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ペルセポネー

作者: 浅阿 朋紀

 ヘリオデス山腹の草原にエウリケの白い花が咲き乱れていた。エウリケは地球のサギソウに似た植物で,その小さな花はサギという鳥の飛ぶ姿にそっくりである。

 少女ペルセポネーは群生するエウリケのなかに足を踏み入れ,振り返ってわたしに微笑みかけた。そして透き通るような声で,わたしの知らない言葉を花たちに投げかけた。

 涼しい風がサーッと草原に流れ込み,エウリケの花たちが一斉に ―― 本当の鳥のように ―― 花びらを羽ばたかせて舞い上がった。

 乱舞する白い花たちにペルセポネーは語りかけた・・・彼女たちの一族が地球人によって滅ぼされてしまった悲しみと,彼女の体内に宿った新しい生命への切ない想いを・・・


                          (1)

「オレたちは侵略者になってしまったのか!」

 冷凍睡眠(コールドスリープ)から覚醒したわたしに隊員たちが泣きついてきた。「上陸してきちんと調べたんだ。しかし彼らの存在は探知できなかったんだよ。そもそもこの惑星には動物が進化した痕跡さえなかったし。」

 わたしは冷静に答えた。

「たとえ彼らの先祖が他の惑星からやってきた移民であったとしても,先住民は先住民だ。法律上ヘわれわれに原状回復の責任がある。その上で、共存が可能かどうか検討するしかないだろうな。」


 地球を離れて宇宙船時間で300年以上が経っている。亜光速航法で移住先を探してきたので,実際に地球時間でどのくらい経過しているのか,正確にはわからない。コンピュータの計算では20万年という数字が出ているが,約八千人の乗組員はだれも信じていない。それはそうだろう・・・冷凍睡眠を繰り返し,覚醒していたのは途中訪れた恒星系で移住可能な惑星を探していた間だけだったのだから。

 それでも乗組員たちは疲労していた。都市型宇宙船の耐用年数も限界にきている。このまま移住可能な惑星が見つからなかったら・・・いずれ宇宙の暗黒空間のなかで朽ち果ててしまうだろう。

 そうしたなか、今回の森林惑星ポトスの発見は千歳一遇のチャンスだった。乗組員たちも歓喜した。少なくとも地球とそう変わりない環境だ。あとは移住の条件させ整っていれば・・・

 焦りもあったのだろう。地球人たちは充分な調査も果たさないまま、先住民不在と判断して広大な森林に火を放った。地球からの動植物を繁殖させ、地球に似た環境を作るためである。惑星ポトスの植物は、構成する基本アミノ酸の種類が地球の動植物と異なり、そのままでは食用にすることができなかったのだ。


 惑星ポトスの先住民たちは,彼らが『生命の()』と呼ぶ内部が空洞になったドーム状の巨木の中で生活していた。後で知ったことだが『生命の樹』から作られるミルク状の樹液を先住民たちは栄養源にしていた。そこは彼らにとって快適なマイホームだったのだろう。空から観察すれば,『生命の樹』は規則的,幾何学的に配置されているのがわかる。人工的に植樹された可能性があることは当然予測できたはずである。

 多くの先住民たちが『生命の樹』とともに焼き殺された。怒った先住民たちは一斉蜂起し,地上に降りて作業していた地球人に襲いかかった。多くの地球人が捕らえられ、原始的な方法で処刑された。


                          (2) 

 わたしの名前はセウス・・・正確にはセウスの一人と言った方がよいだろう。特殊な才能を持った,とある人間のクローンである。遺伝子工学を駆使してさらに能力を高め,脳には生体素子コンピュータが植え込まれている。

 わたしたちセウスは,生まれた時から同じ環境,同じプログラムで教育され,知識も経験も均一化されている。地球人が新しい移住先を求めて宇宙に旅立つ段階になったとき,移住先でも地球の『移民法』を厳守させるため,都市型宇宙船に『統星者』として配置された。

 船長よりも強い権限を持っている。


 今回の問題に対処するため,わたしは200人の隊員を率いて惑星ポトスに降り立った。先住民たちの激しい攻撃・・・わたしは隊員たちに反撃を許さなかった。相手が原始的な武器しか使用していなくても,反撃できない地球人たちに勝ち目はない。

