厄日
俺には一つ年下の後輩が存在する。
学園アイドルである由利村さんには遠く及ばないものの、実は俺の知らないところで密かに男子生徒から人気を集めていた俺の後輩。本人ですら知らないことだったらしいが、個人的に何故か納得がいかなかった。
もうすぐ夏休みが迫って来た今日この頃。只でさえ熱気が出てきて熱くなって来ているのに、俺の周りには数人のクラスメイト達が集まっていた。
「聞いたよ〜ツム君。なんか最近噂になってるらしいね」
噂とは即ち、冷静さを欠いた俺が仕出かしてしまったあの出来事のことを指す。ヒノちゃんがバスケ部キャプテンの野村先輩に呼び出され、逆ギレで殴られ掛けたところに助けに入ったあの日のことを。
後日、野村先輩は本当にヒノちゃんの前に顔を出さなくなった。その代わりに、またヒノちゃんの下駄箱に置き手紙を出したようで、ヒノちゃん曰く、その文章には謝罪の言葉が書き綴られていたらしい。
逆ギレをして申し訳ない。殴ろうとしてごめんなさい。俺はもう君の前には現れない。そして、俺を殴った彼にも謝っておいて欲しいと。それはもう反省の色ばかりを醸し出していたらしい。
そしてその出来事は、俺の知らない何者かの手によって噂として広められた。最初はミノちゃんの仕業かも思って追求したのだが、どれだけ問い質してもミノちゃんは首を横に振っていた。
今もその犯人は突き止められておらず、結局犯人探しは諦めることにした。だが噂は一向に広まる一方で、現在は全校生徒が知っていて当然の出来事となっていた。
その結果、俺はクラスメイトから注目を浴びる存在の一人となってしまった。男女問わずに、今もこうして俺の周りに集まってきているわけだ。
慕ってくれるのは正直に言って嬉しいことだ。俺は人の目を凄い気にする人なので、こうして好印象を持たれるのは願っても無い話だ。
ただ……こうも注目を浴び続けてしまうと、こそばゆいというか、どうにも気持ちが落ち着かない。どちらかと言えば静かな空気を好む俺にとっては、この状況は未だに慣れる気配が感じられない。ずっとこうなのかと思うと頭が痛くなるくらいだ。
「堂々と女の子を助けに入るなんて、滅多にできることじゃないよ。しかも相手は先輩だったんでしょ?」
「流石は我が非モテ同盟の同志。俺はお前ができる奴だと最初から分かっていたぜ。これで俺達非モテの評判も上がる可能性が大だ。いやぁ、ツム君様々だぜ」
「いや、あの、大したことじゃないからさ? もう止めないこの話? 既に終わったことなんだからさ」
男女問わずにべた褒めされて、ヒノちゃんに弄られている時とはまた違った恥ずかしさを覚える。あの出来事だけでこうも印象って変わるものなのか?
ちなみに俺と相反して野村先輩は、元々女生徒から人気が高い人だったらしいのだが、例の噂によってその人気は大暴落。最近は先輩自ら非モテ同盟の一員に入ったと聞いた。自業自得なのだろうが、俺的には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
思いっ切り殴り飛ばしちゃったし、形としては野村先輩の人気をそのまま俺が奪ったみたいな感じになっちゃってるし、一体どうしたらこの勢いは止まってくれるのだろうか? こんな経験初めてだからどうしたらいいかさっぱり分からない。
「決め台詞を決定打に野村先輩を追い払ったって聞いたけど、一体何言ったんだツム君? 俺の女に気安く触れるなぁ! みたいな感じ?」
「いや違うから。あの娘はただの後輩だし、決め台詞なんて言ってないから。何もかも嘘っぱちだから」
「全部嘘ってことはないでしょ? 何だったっけな……この娘の笑顔を枯らすんじゃねぇ! だったっけ?」
「……ノ、ノーコメント」
「あははっ、隠し事しても顔に出るって話は本当だったんだね。格好良いこと言うじゃんツム君〜」
あぁぁぁ!! もう勘弁してくれ! 俺の心は既に羞恥心でいっぱいなんだよ! 既にキャリーオーバーしてるんだよ! 俺を褒めても何も得しないはずなのに、どうして皆はこう良い人達ばっかなの!? もしかして俺って周りから恵まれていたのか!?
これじゃ落ち着いて昼ご飯も食べられない。ヒノちゃんも教室に来る気配が無いし、これ以上ここにいたら良い意味でだけどジリ貧だ。
皆には悪いが……ここはお得意の逃走術を使わせてもらう!
「あっ、逃げた!」
「追え追え〜! ツム君は弄れば弄るほど面白くなるらしいから、皆で捕らえて問い詰めようぜ〜!」
いらん情報まで流出しやがって! どいつもこいつもSっ気強い奴ばっかか! 犯人が分かったら絶対そいつを酷い目に合わせてやる!
俺を取り囲んでいたクラスメイト達が追ってくるが、あの程度のスピードならば巻いて逃げることは容易い。一度逃げれば俺の右に出る者は誰一人としていないのだ。例え相手が、短距離走専門の陸上部員であったとしても。
追っ手との距離が結構離れたところで、俺は空かさず空き教室に避難した。一応教卓の下に隠れてしばらく待つと、何者かによって教室のドアが開けられた。
「ん〜、見失っちゃったか〜。足が速いというのも本当だったんだ〜」
しかしすぐにドアが閉められて、クラスメイトの一人であろう人物は教室から離れていった。念のために隠れておいてよかった。
「やれやれ……皆も暇人だな」
「わっ!!」
「ぎゃぁ!?」
教卓から出て無意識にドアを見つめた瞬間、すぐ後ろから大きな声が聞こえて身体が跳ね上がった。その直後にバランスを崩して前に倒れてしまい、肘を打ってしまった。
「おぉぉぉ……痛ぇぇぇ……」
「あははははっ! 凄い反応しましたね今。大丈夫ですか?」
楽しそうに笑って俺に手を差し伸べてきた人物。今日もサラッサラな長い黒髪を靡かせていて、ニヤニヤ顔がよく似合うタレ目をしている。その正体はご存知の通り、俺の後輩であるヒノちゃんだった。
差し伸べられた手を握って立ち上がり、肘を摩りながらジト目でヒノちゃんを睨み付ける。
「何処からでも現れるな君は……。なんでこんな場所に?」
「ツム君と同じですよ。私も質問攻めにあっていたので、こうして人気の少ないところに避難してたんです。そしたら急にまた騒がしくなってカーテンの中に隠れていたんですが、まさかのツム君が避難して来たじゃないですか。しかも私に気付いていなかったので、これは脅かすしかない! と思いました」
「なるほど。でも最後のは余計だよね? 普通に出てきてくれて構わないところだよね?」
「それじゃツム君の面白い顔や反応が見られないじゃないですか。つまらないですよそれじゃ」
「つまらなくていいんだよ! 何でもかんでも俺に笑いを求めるんじゃありません!」
「ぷくくっ……無理です(にっこり)」
「うぅん、良い顔だなぁ! 許さないけどね!?」
やっと皆から逃げられたと思ったのに、今度はヒノちゃんから定番弄りに合う始末。もうこの場所に俺の安らぎは存在しないというのか? 世智辛い世の中よ……。
「そういえばツム君。噂を広めた犯人は見つかりましたか?」
