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第十話


 現在時刻? 数えている暇なんてあるわけ無い。


 とんでもないことが起こってしまった。

 最初の頃はともかく、この時期において僕に好き好んで話しかける物好きなクラスメイトなんていうのは一人も存在しなかった。



 だが今、その存在が一人発生してしまった。

 しかも僕とは別世界にいると思っていた、決して相容れることは無いと思っていた人物。


 そう――――――――崎宮 雫だ。


 なるほど、やはりこいつは独りで居る現状に少なからず不満を抱いているようだ。

 独りを求めていたわけでは無いんだ。


 僕等と違うと思っていた崎宮の世界。その景色は別に大したことは無い。

 寂しさ、その一言が視界には捉えられていたわけだ。

 だがそれは崎宮 雫の思惑であり僕の思惑とは違う。


 僕は独りを求めている。

 このお願いに応じることは出来ない。


 僕に好き好んで話しかける厄介な存在を認めるわけにはいかない。

 面倒臭い関係を形成するわけにはいかなかったからな。

 だからいつも通りの反応を見せる。



「悪いな、僕はお前の友達にはなれない。他を当たってくれ」

 こう答えると問答の最中で見つけた英語のノートを小脇に抱え、即刻で踵を返し入り口へと向かう。


 何のことは無い、いつも通りの行動だ。

 ちなみに取り敢えず承諾しておいて後でどうにかする、という方法もあったのだが――――――というか、クラスメイトに対してはいつもそうしている。

 敵をつくるわけにはいかないからな。



 しかし、今回は少し勝手が違う。相手である崎宮 雫も独りなのだ。

 独り対独り――――この場合、敵に回しても何ら問題は無い。


 中身の問題では無い、数の問題なのだ。

 日本は多数決の国。多いほうが強い。


 崎宮 雫がどれ程に優れていようとも、所詮は独り、何ら問題は無い。

 しかしそこは崎宮 雫。数が独りだろうが、中身は誰よりも優れている。そう簡単に引き下がらなかった。


「待て! 待ってくれ!」

 そう叫ぶが僕は止まらず、少し後ろを向いて答える。


「崎宮、それで待つのはお人好しのする事だ。残念ながら僕はお人好しじゃ無い。悪かったな」

 僕は構わず歩き続ける。


 さてイレギュラーなこともあったが、英語のノートも取り返せたし一件落着。さっさと家に戻ろう。

 そう話を完結させようとした僕だったが――――――――、

 それは天才超人たる崎宮 雫の手によって叶わなかった。



 崎宮 雫は歩き続けていた僕の肩を両手で掴むと、あろうことか、

「待てと言っているだろう!」

 

 ――――――そのまま、巴投げの要領で僕を宙に放り投げた。


「――――――っ!!」

 この体術捌き。さすがは崎宮 雫と言っておくべきところだが、やっている行動は馬鹿でも出来る力技だった。



 …………というかこの人、僕に待って貰うためにいちいち放り投げたの?

 …………天才らしく言葉で言い包めるとか、頭使ってくれよ。


 しかし、よく考えてみれば始めて人に投げられて宙に浮くなんて経験したな。

 はっはー! 僕浮いてる! 浮いてるよぅ!


 なんて思うのも束の間で地面に物凄い勢いで叩きつけられた僕は、そのまま死に掛けのゴキブリのごとく苦しむ羽目になった。

 そんな絶頂の苦しみ方をする僕をよそに、崎宮 雫が僕に近づいて来る。



「まあ、待て上尾。まだ話は終わって無いぞ?」

 その顔は無表情そのもの、苦痛で呻いている僕に対して憐憫とか哀れみとかそのような感情は一切見られない。


 ええ――――――っ!? 怖い! 怖いよ! 崎宮 雫! 何こいつ、完璧超人のくせしてこんな人間兵器並の恐ろしさも兼ね備えてたの!?


