様は隣山にいらっしゃったんですね」
「う~むしかしのうこの山の問題事をよそ様に頼り切りするのものう…」
村長がどうしたものかと頭を悩ましていた時ガウルが何かを決意したかのように口を開いた。
「なら俺がバルトスさんについていくよ!」
「なんじゃと!?」
ガウルの言葉に村長は抗議の声をあげる。
「ガウルよわかっておるのか?外の世界に出るというのは今回の様に隣山に行くのとは訳が違うのだぞ。それも魔族を探すバルトス殿の旅に付いて行くという事はザントランを見つける前に今回襲ってきたガトラスという奴と同じような奴らとも遭遇する危険もあるのじゃぞ!それにザントランを見つけ出したとしても倒せるかどうかも分からぬというのに」
「ああ村の外が危険なのは百も承知だよ。それに魔族の相手をしなければいけないって事も。けどだからこそ俺はバルトスさんの旅に付いて行きたいんだ。今回の件で俺が未熟だって事を思い知らされた。だから旅に出て色々な経験をして強くなりたいんだ。両親が冒険者の頃していたように俺も旅の道中で世界を見て回りたいんだ」
「それなら私もついて行くわよ!」
「ならん!ならんぞ!今度という今度はお前さん達の無茶を聞き入れる訳にはいかん!」
「なんでだよ村長!!」
「バルトス殿申し訳ないがザントランのこと引き受けてもらってもかまわんか?足手まといになるかもしれんが旅には儂が付いて行きますゆえ。こう見えて儂もあのザントランを封印した一族ゆえ封印術も心得ておりますので」
「それは構わんのですが何故ガウル達の意見を聞き入れてやらんのです?どうやら訳がおありのようですが」
「それはこの子達の母親との約束だからですのじゃ」
「約束?」
「そうですじゃ。この子達を頼むと、儂は託されたんじゃ。この子達の両親は十三年前に魔竜ギドラというザントランの片割れの存在を倒しておるんじゃよ。その時父親は死に、母親も瀕死の重傷を負ったのじゃ。その三年後この子達の母親、ユミリアはその時の怪我が原因でこの世を去った。その死の間際この子達を見守ってやってくれと頼まれたんじゃ。マリアは十二歳でガウルはまだ幼く六歳じゃった。その時儂はこの村を守ったこの子達の両親に代わり二人が幸せになるように死ぬまで尽くそうと誓ったんじゃ」
「村長…」
マリアはそんな村長を見て目を伏せた。
「本来はあの時、巫女の血を引く儂がギドラを封印しなければならなかったんじゃ。それを儂は娘夫婦を病で亡くし兄者が生贄にされたという事実で落ち込み廃人のようになっておった。不甲斐ない儂の代わりに幼い子供をのこし年若い夫婦が命を散らしたんじゃ。儂が二人を殺したと責められてもおかしくないんじゃ。それに今回もお主達が命を懸けてルミナを救ってくれた。これ以上儂はお主達を危険な目に合わす訳にはいかんのじゃ、今度は儂がお主達を守る番じゃ」
「成程そういう事でしたか。わかりました。儂の旅は厳しいですが年寄りどうし仲良く行きましょうぞ」
バルトスがそういうと今まで黙っていたガウルが割って入ってきた。
「何勝手に話を進めてるんだよ。村長、俺は村長がどんな気持ちで俺達を見守ってくれていたかなんて分からないし、母さんや親父がどんな願いをしながら死んだかもわからない。けどこれだけは言える。俺は母さんや親父が守ったこの村が大好きだし、もちろん村の皆も大好きだ。俺がここまででかくなれたのは村の皆のお陰だし何よりそんな村を纏めてくれてるし、村全体が家族だってい言っていつも俺達姉弟を気にかけてくれた村長のお陰で今の俺があると思ってるよ。俺が十歳になって一人で自分の事が出来るようになるまで家で引き取って育ててくれたんだ。今でも覚えてるんだ、俺が両親と暮らしていた家へ戻るって言った時、ずっとこの家に居てもいいんじゃぞって言ってくれた村長の言葉。すっごく嬉しかったんだ。ルミナが料理する時指を切って泣きながらも必死に晩御飯を作ってくれたことも、あいつの失敗した料理を村長と二人でおいしいって言いながら顔を引きつらして食べた事も、ルミナと一緒にした悪戯がばれて二人して叱られたことも全部楽しかった」
