第二十五話
HR(木島先生が狂気の眼差しでずっとこちらを見ていたが無視)が終わって放課後。僕は急いで帰り支度を整えている。
その理由は一つ。
崎宮に会いに行くためだ。
崎宮に謝りに行くためだ。
相談に乗ってくれた七海のお陰で。
崎宮の所在を教えてくれた木島先生のお陰で。
僕はようやく謝りに行くことが出来る。
僕の人間関係をもう一度修復することが出来る。
そんなことを考えているうちに帰り支度も整い、急いで教室を出ようとする。
すると――――後ろから肩を叩かれた。
僕はやはり反射的に後ろを振り向く。
そこにはやはりというか何というか、クラスメイトが3人立っていた。
光景がフラッシュバックすると共に嫌な思い出が蘇る。
相変わらず嫌な笑顔を浮かべたあの3人。
忙しい日々を送るあの3人だ。
「おいおい……彼女が来てなくて寂しいのか、モテ男さんよぉ」
本当に僕への苛立ちを隠すつもりが無いらしく常に勘に触る言葉遣いで喋ってくる島根。
「悪いが今日もお前は当番の日だ。俺達のためにしっかりと一生懸命働いてくれ」
「ほら! 返事はどうした上尾! 今日も俺達のために一生懸命努力します、とか言えよ」
続けて勝手な事を並べ立ててくる三河と小島。こいつらもまるで僕を虫けらのように馬鹿にしていた。
「…………………………」
「何黙ってんだよ、クラスメイトだろ? それともモテモテのお前は男と喋りたくないってか?」
暫く黙っていた僕だったが、やがて意を決したようにクラスメイト三人に向かってこう伝える。
「……悪いが僕も今日は忙しい。お前らの仕事はお前らで終わらせてくれ」
そう言ってクラスメイト達に背を向けてその場を後にしようとする僕だったが、当然のごとく3人がそれを許してくれる筈も無かった。
「……ん? どうした上尾。聞こえなかったからもう一度言ってくれ」
「…………何となく、何となくだが俺達が掃除をやっておけ、みたいな感じに聞こえたが冗談に決まってるよな? ああ?」
やっぱりあれくらいで見過ごして貰えるほど寛容なクラスメイトじゃないか。
…………しょうがない。
僕は困ったように頭をかき、鞄を置いた後、クラスメイト達を真っ直ぐに見据え、そして告げてやる。
「冗談じゃないに決まってるだろ? お前らは高校生にもなって自分に課せられた仕事もこなせないのか?」
「…………おいおい、こいつ反抗し始めたぜ。どうするよ?」
「…………馬鹿だな、こいつも。素直に従っておけば良いのに」
「ああ、今までの僕ならそうしただろうよ」
そして僕は更に喋り続ける。
「でもそれはかつての…………今までの僕だ、今の僕とは違う。もうお前らに抗っても大丈夫なんだよ」
そうだ。僕は今まで独りだったからこそ、こいつらに抵抗出来ず言われるがままだった。
誰とも打ち解けなかったから。
誰にも近づかなかったから。
僕は独りだった。独りでいることにしていた。独りの弱さを知っていた。
でも今は違う。
いや違うな…………“今は違う”というよりも“気がついた”という表現の方が正しいかもしれない。
僕には両親が居る。
僕には七海が居る。
僕には木島先生が居る。
そして――――――、
僕には崎宮が居る。
何故今まで気づかなかったのだろうか。僕は馬鹿だ、大馬鹿だ。
僕は全然、ちっとも、これっぽっちも独りでは無かったじゃないか。
孤独なんかでは――――――――無かったのだ。
独りで歩いてなどいなかった。
だから僕はクラスメイトに堂々と胸を張ってこう言ってやれる。
「あいにくだが……もう僕はお前らなんかのために働いてやれるほど暇じゃないんだよ!」
そう怒鳴った僕に対してクラスメイト達は驚く程苛立ちを覚える視線を向ける。
「あーあ、……こいつ俺達に喧嘩売ってるみたいだぜ?」
「良いんじゃない? クズをぶちのめす口実が出来たと思えばラッキーじゃん」
「何でも良いから早く向かって来いよ。それとも何か? お前ら実は喧嘩するの怖いとか言うヘタレだったのか?」
「テメェ!」
僕の安い挑発に簡単に釣れる島根。そんな頭に血が昇った状態の奴の拳なんぞ当たるわけも無く軽くかわしてやる。
「はぁ!? テメェふざけてんじゃねぇよ!!」
島根だけでなく三河も殴り掛かって来る。それをどうにか止める僕だったがもう一人、小島が放つ蹴りが僕の脇腹にクリーンヒットする。
「――――っく!」
苦悶の表情を浮かべて蹲る僕。駄目だ、正直3人纏めて相手するのはさすがに無理がある。
「ほら早く、そこ抑えろ!」
「舐めたマネしやがって!」
こりゃあ……ある程度の怪我も覚悟しなきゃならんな。そう思ったその時、
「おい! 何をやっているんだ!? お前ら!」
「……木島……先生?」
いつの間にか教室に居た木島先生がクラスメイト3人に向かって怒鳴りつけていた。
「ヤベェ! 木島じゃねぇか!」
「良いから逃げるぞ!」
そんなことを叫びながら2つあるうちの一つ――――木島先生が居る出口とは違う、別の出口から逃げ出すクラスメイト3人。
「あっ! こら! …………ったく、まあ後でで良いか」
顔見えてたし、と呟きつつ僕に近づいてくる木島先生。
「上尾……どうしたんだ? いったい何があった?」
「何って…………青春の一ページを飾るクラスメイトとのふれあいですが何か?」
心配そうに言う木島先生にそう返す僕。だが現在進行形で僕は倒れているので強がるには若干の無理が生じるシチュエーションだった。
「…………まあ良いや。お前がそう言うならそういう事にしておこう。……でもな」
「何ですか?」
「…………本当に困った時はちゃんと相談してくれよ?」
「…………肝に銘じておきます」
「それとあいつらに関しては後でこってり絞っておくから心配するな。お前にも被害が無いようにしておく」
「…………はぁ。そりゃどうも」
「最後にもう一つ。後でお前にも朝の一件について個人的に話しがあるからな…………覚悟しとけよ?」
なんか凄い寒気がする笑顔を向けられた。さながらナイフのように突き刺さる笑顔だ。
…………だがこの借りがある以上、付き合わないわけにはいくまい。……憂鬱だ。
「さて取り敢えず今するべき話しは以上だ。……さて上尾」
「はい」
「お前は、こんなところで時間潰していて良いのか?」
「ん? 何のことで…………」
「今から行くんだろう? 友達の所に」
「…………っ!! ま、まだ友達と認めたわけじゃ……」
「…………なーに言ってんだか。……お前も変なとこで強情だよな」
だから友達が少ねぇんだよ、と続ける木島先生。余計なお世話だ。
「では……有難うございました」
僕は立ち上がり、着ている制服の軽く埃がついた箇所をはたく。
「おう。……じゃあ気をつけて行ってこい。俺のこともよろしく言っておいてくれ」
そんな木島先生の声を背中に受けながら僕は走って教室を出て行った。