「それが全然なんだよ。ミノちゃんや由利村さんも手伝ってくれてるんだけど、一向に手掛かりが掴めなくてさ。参っちゃったよホントに」
「そうですか。でもその話なんですけどねツム君。私、実は心当たりがある人物が一人いるんですけど、私が考えた仮説を加えて聞いてもらえますか?」
「え? ホントに? 聞く聞く」
こういう時のヒノちゃんは実に頼もしい。俺が思っているより勘が鋭いし、洞察力に長けている。それに頭脳も明晰だし、少しだけ嫉妬してしまうくらいだ。
お互いに空いた席に座って向かい合わせになり、俺はヒノちゃんの話を聞く態勢を作った。
「まずは思い当たる人物から話しますが……私の読みだと、その人は生徒会の人だという可能性が高いと思うんです」
「生徒会……それは何故?」
「はい。それが私の考えた仮説に繋がるんです。あの出来事からまだ日が浅いはずなのに、噂はこうして学校全体に広まっている。いくらなんでも噂が広まるのが早過ぎると思うんですよ。だからこの一件には、学校中に顔が効く人物の根回しがあると思うんです」
なるほど、確かにヒノちゃんの言う通りかもしれない。そう考えると、一番可能性が高い人物が必然的に生徒会の誰かになるってわけか。流石はヒノちゃんだ。目を付けるべき着眼点をいち早く理解してる。
「それで生徒会の人達の詳細を調べてみたんですが……どうやら噂を広めた確率がもっとも高いのは、生徒会長さんみたいなんです」
「よりにも寄って生徒会長かよ……」
この学校の生徒会長……全校集会で何度か見たことがあるから、顔くらいは俺でもハッキリと分かる。でもあくまで第一印象を見た視点からだけど、そんな破天荒なことをするような人には見えなかったけどなぁ。
「……今ツム君が考えていることを当ててみせましょうか。ズバリ、生徒会長さんはそんな人には見えなかった、ですね?」
「……また顔に出てた?」
「ぷくくっ……半分はそうですね。もう半分は私の勘です」
恐るべき観察眼と鋭い勘。相手が俺限定だと、ヒノちゃんはエスパーになれるかもしれない。全く需要のない能力だけど。
「私も最初はそう思っていたんですが、実はそうじゃなかったんです。むしろあの人は賑やかと言いますか、お祭り騒ぎな状況を好む性分の持ち主らしいんです。えっと、確か名前は――」
「夜兎神祭だ」
「んっ!?」
何処からともなく声が聞こえたと思いきや、突如天井の一部分に大きな穴が空いた。天井のパネルが下に落ちた際に大きな音が鳴り、そのすぐ後に謎の人物が華麗な身のこなしで天井裏から飛び降りてきた。
スラリと伸びた綺麗な白髪。凛とした雰囲気を思わせるキリッとした顔立ち。その姿は正しく、生徒会長に相応しいオーラを纏っているかのように見えた。
……ただ、天井裏にいたせいか、制服や髪の毛に沢山の塵や埃が付いていた。凛とした雰囲気が全て台無しだ。
一目見て分かった。絶対変人の類いだこの人。
「見事な洞察力だ天城陽乃。それに女の勘も鋭いとは、非の打ち所がない人間と見受ける。一体君は何者なんだね?」
「私は……ぷくくっ……今ここにいる、頼り甲斐のあるお人好しな先輩の後輩です」
「お、おぉう……」
頼り甲斐のあるって……べ、別に嬉しいとか思ってないし! ヒノちゃんに褒められたところで何も感じないし! ホントだぞ? ホントだからなぁ!?
……誰に言い訳してるんだろう。
「ほぅ……君が例の噂の……」
すると生徒会長が、制服と髪の毛についた汚れを振り払いながら俺の方に近付いて来た。思わず俺は身構えたが、謎の威圧感のせいで後ろに下がることができなかった。
俺のすぐ目の前で立ち止まったと思いきや、ずいっと身を乗り出してきて、顔を思い切り近付けてきた。顔が目と鼻の先の距離まで近付いてきたところで、俺は思わず目を奪われてしまった。
「…………うむ、綺麗な瞳だ。きっと君は彼女が言っていた通り、清い心の持ち主なのだろう。それに、実に可愛い顔だな」
生徒会長はニッコリと人懐っこい笑みを浮かべると、俺の頭をよしよしと撫でてきた。きっと今の俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
「フフフッ、本当に可愛い少年だ。私にもこんな弟がいたら良かったのだがな。一人っ子とは存外寂しいものだ」
「は、はぁ……」
俺から離れて窓際の方に移動して背を預ける。いやいや、何者だと聞きたいのはこっちだよ。
「貴女が生徒会長……で、間違いないですよね?」
「その通りだ。それと私のことは生徒会長ではなく、祭姉、祭姉さん、祭姉ちゃん、祭お姉ちゃんのどれかで呼んでくれたまえ」
うわぁ、親近感を覚えるなぁこの人。ノリがどっかの妹に似通ってるような気がしてならない。
「ハァ……だったら聞かせてもらいますよ祭姉。俺達のあの噂を広めたのは貴女ですか?」
「……可愛い過ぎるな君は。いっそ本当に私の弟にならないか?」
「聞け! 話を!」
余程そのあだ名で呼ばれたのが嬉しかったのか、凛々しさとは縁遠い子供のような眼差しを向けてきた。これがギャップ萌えというやつか……。良いなこれ。
「ふふっ、ツム君は本当に優しいですね。普通の人ならまず呼ばないのに、初対面でありながら姉と呼んでいるんですから」
「べ、別に優しくないって。ただその……一時期姉ちゃんか兄ちゃんが欲しいと思ってた時期があったからさ。それが影響したといいますか……」
「なるほどなるほど。それならば安心したまえ天川紡……いや、ツム君。今日から私は君の姉だ!」
「落ち着いて祭姉さん。ちょっとついて行けないですそのテンション」
いちいちポーズを取るものだから、俺より思考回路が子供なんじゃないかと思えてしまう。第一印象が今とは全く違う感じだったから、この有り様は完全に予想外だった。
生徒会長こと祭姉は、俺の言う事を素直に聞き入れて大人しくなり、こほんと一度咳を立てたところで会話を仕切り直した。
「すまない、少々取り乱してしまったようだ。話を元に戻すが、ツム君の言ったことは真実だ。君達の出来事は私が広めさせてもらった」
「やっぱりそうだったんですね。でも何でこんなことをしたんですか?」
「むっ、その言い方から察するに、君達に迷惑を掛けてしまったのだろうか? だとしたら申し訳ないと謝るが……」
「いえいえ、別にそういうわけではありません。少なくとも私はそこまで気にしてないですから」
相変わらず懐の広い女の子だ。俺は正直迷惑だと思っていたけど、目上の人で、しかも人が良さそうな人に頭を下げさせるのは気が引ける。ここは敢えて何も言わないでおこう。
「で、結局のところ、噂を広めた目的というのは何なんですかね? ただの悪ふざけ……というわけじゃないとは思いますけど」
「うむ。それなんだが……この学校の生徒会長の身として、私はとあるモットーを胸に活動をしているのだ」
「はぁ……そのモットーとは?」
「ズバリ、お祭り騒ぎな学園作りだ。学校には体育祭や文化祭という大イベントが目白押しではあるが、それは一定期間だけの話。またすぐにその熱は冷め、生徒達は普通の日常に戻ってしまう。私はそういった平凡な流れを払拭したいと思っているわけだ」