 と言うかこいつが僕の名前を知っていたというのも驚きなのだが。

 まあクラスメイトだから名前くらい知っているのが当たり前か。


 今の時期にクラスメイトの名前を大半覚えていない奴のほうが異常なのであって、こいつのほうが今は正常だ。

 とそんな考えを巡らしつつも、ようやく息を整えた僕は立ち上がり際にこう言い放つ。


「お前、こんな危険な攻撃を人にしておいて、よくもまあ話は終わってないだのと言えたもんだな! そんなこと僕が知ったことか」

 これだけ言って、勢いそのままに入り口へ向かう。こんな暴力女に付き合うのは僕じゃなくてもそうそう居ないだろう。



 だが、崎宮 雫の次なる行動は僕の想像を遥かに絶していた。

 先程同様僕の両肩を掴み――――――――なんとまたしても投げられた。

 ネクストフライである。

 はっはー! 僕飛んでる! 飛んでるよぅ!


 そんなヘブン状態も一瞬の出来事に、僕はまたも死に掛けのゴキブリに転生して地を這うことになった。


「上尾。まだ話は終わってないと言っている」

 とまあ同じような行動に同じような言葉を放つ崎宮 雫。



 …………頭おかしいとしか思えなかった。

 普通の奴なら一回目でちょっとやり過ぎたかな、とか自責の念さえ沸いてくるはずだ。

 しかし、こいつは二回目でさえも自責の念に捉われるどころか平然と僕に話しかけてくる。


 こんなの崎宮 雫は普通じゃなく天才だから、と言う話で片付けられる問題では無い。只の狂気でしかねぇよ。

 恐怖の化身、崎宮 雫の光臨だ。


「まあそこに座って話を聞け」

「…………はい」

 僕は仕方なく崎宮 雫の指示に従い、椅子に座る。



 こいつ…………僕が今、もう一度逃げていたならまたもあの巴投げもどきを使ったんだろうか。

 …………今も平然と僕の前に座っているこいつならやりかねん。

 しょうがないな、話だけでも聞こうじゃないか。


 …………別に僕がチキンだからじゃないよ? 僕はお人好しなんだ。話しくらい聞いてやるさ。


 などと少し前に言ったセリフ“僕はお人好しでは無い”という発言を平気で撤回する僕だった。

 男にも二言は存在するのさ。それはもうばっちりと。


「ではもう一度言おう…………、私と友達になってくれ」

「…………それだけどさ…………何で僕なんだ? 別に誰でも良いじゃないか」

「うむ……ええと……それは……上尾が……」

 何故か恥ずかしそうに口ごもる崎宮。そんな仕草が非常に可愛らしく見える。

 …………おいおい、何この展開。ま、まさかとは思うが…………好きだから、なんて言われたらどうしよう。友達がいないとは言え僕も思春期だ。そんな告白に対して悪い気はしないが、ただ付き合うとなると話は別だ。いや、しかし、でも…………、


「それは上尾に友達が居ないからだ」

「何? ケンカ売ってんの?」


 僕の三行に渡る恥ずかしい妄想分の慰謝料を支払わせたいところだったが、妄想したのは僕が勝手にやったことなので法廷まで行ったところで当たり前のように敗訴し、多額の弁護士料を払わせられるのが関の山だった。当然上告もしない。


