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第二十四話

 次の日も崎宮 雫は学校に登校して来なかった。


 これで四日連続の休み。

 これは何かおかしい、そう思うことはごくごく自然なこと。



 僕は朝のHRが終わった直後、木島先生に尋ねてみる事にした。

 もちろん崎宮の件について、だ。



「先生、ちょっと良いですか?」

「んあ? ああ上尾か、いったい何……って決まっているか。崎宮のことを聞きに来たんだろう?」

「……何となく心を見抜かれているみたいで癪ですが…………そうです。木島先生、本当に崎宮は病欠なんですか?」

 と僕は僕が知りたい質問を木島先生にぶつけてみる。



「……うーん、それがちょっとな」

 ところが木島先生は僕の質問に対し曖昧な返事を返した。


「……何ですか? その返事は」

「いや……な。崎宮が心配で聞いてきたお前にはちょっと悪いんだけどさ……」

「何です?」

「何つーか、個人情報ってそう簡単にばらしちゃいけないんだよ」

「……そう言うってことは崎宮、只の病欠じゃ無いんですね」

「…………………………」

 困ったように黙りこむ木島先生。



 …………個人情報、か。

 普段結構ずぼらな雰囲気を漂わせる木島先生だが、これでも教師は教師。きちんとするべき所はきちんとしていると言う事なのか。


 どのみち木島先生は教師としての立場上、そう簡単には崎宮の事について喋れないようだった。

 クラスメイトの事を聞こうとするだけでこの始末。まったく…………嫌な時代になったものだ。

 …………いや、そう思うのは僕が嫌な奴だからだろうか。


「それに個人情報保護だけが理由じゃない。これは崎宮たっての願いでもあるんだ」

「……崎宮の? どういうことです?」

「お前に余計な心配を掛けたく無い、だってさ」

 ……余計な心配ね。



 ……………………はあ。

 やっぱりあいつは何処までいっても孤高な独り。僕と同じでコミュニケーションが不得意の孤独な奴だったみたいだな。


 馬鹿かあいつは。

 その考えが既に余計なことだという事にお前は気づくべきなんだ、崎宮。


 これだからコミュニケーションの取れない孤独な奴は…………厄介だ。

 まあそれも僕が言えたことでも無いが。


「取り敢えずそういうことだ。悪いが俺は崎宮に関しての情報をお前に喋るわけにはいかない。立場上な」

 そう言って僕に背を向ける木島先生。


「…………………………………………」

 正直もどかしさでいっぱいだった。

 この人に聞けば何か分かる。


 その気持ちで聞いたのに…………裏切られたような気分だった。

 分かったのは崎宮が病欠で無いことだけ。そんなことを知ってもどうこうなるものでも無い。むしろ僕の気苦労が増しただけだ。


 頼むから崎宮がどうなっているのか詳しいことを聞かせて欲しい。立場上話せないのは分かったが、そんなことで納得するほど、割り切ることが出来るほど、僕は出来た奴でも無い、その自信は大いにあった。


 嫌な自信だがそんな自覚すら無いような奴より少しばかりマシだ。

 もっと強く問いただしたかった。そうしてでも答えて欲しかった。

 そう歯痒い気分でいると、ふと木島先生が妙なことを言い出した。



「……あ……うん……でも、何だ。…………どんな奴でも俺の独り言を邪魔する権利は無いよな?」

「…………はい? 今なんて?」

「だから独り言だ、独り言。お前にはまったく関係無い、只の俺の独り言だけどな…………」

「……あんたはいったい何を言っているんですか?」

「良いから黙っとけ」

「………………」

 何をしたいんだが、この教師は。そう思ったのも束の間で木島先生は不意にこう切り出した。


「……そう言えば崎宮は五日前に交通事故を起こして入院してるんだよな」

「!」

 交通事故…………だと!?



 頭が一瞬にして真っ白になった。



 それは…………ヤバイだろ。大丈夫なのか!?

