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第二十話


 ヤバイ……大変危険なことになっている。


 直感的にそう感じたのは学校での二時限目の授業中。英語の時間の中で、だ。

 だがそれは英語の授業に関係があるわけでなく、関係があるのは授業そっちのけで見ている携帯電話のある掲示板にこそ、ある。


 僕が終始、冷や汗だらだらで見つめている掲示板にはこういったタイトルが記されていた。


 

『どうやら崎宮 雫さんと上尾が男女交際を始めているようだぜ。…………取り敢えずイラつくから上尾殺さないか?』


 

 …………。…………父さん、母さん、どうやら大知は今、生命の危機に瀕しているようです。


 このタイトルが立っているサイトは我が高校の携帯用掲示板にあたる。これは教師が運営しているというわけで無く、この学校の生徒が趣味で運営しているような自由なサイトなので結構どんな内容のタイトルでも自由に立てることが出来る。


 そんな背景からこのようなタイトルも立てることが出来るのだが…………僕は正直気が気で無い。

 何故ならタイトルから感じる身の危険さもさることながら内容も相当酷かったからだ。


『おいおい……皆、最近どうも崎宮さんと上尾の仲が良いとは思わないか…………アレ、どう考えても付き合ってんだろ』

『共通認識として崎宮さんは皆のもの、手を出すべきじゃないはず。なのに…………それなのに、裏切り者が…………っ!!』

『そうだな、俺達の崎宮さんに手を出すなんてあのゴミ、やってくれんじゃねぇか…………取り敢えず闇討ちしとくのが常識だろ』

『情報によると放課後二人でイチャイチャしているらしい…………誰かチェーンソー持って来い。あのカスにエルムガイの悪夢を見せてやる』

『聞いた話では二人で部活まで創ったらしいぜ。俺達を差し置いてあんな……あんな友達の一人もいないような底辺が…………チェーンソーじゃ甘い! 温い! ……こりゃあ焼くべきだろ…………こんがりと、炭になるまで』

『なんであんなクズに崎宮さんを…………っ! …………コンクリートで固めて海に落とるのがスジだな』

『地獄をっ!! あいつに地獄を…………見せてやるんだ』



 …………どうよ、これ。誰が書き込んでいるのか知らんが…………これ後ろから刺されてもおかしくないレベルの恨まれようじゃね?

 つうか何でこんなに言われなければならん。


 誤解も良いとこだよ。ふざけるな。

 実際は僕が無理やり振り回されているだけなのに。


 別に僕は僕で少しも楽しくなかったと言えば嘘になるが、見当違いの嫉妬程頭にくるものは無い。お門違いも良いとこだ。

 しかし本当のところこういった展開を少しも予想してなかったわけでは無い。心配はしていた。僕達の関係性は事実どうであれ傍から見れば十分付き合っているように見えるので無いか、と。


 だがもしもそうなった所で何の関係も無いだろうな、と高を括っていた。

 僕に被害が及ぶことは無い、と。


 けれども僕の考えに反して異様な反感を買ってしまった。

 まあ理由はまったく分からない…………でも無いね。


 僕は客観的に見て友達のまったくいない孤独な底辺。一方崎宮は何でも出来る上に美人で孤高の完璧超人。喋っているのが、関わり合いを持てるのがそもそもおかしいくらいだ。だが事実、喋るどころか付き合っていると噂されるほど仲が良いときた。