「森を焼いてしまったのは過失だ。攻撃する意図はなかったのだ。」

 言葉の通じない相手には,態度で釈明するしかなかった。

 隊員たちは一人,また一人と命を落していった・・・


 3年の月日が流れ,ようやく先住民たちも理解を示してくれた。交渉はわたしの役目だ。生体素子コンピュータを脳に埋め込んでいるわたしは,一度会話をしてしまえば,どんな言語もたちどころにマスターできてしまう。

 先住民の族長ハーデースは大男だった。彼はわたしたちの謝罪を素直に受け入れ,共存の道を探ろうと提案してくれた。隊員たちも先住民たちの村に案内され,丁寧なもてなしを受けた。

「セウス,君のことは信用しよう。」

 ハーデースが静かな口調で言った。「我々の親愛の気持ちを受け取ってほしい。君たちの習慣では理解できないかもしれないが,我々にとっては大事なことなのだ。」

 そしてハーデースは彼の若い妻ペルセポネーをわたしたちに差し出した。


 ペルセポネーは外見上あどけない表情をした少女のように見えた。もっとも彼女たちの種族の実態が不明なので,どれだけの年齢なのか,あるいは本当に地球人の考える『女性』なのか,それさえもわからない。

 ペルセポネーは運命の糸に導かれるかのように,ヘリオデス山腹にある地球人の基地に足を踏み入れた。隊員たちも喜んだ。やっと訪れた平和と安定のシンボルのように輝いて見えた。

 彼女は澄んだ声で歌った。『生命の樹』が永遠であることを願った歌だった。歌声はやがて森からも聞こえてきた。惑星ポトスの先住民たちが全員,『生命の樹』の外に出て,地球人との友好を祝ってくれたのだ。


 その夜,宴が終わり村で歓迎を受けていた隊員たちが基地に戻ってきた時,いきなり空が明るく光った。

「余興の花火かな?」

 隊員の一人が笑いながら言った。が,次の瞬間,彼の顔から笑いが消えた。すさまじい轟音とともに村全体が一気に炎に包まれた。

「攻撃だ!」

「攻撃? いったいどこからだ!」

 わたしも叫んだ。

「われわれの宇宙船からです。地球人が攻撃しています。他の大陸の森林も,すべて炎上しているようです!」

「・・・・・・」

 わたしは言葉を失って,その場に立ちつくした。ペルセポネーも表情が凍り付いていた。

 隊員たちは次々と戦闘機に乗り込み,宇宙船に対して攻撃を開始した。当然それは自殺行為だった。圧倒的な宇宙船の戦力の前に,戦闘機は次々と撃墜されていった。

 わたしは宇宙船の船長と思念波で連絡をとった。

「なんてことをしてくれた! 船長はただちに解任する!」

「その命令は意味がないね。」

 船長が笑いながら答えた。「どうして何万光年も離れた地球の法律に従わなくちゃいけないんだ? オレたちには生きる権利がある。そして調べてみたんだが,この星の植物とは共存することができない。」

「どういうことだ?」

「この星の植物は進化が異常なんだよ。実験的に地球の植物と同じ場所で栽培してみたのだが・・・地球の植物は全滅した。植物レベルで共存は不可能なのだ。いったんこの星の植物は全滅させる必要がある。」

「わたしが,そうはさせない!」

「無駄だよ。現にあんたは我々の反逆を予知できなかっただろう。この宇宙船にはあんたの特殊能力を(さえぎ)るバリアが施されている。遠隔操作もできないだろうな。」

 わたしは目を閉じて,わたしの思念波を宇宙船に向けた。しかし宇宙船のメインコンピュータは,わたしの思念波にまったく反応しなかった。

 宇宙船はわたしとペルセポネーのいる基地に,ゆっくりと近づいてきた。

 わたしは死を覚悟した。


                          (3) 

 確かにこの星の植物たちには,地球の常識では考えられないような奇妙な進化の道をだとってきたものが多い。

 ある日わたしは森の中で(アリ)のように動く小物体の大群に遭遇した。「昆虫など存在しないのに何だろう」と思ってよく観察してみると,それらは植物の(たね)だった。(たね)自体に細い足のようなものが生えていて,適当な繁殖場所を探して移動し自力で土の中にもぐってしまうのだ。

