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第三話


 現在時刻はおよそ12:10。

 四時限目体育の時間にあたる。


 ちなみに今回ばかりはいくら僕でも科目上、秒単位での正確な時間は把握出来なかった。まあ体育の時間だしな。しょうがないとも言える。



「じゃあ皆、ペアをつくってストレッチを開始してくれ」

 体育教師である木島きじま いさむ先生の声に生徒達は皆思い思い適当な生徒とペアを組み始める。


 ペア……か。この言葉は友達のいない者にとって最も忌むべき、そして最も恐ろしい呪いの言葉の一つである。

 ペアにあぶれて一人でストレッチをしている者ほど惨めな存在はいない。奇異な視線を向けられ軽く陰口を叩かれることは目に見えているからな。考えただけで身震いがする。



 だがそれに対応出来ない僕では、無い。


 これでも友達いない暦が長い僕だ。こんな状況の対抗策ぐらい心得ている。

 では……僕の実力をとくと見せてやろう。



「さあ木島先生! 今日も一緒にペアを組みましょう!」

 そう――これが独りで生きてきた僕独自のペアに対する対抗策“ペアにあぶれる前に教師にペアを申し込む”だ。教師ならペアを組んでいる可能性は無いし、断られることも無い。その上比較的早い段階でパートナーを組めるため、奇異の視線を回避出来る。


 なんて……なんて頭の良い作戦なんだ!

 僕は自分の頭に……いや自分の才能に……恐怖すら覚える!



「…………上尾……いつも言っているけどさ……、お前何でいつも俺とペアを組むんだ?」

 呆れたように質問を振ってくる木島先生。

 ちなみにこの木島先生は僕の担任も務めている。短い髪に無骨な顔でジャージを着けているいかにも体育教師といった格好の男だ。


「やだなぁ…………僕が先生と友好を深めたいからに決まっているじゃないですか」

「……本音は?」

「僕は友達がいないんです」

「即答!? お前そういうことを平気で言うなよ!」

「まあ事実ですし(笑)」

「…………俺はそんな境遇でお前が明るい意味が分からん」

「僕の境遇は常人じゃ決して計りしえないんですよ」

「いや、只の寂しい奴っていうのは分かるぞ?」

「ふふふ……そんなことは無いです。僕は毎日が楽しいですよ?」

「…………全力で病んでんな、お前」

「……病んでいる? 僕が? そんな訳ないじゃ無いですか」

 何を勘違いしているんだ? この教師は。



「では上尾、友達という関係についてお前はどう思う?」

「友達と偽りの関係は同義だと思っています」

「…………俺の知り合いのカウンセラーを紹介してやろう」

「カウンセラーだと!? ふざけるな! 僕の何処にカウンセリングを受けなければならない要素があると言うんだ!!」

「受ける要素しか見当たらねぇよっ!」

「ふっ……馬鹿め。これだから教師という生き物は。人を表面でしか判断しない」

 教師という生き物を知った気でいる僕も十分表面上の判断なのだが。

 だが、しかし…………それを気にしたら負けだと思う! そんな気がする!



