第二十二話
「…………………はぁ」
盛大に溜息をつく僕。現在は帰宅して部屋の中で絶賛引きこもり中の身だ。
掃除が終わった後、逃げるようにして家路についた僕は崎宮に対して礼どころかまともな話もしないままに帰ってきてしまった。
本当に何をやってるんだ、僕は。コミュニケーション力が無いにも程がある。
「たっだいま――っ!!」
「…………七海、か。つーかノックも無しに人の部屋を開けるのはやめろ、プライバシーといった概念がお前には無いのか」
「プライバシー? お兄ちゃんにそんな概念あるわけ無いじゃん」
「真っ向から否定された!」
「というかプライバシーというものは人だからこそ成立するのであって……」
「そもそも人間扱いさえされていなかった!」
何故か辛辣な言葉を次々に吐く妹。こいつも学校で嫌なことでもあったのだろうか。
「まあまあ冗談だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんなら例えどんなこと言われても冗談で流せるでしょ?」
「例えば?」
「親が死んだとか」
「僕はどれだけ親不幸者なんだよ!」
そんな認識をされていることに何よりへこむぞ。
「まあまあ、気にしない気にしない」
「……そこは気にするべきだと思うのだが」
「お兄ちゃんは何でも気にしすぎなんだよ。七海なんて地球温暖化も気にしないし、オゾンホールも気にしない、砂漠化も酸性雨も気にしない。環境破壊なんてまったく気にしないよ」
「地球のことを何だと思ってるんだお前は。今すぐ環境保護団体に謝れ」
「嘘、嘘。私は地球のことを誰よりも気にしてるよ。毎日お祈りしてるよ、“神様。どうか地球のことを守ってあげて”って」
「妙に荒唐無稽で大それた願いだな。…………で毎日どのくらいお願いしてるんだ?」
「3秒」
「短かっ!」
「三秒ルールだよ、お兄ちゃん」
「…………それ意味違うだろ」
「気にしない気にしない。七海なんて地球温暖化も気に……」
「それはさっき聞いたよ! 同じ言葉を何度も繰り返すな」
「フフフ……これこそ上尾流必殺奥義“七海エンドレス”」
「技名ついた!?」
「説明しよう。七海エンドレスとは同じ会話を繰り返すことにより唱えられた相手を幻惑し、拘束し、発狂させ、挙句の果てには耳や目から出血するほどの……」
「予想以上に怖い技じゃねぇか! 実の兄にそんな技使うなよ!」
「お兄ちゃん相手だからね。手加減してたら逆に七海がやられちゃうよ」
「お前の中での僕の評価は高いのか低いのか、どっちなんだよ」
「高いに決まってるよ。うんと高い、高い、高すぎるよ」
「具体的にはどのくらいなんだ?」
「……鯉のぼりくらい?」
「……予想以上に低いな」
そりゃあ屋根よりも高いけどもさぁ! そんな見える位置じゃなくて……もっと、もっと高く――――――、
「じゃあ逝ったらどうなの? たかいと思うよ」
「それは他界違いだぁあああああああああああ!」
「……よく七海のボケに気づいたね」
「僕を甘くみるな。お前の兄たる存在だぞ? そのくらいは朝飯前だ」
「……さすがはお兄ちゃん。七海が見込んだだけはあるね」
「お前に見込まれても僕は嬉しくねぇよ」
「嬉しがってよ! 私に見込まれるなんて余程のことなんだよ? 私の学校ではこの座を取り合って暴動が起きるくらいなんだよ?」
「……お前の学校は愉快だな」
そして血の気が多すぎるぞお前の学校は。僕なら一日で転校するだろうな。
「だからお兄ちゃんは凄い名誉のある座に選ばれました。誇っていいよ?」
「…………HAHAHA! 僕は凄いアル」
「…………国際的な誇り方をどうもありがとう」
「そりゃどうも」
相変わらずの会話だった。
…………ここだけは普段通りでいてくれるから安心するぜ。
「それにしても……いつもと違ってお早い帰宅だね、お兄ちゃん。部活はどうしたの?」