つまりこの人は、静寂が絶えることなく続く活気を見出し、毎日学校をお祭り騒ぎにしたいというわけだ。
見た目に相反して子供みたいな思考してるなぁ。さっきからギャップ凄すぎだろこの人。でもこういう飛び抜けた思惑を抱けるからこそ、生徒会長という器に相応しいのかもしれない。堅物な人よりは、この人みたいな人物の方が相応しいと俺も思う。
「そのため私は毎日欠かすことなく、校内に蔓延る情報を採取していたのだが……そこで出てきたのが君達の一件だ。私も噂でしか聞いていないのだが、何でも普段は大人しい君が、後輩のために男を殴り飛ばした……と。それは事実なのだろう?」
「はい、そうです。私が殴られ掛けたところにツム君が助けに来てくれたんです」
本人から口に出されると恥ずかし過ぎる。今思うと、あの時の俺はマジでどうかしていた。なんであんなに動揺したり怒ったりしてたのか不思議でならない。俺にとってあの出来事は既に黒歴史認定済みだ。
だからもうあまり触れて欲しくないことなんだが……どうもこの人がそうさせてくれないようだ。興味津々な様子で目を光らせているものだから、拒みたくとも拒めないもどかしさを感じてしまう。
そんな顔されたら、こっちも断るに断れないじゃないか。ずるいなぁ女の子って。
「一見漫画のような熱い展開に私は胸打たれてしまってな。気付けば生徒会の諸君らを総動員させ、噂を広めていたよ。それでどうだろうか? 何か君達の周りで変化はあっただろうか?」
「変化も何も、転校生がやって来た時の恒例行事みたいな目に遭いましたよ。後から後から質問されて、挙げ句の果てにはべた褒めされて、それはもう気が気じゃなかったですけど……」
「良かったじゃないですか。これでツム君もモテモテですね」
「良くないよ!? 別にモテたいと思ったことないから!」
俺の周りは二言目にはモテたいモテたいとボヤいている連中ばかりだけど、俺自身がそういうことを思ったことがない。別にモテなくても今が楽しいと思えているからだ。
それに正直言うと、女の子からそういう目で見られるようになるのが……恥ずかしい。ヒノちゃんや由利村さんの二人はキッカケがあったらから友達になることができたけれど、普通なら女の子に対して「友達になってください!」なんて言えるわけない。
なので強いて言うならば、俺はモテ要素よりも免疫が欲しい。女の子を前にしても照れたり恥ずかしがったりしない免疫が。それさえ貰えるのであれば、俺はもうそれで充分満足だ。
「はっはっはっ! 日本男児にしては欲のないことを言う。本当はモテたい願望があるのだろう?」
「いや無いですから。全然全く無いですから」
「といいつつモテたいんですよね? 女の子達からチヤホヤされたいんですよね?」
「されたくないから。そういうのは求めてないから」
「ぷくくっ……からの〜?」
「あぁもう鬱陶しい! 無いったら無いってんでしょーが!」
ミノちゃん代わりに祭姉がニヤニヤと笑い、ヒノちゃんも無論ニヤニヤと俺を見ながら笑ってくる。俺も俺だが、ヒノちゃんもヒノちゃんで既に仲良くなってんじゃん。俺と違ってコミュニケーション力が高い娘だから当然かもしれないけど。
二人に呆れた視線を向けていると、不意にヒノちゃんがこっそりと耳打ちをして来た。一瞬顔を近付けられてビクッとしてしまったが、すぐに平常心に戻った。
「そういえばツム君、会長さんと初対面のはずなのに、恥ずかしがる様子を見せなかったですよね。顔を近付けてられていた時は流石に反応してましたけど、何でですか?」
「いや、何故と言われても……」
でも確かにそうだ。普段の俺ならまともに喋ることができずに、何度も言葉を噛んで喋っているところだ。
一体何故なのか……と悩みはしたものの、案外答えはすぐに出てきた。
「多分アレかな。この人の雰囲気が何処と無くミノちゃんに似てたからだと思う。悪戯好きというか盛り上げ好きというか、無邪気なところがそっくりそのままな感じがするんだよね」
「なるほど、確かにそうかもしれませんね。だからお姉さんと呼ぶことにも戸惑わなかったということですか」
「いや、あれはただの悪ふざけだったんだけど……」
そう呼んだらあそこまで喜んでくれたものだから、後に引けなくなっただけだ。それに話し易い女の人という存在は俺にとって貴重な存在だし、できたらこの人とは仲良くなりたいと思った。
「こうしてツム君は少しずつ女の子の友達を作り、最後には自分だけのハーレムを作るんですね」
「うん、誰が言ったそんなこと? 俺にそんな野望はありません!」
「ぷくくっ……照れなくとも大丈夫です。私はちゃんとその傘下に入ってあげますから」
「いらん気遣いだ! 同情にまみれたハーレムって何!? 虚しさしかないよそれ!」
想像するだけで酷い絵面だ。俺の野郎友達ならプライドを捨てて喜ぶだろうが、俺は涙しか出てこない自信がある。
「なるほど。そこで慰めるのが私の出番というわけだな?」
「その通りです会長さん。落ち込むツム君を慰めることにより、会長さんの好感度は大きく上がります。もしそうなったとしたら、ツム君が本当の弟になってくれるかもしれませんよ?」
「よし……やろう!」
「やりません! やるなら別の人で代用してください!」
「うぅむ……それでは意味がないのだ。ならば諦めるしかあるまい」
本気で俺の噂を広めるような人だから、ここで否定しておかないと本当に実行しかねない。もしかしたらこの人はヒノちゃんやミノちゃんよりも厄介者なのかもしれない。
……知り合いになって良かったんだろうか俺。なんか後が怖くなってきたような。
「ツム君は清純ですね。愛する人は一人で充分ということですか?」
「当たり前でしょーが。浮気なんて以ての外だ。ヒノちゃんだってそう思うだろ?」
「ふふっ、そうですね。私もできることなら、今好きな人と付き合っていきたいです」
「…………そう」
そう言えばすっかり忘れていた。実はヒノちゃんって好きな人がいるんだっけ……。
いや……いやいや違う違う。別に気になんてなってないし。少しも落ち込んだりしてないし。これはヒノちゃん自身のことなんだから、俺が関与する筋合いなんてないし。勝手に恋愛して、勝手にお付き合いして、勝手に結婚してればいいさ。
……何故か深い溜息が出た。
「……気になりますか?」
「え? な、何が?」
「私の好きな人です。気になりますか?」
「えっ……いや……べ、別に……」
「……ぷくくっ」
なんだよその笑み! そこで笑う意味が分からない!
「ほぅ……そういうことか。これはまた面白い」
何を納得したのか、祭姉は満足げな笑みを浮かべながら俺達のやり取りを黙って見ていた。傍観者気取りですか。良い御身分なことで……。
「顔に出てますよツム君。本当は気になってるんじゃありませんか?」
「い、言い掛かりだし! 別に気にならねーし!」
「本当ですか?」
「本当です!」
「事実ですか?」
「事実です!」
「嘘ですか?」
「嘘です!……あ゛っ」
野郎、話術の流れでハメやがった! またそうやって俺を弄ぶ!