 鳥に似たエウリケの花も面白い。花びらそのものを器用に動かし,自分の力で飛んでいく。雄花と雌花があって,空中で受粉して実を結ぶらしい。

 その他にも,(つぼみ)に水素ガスを溜めて大きく膨らませ,アドバルーンのように空高く飛んでいく奇妙な植物も存在する。

 ペルセポネーたちが大事にしてきた『生命の樹』もユニークである。おそらく他の天体からやってきたと思われる知的生命体の子孫と共生関係を構築し,住居と栄養を提供するかわりに人工的に植樹してもらっていた。

 その『生命の樹』は・・・もはや存在しない。一瞬のうちに地球の宇宙船が焼き払ってしまった。そしてペルセポネーの一族も,ほぼ全滅してしまったと思われる。たとえ生き延びた先住民がいたとしても,『生命の樹』がなければ存続は困難だろう。


 あれから約一年の月日が流れた。宇宙船で内乱が発生したらしく,わたしとペルセポネーは危機一髪のところで攻撃から逃れることができた。船の航行指揮権は相変わらず船長が掌握しているようだが,戦闘部門は反乱軍が占拠したらしい。

 わたしの特殊能力を遮るバリアさえ撤去できれば宇宙船のコントロールはわたしの意のままになるのだが,反乱軍にそこまでの力はなかった。それどころか,徐々に反乱軍は鎮圧される状況になってきている。


 一刻の余裕もなかった。こちらから宇宙船を攻撃する方法はないものか。

 わたしが期待しているのは,キュクロープスというパイナップルに似た植物だ。ヘリオデス山頂に群生していて,大きさは約20メートルほどもある。ペルセポネーの話によると,惑星ポトスの三つの衛星が直線状に並ぶ時,キュクロープスたちは一斉に宇宙に向かって飛び立つのだそうだ。

 わたしは何度かヘリオデス山頂に登り,キュクロープスの生態を観察した。そしてキュクロープスの土台部分が地表側からみて凹面鏡のような構造になっているのを確認し,ある確信を持つに至った。


 わたしは船長に思念波を送り,交渉を呼びかけた。船長は狡猾な男だ。わたくしを陥れるために,あらゆる手段を利用してくるだろう。

 惑星ポトスの三つの衛星が直線状に並ぶ今宵,宇宙船はわたしとペルセポネーがいるヘリオデス山の上空に停留していた。都市サイズの宇宙船は,接近すると山全体を覆ってしまうほどの巨大さだった。

 ペルセポネーは震えていた。

「大丈夫だよ。今夜,すべてが終わる・・・」

 わたしはペルセポネーの肩を抱いた。


 船長からの交信要請が入った。わたしは思念波による通信を開放した。

「オレからの提案を述べる。」

 船長が仰々しい口調で言った。「ひとつの隔離された大陸を先住民とセウスたち反乱軍に提供する。オレたちは他の大陸の植物をすべて焼き払い,地球の環境に変える。そういった共存はいかがだろうか?」

「たいへん慈悲深い提案だね。」

 わたしは皮肉を込めて言った。「ただし,そういった話は同じテーブルについて議論するのが筋だろう。わたしは船長との直接対話を要求する。」

 船長は下品な笑い声をあげた。

「そう簡単にあんたを信用できると思うかね?」

「わたしが怖いのか?」

「ああ,怖いね。反乱軍はなんとか鎮圧できるだろうが,あんたの存在は不気味だからな。今はなんとかメインコンピュータとのアクセスを遮断できているが,あんたのことだ,なにかしら策略を練っているのだろう。」

 船長もバカではないようだ。

「ということは,初めから話し合いは無理だったのかな?」

「ま,結論から先に言えば,そういうことだ。」

「しかしどうする。戦闘部門は反乱軍に占拠されているはずだが。」

 船長は再び笑い声をあげた。

「セウスも間抜けなところがあるな。こちらはおまえの正確な居場所を押さえているのだぞ。オレの判断で宇宙船をヘリオデス山に不時着させてしまうことだってできるんだ。」

「宇宙船の損害も大きいだろうね。」

「それでもやるさ。どうせこの惑星に移住すると決めてしまっているからな。さあ,どうする? 反乱軍が投降すれば,彼らの命だけは保障してやるが。」


 交渉は決裂した。もっとも初めから期待などしていなかったが。

 わたしは生体素子コンピュータ上で時刻を確認した。三つの衛星が直線状に並ぶ時間はすでに過ぎていた。ヘリオデス山頂のキュプロープスたちに変化はまだない。

 空から轟音が響いてきた。宇宙船がわたしたちのいるヘリオデス山に向けて下降を開始したらしい。船長は本気のようだ。

 作戦は失敗したかもしれない・・・わたしはペルセポネーを抱き寄せた。大きく膨らんだ彼女の腹部が痛々しかった。できれば彼女は安全な場所に避難させておきたかった。しかしペルセポネーはわたしに付いていくと強く主張していた。