 そりゃあムカつくだろうし腹が立つのも分かる。

 だがこの書き込みにイラつかないほど僕は人間が出来ているわけじゃ無い。

 無視できるほど大人でも無い。


 だいたいここまで言われるいわれは何処にも無いじゃないか。

 無実の罪で罪を償うことほど不毛な事は無いと言える。



 さて…………面倒な事になってきやがった。

 何でこんなことになったのだろうか。


 だから……だから僕は嫌だったんだよな。

 やはり僕ごときが手を出すべきじゃ無かったんだ。

 慣れない、不慣れな領域には。


 人と、他人と関係性をつくるなんてことには。



 ……友達を、創ろうとするなんてことには。




 ずっと独りでいれば良かったんだ。

 そうだ、何となくこれで分かった気がする。


 テリトリーから出た者は思い切り他者に威嚇される。これは社会の常識だ。

 僕はあちらの世界で暮らすべきで無い。自分の世界から出るべきで無かったのだ。


 そう、僕は結局――――――、


 ――――独りでいるのがお似合いなのだ。




 僕のこれは、正直一時の気の迷いに違いないのだが――――この時点では本当にそう思ってしまっていた。


「――――――では英語の会話練習をしますのでパートナーを組んで下さい」

 英語教師のそんな声が耳に届く。その時、崎宮が自分の席からこちらに向かって笑顔で歩き出していた。


 それを見た後、ふと携帯が目についた。更新ボタンを押し、中を覗くと――――、

『キタ―――――――――っ!!』

『殺せぇえええ! あの馬鹿と同じ空気を吸うのは不愉快だ!』

『というか空気すら勿体無い。二酸化炭素吸って死ねぇい!』

『殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺』

『……殺ってやる。俺なら…………俺ならそれが出来る筈だ』

『俺らで崎宮さんを救うんだ! それしか無い』


 異常な速度で掲示板が更新されていた。このタイミングで判断するとどうやらこの書き込みの大半はクラスメイトの仕業らしい。ご苦労なこって。

 それにしても酷い言われようだ。


 …………つうか本当に僕のクラスからの評価って地に堕ちてんのな。まあ知ったことじゃないけど。

 問題はこの書き込みの一つ一つがいちいち僕の癇に障ることだ。


 …………何なの? これ。いい加減にしろよ。

 僕がいったい、何をしたと言うんだか。


「上尾、一緒にペアを――ん? どうしたんだ? 何か浮かない顔をしているようだが」

「…………別に何でもねぇよ」

 クラスメイトの射殺すような視線が突き刺さる中、崎宮の問いにぶっきらぼうに答えてしまう僕。


 はぁ…………八つ当たりも良いとこだ。カッコ悪…………。

 しかし抑えきれない感情がどうしても声に篭もってしまう。


「何でも無いことは無いだろう。誰がどう見ても不機嫌そうな顔をしているぞ?」

「…………何でも無いって」

 崎宮、頼むから今は話しかけないでくれ。……放っておいてくれ。


 そんな願いが目の前の崎宮に通じることも無く、尚も心配そうに見つめる崎宮だ。

 携帯を見れば尚も掲示板は更新されているようだ。


 クソ……好き勝手言いやがって。


 そんなクラスメイトの反応に余計にイライラしてしまう僕。



「何か悩んでるのなら相談に乗るぞ? 上尾」

 尚もしつこく聞いてくる崎宮。僕を本当に心配しての反応だろうが今はそれが仇となり、ついに僕の中で何かがプチッと切れる、そんな、音がした。


「何でも無いって言ってるだろ!」

 つい大きな声で怒鳴ってしまった。その怒声はクラス中に響き渡ったようで、それを聞いたクラスメイトの一層冷たくなった視線が集中し僕に強く突き刺さるのを感じた。


「ど、どうしたんだ? 急に叫んだりして…………」

 困惑する崎宮。それは至極当然の反応だった。彼女はただ英会話のパートナーを組みに僕に話しかけた、ただそれだけだ。それだけのことなのだが…………その状況を何も理解していない様子に僕は一層腹が立ってしまう。


「良いから放っとけよ! 何でそう僕に付き纏うんだ!」

 続いて声を荒げながら暴言を吐く僕。



 …………そうだ。このクラスメイトにいわれの無い暴言を吐かれ、冷たい視線を浴びせかけられる状況。この原因の元はといえばこいつ――――崎宮にあるのだ。



 こいつがあの日僕に話しかけなければ。

 こいつがあの日から僕に付き纏わなければ。

 こいつがあの日から僕を友達扱いしなければ。


 僕はただ巻き込まれただけ。平たく言えば被害者なのだ。




 …………なんて、これは虫の良い妄言、いやそれどころか世迷いごと。自分を正当化したいだけの汚い言い訳に過ぎなかった。


 だがそれでしか自分の正当性を守れなかったのだ、というのも苦しくも無様な戯言だ。

 そもそも僕が怒りをぶつけている矛先であるところの崎宮には微塵にも悪気なんてものは無い。いやそもそも悪気どころか僕を気に掛けてさえいてくれる。


 そんなことは僕でも分かる。理解している。



 だが頭で理解しようとしていても、僕は感情を制御出来なかった。

 心に余裕といったものがほとんど無かった。


 それはクラスメイトに今も冷たく突き刺さる視線を向けられているからかもしれない。

 崎宮に余計なお世話を焼かれているからかもしれない。


 そんなのは僕自身にも分からなかった。もとい僕自身だからこそ分からなかった。

 ただ怒りの捌け口が必要だった。


 それをクラスメイトでは無く目の前にいる崎宮に向けてしまう僕。



 最悪だった。最低に違いなかった。

 コミュニケーション能力が極端に低かった。


 しかしそれを理由に今僕が崎宮にしていることを仕方無いの一言で片付けるには余りに横暴であると言えた。

 だが僕は無理やり納得しようとした。いや、するしかなかった。

 これを間違っていると認めてしまえば、より一層惨めな気分になると思ったからだ。



 そんな自分の器の小ささにも一層――――腹が立った。


 これだから――――そんなことだから僕には友達すら出来ないのだろうな。

 そんなことだから――――――僕は独りなんだろうな。



「あの……上尾……」

 そんな最低な態度を取り続ける僕に対して崎宮は怒りもせず真摯に向き合っていた。

 だがその声は今にも消え入りそうで…………また果てしなく弱弱しかった。


「……………………」

 僕はそんな崎宮を無視し続けた。

 窓際の好ポジションを生かし窓だけ見続けていた。


「…………………………」

 クラスメイトの視線が今や完全に僕等に集中していた。



『うわ…………何か知らんけど崎宮さんをずっと無視してるぜ、あのゴミ』

『良いご身分なこった。…………俺が話したことも無い崎宮さんに向かってあの態度。ホント死ねば良いのによぉ』

『上尾ぐらいになれば崎宮なんぞ相手にしなくても十分ってか! 本当に嫌味な奴だな』

『本当に何考えてるんだろうな、あいつ。俺達もてない凡人には及びもつかないですよ』


 先生に隠れながら携帯画面を覗いて見ると掲示板には新しくそう書き込まれていた。

 それを確認した後、ゆっくりと携帯画面を閉じ、またも窓を見続ける。


 隣にいた崎宮はというと先生に戻るよう指示を受けるまでずっと立ち尽くしていた。

 これは窓の反射を利用してぼんやりと見ただけであって、僕は崎宮が席に戻るまでずっと無視を続けていた。



 この態度ばっかりはクラスメイトの言う通りだった。

 これは嫌味で無く――――本当に死んだほうが良い程に、最低だった。


 …………どんだけ子供なんだよ、僕。

 本当に独りでいるほうがお似合いだよな。

 独りで孤立するほうが性にあっていた。


 そんな僕に崎宮はどう思ったんだろうか。

 こんな僕の態度に崎宮はどう思ったんだろうか。


 最低だと思ったのだろうか、嫌いになったのだろうか、友達の縁を切ろうと思ったのだろうか。

 崎宮のその顔は……いったいどのような色を浮かべていたのだろうか。




 僕は少しだけ気になった。

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