「理由は上尾に友達が居ないからだ」

「何で二回言った!?」

「大事なことだからな」

「ケンカ売ってんだな、そうなんだな?」

「待て待て、そんなことは無い。私も友達が居ないのだから、ここでは恥ずべき要素にはならないぞ」

「その理屈は分かるが…………つまり何か? お前は僕に友達が居ないという理由で話しかけたのか?」

「そうだな」

 …………不名誉な理由だな、おい。



「友達が居ないというのは私にとって、とても話しかけやすいんだ。友達のいない私が馬鹿にされる要素が無くなるからな」

「なるほどな。でも分からないことがあるんだが」

「何だ? 言ってみろマイフレンド」

 …………既に僕の友達になった気でいやがる。


 まあ非常に不本意ではあるが取り敢えず置いといて僕の疑問を解決することにしよう。


「何だってお前は今まで友達が出来なかったんだ?」

 僕は自分から拒否したから友達が出来なかった。

 でもこいつは友達を欲している。


 僕が言うのも何だが、友達をつくるのってそう難しくは無いような…………。


「それが分からないんだ。私は話しかけたいのだが何となくクラスメイトから遠慮されているというか、拒絶されているようにも見える。何故だ?」


 …………なるほど。そういうことか。

 僕だけでなくやはり皆もこいつの何でもこなせる超人オーラを近寄りがたく感じ、気遅れを感じて拒絶していたようだな。


 ちなみに僕は今、こいつに二回ほど強烈な苦痛を味わされたことにより、そんな感情は既に無くなって軽蔑という別の感情にすり替わっているがな。

 理由も大体分かった僕だったが、崎宮は次に衝撃の言葉を僕に告げた。


「けれど私なりに努力はしてみたんだぞ? 皆に受け入れて貰えるために授業中では率先して先生の質問に答えるようにしたし、校内陸上競技大会もそうだ。私がクラスのために頑張ることで受け入れられるかも、と期待したのだが…………あれは一ヶ月も前から特訓をして頑張ったと言うのに…………」

「……………………………」



 現在時刻17:23。秒針が丁度12を指したところ。


 発覚した。発覚してしまった。

 なんてことだ。信じられん。



 崎宮 雫は馬鹿だった。

 一周回って超馬鹿だった。



 こいつ、自分から近寄り難い存在になってやがる。

 出来過ぎる奴は皆から孤立する。


 なのに、こいつ。自分から率先して孤立する要素を強めてやがる。

 それでも友達が出来る器用な奴はいるんだが…………。


 話をしようとするだけで暴力を振るいまくるこいつを見ていると器用とはとても言えない…………。


 むしろ不器用だ。超不器用だ。

 キング・オブ・ブキヨーだ。


 要は空回りする馬鹿だ。

 馬鹿と天才は紙一重ってことかな。



「そんな感じで何故か私は友達が出来ないんだ。頼む! 私と友達になってくれ!」

 一心不乱に僕に頭を下げる崎宮。


 …………まあ同情の余地が無いわけじゃない。

 正直、可哀相ですらあった。


 こんな感情を崎宮に抱くなんてな。ちょっと驚きだ。

 だが…………僕はブレなかった。


「僕は友達が欲しく無い。独りが好きなんだ。悪いがまあそういうことだ」


 少し酷だが、仕方無い。

 こんなことでブレる程の信念じゃ無い。

 この程度でブレる程の高校生活を過ごしてはいないんだ。


 僕はその場を離れ、教室のドアに手を掛けようとした。

 英語のノートを見つけた今、ここには用が無かったからな。既に僕にとってここは定位置では無い。

 理由が無い場所に独りの者は居られない。


 だが偶然的にというか必然的にというか――――――崎宮は違った。

 僕がドアに手を掛けた瞬間、その言葉は放たれた。



「上尾…………私は友達じゃ無い者に対してはどんな事をしても罪悪感には捉われないぞ?」

 そんなことを奴は言った。

 僕はこのあまりにも殺気を帯びた一言により停止。


 そして怖いもの見たさ、では無いが瞬間的に後ろを振り返る。

 そこには獲物を逃がしまいとする絶対的な捕食者の姿があった。

 “友達”を逃しまいとする崎宮がギラギラと目を光らせていた。


「私は“友達”に攻撃したくないんだ」

 知っていた。知っていて気づかないフリをしていた。 


 淡々とセリフを読み上げる崎宮に対して僕は先刻、巴投げもどきで受けた傷がズキズキと痛む。

 あの時、崎宮が巴投げをしたのはおそらく僕がまだ“友達”では無かったからだ。

 そして、その時、崎宮は罪悪感など微塵にも抱いてはいないようだった。 


 このことから察するに崎宮の言っていることは虚勢でもハッタリでも無くまぎれも無い事実。

 この圧倒的な威圧感。恐怖と言う言葉で括るのもおこがましい。端的に言って鳥肌ものだ。そして崎宮は殺し文句とも言える一言を僕に対して告げる。



「上尾、私と“友達”になってくれるな?」



 …………何この恐ろしい交渉術。少ない言葉と先程の自分の行動を武器にして徹底的に僕を追い詰めてくる。

 やはりそこは崎宮。馬鹿だろうが不器用だろうが天才には違いなかった。


 …………しかし、それしてもこいつ…………本当に友達が欲しいのだろうか?