 突然ヘリオデス山頂にまばゆい光の柱が立った。先陣をきったキュクロープスの果実は,宇宙船をわずかにかすめ,一直線に並んだ三つの衛星に向けて宇宙に飛び立った。宇宙船は(あわ)てて上昇に転じた。

 ついで複数のキュクロープスが一斉に舞い上がった。そのうちの一個が都市型宇宙船の縁に激突し,すさまじい光を放った。バランスを崩した宇宙船の底面中央に,さらに別のキュクロープスが激突した。

「やった!」

 わたしが推測したとおり,キュクロープスは反物質を果実内に貯蔵していたようである。凹面鏡になった土台の中央で物質と反物質の対消滅反応を引き起こし,光を輻射することによって宇宙に飛び立つのだ。簡単に言えば『光子ロケット』を真似ているのである。

 当然反物質を貯蔵したキュクロープスの果実は,核兵器以上の破壊力を持ったミサイルに相当する。いくら恒星間航行に耐える大きさと強度をもった宇宙船でも,無傷ではすまされない。


 制御不能になった宇宙船は浮力を失って徐々に下降しはじめ,遂にはヘリオデス山の隣にある巨峰オリンポス山の頂上に激突した。オリンポス山の上部3分の1が削り取られ,そこに都市型宇宙船が鎮座するような形で停止した。


                          (4)

 わたしはただちに宇宙船のメインコンピュータにアクセスし,宇宙船を管理下においた。船長とその一味数百人が反乱軍によって捕らえられ,数日のうちに全員が処刑された。

 わたしはこの惑星の絶対権力者になった。そして地球人には宇宙船の内部だけで生活し,外部への干渉は極力避けるよう命令した。


 ペルセポネーは自分の村に戻った。『生命の()』はすべて焼き尽くされ,自然再生は無理のようだった。彼女の一族も,惑星規模で全滅してしまったらしい。

 ペルセポネーは再び悲しみの涙を流した。そして・・・陣痛が始まった。

「セウス,お願い・・・」

 彼女は苦しみの中で,わたしに語りかけた。「古代の地球人に埋葬の習慣があったことを,以前教えてくれたわよね。あたしが死んだら,同じようにこの地に埋葬してほしいの。」

「なにを言っているんだ!」

 わたしはペルセポネーを抱きかかえた。彼女は以前から地球の埋葬の話に興味を示していた。そして宗教を持たない彼女たちの種族にも、埋葬に似た習慣があったのを、わたしは聞いて知っていた。

 しかし出産の時に、なぜ埋葬の話を・・・?

 わたしはその時、不吉な予感がした。なにか基本的なところで、ペルセポネーたちに対する今までの認識が間違っていたのではないだろうか? 確かにこの惑星には過去に動物が発生した形跡はない。しかし本当に彼女たちの種族は、別の星から移住してきた異星人の子孫なのだろうか・・・?

 ペルセポネーの陣痛が強まった。わたしは彼女の手を握りしめた。子癇発作のような痙攣を何度か繰り返し・・・ペルセポネーはあっけなく息絶えた。


 わたしは冷凍睡眠(コールドスリープ)を何度か繰り返した。覚醒する度に数年の年月が経過していた。

 ペルセポネーを埋葬した村の中央部には,ひときわ大きな『生命の()』が生い茂っていた。そのペリウセポネーの()から生まれた子供たちが成長し,さらに周囲に『生命の樹』を植樹し・・・先住民の数も徐々に増えていった。

 わたしは彼らに,先住民の文化や言語を伝えた。足りない部分は地球の知識で補った。彼らは植物起源であるとは信じられないほどの知性をもって,貪欲に知識を吸収していった。


 ペルセポネーの子孫たちは,いずれこの惑星全体に広がり,新しい文明を築き上げていくことだろう。

初めて書いた小説です。ぜひ感想をお寄せください。

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