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第十六話

「では不肖ながら私から…………この前一人で遊園地に行った時の話なんだが……」

「一人で遊園地!?」

 一人!? こいつ一人で遊園地なんて行っちゃったの!? なんて壮絶な思い出話を持っていやがるんだ!


「私の周りには大層楽しそうにしている家族連れやカップルなどがいるわけだが。そんな幸せそうな者達を遠目に眺めて自分にも幸せが訪れないかな、とか思い一人で観覧車やらジェットコースターに乗るわけだ…………」

「うわあああああ!! 胸が! 胸が張り裂けそうなぐらい痛い!」

 何だこの胸に真摯に迫って来るような悲しいエピソードは!


「どうしたんだ上尾。ここからが良い所なのに」

「どっから良い所になるんだよ!? というかその一人で遊園地に行ったという悲しい背景のせいで僕はどんな面白い展開が待っていても素直に笑える気がしないぞ!」

「オチは私が滑稽で笑えるという話なのだが…………」

「自虐ネタだと!?」

 驚きのクオリティだ。もう既に目から塩水が止まらない。


「では違う話をしてやろう。…………私が一人で焼肉を食べに行った時の話だが」

「もうやめてぇえええええええええええええええええええええええ!!」

 崎宮――――――この少女は僕とは違う意味で独りを極めた猛者だった。



 閑話休題。


「……それじゃあトランプでもやるか」

 部屋の気まずい空気はどうやら取り除かれたものの、ある意味で重い空気を払拭するために僕は新たな遊びを提案することにした。

 僕は自分の部屋に置いてある机を開き、その中からトランプの入っている箱を取り出す。


「何が良い?」

「何が良い、とは?」

 僕がトランプをシャッフルしながら聞くと、何故か怪訝な顔で聞き返す崎宮。


「いや、何がって…………このタイミングで聞くのならどのゲームをやるかってことだよ。神経衰弱とかババ抜きとか……何が良い?」

「上尾。神経衰弱とババ抜きって何だ?」

「は?」

 はてさて崎宮さん。それはどう言った言葉遊びですか?


「いやいやトランプで定番の遊びのことだよ。ああ、そうか、さてはお前の住んでいる地域では呼び方が違うのか。神経衰弱はな、こうトランプを広げて自分の出番でカードを二枚めくって同じ数字だったらその二枚を貰えるっていうゲームのことだよ」

 僕は身振り手振りをつけて説明した。こう言えばこいつがどんな呼び方をしていたとしても、これが神経衰弱のことだと分かるだろう。だが、


「ほお! なんだそれは面白そうじゃないか!」

 予想に反して好奇心丸出しの反応を示す崎宮。

 …………こいつまさか。


「崎宮、お前まさかとは思うが…………お前本当に神経衰弱知らねぇの?」

「ああ、初めてやる遊びだ」

「…………お前、本当に日本人かよ」

 …………いったいどんな人生を歩いたら神経衰弱を知らない人生を歩めるんだよ。


「じゃあババ抜きは?」

「知らない」

「七並べは?」

「知らない」

「まさか大富豪を知らないなんてことは…………?」

「どの富裕層の御方だ?」

「……………………」

 …………ヤベェ、重症だ。


 こいつ、いったいどんなゲームだったら知ってるって言うんだ?


「というか私はトランプ自体やるのは初めてだぞ」

「…………は?」

 …………今なんて言った?


 確か………………ワタシ、トランプ、ヤル、ハジメテ、と。


 …………………………。

 どうやらこういうことらしい。

 ……僕、上尾 大知は高校生にしてトランプを初めてやる少女に出会いました。


 これはもはや珍獣のレベル、ツチノコと同レベルと言っても差し支え無い気がするぞ。

 いったい何処の世間知らずだよ、こいつ。


「本当に初めてなのか? 誰か友達とか家族とかとやらなかったのか?」

 ちなみに僕はトランプを出来るような友達などほとんど壊滅的だったが、両親や七海と一緒にトランプをやっていた。

 二人の大富豪も中々面白いんだよ?


