第五話
現在時刻は15:43分。
時間はHRの時間だ。
木島先生の伝達事項を聞きながら僕はこれが終わった後何処に行くか考えていた。
一般的に学校の授業が終わった後と言えば生徒達は部活に行くか帰宅するのだが、僕は放課後になると図書館に向かうことにしている。
何をしに行くのかと問われると、いつもの予習・復習をするためだと答える。
家にいると妹がうるさくて勉強が出来ないからな。それに予習、復習が一区切りついた後は本も読める。時間を潰すのには持ってこいの場所だ。
「――――――というわけで伝達事項は以上だ。では解散、また明日な」
そう言ってHRの終わりを告げて立ち去る木島先生を皮切りに生徒達が教室を出て行く。
僕もその波に続こうとするが、
「おい、ちょっと待てよ」
教室から出て行こうとすると、不意にそんな声が後ろから聞こえる。
後ろを振り返るとクラスメイトが3人ほど居て僕の肩を掴んでいた。
「何?」
「お前、今日は掃除の当番だろ?」
………はて? 僕は今日、掃除の当番に当てられていたかな。
「……いや、多分違うと思うが」
「いーや、掃除の当番だ。…………俺達の代わりにな」
…………あー、なるほど。そういうことか。
「忙しい俺らの代わりに用事も無く友達も居ないお前が掃除の当番なんだよ」
「暇なお前に俺達が仕事を分けてやるんだ。ありがたく思えよ」
やれやれ…………まったく…………、下衆な連中だ。こんなゴミがクラスメイトだと思うと吐き気がしてくる。
しかし、僕はこの下衆なお願いを断るわけにはいかなかった。
何故なら僕は僕の立場がいったい、どの程度のところにいるのかを知っている。
要するに一人の弱さを知っているんだ。
独りの弱さを、理解しているから。
日本は多数決の国だ。
人が居る場所が強い。
そして僕はこのことを誰よりも理解していた。
そしてここで断ると明日から日々を平穏に生きづらくなることを知っていた。
だから、
「……ああ、そうだな。お前らの仕事は僕が受け持とう」
…………頭が酷く痛かった。目眩がするかのようだった。
しかし独りで生きていくことは。
独りで歩いていくということは。
敵をつくることの恐ろしさを知っているというということだ。
僕は敵をつくってはいけない。
日々を生きていくために。
だから、
100%の作り笑顔を見せてそう言ってやった。
100%の表面上の付き合いを見せてやった。
僕が一番嫌いな行動の筈なのにな。
そうするとクラスメイト達はにやりと嫌な笑顔を見せ、
「じゃあお願いな。俺達は部活に行かないといけないから」
そう言って立ち去っていった。
…………………………。
僕は正しい選択をした。それは間違いない。そう思う。
しかし、それでも……、
やはり頭が、酷く痛かった。
…………………………。
僕の行動に本当に間違いは無かったのだろうか。
正当性は、あったのだろうか。
…………………………。
…………と、こんなところに居ても仕方無い。早く掃除場所に行かなくては。
僕はまずあのクラスメイト達の掃除場所を調べて(名前を覚えていなかったので、写真付きのクラス名簿を見るところから始めなければならなかった)、掃除場所である階段に向かった。
別に階段掃除は大変な仕事では無い。一人でも10分あれば事足りる。
けどな、
この10分は僕にとって一時間にも二時間にも感じられた。
………………………………。
独りっていうのは、孤独っていうのは何でこう世間からの風当たりが強いかね。
――――――――――心底、腹が立つ。
掃除をすぐに、出来得る限り素早く終わらせて用具を片付けた後、ようやく図書館に向かうことにした。
…………とんだ時間の無駄遣いをしてしまった。
僕が図書館に移動している途中、偶然的にだろうか、崎宮 雫を見かけた。
……何で今日は崎宮 雫が目に入ることが多いんだ。
今日は崎宮デーなのか?
これがラッキーなのか、はたまたアンラッキーなのか、は別として。
崎宮 雫はまた一人だった。
一人で中庭を掃除していた。
うかない顔で掃き掃除をしていた。
うかない顔――――――憂いを帯びたかのような瞳。
僕は気付いた。それは僕だから、独りでいる者だからこそ気づいたのかも知れない。
多分崎宮 雫はこの状況を、あまり快くは思っていない。
孤高の独り。
表現だけなら良いように聞こえるかもしれない。実際、完全無欠、何でもこなせる隙の無い崎宮 雫に対しての、敬いの意味で捉えた表現だ。
だがその実、それは僕とはなんら変わらない。
孤独――――――――――その一言に尽きる。
友達が、仲間がいないという一言に尽きる。
人よりとても秀でたもの――――より直接的に言うと“天才”とはその人間関係を二分することが出来る。
一つは天才という圧倒的なカリスマにより人を率い、統率し、先導する者。
もう一つは、その圧倒的な才能により周囲に牽制され孤立していく者。
崎宮 雫は確実にその後者に該当する。
あの近寄りがたい雰囲気は孤立していく者のそれだ。
偶然的にでは無く必然的な孤独。
そんな状況を崎宮 雫は嘆き、また憂いているようだった。
孤独でいることを、独りでいることを好ましく思っていないようだった。
今日の体育も昼休みも実は孤独で居ることに対して逃げていたのかも知れない、崎宮
雫の今の姿は僕にそんなことさえも連想させた。
それ程に今の彼女の姿は寂しく、……そして人目を惹きつけた。
…………が、だからどうしたという話でもあるのだが。
僕と一緒の、孤独な者を見つけた。だからどうしたと言うのだ。
仲間意識を持って話しかけるか?
友達になりましょう、とかそんなことを言って話しかけるか?
…………馬鹿馬鹿しい。そんなわけあるか。
僕は崎宮 雫と違ってこの状況を憂いてはいない、むしろ喜んで受け入れているのだ。
自分からその関係を崩しにいくわけが無い。
偏見になるかも知れないが、テレビでアフリカの恵まれない子供達の映像を見たとして、憐憫の情こそ沸けども、では自分から助けるために行動を起こす、なんて酔狂な奴は滅多にいやしない。
つまりはそういうこと。僕は傍観者なのだ。行動を起こすわけが無い。
だって僕は独りで歩いていくのだから。
それに僕の崎宮 雫への評価が間違っている可能性も否定は出来ない。
あいつも実は独りでいることを楽しんでいるのかも知れない。
分かった気でいるなんて…………それこそ僕が逆にされるとして一番嫌なことでもある。
結局は他人がどう思っているか、なんて僕には分からない。
それ程コミュニケーション能力には長けてはいない。
そう、つまりは。
崎宮 雫がどう思っているか、なんて知らん。
僕はその場を後にした。