「…………まあ色々あってな」
「じゃあ暇だったらゲームしよっ! ゲーム。七海、今ならお兄ちゃんに……」
「悪い、七海。すまないが今はそんな気分じゃない」
一人盛り上がっている妹の声を制して否定の言葉を告げる。
「そっか。分かったお兄ちゃん。…………というか学校で何かあったの? 微妙に元気が無いように見えるけど…………ツッコミ以外は」
「ツッコミ以外とか余計なことを言うな…………別に、何もねぇよ」
「ふーん。…………まあいいや」
そう言って踵を返し僕の部屋から出て行こうとする七海。だが、
「七海、ちょっと待ってくれないか」
「うん? 何か用?」
そんな妹を呼び止める僕に七海は律儀に反応してくれる。
さて、僕が七海を呼び止めたのには一応、理由がある。
今、現在進行中で僕を悩ましている、この問題。
これは明日から崎宮にどういう態度を取れば良いのか、ということだが。
我ながら情け無い限りだが……正直良い案が思いつかない。
だからこの問題に対して僕は誰かから意見を聞きたかった。この僕の疑問に関して他の視点から見た意見が欲しかった。
だがそんな意見を聞ける人間なんて僕にはそうそういやしない。聞けるとすれば、そう――――僕の目の前にいる妹ぐらいしか相談相手がいないから呼び止めたというわけだ。
我ながら自分の人間関係の狭さにあきれ果てるしか無いが…………呼び止めた理由はそれだけじゃない。最大の理由は今回に限りこいつがこの問題に対しての相談役としてはかなり適任だろうということだ。
何故なら僕の疑問は人間関係について。そして七海は僕の妹とは思えない程人気者、つまりは人間関係のエキスパート。そんなこいつにならまともな意見が聞ける、そう考えたわけだ。
素晴らしい適材適所、素晴らしい人事配置だ。
まあ僕に適した役割が割り振られて無いのが若干嘆かわしいが、今は全力で無視することとし…………早速妹に対してこう切り出す。
「あのよ、七海。…………相談があるんだけど良いか?」
「相談!? 相談と言えば相成る談話のことだよね。七海は得意だよ――、そういうの。まっかせといて! 七海は相談に関しては日本でも類を見ない達人の域に達していると言っても過言じゃ無いからね! さあどーんと! どーんと聞いて良いよ!」
「………………ああ、ごめん、やっぱいいわ」
「ええ、なんで!? どうしたのお兄ちゃん!」
「何か、その、な。…………異様なテンションの高さに相談相手を間違ったことを一瞬で悟ってしまったというか」
さっき僕、妹のこと超上げていたのに。エキスパートとか呼んでたのに…………。自分でも驚く程の心変わりの早さだった。
まあそれ程暑苦しいテンションだったと察して戴くと甚だ幸いである。
「ま、待ってお兄ちゃん。ごめんごめん、さっきのは冗談だよ冗談。このぐらいテンションが高いほうが相談相手も話しやすいと七海なりに考えての結論なんだよ。許しておくれよ」
顔の前に手を合わしながら謝罪の意思を示す七海。
何故にそのテンションで話しやすくなると考えたのだろうか。思考形態に重大な異常があるとしか思えない。
しかしまあ、こいつなりに僕のことを思っての結果ならそう咎める話でも無いだろう。
というわけで相談を再開する。
「僕さ、部活始めたって言ったじゃん」
「ああ、確かお兄ちゃんそんな事言ってたね。それがどうかした?」
「えーとさ、あんまり上手く説明出来ないんだが…………その部活の奴とちょっと気まずい関係と言うか、喧嘩したみたいな……」
「え!? お、お兄ちゃんが学校の人と喧嘩するなんて…………そんな積極的な関係を持つはずが…………」
「放っとけ! 僕にも色々あるんだよ! まあ相談を続けるが…………何というか……そんな感じになっちゃってるんだ…………それであのさ、僕はどうすれば良いと思う?」
自分で言っておきながら何だが…………あり得ない程に上手く説明出来なかった。