「お前はその表面の思想だけでも十分危険信号なんだよ」

 木島先生は諦観の入り混じったようなジト目に近い目つきで僕を見ている。

 僕はそんな木島先生の言葉にやれやれと言わんばかりのオーバーリアクションを取る。


「そんなことは無いです。精々茜色ぐらいですよ」

「それはほぼ赤色だ」

「体育教師の癖にごちゃごちゃと…………。美術教師にでもなったつもりか!?」

「体育教師でも常識の範囲内としてそれぐらいは分かる」

 茜色ぐらいじゃ騙されないか。

 ……臙脂色ぐらいにしておけば良かったのかな。



「…………っち! …………そんなことは良いから早くストレッチを始めましょう」

「教師に舌打ちだと!? 良い度胸だなお前」

「せんせい! したうちって何ですか?」

「好奇心旺盛な生徒が純真な心で先生に聞いてくる、みたいな演技を急にするのはやめろ」

「演技と言えば人間、人と付き合うときは何かしらの演技をしている。先生はそう思うことはありませんか?」

「そう思うことはあるが、青春時代でそんな思考に至るお前は本当に病気なんじゃ無いか、と思うほうが強い」

「……はぁ。いったい何を言ってるんですか? くだらないこと言ってないで早くストレッチを始めましょう」

「ええ!? ここまで話を脱線させといて今更常識人ぶるつもりか!?」

「はいはい、分かりましたから。早くしないと青春は待ってくれませんよ?」

「青春。お前に一番縁遠い言葉だな」

「そうですね」

「認めるの!? そこは認めたら駄目だろ!」

「時には人間折れることも必要です」

 というか折れまくりだった。

 もう既に直角どころか鋭角。

 触ったら突き刺さるレベルだと個人的に評価しようか。



「まあ良いや…………上尾、ストレッチを始めるから座れ」

 木島先生は疲れた顔を浮かべ溜め息をつきつつ僕のストレッチに付き合ってくれた。


 担任であるこの人とはもう半年近くの付き合いで、学校内ではこの半年中一番会話をした人物でもある。

 悪態をつくことも多いが基本的に僕のことをとても気に掛けてくれる教師だ。


 僕はこの通りとても捻くれている性格をしているが鬱陶しがらずにちゃんと正面から向き合ってくれる人物である。

 よくもまあ触れば突き刺さるレベルの折れ方をしている僕に構ってくれるものだ。賞賛と賛辞の言葉を送りたい。


 そんな木島先生には友達のいない僕に対しての同情の念や担任としての使命感みたいなエゴの塊のような感情は抱いてないように感じられる。

 このような目線や気持ちに対して僕はとても敏感だ。長い間友達の居ない孤独と呼ばれる日々を過ごしているんだ、そりゃあ鋭くもなる。



 木島先生は単純に僕を心配してるんだと思う。

 それは気を使っているという意味では無い。目をつけられているという意味でも無い。

 僕が道を踏み外さないようにしっかり見ていてくれているということだ。


 さすがの僕でもそんな暖かい感情に嫌悪の意思は示せない。

 そんな木島先生に僕はある種の信頼を置いていた。


 頼りきる気は更々無いが。…………そこまで迷惑を掛けるわけにはいかない。

 こうして体育の時間にペアを組んでくれるだけでも十分過ぎるくらいだ。



「ストレッチが終わったら、各自グローブを取ってキャッチボールを開始してくれ!!」

 僕とのストレッチを終わらせた直後、木島先生の叫び声により、生徒達は嬉しそうにグローブが入っている箱に殺到する。皆、今日の体育の種目である野球を楽しみにしていたのだ。



 さて僕はと言うと、さして興味も無かったが一人キャッチボールをしないわけにはいかない、そこで、

「先生、引き続きキャッチボールも一緒にやりましょう」

 グローブを適当に選んでまたも木島先生に声をかけることにする。


「お前なぁ、少しは同世代のクラスメイトと一緒に組めよ。高校っていうのは友達が一番の財産になるんだぞ」

「さすが30過ぎたおっさん。言う事が違いますね」

「そう茶化すな。俺はお前のためにもだな…………」

「説教は止してくださいよ木島先生。そんな妙な説教癖があるから32にもなって彼女の一人もいな……」

 その瞬間、いや刹那と言い換えても良い。木島先生の目が鈍く光を帯びた。



「――――ほう。貴様それに触れると言うのか。……まあ別に構わない……ぞ……別に…………。ほうら上尾、俺は急にお前とキャッチボールをしたくなった。早くグローブをはめろ」

「ちょっと待って! 目が! 目が怖い! 殺気を帯びている!! あんた体育のキャッチボールという名目で無駄に鍛え上げられた筋肉から殺人ボールを繰り出す気だな!」

 …………やばい、やっちまった。この人にこの手の話は禁句だった!!

