第二十七話
崎宮が入院しているという志木崎病院は郊外にある大きな病院で、タクシーやバスで向かうのが一般的な移動手段とされている。
そのため僕もバスでの移動を試みたのだが、七海に相談の報酬としてケーキを破格の量買ってやっていたため、僕の財布の中身はそれを許せるほどに裕福な状況では無かった。
バスに乗れない者がタクシーなど乗れるはずも無く、したがって僕は志木崎病院まで走って移動するという奇行にも似た行為を実行していた。
考えてもみてくれ。タクシーやバスを使っても一時間以上かかる道を走って移動。
……馬鹿げている。つうか馬鹿だ。
足は休養を求めてガクガクと震えているし、喉は一切の水分など阻害されているといえる程にカラカラだ。途中公園によって水を口に含んだりもしたのだが、そんなんで満足出来るほど僕の喉は渇きに慣れていない。インドアを舐めるなよ。
けれども体の不調はそれだけに留まらない。
肺に至っては苦しすぎて手で掴んでいないといけないぐらいにきつかった。いつから地上は酸素の供給を削減してしまったのだろうか。
しかしそれでも……それでも僕は走るのをやめなかった。
走ることが出来るのであれば何を犠牲にしてもやめるわけにいかなかった。
何故僕はこうして走っているのだろうか――――――などと考えることさえ良しとしなかった、というか出来なかった。
全てのエネルギーを走ることに費やさない限り僕は確実に倒れてしまう。限界ぎりぎりだった。
だがそれでも僕は結局考えてしまう。僕は――――――以前までの僕であったならこのようなことをしただろうか。
自分の苦痛など顧みず、他者のためにこうして走っているだろうか。
やはり僕は変わっているのだろうか。
この“変わっている”というのは僕が他人よりもずれている人間という意味では無い。そんなこと言われずとも既に分かっている。
これは崎宮と出会ってから――――独りで無くなってから僕は以前よりも変化したのだろうか、という意味だ。
七海は僕にそう言った。
木島先生も僕にそう言った。
僕は“変わっている”と。
だからと言ってそれが本当なのかどうかは僕には判断出来なかった。
ただ一つ本当なのは、分かっているのは…………、
走り出した足はもう止まることを知らない、ただそれだけのことだった。