そんな僕のしどろもどろの説明を聞いていた七海は一言、静かにこう言った。
「謝りなさい」
「えぇ!? ちょっと待って! いきなりその回答!? どっちが悪いとか、正当性だとか、もっと色んな視点から考えて結果出さなくて良いの!?」
「はあ? 正当性? 何言ってんのお兄ちゃん、馬鹿なんじゃないの?」
中学生の妹に思い切り馬鹿と言われる高校生の兄がそこにはいた。
まあこんなのは兄妹には日常的にあり得る光景だ。別に気にもしない。
「お兄ちゃん。一度そこに正座なさい」
と何故かドスの聞いた声で目の前の床を指差す七海。
「へ? いきなり何を言ってるんだ七……」
「正座なさい」
「はい」
中学生の妹に正座を強要される高校生の兄がそこにはいた。
まあこんなのは兄妹には日常的にあり得る光景だ。別に気にもしない。
「お兄ちゃん、何で自分がそこに正座されているか分かっていますか?」
「…………分からないです」
「分からない? 馬鹿が! 恥を知れ!」
「ぐはぁ!!」
中学生の妹に正座させられた挙句、質問に答えられなかっただけで顔面キックをかまされる高校生の兄がそこにはいた。
まあこんなのは兄妹には日常的にあり得る光景だ。別に気にもしない。…………気にしないよ?
「馬鹿なの、お兄ちゃん? 本当に人間関係に関してはすっごい馬鹿だね。馬鹿すぎて一周回って逆に関心するよ」
「……関心したのなら暴力を振るわないものだと思うが」
「黙れ、学の無いものに意見出来ることなどこの世には存在しない」
「……何ですか、その理不尽」
この世に平等なんて言葉は無かった。
「では一度お兄ちゃんの悩みを整理するけど…………お兄ちゃんは部活動の友達と喧嘩か何かをして気まずくなったけど、それでどうして良いか分からない」
「まったくその通りであります」
「でもお兄ちゃんは謝るのはプライドだか正当性だかが邪魔していたり、そもそも喧嘩をしているのかどうかすら分かっていなかったり、大体そんな感じでしょ!」
「もはや返す言葉もございません」
妹に心を見透かされていた。
何この妹。悟りでも開いてんの?
「そんな時にする行動は一択! 謝りなさい!」
「一択だけかよ! もっとこう何か無いの? こう…………話し合いの場を設けるとか」
「そんなことを言っているからお兄ちゃんは友達の一人も居ないクソ野朗なんだよ!」
「………………………………」
なんか相談をしていることに乗じて言われの無いことを思い切り言われている気がする。
まあ口には出さないけどさ。また蹴られるの嫌だし。
「良い? お兄ちゃん! 人間関係が悪化したとしたら、まずこちらが下手に出ようが何だろうが関係を修復するのが先! 話し合いだとか責任追及とかどうでも良いのはその後になるの!」
「そ、そうなのか?」
「そうなの! 良い? 人間関係ってのは意外と脆いんだよ! ちょっとしたことで簡単に壊れちゃうの!」
そして七海は僕に力強く指を指してこう告げた。
「でもね、人間関係はそうしてでも守り続ける価値のあるものだよ!」
「…………僕にはそうまでして守る価値のあるものだとは思えないが」
「それは意地を張っているだけ。実際お兄ちゃんは最近とても楽しそうに見えた」
「それはお前の気のせいじゃ…………」
「違うよ。お兄ちゃんは最近、学校の話をよくするようになったけど…………今まで学校の話を七海にすることなんてあった?」
「………………」
これは即答出来る。
無かった。
どうしようも無く、全くもって皆無だった。
「それに学校の話をするお兄ちゃんは七海にはとても楽しそうに見えるよ?」
「……………………」
「だから…………謝ってお兄ちゃん。変な意地を張らないでまずは謝ってみることが先。それが大事。でもそれは喧嘩の原因を無かったことにするという意味では無いよ? それを解決せずに諦めて自分で受け入れることは相手にとっても失礼だよ。それはそれでしっかり話し合うこと」