 けれでも後悔したところでもう遅い。既に木島先生は鬼をも彷彿とさせるような、そんな恐ろしげな殺気に満ちていた。



「良いから良いから。待っていろよ…………今、粉砕してやるから」

「おい聖職者!! てめぇ、今粉砕してやる、とか言わなかったか!?」

「…………ううん、そんな事は言わないよ。俺は真面目で真面目な聖職者。ほら今だって可愛い生徒のキャッチボールに付き合ってあげてるじゃないか」

「木島先生。その可愛い生徒に対して向けている目にしては少しばかり常軌を逸しているように思います」

 具体的に述べると目に光が帯びてない。真っ黒だ。


「良いから遠慮するなよ、上尾」

「遠慮しなければ僕は木島先生に殺される勢いの気がします……」

「そんなことはしないよ」

「本当ですか?」

「うん。…………せいぜいグローブを解体させるぐらいだ」

「……グローブが解体するほど本気でボールを投げたら、その時には僕の腕もスクラップになっているんじゃ…………?」

「良いじゃないかスクラップ。カタカナの横文字表記。言葉の響きが何処か格好良く無いか?」

「言葉の響きが良いからって腕をボロボロにされてはたまったものじゃないですよ!」

「しょうがないな。せいぜい鉛筆が掴めなくなる程度にしておくよ」

「…………………………」

 どうしよう。妥協点が理解出来ない。



「良いからそこに立ってグローブ構えてろ」

 既に狂気の化身と化した木島 勲(32歳。独身、彼女無し)は既に腕を振りかぶっていて、今にも恐怖という名のボールを投げ込んできそうだった。

 これはもう…………逃げるしか道は無い。



「先生、僕はトイレに行ってくるので席を外させてもらいます!!」

「上尾、ちなみにそこから一歩でも動いたら問答無用で直球を投げ込むからな?」

 …………退路は全て断たれたようだ。


「良いだろう、やってやるよぉ!!」

 僕はグローブをはめて目の前の狂気に立ち向かう。


「……ほう、良い度胸だ。さあ受けて見よ! 我が悲しみを!!」

 僕等の命を掛けた取引を見て他の生徒達が「またやってるよ、木島と上尾。相変わらず仲良いねぇ」などと言って僕の嫌いな奇異の視線を向けているが今は関係無い。そんなことより僕の命を確保することのほうが最優先事項だ。

 そして体育教師は足を振り上げ、そして振りかぶった腕からボールを投げ込んできた。



「俺だって…………俺だって…………好きで独身なわけじゃねぇんだよぉおおおおおおおっ!!!」



 32歳独身男の心の叫び。

 …………なんて同情を誘う叫びなんだ。心にズシンと響く。


 そんな木島先生(彼女いない暦5年)への憐憫の情と共に僕の左手に鈍い痛みが走る。

 乾いたグローブの音が運動場に響いた。


「なんて野朗だ…………本当に本気で投げてくるなんて。腕が破損するかと思ったぞ……」

 ついでに心のほうも大ダメージである。哀れみで胸が張り裂けそうだ。


 まあ口には出さないがな。おそらく次そんなことを口にしたら只では済まない。

 僕は世間の渡り方を心得ているのである。


「上尾。お前が俺の悲しみに踏み込んでくるのが悪い」

「あんたはそれだけで生徒に殺意を向けるのか」

「それだけ…………だと!? 貴様に俺の悲しみの何が分かる!!」

「……悲しみが大きいことは十分に伝わったよ」


 病んだ独身教師との会話に疲れふと横を見ると、遠くで崎宮 雫が一人でストレッチをしていた。

 髪を一つに括り、真剣な表情とも言える面持ちで体を伸ばす崎宮はそれだけで十分一目を惹きつけた。


 多分、今から始まる野球の試合に向けて調整に余念が無いのだろう。彼女は野球ですら優秀で男女入り混じっている試合でさえも男子以上の成績を上げてしまう。


 そんな彼女の調整を邪魔出来る者など我がクラスには存在しないようで彼女の周りには一種の壁が出来ているかのようだった。

 そんな彼女はある意味では僕と同じで孤独なのかも知れないが、その本質としての意味合いは僕とはまったく違っていた。


 僕は独りで孤立しているだけ。

 彼女は言うならば孤高の独りなのだ。



 そこから分かる答えは一つ。

 崎宮 雫は僕等とは違う人間である。


 僕もそれだけは理解していて、それを周囲も分かっているようだった。




 そんな彼女は今日の試合も打てや守れやの大活躍で周囲から良い意味で浮いていた。

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