ガトラスと謎の老兵
今回は少し長いです。お読みいただければうれしいです ^^/
イオの山を降りた二人は隣山のふもとにある森へ入ろうとしているところだった。
山の正面は邪教団によって整備されているが、当然の如く警備の目が厳しい。よって二人は目が付きにくい山の裏手にある森から侵入しようとしていた。
しかし、裏から山頂を目指す場合にもリスクはある。山の裏にあたる場所は人の手が一切入っておらず、道という道も存在しないため非常に険しいうえ、迷いやすい。
更にモンスターも生息している為、邪教団からしてみれば自分達が何もしなくても侵入者を排除してくれる用心棒の様な存在となっていた。
だが二人は正面から突入するよりもこの自然の迷宮を突破する事を選んだ。
二人が森に入り暫くすると、ガウルは茂みの奥にモンスターである人食いウルフが三匹うろついているのを発見した。
「姉さん、あそこに人食いウルフがいる。幸いまだこちらに気づいてないようだし、三匹程度なら不意打ちすれば俺一人で大丈夫だからここでじっとしておいてくれ」
「待ちなさい。貴方に私の実力を見せるいい機会だからここは私がやるわ」
「姉さん!?」
マリアは人食いウルフに気づかれないように少しずつ距離をつめある程度近づくと小声で呪文の詠唱をする。
「火よ敵を焼き払え〘ヴォル〙」
すると、マリアの手の平から人顔の大きさ程の火の玉が現れ人食いウルフの方へと放たれた。
火の玉は先頭にいた人食いウルフの腹に直撃し爆ぜる。直撃をくらった人食いウルフは吹っ飛び、キャンッと短い悲鳴を上げると暫くぴくぴくしていたが直ぐに絶命したのか動かなくなった。
「次々行くわよ!〘ヴォル〙!!」
仲間がやられ慌てて状況を確認しようとした人食いウルフだったが、瞬く間に飛来する火の玉の餌食となり、一匹残らずその命を散らした。
ガウルはその光景を呆けた顔で眺めていた。
「どう?私を連れてきてよかったでしょ?」
「え?ああ、確かに俺の想像以上だったよ。まさか攻撃呪文が使えるなんて思ってなかったから。けどここに来る道中にも言ったけどあのガトラスって奴は物凄く強かった。正直言ってもう一度やっても勝てるなんて断言できない程には力の差は感じたよ。だから姉さんも自分が危ないって感じたらすぐ逃げるって約束は守ってくれよ」
「わかってるわよ。それに私にはそんなこと言いながら自分はルミナちゃんを助けるために必死って事も」
「確かに必死なのは認めるけど無茶はしないよ。俺も姉さんと村長との約束は守るって」
「どうかしらね」
「信用ねえなあ」
二人は話しながらも足は止めずに黙々と進んでいく。
道中先程も遭遇した人食いウルフや子鬼型モンスターのコゴブリン、巨大に進化した芋虫モンスターであるお化けイモムシを倒しながら漸く森を抜けた二人は山へと辿り着いていた。
「ここに来るまでに随分とモンスターを倒したな。この辺りはモンスターがかなり多いように感じるけどイオの山の外はどこでもこんな感じなのか?」
「そうね。イオの山ではババ様との修行で何度かモンスターを倒す事があったけど、一日にこんなに多く倒したのは私も初めてね。それに私は父さんと母さんと一緒に山の外を旅してた事もあるけどここまで頻繁にモンスターと出くわす場所は初めてだわ」
「まあおかげでモンスター達の持つEXPを沢山回収できたからこの短時間でもそこそこパワーアップできたし良しとするか。ガトラスと戦う前に少しでもパワーアップできたと思えば多少の疲労感なんて気にならなくなるし」
「確かに私も魔力が少しだけど上がった気がするわ。それにもう少しで新しい呪文も覚えられそうな感じもするの。私もルミナちゃんを助けるために少しでも強くならないとね」
「姉さん、気合入れるのはいいけど程々にな」
話を切り上げると二人は邪教徒達が根城とする山を登り始めた。
イオの山の隣にあるこの山はイオの山より半分ほどの大きさの小さい山で、表面が岩だらけであり植物も枯れ木ばかりの荒れ果てた山である。
生息しているモンスター達も先程の森とはうって変わりその環境の所為か、体を岩で覆ったり体自体が岩でできていたりする物が多かった。
山へ入ったガウルはそんなモンスター達に苦戦していた。
「こいつら、剣が通りずらくて厄介だな。親父の剣は前に使っていた剣に比べて圧倒的に切れ味がいいがこいつ等はこの剣でも森のモンスター達の様に一刀両断できない」
ガウルと向かい合っているモンスターはイワコモリという背中に岩の様な殻を背負ったカニ型のモンスターであった。
「手を貸しましょうか?」
「いいや。姉さんは魔力を温存しておいてくれ。こいつは俺が倒す」
「貴方がそういうなら手は出さないけどキツイと感じたらいつでもいうのよ」
「ああ、わかってる」
(こいつらに普通の攻撃をしていては駄目だ。あいつらに効くような攻撃を編み出さないと。考えろ。岩を斬るような攻撃、違うな。親父の残したノートに防御力の高い相手を倒すための方法が書いてあった筈。確かあれには相手を砕くイメージで力を一点に集中させろとかいてあった…閃いたぞ!)