「嘘じゃないですか。私はツム君に嘘ついたことないのに、ツム君は私に嘘をつくんですね」
「うっ!?」
「ツム君がそんな人だったなんて……ちょっとショックですね。私はツム君のことを信用も信頼もしていたんですが……」
「うぅっ!?」
急にシュンとなって俺に背を向けるヒノちゃん。
む、胸が痛い! 頭も痛い! 演技だという可能性が大きいはずだと分かっているのに、演技じゃない可能性のことを考えると罪悪感に押し潰されそうだ!
額や手から汗が滲み出てきた。焦るな焦るな! まだ取り返しはつくんだ! ここで希望を捨てるんじゃない天川紡!
「ち、違うんだってヒノちゃん! 俺は俺なりに気遣いをと思ったというか、そういうことを聞くのはデリカシーに欠けるというか……」
「…………」
全く反応してくれない。チラリと祭姉の方を見ると、俺の様子を面白そうにニヤニヤしながら見ている。くそっ、人の苦労も知らないで!
「…………くくっ……アハハハハッ!」
祭姉に救いの手を求められず、再び俺がおどおどし出した後、ヒノちゃんが肩をぷるぷると震わせて吹き出すように笑い声を上げた。
やっぱり演技だった。俺を騙し、欺き、弄ぶ。タチの悪さが三拍子揃った偽りの演技だった。今のはイラッときたぞこの野郎!
「ぷくくっ……本当に純粋ですねツム君は。いい加減私の冗談に慣れてくださいよ」
「慣れるわけないでしょーが! 冗談じゃない可能性があるから怖いんだよこっちは!」
「大丈夫ですよ。基本私はツム君に冗談しか言いませんから。恐れる必要はないです」
「それはそれで嫌だよ! もっと普通に接してくれよ!」
「普通? その普通とはなんですか? 具体的に教えてください」
「へっ? そ、それは勿論あれだよ。先輩と後輩の節度を守るみたいな……」
「私は守ってるつもりですよ? ちゃんと敬語も使ってるじゃないですか」
「いやそれはそうだけど……俺が言いたいのはね? もう少し俺を弄ることを自重して――」
「それで会長さん。貴女の理想は分かったんですが、これからは一体何をしていくつもりなんですか?」
「……聞けよぉ」
これを言おうとするとすぐこれだ。ズルい、ズルいよヒノちゃん!
「む? もう良いのだろうか? 私としてはもう少し君達のやり取りを見ていたかったのだが」
「ぷくくっ……これ以上ツム君を弄ると拗ねてしまうので、それはまた次の機会にしてください」
完全に子供扱いされている。しかも年下の女の子に。こんな屈辱が他にあるだろうか? 少なくとも俺にはない!
「今後の方針……か。実はまだ良いアイデアを思い付いていなくてな。出来立てホヤホヤの君達の噂に着手したのがその証拠だ。盛り上がりを保ちたいと口で言うのは簡単だが、実現するのは中々難儀な問題なのだよ。言うは易く行うは難しとは上手く言ったものだ……」
生徒会長というのも大変だな。こうして自分がやりたい学園作りをするのは面白そうだけれど、他にも色々と取り組まなくてはいけない仕事もあるだろうし、客観的に見ても忙しい身なんだろうということが伝わってくる。
「……会長さん。私に一つ良い案がありますよ。上手くいくかどうかは分からないですけど」
「何? それは是非とも聞かせて欲しい。生徒達からの要望に応えるのが生徒会だからな。聞ける意見は聞けるだけ聞いておきたい」
「なら少しだけお耳を拝借させて頂いても良いですか?」
「うむ、構わんぞ」
そう言うとヒノちゃんは祭姉の隣まで移動して、こそこそと耳打ちして何かを伝えた。
祭姉はこくこくと頷き、全てを聞き終えたところでニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。どうやらヒノちゃんのアイデアに何か良いものを感じたらしい。
「それはまた実に興味深いな。是非君から手配してくれると助かる。無論、他の用意は全て私が手配しておこう。できれば早速明日から取り掛かりたいのだが……」
「分かりました。私から話を通しておきます。きっと喜んで引き受けてくれると思うので、断られる心配はしなくても大丈夫です」
「うむ、承知した。では私は今から取り掛かるとしよう。近いうちにまた会おう、興味深い諸君らよ」
今決めたことだというのに、祭姉……会長さんはもう行動に移すようで、そそくさと教室から出て行った。忙しないというか何というか、まるで台風のような人だったな。
「それではツム君。そろそろ昼休みも終わってしまいますし、用もできたので私も失礼しますね」
「ちょ、ちょっと待ってヒノちゃん。一体あの人に何話したの? まさかまた俺を弄るような良からぬ案を……?」
「ぷくくっ……安心してください。ツム君は関係していませんから。でも無関係とは言えないかもしれませんね」
「ど、どういうこと?」
「ぷくくっ……それは明日のお楽しみです。それではまた放課後に」
そうして会長さんに続き、頭を下げた後にヒノちゃんも退出していった。ぽつんと一人残された俺は頭の上に疑問符を浮かべながら、二人が去って行ったドアを見つめていた。
〜※〜
翌日。今日も長い授業の前半戦が終わり、やっと昼休みに突入した。
「ツム君、一緒にお弁当食べよ〜」
「あっ、俺も俺も」
「え? お、おぉう……」
昨日に続いて相変わらず俺の評判の熱は冷めてくれず、男女問わずにまた数人のクラスメイト達がやって来た。逃げようにも逃げられず、あっという間に机を繋がれてしまった。
まいったな。基本食事は一人で食べるのが主流だったから、こうして大人数で食べるのはどうにも抵抗を感じる。いつかは慣れるだろうけど、その前に皆の熱が冷めるのが先だろう。その時までは皆の好きにさせておこう。
うん、なんか偉そうだな俺。一体何様のつもりだ? カースト制度の底辺にいる一般市民の分際で、調子付くんじゃない。
リュックの中から弁当箱を取り出し、中身を開ける。今日もミノちゃん特製のおかずがてんやわんやだった。どれもこれも美味しそうだ。
……いや、一品だけ明らかにおかしい物があった。あいつまた下手物作りしやがったな? 常々止めろと言っているのに、どうしてまたこういうものを作る気になるのやら。
「妹さんが作ってくれてるんだよね? 上手だよね料理。私はいつもコンビニのパンかお弁当だから、どうしても食事が偏っちゃうんだよね〜」
「へぇ……そ、そうなんだ」
ナチュラルに右隣の女の子に話し掛けられた。全然食事に集中できない。ぱくりと一口卵焼きを食べたのに、いつもの甘味が殆ど感じられなかった。
まずいな。野郎連中となら稀に昼ご飯を食べたことはあったけど、その輪の中に数人の女の子が乱入しただけで、かなり空気が違ってくる。こういう時にヒノちゃんやミノちゃんがいてくれたらなぁ……。
「ツム君、なんか一品だけ凄そうなの入ってね? もしや、あまりお目に掛かれない珍味だったり?」
「……気になるなら食べていいよこれ」
「おっ? マジで? それじゃ遠慮なく頂くわ!」
正面に座る野郎友達が、俺の弁当から例のアレを持って行った。どうやら処分の手間が省けてくれたようだ。
「あっ、良いなぁ。ツム君、私にも何かしらのお恵みを!」
「へっ? え、えっと……なら何でも好きな物を……」
「ホント!? 懐広いね〜ツム君。それじゃ私も遠慮無く!」
そうして今度はレモンペッパーに塗した唐揚げを一つ抜かれた。それ最後まで取っておきたいお品だったのに……今日の夜にまた作って貰おう。
「それじゃ頂きま――」
『全校生徒の皆さんご機嫌Yoooo!! 今一体何食べてるぅ!? クリームパン!? メロンパン!? それとも王道コッペパン!? しかし私は敢えて言おう!! 飯は買わずに自分で作ってみろってなぁ!! Hoooo!!」
お気に入りの唐揚げが食べられようとした瞬間だった。各教室に設置されている放送用の機械から、突然キチガチなテンションの声が響き渡った。
しかもこの声には誰よりも聞き覚えがある。これは他の誰でもない、我が妹であるミノちゃんだ。一体何してんだあの馬鹿?