「いや。私は友達と言えるような者もほとんど居なかったし、両親は仕事で忙しい。それに兄弟、姉妹はいない。一人っ子だ」

「……なるほど」

 …………凄い寂寥感が漂う奴だった。そんな状況ならエロ本を探すのが通過儀礼なんて勘違いするのも少しは分かる気がする。


 こいつはコミュニケーションをとる相手がいなかったんだ。

 間違いを正す、あるいは間違いを認識させる人間が周囲にいなかったんだ。


 孤独。


 その意味ではこいつは僕よりもその意味に近いところにいるように感じた。

 ……そりゃあ友達欲しくなるのも頷けるよ。


 そりゃあ友達の家に来るぐらいのことでテンション上がるよ。

 こいつにとってはそれが“ぐらい”のことでは無かったんだな。


 僕にとって取るに足らない人間関係でもこいつにとっては物凄い重要な人間関係だったんだ。


 …………………………。

 初めてだ。

 初めて他人に興味が沸いた、そんな気がする。


 別に僕は同情しているわけでは無い。崎宮を友達と認識したわけでも無い。

 他人との関係なんて所詮面倒臭いだけだ。


 でも今だけ。

 今だけは崎宮と一緒にトランプをして遊んでみたい。


 素直にそう思った。

 これは同族意識なのかも知れない。はたまた同属嫌悪なのかも知れない。それは僕には分からない。


 しかし“分からない”、それでも良いじゃないか。

 いや……“だからこそ”だ。


「しょうがない僕がトランプを教えてやる! ババ抜きも七並べも大富豪も、他にもダウトなんてのもあるぞ!」

 だからこそ話してみる。

 だからこそ接してみる。


 それが分かるようになるために。知らないことを認識出来るようになるために。

 人間関係を形成してみるというのは案外そういった好奇心にも似た感情から来るのかも知れない。


「おお! そんなに遊べるゲームがあるのか! では宜しく頼むぞ上尾!」

「ああ」



 現在時刻が何時か…………今の僕には分からなかった。






「ただいま――――って、あれ? お兄ちゃんが私より先に帰ってるなんて珍しいね」

 学校から帰ってきたらしい七海の元気な声が家に響き渡る。

 それはそうと先程まで僕の部屋で遊んでいた崎宮はもういない。今より30分程前に何か用事があると言って急いで帰っていったのだ。まあ僕としても七海や両親に見られても困るので助かったといえばそうなのだが。


 ちなみにいくら僕でも夕刻に女の子を一人で帰すのはマズイと思ったので“送ろうか”と申し出た次第なのだが、

「いや遠慮しておこう。それよりも今日は楽しかったぞ」

「本当に良いのか? 別に大した用事も無いから遠慮することは無いぞ?」

「そんなことより上尾よ」

「何だ?」

「本当のところ部屋の何処にエロ本はあったんだ?」

「三秒以内に僕の目の前から一人で姿を消すんだ!」

「ほっほぅ、随分と反抗的な態度を取るじゃ無いか」

「カウントダウンだ。0になる前に姿を消すことだな…………3」

「私はお前のエロ本の場所を既に見抜いている、と言ったらお前はどうする?」

「……500」

「カウントダウンするどころか凄い勢いでリミットが増えたな」

「……崎宮さん、まずは冷静に話し合おうじゃないか」

 もしもだ、もしもクラスメイト達に僕の性癖が暴露されたら…………僕の未来に明日は無い。


「ククク…………この私の追随を簡単に逃れられると思うな」

「畜生! 畜生が! 僕の隠し場所は完璧だったはず!」

「中々圧巻のレパートリーだったな」

「殺す! そうだ! 殺られる前に殺ってやるよぉおおお!」

 僕は目の前の悪女に向けて殺気を込めた最高の一撃を放つものの崎宮はそれを簡単にかわしてしまう。


「フフ……上尾、明日も楽しみだな」

 と快活に笑い僕の前から爽やかに去っていった。……もう他人なんて嫌いだ。



 という暖かで、こそばゆいやり取りを繰り広げた後、結局僕はこうして一人早めの帰宅と至り玄関で妹を迎えているわけだ。

 さて、そういえば僕が七海を迎えるというのも珍しい。


 というわけで、

「おかえり七海。今日は友達出来たか?」

 と聞いてみる。僕の家での通過儀礼、日常茶飯事という奴だ。


 すると七海は、

「友達? そんなのお兄ちゃんじゃあるまいし、出来たに決まってるでしょ。そうだなぁ今日は一ダース以上出来たね」

 なるほど今日だけで12人以上は出来たのか。


 さすがは人気者。僕は一人ですら友達を増やせないというのに。

 どんだけ兄弟で社交性に隔たりがあるんだよ。まったく驚愕の性能差だ。



「で、お兄ちゃんは友達出来たの?」

 それでいつも通りの質問。

「出来るわけ無いだろ」

 それにいつも通りの問答を返す。



「でもな、七海」

「うん?」

 だが僕もいつまでも“いつも通り”じゃない。





「話し相手は出来たかも、だぜ」

 僕も独りで立ち止まっているわけじゃないのさ。


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