 崎宮に受けた傷を擦りながらこう思う。



 こいつ、絶対的な服従をする奴隷が欲しいんじゃないのか?

 とは思ったものの、口には出したら何をされるか分かったものでは無いので回答に対して素直に首を縦に振る。


 人間は基本的に恐怖に対して忠実だ。そして僕も立派な人間の端くれ、恐怖に対しては従順だ。

 …………決して、決して僕がチキンだからでは無い。


 さて、そんな僕の回答に対して満足したのか笑みを浮かべた崎宮は、

「そうかそうか。色好い返事、とても感謝するぞ。では上尾、これから私達は友達だ」

 とそんなことを述べる。実に清々しい笑顔で、だ。


「…………まあ僕達が“友達”になるというのは分かったが…………本当にそれだけで良いのか? 何か口約束すぎる気が…………」

 これから友達だ、とか言われてもな…………何処か釈然としない。


「うむ。そうだな……じゃあこうしよう。君の顔に“僕は崎宮 雫の友達です”と書く」

「何の罰ゲームだそれは!」

「ん? 私もちゃんと書くぞ?」

「羞恥心の欠片も無いな!」

「何だ、さては言葉が嫌なのか? では…………“僕は崎宮 雫のものです”はどうだ?」

「僕の顔に文字が書かれることが嫌なんだよ! それにその言葉は何処か性的な匂いがするぞ」

 そんな言葉が顔に書かれた状態で外に出たら間違いなく職務質問にあうこと請け合いだ。

 何プレイだよ? それ。


「じゃあ結婚するときには婚姻届を出すだろう? そのようにして私達も友達届をつくろう」

「それは役所のどの部署に行けば受け取ってもらえるんだ」

 発想が突飛過ぎる。


「では友達の契約を結んでみる」

「…………何か嫌な雰囲気の漂う友達関係になりそうだな」

「合言葉は“お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの”」

「ジャイアニズム!?」

 やっぱりお前、奴隷が欲しいだけだろ!


「それは半分くらい冗談だとして」

「全部であって欲しかった…………ちなみに何処が冗談なんだ?」

「俺のものは俺のもの、がだな」

「結局僕のものはお前のものなの!?」

「ちなみに“俺のものは神のもの”だ」

「神!? スケールでかっ!」

 ていうことは結局僕のものも神のものにならないか!?


 …………この契約でいくとするならば神の懐がどんどん膨れていくシステムになる。

 ある意味宗教に近いだろ、そんなのは。


「ふむ。友達というのも考えてみると案外難しいものだな」

「…………お前が難しくしているだけだ」

 というかお前のせいで僕も“友達”という概念が分からなくなってきたよ。


「まあこれは後々考えていくことにして…………。上尾、本当はこれから一緒に帰りたいところなのだが私はこれから急ぎの用があって先に失礼しなければならない。ではまた明日、学校で会おう」

 崎宮はそう言うとカバンを持って早足で教室を出て行った。



 現在時刻は19:27。秒針が6を越えたあたり。

 ようやく解放されたとはいえ、面倒なことになってきた。


 崎宮が僕の“友達”ねぇ…………。


 考えもしなかった。いや考えるという発想がまず無かった。

 元々友達など必要無いというスタンスでいた僕に誰かが友達になるというだけでも驚きなのに、ましてや崎宮が友達になるなんて考えるわけも無い。



 一人教室に残された僕はそんなことを考えていたが、やがてそんな場合では無いことに気づいた。

 気づけば辺りはすっかり暗くなって、下校時刻なんてとっくに過ぎている。


 教師に発見でもされたらどんな説教を受けるか分かったものじゃない。



 僕は教室の施錠をしっかりと確認した後、家路へと急いだ。

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