『あっ? 駄目? 今のは流石にうるさすぎ? もう少しテンション下げろと? いやぁ、こういうの初めてだからぶっ込んでやろうと意気込んでたけど、中々難しいものなんだねぇ』
他にも誰かいるようで、内情の会話も全て筒抜けだった。放送も何もあったもんじゃない。
……まてよ。そういえば昨日、会長さんが今日から早速取り組みに取り掛かるって言ってたっけか。それってまさかこれのこと? ヒノちゃんが話を通すと言っていた人ってミノちゃんだったの? 俺にも少し繋がっているようなことをヒノちゃんが言っていたけど、それはこういうことだったのか。
昼休みの時間を借りて放送局的なことをする。恐らくそれがヒノちゃんのアイデアだったというわけだ。ミノちゃんが関わっているんだし、それ以外に考えられない。突拍子もないことをまた始めて……嫌な予感しかしないぞこれ。
『それでは始めましょう! 今日から急に決まった学校恒例番組! ミノちゃんの学園ラジオエブリディ! 略してミノラジの始まりだぜぇ! 盛り上がってくれよ皆ぁ〜!!』
「何々? なんか面白そうなのが始まったけど?」
「お、おい! こいつ脈が動いてないぞ!? 大丈夫なのかこれ!?」
教室内にどよめきが起こり、約一名は俺の間接的な配慮で死に掛けていた……が、誰もそいつのことには目もくれず、放送機材に注目していた。
「この声って……確かツム君の妹さんじゃなかったっけ? 妹さんって実はこんなキャラだったの?」
「あぁ……うん……なんかごめんなさい」
「いやいや謝ることはないよ? ただ面白い娘だなぁって思っただけだからさ」
ついに妹の詳細まで割れてしまったか……。兄として恥ずかしいよ! なんてことしてくれたんだあいつ! これじゃまた余計に目立つだろうが! しかも変な方向性で!
『このラジオのパーソナリティーは私こと、ミノちゃんと!』
『生徒会長の夜兎神祭でお送りさせて頂く! 生徒の諸君! 今日は記念すべき第一回の放送だ! 是非耳を傾けていてくれたまえ!』
「生徒会長? あの異様に破天荒な? あの人ならやりかねないことだなぁ」
やっぱりあの人も絡んで来たか。周りの皆も納得しているようで、少々呆れながらも笑っていた。願わくは聞いてるだけで疲れるような放送だけはしないで欲しい。
『ではでは、まず最初にこのラジオの説明だけど……実はコーナーとかさっぱり何も考えていないんだなぁこれが! ニャッハッハッハッハッ!!』
思わず机に頭をぶつけてしまった。
これだけのことをしておいてノープラン? 馬鹿なの? あいつ馬鹿なの? 会長さんもなんでこれを通したんだよ?
『なので〜、これはあれですね〜。私の気分によって趣向をあっちゃこっちゃ変えていくので〜、そこのところ理解しながら聞いてくださ〜い。でもまぁ? こういう昼休み放送って基本聞き流されて終わりだよねぇ。もっと酷ければ、放送していたことすら知らなかったとか言われそうだよねぇ』
「ぷぷっ……元も子もないこと言ってるね」
「全くだよ! やる気あるのか無いのかはっきりしろよ!」
「おっ、ツム君にスイッチ入った」
初っ端から聞いてるだけなのに凄く疲れてくる。本当に大丈夫なのかこのラジオ?
『ハッハッハッ! まぁそう言うなミノちゃんよ。そうならないためにも、私は君をパーソナリティーに推進したのだ。人気のコーナーの一環となるため、尽力してくれたまえ』
『そうですかね? それじゃまぁ、やれるだけのことはやってみます。というわけで、まずはラジオらしく一曲流したいと思います。タイトルは……昨晩、私が急遽用意したレア物なんですねこれが。ウルトラ◯ウルでTさんアレンジVerです。どうぞ』
「TさんアレンジVer? なんだろうね?」
「さ、さぁ……俺に聞かれても分からないよ……」
ミノちゃんのことだから、絶対まともな曲じゃないことだけは分かる。まずは最初に何をぶっ込んで来るのやら。
俺達はがやがやとしている教室の中で聞き耳を立てた。
『フ〜ンフ〜ン♪ ゆ〜め〜なのよ〜、どれもこれも〜♪ フォウッ!』
その謎の曲が流れ出した瞬間、俺は一瞬で凍り付いた。
「……この声って」
隣の女の子がチラッと俺を見てきた。そう、この声の正体は紛れもなく俺だった。
しかも聞いた瞬間に目処が立った。これは昨晩、俺が風呂場で熱唱していたアレだ。スマホで聞いた後に入ったせいでテンションが上がり、その勢いで風呂の水をちゃぽちゃぽ跳ねさせながら歌っていたアレだ。
放送となって聞こえてくる風呂の音。忙しないステップの足音。そして何にも捉われず、思うがままに熱唱している俺。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ!!?」
今年一番の悲鳴を上げた瞬間、校内全体から笑い声が響き渡った。
「アッハッハッハッハッ!! や、やばいやばい!! これはやばいよツム君!!」
「腹いてぇ! めっちゃ熱唱してんじゃんツム君! ギャハハハハッ!!」
皆の爆笑する姿を目にした瞬間、顔から本気で炎が燃え上がりそうになるほどに熱を感じ、頭を抱えて机の上に塞ぎ込んだ。
俺に関係するのは少しだけ、だと? ダイレクトに精神抉りにきてるじゃん!! これってもう苛めだよね!? 公開処刑とかマジで何考えてんのあいつ!? 俺に恨みでもあるの!?
サビの部分しか歌っていなかったため、曲は数十秒で終わった。しかしその余韻のダメージはあまりにも膨大なものだった。
『というわけで、ツム兄――じゃない、TさんのアレンジVerでした。いやぁ、如何でしたか祭さん?』
『うむ。本曲と思いきや、ところどころ細かく歌詞を変えて歌っていたな。それに歌詞の合間に自分で合いの手を入れていたのが私としては良かった。もし私が審査員として点数を付けるのであれば、100点満点中96……いや、97点を付けていただろうな』
『なるほど〜。しかも下手に見せ掛けて綺麗な歌声してますからねぇ。昔から歌は上手いんですよツム兄――じゃない、Tさんは。ここから歌手デビューとかあっちゃったりしちゃったりして?』
あるわけないだろそんなもん! つーかハッキリと名前まで言っちゃってるし! 言い直す意味皆無な件について俺は非常に頭が痛いわ!