ガウルは息を吸い込みもう一度話し始めた。
「あの時間があったから俺は母さんの死を引きずらず立ち直れたんだと思う。だから村長、自分の事悪く言うのはやめてくれ。今回の事だって俺は自分が旅に出たいから言ってる我が儘みたいなもんなんだから、別に村長が責任感じる事じゃあないんだ」
「ガウルの言う通りよ。私はギドラが村を襲った時の事覚えているけど誰も村長の事責める人なんかいなかったわ。それどころか皆村長の事守るんだって言ってたんだから。鶏小屋おじさんなんて鍬なんかだしてきて、村長が出る幕なんてねえぞ!あんな蛇野郎俺が退治してやる!っていきりたってたくらいだもの」
それに、とマリアは続ける。
「父さんも今のガウルと同じこと言ってたわ。誰の為でもない俺達がこの村が好きだから俺達自身の為にギドラを倒すんだって。だから私も村長に感謝しても責める事なんてないもの。魔法が勉強したいって言ってた私の為に村のはずれに住んでる偏屈で有名だったババ様に住み込みでお手伝いさせてもらう話をつけてくれたのも村長だって私知ってるんですから」
「お主達……。わかった。旅に出る事を許可しよう」
「ありがとう!村長!」
村長は再び泣き出しそうになりながら旅の許可を出したのであった。
「どうやら話は纏まったようじゃな。だが情けない事にガトラスとの闘いで儂の体は数日休暇をとらん事にはまともに戦えんほどボロボロじゃ。すまぬが暫くこの村にやっかいになるぞ」
「じゃあバルトスさん家に来なよ。何もない家だけど俺一人だし空いてる部屋もあるからさ」
「うむ、ではやっかいになるとしよう」
「そういやさっきは聞き流してたけど本当に姉さんも付いてくるのか?」
「あたりまえでしょ?という事で私も同行しますのでよろしくお願いしますバルトス様」
「それはいいのだが、一つ気になっていたのだが何故マリア嬢は儂の事を様付でよぶんじゃ?」
「それはバルトス様の着ておられる鎧とその剣の腕前からさぞ高名な騎士様と推察したのですがちがいましたか?」
「フハハッ。儂はただの旅の剣士。敬称なぞいらんぞ?二人とも儂の事は呼び捨てで構わんわい。では村長殿、数日間の間だがやっかいになります」
そういうとバルトスは先に外に出て村を散歩しながら住人に挨拶すると言って出て行った。
「我が儘を聞いてくれてありがとう村長」
「うむ。絶対帰ってくるんじゃぞ。お主達の故郷はここなんじゃからいつでも辛くなったらかえってくるがええ」
「ああ」
「じゃあ私はババ様の処に帰るわね!村に帰って来てからまだ顔出してないから心配してるだろうから」
「んじゃ俺も一旦家に帰るよ。少ししたらルミナの様子見ついでに一角熊の肉を持ってくるよ」
「うむ。ではガウルはまたあとでじゃな。マリアはそのまま今日はやすむんじゃろ?」
「ええ、今日は帰ったら休みます。明日またルミナちゃんの顔見に来ますね」
そういってガウル達は解散したのだった。
◇◇◇
その日の夜、ガウルが熊鍋を作り終えバルトスを呼びに部屋へ訪れた時、衝撃的な光景がガウルの目に飛び込んで来たのであった。
なんとバルトスの右足の膝から下がなくなっていたのだ。
よく見てみれば、バルトスが膝から下の部分の足らしき物を水で濡らした布で吹いていた。
「おお、すまんすまん。驚かせてしまったようじゃな。実はな儂の右足は膝から下は義足なんじゃよ。もう何年も使っているお陰で今では普通の足同様に動かせる様になったお陰で皆が気づかない位にはなったんじゃがな」
(いやいや普通何年も使っていたとしても義足であそこまで動けるようになるのは無理だろ!というか普通の人の足でも無理な動きを義足でしてたのかよこの人!)
心の中で盛大にツッコミをいれるガウルであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回で漸く第一章終わりです。
話がなかなか進まなくて申し訳ないです><