「これならお前らみたいな奴らにも効くだろう!」
そう言うとガウルは剣の構えを替え、切っ先は相手に向けたまま右半身を後ろに引き地面と水平になるように剣を構えた。
次の瞬間ガウルはイワコモリへ突っ込むとその勢いのまま突きを放った。
イワコモリはすかさず背負っている岩の中へ隠れ、ガウルの剣とぶつかり合う。
次の瞬間、剣が殻へと突き刺さっていき、その部分を中心としてヒビが入っていく。やがてヒビは大きくなりとうとうイワコモリの殻は砕け散ったのだった。
そのまま剣の切っ先が本体の体に突き刺さりイワコモリは絶命したのだった。
「すごいじゃないガウル。今のどうやったの?」
「昔見た親父のノートに力を一点に集中すれば防御の堅い相手も崩せるって書いてあったのを思い出したんだ。剣は振れば力が分散するけど力を一点に集中させるには突きが一番いいと思って体中のエネルギーを剣の切っ先に込めて放ったんだ。そしたら上手くいったんだよ。名付けて岩砕剣ってとこかな」
「ああ。どこか懐かしい構えの技だと思ったら父さんの技だったんだ。納得したわ」
「え?親父も同じ構えの技だったのか?なあんだオリジナルの剣技だと思ったのに」
「そりゃ仕方ないでしょ。父さんのノートを参考にして編み出した技なんだったら当たり前の事でしょうに」
「まあなんにせよこれで此処のモンスターも難なく倒せるようになったんだ。さっさとあのガトラスの野郎を倒しに行こう!」
「まあ此処に居るとは限らないんだけどね」
「やる気をそぐようなこと言わないでくれよ」
「ごめんごめん」
そんなやり取りをしながらモンスターを倒しつつ着実に山を登っていく。
二人が山の中腹辺りに到着したころ、二人は異変に気が付いた。
「やけに静かじゃないか?いくらなんでもここまで誰とも遭遇しないのは変だろ」
「確かにね。いくら私たちが裏から登ってきたとは言ってもここはもう山の中腹、この辺りだって整備されていて見張り台だってあるのに誰もいないのはおかしいわ」
「モンスターも出なくなってから結構経つし、姉さんの言うとおり道なんかが整備されてるところから見てもこの辺が既に邪教団のアジトだってのは間違いなさそうなんだけどな」
二人が不思議に思いつつ、山頂を目指していると倒れている人間を発見した。
その人間は腹から血を流し既に息絶えていた。
「これは一体、どうなってるんだ。服装から見て間違いなくこの人間は邪教団の信者だろうけど誰にやられたんだ?」
「誰にやられたかはわからないけど武器を持っている事から見て、間違いなく何者かとここで戦ったのでしょうね」
「よく見てみれば、向こうに同じように倒れてる人間が結構いるみたいだ。辺りにも血の跡が結構のこってるし。どうやらここを襲った犯人は上へと昇って行ったみたいだな」
「これをやった犯人が私達の敵じゃない事を祈るわ」
◇◇◇
邪教の山の山頂にある祠。
そこには気を失い柱に縛り付けられたルミナと何やら呪文を唱えているガトラス、そして司祭のような恰好をした男がいた。
「ガトラス様!!侵入者がすぐそこまで迫ってきているようです!下の者達も抵抗しているようなのですが物凄い強さでもう持たないとのことです」
それを聞いたガトラスはうんざりした顔で答えた。
「聞いた話では相手は一人なのだろう?何を手こずっているんだ。私はザントランを復活させる為に手が離せんのだ。お前たちもザントランを早く復活させたいのだろう?ならこんな事で私のてを煩わさせるな」
「はっ、申し訳ございません」
そう言うと男はその場から出て行った。
(まったく、使えん奴らだ。近場にザントランを復活させるのに丁度いい場所があると思いこの場所で儀式をする事にしたが、あいつ等も思っていた以上に使えん上になにやら煩いハエもやって来ているようだし、これは場所選びを失敗したか…)