『まぁ、こんな感じで適度に笑いは取っていくので、こういうのが好きな人はハマってくれるんじゃないですかねぇ? 実際に今ので全校生徒から笑い取れましたし』
『うむ、非常に良い流れだ。この調子で続きを頼むぞミノちゃんよ。使える手段は全部使っていこう。責任は全て私が取る』
『ど〜もで〜す。それじゃ続いてのコーナーいきましょうか。えーと、どうしようかな………』
こんなのがしばらく続くというのか? 今のはたまたまネタに迷って俺を出してきたかもしれないが……次また俺のネタを出してきたとしたら、あいつは間違いなく俺を弄る放送として進行するはずだ。そうなったらが最後、この学校に俺の居場所は一つもなくなる。
冗談じゃない! なんなら今から止めに行くか? でもあいつのとこだから、それを見越して見張りを配置している可能性もある。いや、きっと配置しているだろう。非力な俺じゃそれを掻い潜るのは多分無理だ。
ならば俺の取るべき手段はただ一つ。これ以上弄られないことを天に祈ることだけだ。お願い神様、俺の平穏な居場所を守ってください。四百円くらいなら賽銭箱に出しますから。
『うーん……斬新なことが全く思い付かないので、次もまた私の持ちネタを披露することにします。題して、爆笑映像をミノちゃんは見た! で〜す』
「映像って……そんな設備この学校にあったっけ?」
「無いんじゃね? 教室にテレビなんて無いしよ」
その通り、この学校にはそんな設備は施されていない。故に映像なんて見せられるはずも無い。
だが、その理屈は大きく覆されることになった。
『というわけで祭さん、例のアレを使わせてもらっても?』
『無論だ。好きにやってくれ』
『それじゃ、ポチッとな』
放送室にて何かのボタンを押したミノちゃん。すると突如、黒板側の上の方に穴が開き、クレーンの音を立てながら大きな液晶テレビが出てきた。
「ひゃ〜、また凄いことに予算使ってるわね〜」
「いつ取り付けたんだろうなあれ。全く知らんかったわ。あっはっはっは」
順応するの早過ぎないこの人達? 何? 俺がおかしいの? このキチガイ過ぎる展開について行けていない俺が間違っているというのか?
テレビに電源が付き、パッと画面が映し出される。
『これは私が中学生の頃にビデオカメラで撮影したやつですね〜。ではでは、ご覧下さい』
画面に映った場所はボーリング場。編集によって目線が隠れている一人の人物の後ろ姿が映されていて、今からボーリングの球を投げるところだった。
『ツム兄リラ〜ックス。肩の力は極力抜いて〜』
目線の意味など全くなく、ピー音も入らずに俺の名前が露見していた。
うん、よく分かった。この世に神様なんて存在しなかったことをな!
『うるさいな! 気が散るから黙って見てろよ!』
『ヘイヘイ、そんなピリピリしてたらピンの一本すら倒せないぜ〜? “たてる”ことなら造作も無いことなんだろうけど』
『場を弁えなさいお馬鹿!』
ご飯を食べている時間帯でこの発言を流すって……後でクレームいくぞこれ。
冷やかしてくるミノちゃんを黙らせた後、球を両手に持ってスタンバイする。そして俺はステップを踏んで右腕を大きく後ろに振り被り――
『痛ぁぁぁぁ!?』
勢いあまりにゴキンッと肩を外してしまい、球を後ろに放り投げてその場に倒れ、ドタバタと手足を動かして悶え苦しんでいた。
「アッハッハッハッハッ!! ツム君レベル高過ぎだって〜!!」
「ボーリングで肩の骨外す人とか見たことねーぞ!? だははははっ!!」
当然校内は大爆笑の渦に。同時に俺の羞恥心が限界に達した。
「あっ!? ツム君!?」
食べかけの弁当箱を机に置きっ放しにして、俺は一目散に放送室へと駆け出した。
こうなりゃヤケクソだ。見張りも何も関係無い。あの馬鹿絶対止める!
『私にとってはとても懐かしい爆笑映像でしたね〜。どうでしたか祭さん?』
『す、素晴らしいリアクションだったな……くくっ……私もボーリングで肩を外す人は初めて見たが……くくっ……こういう奇跡はもう二度と起こることはあるまい……くははっ!』
『これはこれは、生徒会長のツボを射抜いてしまったようですね〜。流石はツム兄です。思い掛けない事故すら大きな笑いに変えてくる。いやぁ感心感心』
「んの野郎っ!!」
羞恥を通り越して湧いて出てきた殺気。自然と足の回転が速くなっていき、軽快に階段を上がっていく。
そしてようやく俺は、放送室付近の所までやって来た。
「……あれ?」
放送室の前には人っ子一人の姿も見当たらなかった。俺が来ることを計算して見張りを配置する、というのは俺の考え過ぎだったんだろうか。何にせよ手間が省けて良かった。
躊躇せずにドアノブに手を掛けて捻った――が、しかし、ドアは開いてくれなかった。押しても引いても微動だに動こうとしてくれない。
嘘だろ? 中から鍵を掛けられる仕組みなのかよ!? 普通は外に鍵穴付いてるもんでしょーが! まさかこの時のためにわざわざドアまで改造したっていうのか!? 無駄なことに費用使うなよあの人も!
『これだけで結構笑いは取れるものなんですねぇ。今日はもう満足ですわ私。次のコーナーで今日の放送は切り上げってことで宜しく〜。てなわけで、つぎのコーナーはこちら! 思いの丈を打ち明けろ〜! で〜す』
ドアをガチャガチャしてこじ開けようとする中、放送はまた次の段階に入ろうとしていた。次で今日最後ってことは、俺にとっても最後ということだ。それはもう色んな意味で。
何が何でも阻止しなくちゃならないのに、普通の物よりも無駄に頑丈にできているドアは、体当たりをしても壊れてくれない。むしろこっちの方が跳ね返って肩を痛めてしまうくらいだ。
万事休す……か。さようなら俺の平穏な学園生活。俺は愚妹を恨みながらここで最後を迎えよう。
ドアに背を預けて尻餅をついた。一体次は何を暴露されるのか……。こうなりゃもう何でもいい。好きなだけ俺を辱めるといいさ。俺はもう知らん!
『このコーナーはアレです。放送の設備を借りて好きな人について語るという、定番っちゃ定番のコーナーです。無論、告白をする機会もあるかもしれないし、色恋沙汰のガールズトークだけで終わるかもしれません。てなわけで、ゲストはもう呼んであるので、早速始めたいと思います。宜しくゲストのH子さん』
《宜しくお願いします》
まさかの普通なコーナーに俺は目を丸くした。こういうコーナーがあるなら最初から出せよ……。
今日始まったばかりなのにゲストを既に招いているようで、ボイスチェンジャーで誰の声なのか分からないように配慮していた。俺とゲストのこの待遇の差は何? 俺もこういう感じに配慮して欲しかった……。
『それではトークを始めたいんですが……まずはゲストさん。貴女には今、好きな人がいるんですかねぇ?』
《はい。中学の頃からずっと片想いしてる人がいます》
『片想い? ほぉ〜、それはまた結構な長さですねぇ。その人は一体どんな人なんですかね?』
《そうですね……一言で言い表すなら、ツンデレですね》
『くくっ……ツ、ツンデレですか』
ツンデレって……相手男なんだよね? 男のツンデレって需要があるんだろうか。少なくとも俺は無いと思う。なんでまたそんな変人を好きになったのか……。
『なんていうか、変わった人が好きなんですかねゲストさんは?』
《別にそういうわけじゃないです。変わった人が好きってわけではなくて、私はその人がその人だから好きになったんです》
『うーん、私にはよく分からない理屈ですなぁ。具体的にどういうところを好きになったんですかね?』
《素直じゃないけど優しいところと、何だかんだ文句を言いながら構ってくれる可愛いところ、ですね》
素直じゃないけど優しい? なんだよそいつ、なんで素直にならないんだよ。素直に優しくしてやればいいじゃないか! H子さんは気にしてないみたいだけど、もっと純粋に接してやれよ! その方が彼女も喜ぶだろ!