七海はそう言った直後に、にこりと笑ってこう続けた。
「それが…………友達というものじゃないかな」
「…………なるほどな」
なんだか憑き物が取れたような…………抱えていたものが無くなった気がした。
あいつと――――崎宮と僕が友達かどうかはまだ分からない。
まず友達の定義が僕には分からない。
一緒に日々を過ごせば友達か。
一緒に話をすれば友達か。
一緒に遊べば友達か。
そんなの僕には分からない。…………けど、
なんとなく謝らなければならないことだけは分かった。
この人間関係を――――――崎宮との関係を失いたくは無い、僕はそう思った。
「取り敢えずは自分のやるべきことが分かった気がするよ。ありがとう七海、相談に乗ってくれて」
「いやいや……礼には及ばないよ。…………お兄ちゃんがその分私に尽くしてくれれば」
「まあこの借りを返すのはやぶさかでは無いが、具体的に何をすれば良いんだ?」
「う~ん、どうしようかな…………あ、そうだ」
「何だ? 今なら大体のことは聞いてあげられるぞ?」
「じゃあ…………今から私と奴隷契約を結ぼ――」
「ちょっと待て。待ってくれ。……奴隷なんて珍妙なワードが出てきたがそれは僕の聞き間違いに過ぎないよな。そうだ、そうに違いない」
「今から私と奴隷契約を結ぼう!」
「…………聞き間違いであって欲しかった…………っ!」
「ということでお兄ちゃんは今から私に絶対服従の身なので宜しく」
「絶対服従て」
「では早速――――さあ! 服従の印として私の足を舐めろ!」
「…………………………」
どうしよう――――妹が救いようの無い変態に成り下がっている。
何処の女王様だ、お前は。
しかし今の僕は絶対服従の身。逆らえるわけが無い。仕方なくだぞ? 仕方なく妹の足に手を伸ばし、舐めるために顔を近づけようと――――――、
「うわわわわわ! おおおおお兄ちゃん!? 今のは冗談! 冗談だよ!? ちょっと言ってみたかっただけだよ!? こんなことをお兄ちゃんにお願いするわけ無いじゃない!」
「悪いが七海よ。僕に一度命令したことは取り消せないんだ。さあ! 大人しく足を舐められろ!」
「むしろ積極的に私の足を舐めに来ている!? 何この理解し難い変態!」
「さあ見ろ七海! 僕の真の姿を!」
「変態の上に変体している!?」
「変わった態度でお前を攻めてやる!」
「まぎれも無い変態だ――――――っ!!!」
「…………とまあ冗談はさて置き」
「勢いが冗談には見えなかったんですが」
「何だそんなに足が舐められたいのか?」
「…………お兄ちゃんには負けたよ」
「うむ、それで良い。お前の兄はそう簡単には越えられない壁としてお前の前にあり続けるぞ」
「その壁を乗り越えたらその時は人間として終わった時だよ!」
「フフフ…………違うな七海よ。壁とは乗り越えるものじゃない、打ち破るものだ!」
「あ、ちょっと格好良い」
「打ち破ったその時は、そうだな…………お前の足と言わず全身を舐めまわしてやろう」
「台無しだ――――っ!!」
「ま、何にしてもお前に借りが出来たのは事実だ。今なら何でも言う事聞くぜ」
「じゃあお兄ちゃん、隣町の『白戸家』でケーキを買ってきて欲しいな」
「はいよ。お安い御用だ」
「30個」
「お高い御用だ!」
「それじゃあ宜しくねお兄ちゃん」
はぁ…………それも仕方無いかな。こいつにはそれ程に世話になっただろうし。
おかげで僕を悩ませていたことも無くなった。感謝してもしきれない位だ。
「さてと…………」
今、僕はやるべきことは決まっている。
それは…………ケーキ30個の値段は僕の財布の中身で対応出来る事象かどうかを確かめることだ。
場合によっては大事に貯めていたお年玉をも切り崩さなければならないだろうからな。
そうして僕は目下の問題を片付けるために動き始めたのだった。