ガトラスは溜め息をつくとザントラン復活のための儀式の準備を再開しようとした。
その時、祠の扉をぶち破って先程の男が吹き飛ばされてきた。
「貴様か、私の邪魔をしようとしている蠅は」
ガトラスが目を向けた方向には使い込まれた防具を身に着けた老兵が立っていた。
「今回もはずれであったか。まあよいお主に聞きたいことがあるんじゃが、ゼジンティスという魔族をしっておるか?」
「出会うなり質問をしてくるとは身をわきまえぬ人間だ。まあよい、お前は今から死ぬのだ質問位答えてやろ。ゼジンティス様は我等魔族の中でも上位の存在今はどこに居られるのかなど私はしらぬ」
「そうか。それならそれでまあよい」
「私も忙しいんでな用が済んだならさっさと死ねい!」
ガトラスは手から闇色の弾を発射した。
◇◇◇
「なんだ!?上から物凄い音が聞こえたけど」
「急ぎましょ!」
二人は山頂まで一気に駆け上がっていく。
するとそこには激しく戦っているガトラスと剣を持った壮年の男の姿があった。
「ええい!人間の分際で此処まで私を手こずらせるとは!!」
「お主に恨みはないが人に仇なす者を生かしておくわけにはいかぬからな」
男は素早い動きでガトラスを翻弄しながら近づいて行き連続で剣戟を繰出すと、後ろに引きまた近づき攻撃を仕掛けるという動作を繰り返していた。
「姉さん、あの爺さんの助太刀をしよう!あの人が俺達の味方かどうかわからないけど少なくともガトラスは俺達の敵だ。だから今はガトラスを倒す事を優先しようと思う」
「私もその意見に賛成だわ」
二人はガトラスへ向けて走り出した。
「爺さん、助太刀するよ!」
「む、お主らもしかしてそこのお嬢ちゃんを助けに来たのか?」
「ああ、そこの魔族に攫われた幼馴染なんだ。俺はガウル、あっちが姉のマリアだ。爺さんが何者かわからないけど今は共闘するって事でいいよな?」
「うむ、儂の名はバルトス。宜しくのう」
「煩い蠅が増えたと思えばこの前始末した筈の人間ではないか。せっかく生きていたのに態々私に殺されに来たのか?」
「煩い!この前はやられたが今度は負けない!」
「ほう、ならばかかってこい!」
ガトラスは魔弾をガウル目掛けて放つ。それを前に出たバルトスが全て叩き落した。
「どうやらそこの老いぼれは聖水を剣に塗っているよだな。ならこれならどうだ〘ヴォルファ〙」
ガトラスが呪文を唱えると五つの〘ヴォル〙が出現し円を描きながら高速に回転し始め、やがて一塊の炎になりバルトスへ放たれた。
「中級魔法!?」
マリアが叫ぶ。
直後盾を構えたバルトスに〘ヴォルファ〙が直撃する。
「ぬおっ」
「なにっ、今のを耐えきるか。だが無傷では済んでいないようだ。これで止めだ!」
「させるか!岩砕剣!」
ガトラスがバルトスにもう一度〘ヴォルファ〙を放とうとしたとき横からガウルが突っ込み岩砕剣を放った。
「なにっ!?」
ガトラスは咄嗟に腕で身を庇った。
ガウルの剣はガトラスの筋肉質な腕に突き刺さった。
「ぐわぁああっ」
紫色の血が吹き出ガトラスは痛みでもがき、ガウルは吹き飛ばされた。
「うっ。吹き飛ばされはしたが今度は届いた」
ガウルは前回ガトラスに一撃も入れる事が出来なかったのを思い出し苦しいながらも笑みを浮かべた。
「貴様~許さんぞ!このガトラスに傷を付けるなど万死に値するっ!」
「弟には手出しさせないわっ〘ヴォル〙!」
マリアが放ったヴォルがガトラスの背に直撃し小さな爆発を起こすが傷一つつかなかった。
「ぐぅっ!ええいうっとおしい蠅共め!そんなに死にたいなら貴様から殺してやるぞ!」
「させるか!火炎剣!」