それと文句って何だ? 女の子が構ってくれているというのに、文句を言うとは何様のつもりだ? 恥ずかしがるというのなら同情できるけども、文句を言うのは許せん! 身の程を知れとその男に言ってやりたい!
『なるほどなるほど。つまりはガッチガチのツンデレなんですねぇ。毎回毎回ツンツンされてるイメージが浮かび上がってきますが、それでイラッときたりしないんですかね?』
《いえ、そんなことは一度もないです。むしろ、そういう一面を見て楽しんでいます。話せば話すほど面白い人で、何度見ても飽きないんです》
その男もその男だけど、H子さんはH子さんで主観がズレてる人だな……。楽しまずに注意しようよ。個人の自由だから強制はできないけれども。
『話を聞いてると随分仲が良さそうですが、喧嘩とかはしないんですかね?』
《喧嘩は……ないですね。本当に悪いことしたなぁ、と思ったら私から謝っていますから。それはその人も同じで、謝る時は私よりも真っ先に謝るような人なんです》
そういう時は素直なんだ……。常時そうしていたらいいのに。
『実は誠実な人ってことですかぃ。やれやれ、常にそうしていれば良いものを……』
《ふふっ、良いんですよ別に。そういうところも全部含めて、私はその人が好きなんです》
『ふーん……それって何かキッカケとかあったり?』
《キッカケですか? そうですね……その人に初めて出会ったのは、私が中学に入学したての頃なんですが、好きになり始めたのはそれから少し経った時からですね》
『ほぅ……聞いても?』
《良いですよ。あれは確か、私が部活を見学しようと校内を歩き回っていた時でした。私の中学は結構中が広かったので、何処に何があるということがイマイチ把握できずに困っていたんです。そうして立ち止まって悩んでいたら、その人が声を掛けてきてくれたんです。「ど、どど、どうしたの君? な、何、何か、こま、困り事?」って》
突然モノマネを入れてきたが、何故だか分からないけどなんとなく似てるような気がした。どんだけテンパってんだよそいつ……。
『くくっ……めっちゃ噛んでるじゃないですか。しかも聞き方を変えたら危ない人に聞こえるし』
《ぷく――こほんっ、そうですね。でも第一印象は危ない人という感じではなく、ただ単純に恥ずかしがり屋だという印象が強かったですね。本人から聞いた話だと、妹さんから後輩には優しく接してあげないと駄目だよ! と言われていたらしくて、それで声を掛けてくれたらしいんです。女の子と話す免疫が全くない人だったんですけどね》
『なるほど、要はチキンってことですか。情けない人ですねぇ』
……さっきからどうしたんだろう俺。赤の他人のことなのに、なんでこんなイラッときてるんだろう。チキンってストレートに言い過ぎなんだよあいつは。
《チキン……とはまた違いますよ。それにあの人、普段は女の子相手に顔を赤くしているような人なんですが、いざって時には凄く格好良くなるんです。最近も私が本当に困っていた時に、あの人は助けに来てくれたんです。今まで一度も見せたことのない一面を見せてまで》
『へぇ……それはどんな?』
《強いて言うのであれば……鬼、ですね》
『お、鬼? ツ――その人がですか?』
《そうです。私も見た時は凄く驚きました。普段怒らない人程、怒ると怖いということを実感しました。けど……確証はないんですけど、私のためにそこまで怒ってくれたことが、申し訳ない気持ちと同時に嬉しかったです》
『なるほどねぇ……》
……いや、まさかね。さっきから感じる違和感で引っ掛かりを覚えたけど、全て当てはまるわけじゃない。
ツンデレじゃないし、俺。
『それで? 今もその人とは仲良くなっているんですかぃ?』
《勿論です。私がその人からどう思われているのか分かりませんが、少なくとも私は今もその人が好きです。いつか私の気持ちに気付いてくれたらな……と思ってるんですが、その人は鈍感なので道のりは険しそうです。ふふっ……》
『なるほどそうですか。では、もし何か困ったことがありましたら、またここにゲストとしてやって来てくださいな。というわけで、昼休みの時間も終わりが近付いてきました! 如何でしたかなミノラジ? また聞いてくれると嬉し――』
そこで放送が強制終了となり、昼休み終わりのチャイムが鳴った。そしてそのすぐ後、ゴタゴタと後ろのドアの中から数人の足跡が聞こえてきた。
俺はすぐにドアから距離を取った。そして中から鍵が開けられて、ひょこっとミノちゃんが顔を出してきた。
「おっ、どうもどうも今日の主役様。早速ですが、ご感想をどうぞ」
「……一発だけ殴っていい?」
「そんな……ツム兄は妹に暴力を振るうようなドメスティックな兄だったの? 見損なったよ私!」
「それはこっちの台詞だぁ!!」
その後、チャイムが鳴り終わった後でありながら、俺は久しくミノちゃんと喧嘩して頬を引っ張り合っていた。
〜※〜
今日は散々な一日だった。
あの悪夢のような放送の後、俺はクラスメイトに収まらず、他のクラスからも注目を浴びる的となった。短い休み時間にトイレに行く時でさえも、周りの視線が痛いやら恥ずかしいやらで最悪だった。
今回ばかりは流石にやり過ぎだ。普段は滅多に怒らない俺ではあるが、今の俺は激怒状態。家に帰ってくると否や、俺はヒノちゃんとミノちゃんをリビングで正座させていた。
「俺が何を言いたいのか……分かってます二人共?」
「分かってるってツム兄。今日の夕飯は肉じゃがだよ」
「へぇ、それは楽しみ……なんて言うと思った? 俺は真面目に聞いてんだよ!」
バンバンと机を叩いて怒りを強調する。しかしミノちゃんに反省の色はなく、口を尖らせて下手くそな口笛を吹いていた。
「珍しいですねツム君。何をそんなに怒ってるんですか?」
「白々しいねぇ君!? そんなの言わなくても分かるでしょーが! 今日の放送以外に怒る点はありません!」
「言わなくてもって、結局自分で言ってるじゃん」
「喧しいわ! いけしゃあしゃあと人の揚げ足を取るな!」
「落ち着いてくださいツム君。そんなに怒っていたら老化が早まってしまいますよ」
「誰のせいで怒ってると思ってんだよ!!」
「ぷくくっ……すいません、冗談です」
ミノちゃんだけでなく、ヒノちゃんですら反省の色が無かった。あれだけのことをしておいて罪悪感の一つも抱いていないと? この娘達がこんな鬼畜外道だとは思わなかった。軽視していた俺が馬鹿だったんだ。
ズキズキと痛む頭を抑えて椅子に座る。事前に用意していた麦茶の入ったコップを飲み干し、こほんと一度咳を立てた。
「放送をするということに関しては良いんだよ。ミノちゃんそういうの好きそうだし、そこまでなら俺も何も文句は言わない。でもね、俺を頑なにディスるような今日の放送は許せないんだよ」