 崎宮が危惧した通り心配をしている僕だった。


 しかしこの心配が、余計だとは決して思わない。

 クラスメイトとして――――話し相手として当然の感情だ。


「でも容態はそんなに酷くなくてちょっとした打撲と足首を強く捻った程度。本来なら入院する程でも無いが大事を取って入院しているんだよな」

「……………………」

 木島先生の言葉を聞き、溜息と共に胸を撫で下ろす。


 良かった。……本当に大事に至らなくて。


「そんでもって崎宮が入院している病院は確か…………郊外にある志木崎病院だったよな、病室は507号室。俺も今度時間を空けてお見舞いに行かないとな」

「…………木島先生」

「……ん? ああ、何だ居たのか上尾。もうどっかに行ったと思っていたぞ。ハハハ」

「本当にあんたって人は…………」

「……何だよ?」

「……そういう気の使い方が驚くほど下手ですね」

「べべべ別に気ぃ何か使ってねぇよぉ! か、上尾、何の冗談だ?」

「演技も下手ですね。さっきの独り言とか言っていたの、ほとんど棒読みだったじゃないですか」

「演技? 何の話だよ、ハハハハハハハ!」

「でも…………」

「……うん?」

「僕は今、先生のそのド下手な気の回しように最高に感謝しています。…………本当に有難うございます」

「……別に俺は何にもしてねぇよ。ちょっと独り言を呟いていただけだ」

「お礼に木島先生の彼女候補を紹介してあげますよ」

「お礼とかは知らないし、何言ってんだよ。それにお前の知り合いだったら高校生、良くて大学生が良いとこだろう? 俺にそんな趣味は…………」

「いえいえ、僕の家の近所に住んでいる、先生と同い年の可愛らしい女性です」

「紹介してください、お願いします」

 五体投地で僕にお願いしている木島先生がそこには居た。



 教師も何も無かった。

 プライドも何も無かった。


 そこに居たのは雌を求める雄の純真なる姿だった。



「……気合、入ってますね」

「それはもう、上尾さん! それでつきましてはその女性の連絡先、趣味、容姿等々を教えて下さると非常に有難いです!」

「……………………」

 教師が生徒に凄い勢いでへりくだっていた。


 必死な大人って怖い。

 でも僕が真に怖いのは…………この後の展開だったりする。



「ええと…………ちょっと言いにくいんですが」

「何だ? ちょっと変な性癖が合っても俺は完全に受け止められる自信があるぞ! いいからその女性を……俺の彼女を早く紹介しろよ!」

「……今の会話、全て俺の冗談です」

「…………は?」

「今の会話、先生と同い年の可愛らしい女性なんていません。僕の近所にはおばさんしか生息してないです。全て冗談の嘘八百です。本当にすいませんでした」

「…………………………………………」

 やばい、完全に押し黙ってしまった。空気が重い。



「……………………………………ニコッ」←物凄い笑顔でこっちを見る木島先生。

「……………………………………ニコッ」←それに笑顔で応対する僕。



「…………ゴゴゴゴゴゴゴゴ!」

「ええ!? その擬音を自分で言うの!?」

 怒りの擬音を口にする木島先生。

 やばい、どうやらかなり怒らせてしまったようだ。



「…………おい、上尾」

「…………何でしょう? 木島先生」

「…………ないか?」

「はい?」

「家庭科室から包丁を持てるだけ持ってきてくれないか?」

「木島先生! 急用が出来ました! 僕はここで失礼させて頂きます!」

「待てよ! 上尾ぉおおおお! 先生、君に用があるんだぁあああああ!」

「僕はありませんから! さらば木島先生!」

 そう言い残し、その場を自分が出せるだけのスピードで去る僕。しかし――――、


「ひぃいいい! 凄いスピードで追ってきた!?」

「上尾ぉおおお! 廊下は走っちゃいけないんだよぉおおお!」

「せ、先生も走ってるじゃないですか!?」

「俺は良いんだよぉおお! 何てったって教師なんだからなぁあああ!」

「職権乱用! そんな無茶苦茶な理屈が通用するか!」

「無茶苦茶でも何でも俺の純情を弄んだ奴を生かしては置けないよぉおおおお! 上尾ぉぉおおおおう!」

「うわあああああああああああ!!!」

 捕まったら最後、包丁で滅多刺しになるだろう僕は死ぬ気で廊下を疾走した。


 この死の鬼ごっこは他の教師に止められるまで続けられた。




 …………病んでる教師って怖い、そんなことを思った朝だった。


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