「効かぬわ!」
ガウルが放った炎の斬撃は前回と同様に振り払われる。
「隙だらけじゃぞ」
「なにっ!?ぐわぁぁぁあ!!」
ガウルとマリアに気を取られていたガトラスに不意を打ったバルトスは瓶に入った液体をぶちまけた。
液体を浴びたガトラスは苦しみ、悶え始めた。
「き、貴様聖水を隠し持っていたのか」
「そうじゃ。これでお主を守っていた魔障壁は暫く効果をなさなくなった」
「貴様~~~っ」
「お主らガウルとマリアと言ったな。これであ奴は儂が振りかけた聖水によって弱体化しとる。今なら先程まで効かなかった魔力を用いた攻撃も通用するじゃろう」
「良く分からないけど今ならアイツを倒せるってことだよな?」
「そうじゃ」
「よしっ!姉さんいくぞ!火炎剣!」
「ええ!〘ヴォル〙!」
ガウルとマリアが放った火炎剣とヴォルがガトラスに直撃する。
「グゥウアアア!!貴様等っ絶対に許さん!!」
ガトラスは地面を蹴りっ高速でガウルに接近する。
「我が怒りの拳を受けろ!!」
「ガ八ッ」
ガトラスは高速で拳を繰出しガウルを叩きのめす。
拳の連打を浴びたガウルは最後に放たれた蹴りにより吹き飛ばされる。
「ふんっそいつはもう何もできまい」
「同じ不意打ちは食らわん。〘ヴォルファ〙」
今度は横から斬りかかろうとしていたバルトスへヴォルファが放たれた。
ギリギリのところで盾により防ぎきったバルトスであったが、先程のダメージもあり膝をついてしまう。
「さっき覚えたばかりだけどくらいなさい!〘スプラ〙!」
マリアが唱えた呪文によりガトラスの足元から小さくも、しかし激しい水柱が発生した。
「ヌウウウウッ」
マリアが唱えたスプラはガトラスの大きな翼に直撃しその翼膜を切り裂いた。
自慢の翼が傷つけられたという怒りで、ガトラスはマリアを殺そうとヴォルファを詠唱しようとした時だった。
「くらえぇえ!火炎剣!!」
「なにっ!?」
いつの間にかガトラスの背後から飛び上がっていたガウルの火炎剣がガトラスの片翼を根元から断ち切った。
「がぁあぁああああ!」
「はぁはぁ。俺を倒したと思って油断してくれてよかった。お陰で渾身の一撃をお見舞いできた」
「ガウルまだじゃ。そ奴はまだ死んでおらん油断するな!」
「クククッハーハッハッハ。貴様等はもう終わりだ。徐々に魔障壁も戻ってきている今なら体の再生位ならできるか。ヌンッ」
ガトラスが体に力を込めるとみるみる内に傷が修復され、元の姿へと戻っていく。
「これが魔族の力よ!さあ絶望に抱かれながら死ぬがよい!」
「クッ俺はルミナを助けるまでは死ねないんだ!!」
「使いたくはないが仕方あるまい!四神剣技、青龍の牙!」
バルトスが剣を突き出しガトラス目掛けてそう叫ぶと、剣が青白く光り輝き、透き通った綺麗な蒼の龍の波動が出現しガトラスの下半身を吹き飛ばした。
「今じゃ!ガウルよ留めをさすんじゃ!」
「ああわかった!」
(今の俺の技、火炎剣や岩砕剣じゃガトラスに留めをさすことはできない。考えてる時間はない。今ここでやるしかないんだ。長年習得しようとしても一度も成功しなかったあの技を)
ガウルは大きく息を吸い込み両手で剣を構えると天高く飛び上がった。
(俺の中にあるエネルギーよ剣の隅々まで行きわたれ。そしてエネルギーで剣をみたせ)
飛翔したガウルは強く念じながらガトラスの元へと落下を始める。
そしてガトラスは見た。振り下ろされる直前の剣を。
ガトラスは斬られる直前目を見開き驚愕した。何故ならガウルの剣が凄まじいエネルギーにより青く光り輝いていたからだ。
振り下ろされた剣によりガトラスは真っ二つになり煙の様に消滅した。
そしてガウルは静かに口を開いた。
「皇流剣技奥義、縦一文字」