「ディスってないよ。ただネタにしただけだよ」
「それがディスってるって言ってんだよ!! 何あのあからさまな公開処刑!? 俺がどれだけ恥ずかしかったか分かるか!?」
「まぁまぁそう言わないでよツム兄。今日のでツム兄は一躍有名人に昇格したんだからさ。失うものより得たものの方が多いっしょ?」
その時、カチンと頭の中に何かのスイッチが入った。
「……なるほど、よーく分かったよ。どうやら何を言っても反省するつもりは無いんだね。ならこっちにも考えがある」
これ以上話をしても不毛だ。俺はすくっと立ち上がった。
「そんな怒らないでよツム兄〜。それに有名人でいるのは今だけであって、熱りが冷めれば自然と周りも――」
「うっせ、話しかけんな。お前とはもう金輪際口聞かん」
少し目付きを鋭くさせて冷たくあしらうと、ミノちゃんの表情が一瞬だけ曇り、拗ねるように口を尖らせた。
「ぶぅ……悪かったよツム兄」
「……始めからそう素直に謝りなさい」
呆れの溜め息を吐きながらミノちゃんの頭をわしゃわしゃと掻き回した。髪の毛がくしゃくしゃになり、しかし直す様子もなくソファーに横になって不貞寝してしまった。
「私もすいませんでしたツム君。少し調子に乗り過ぎてしまいました」
「ホントだよ……君達は少し遠慮というものを覚えなさい。国語辞典に赤線でもして熟知しなさい」
「ツム君、今の時代は電子辞書ですよ。赤線なんて引けません」
「知らんよそんなこと! 何でも現代的な機械に着手するのは感心しませんよヒノちゃん。辞書という素晴らしい物を残した故人のためにも、ちゃんと本の辞書を使用しなさい」
「ぷくくっ……年寄り臭い物言いですね」
「ほっとけ!」
叫び疲れてソファーに横になりたいと思ったが、生憎ソファーはミノちゃんが占領中。仕方ないので絨毯の上に横になった。
とにかく今日は本当に疲れた。このまま少しだけうたた寝でもしようか。夜眠れなくなる恐れがあるが、今はちょっとだけでも身体を休めたい。
「お昼寝ですか? せめてクッションを枕代わりに使った方がいいですよ」
「いいよ別に。それにクッションもミノちゃんが使ってるし」
「……ならこうしましょうか」
大きな欠伸を漏らして目を瞑っていると、不意にヒノちゃんに頭を少しだけ持ち上げられた。あれこれ言うのが面倒臭いので、されるがままに身を委ねていた矢先、ぷにっと頬に柔らかい感触がした。
何これ気持ち良い。家にこんなクッションあったっけ? これならすぐに安眠できそう……。
「気持ち良いですかツム君?」
「んぁ〜……気持ち良――い゛ぃ!?」
至近距離からヒノちゃんの声が聞こえて、思わず目を見開いた。そして同時に、顔に熱を帯びる。
柔らかいのは特別製のクッションではなく、ヒノちゃんの膝。つまり、俺はヒノちゃんに膝枕されていた。
「ちょ、ちょっとヒノちゃん!? 何してんの君!?」
「何って……膝枕ですよ?」
「ですよ? じゃなくてさ!? な、なんでこんなことを……」
「もしかして迷惑でしたか?」
「いや迷惑というわけじゃないけど……」
動こうにも頭を固定されているので動けない。それに緊張しているせいで、身体がガッチガチで硬直している。更には膝の柔い感触が伝わってくるので、頭から湯気が出てきそうだった。
なして? なしてこんなことをナチュラルにできるの? ヒノちゃんが何を考えているのか、さっぱり分からない。
「また顔が赤くなってますね。照れてるんですか?」
「ち、ちげーし! 身体が疲れてるせいで謎の身体変化が起こってるだけだし!」
「ぷくくっ……ならそういうことにしておきましょうか」
すると今度は、優しく俺の頭を撫でてきた。ゆっくりと撫でてくる手の感触がまた心地良く、ガッチガチになっていた全身から一気に力が抜けていった。
「今日は悪いことをしてしまいましたから。これはその謝罪ということで受け取ってください」
「別に……俺は気にして……」
撫でられる度に眠気が強くなっていき、次第に瞼も重くなっていく。
……なんか……このまま寝ると勿体無い気がする。
「そーいや……一番最後のコーナー……ゲストっていつ誘ったの?」
眠らないように適当な話題を持ち掛けてみた。するとヒノちゃんは、そのままの状態で話し相手になってくれた。
「ゲストですか? それはですね……会長さんが事前に連れてきてくれたんです」
「ふーん……」
だとしたらきっとあの人は生徒会の人だったんだろう。話の内容だけを聞くと妙な人だったが、もしかしたら生徒会のメンバーというのは、変人ばかりの集まりなのかもしれない。
「会長さんは喜んでた……?」
「はい。ミノちゃんのことを凄く気に入ってくれたみたいでして、今後もあの放送ラジオは続けるみたいです。でも今日のような内容は控えるように私から言っておきますね」
「そうしてくれると……助かるよ……」
これ以上、全校生徒に醜態を晒すのだけは勘弁してほしい。流石にヒノちゃんもミノちゃんも反省してくれたようだし、今後はまた違う盛り上げ方で人気を得ていくだろう。
……俺の件はしばらく熱が冷めそうにないけど。
「そういえばさ……ヒノちゃんも聞いてたのなら……最後のコーナーで言ってた……好きな男の子の話なんだけど……」
ヒノちゃんはぴくっと少しだけ肩を跳ねさせて反応した。その動作に特に構わず、俺は続けた。
「なんていうかさ……ツンデレだとかさ……文句を言いながら構うとかさ……面倒臭い人を好きになってるなぁって……思ったんだよね……」
「…………ふふっ」
「……何故笑う?」
「いえ、深い意味はありません」
普段の俺なら少しだけイラッときてるところだが、今にも眠ってしまいそうなこの状態だと、若干の苛立ちすら感じない。というか、そろそろ本当に眠たくなってきた……。
「確かにツム君の言う通り、その人は変わった人なのかもしれませんね。でも別に良いじゃないですか。人を好きになるのは個人の自由なんですから。誠実な人を好きになる人もいれば、変わった人を好きになる人もいますよ」
「…………そだね」
駄目だ、もう口も開けない。薄っすらと開いていた瞼が閉じられ、意識がぼんやりとしていく。
「ちなみに、私も変わった人が好きなんです。それがどういう人なのか分かりますか?」
パクパクと口を動かして微かに首を振る。そこでとうとう限界が訪れた。
「ふふっ……答えはですね――」
それが完全に眠りにつくまでに聞き取れた言葉。肝心の答えを聞き取れないまま、俺は眠りの世界に落ちていった。
その刹那、何かが頬に触れた感触がしたような気がしたが……きっと気のせいだろう。




