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お泊まり会

 俺には一つ年下の後輩がいる。


 こっちは誰にでも分かりやすいくらいに嫌がっているというのに、奴は俺のそういった姿を見て楽しみ、生き甲斐を感じている。皮肉の意味を込めて良い性格した酷い後輩だ。


 今日も今日とて散々弄られ、しかし不幸中の幸いにも放課後に彼女が訪れて来ることはなかった。もしかしたら、ついに俺に飽きてくれたのかもしれない。それはとても素晴らしいことだ。


 ……そう、素晴らしいことだ。別に寂しいとかそういう感情は一切抱いてはいない。誤解されたくないから何度でも言うが、俺にMっ気があるみたいなことは断じてない。上から下まで普通を絵に描いたノーマルだ。


 そんなこんなで今日の放課後は実に有意義な時間を……過ごせたと言いたかったのに、実は全く過ごせなかった。


「じゃーなーツム君。今度また一人抜けしようとしたら張り倒すから」


「非モテ同盟の掟を破る奴には死、あるのみ。忘れないでください、僕達の誓いを」


「何が非モテ同盟じゃぁ! そんなのに入った覚えないわぁ!」


 とある空き地にて、ボロボロになった俺一人を置き去りに帰っていく野郎仲間達。何でこんな悲惨な目にあっているのかを言えば、それはつい最近に起きたとある出来事が関係している。


 学園のアイドル的存在である由利村紫さん。ひょんなことから俺は彼女と友達になり、RINEのIDまで交換した。その出来事がどうやら何者かに露見していたらしい。


 何故その情報が漏れたのかは分からない。しかも最初は有り得ない事実と認識されていたため、噓偽りだと言われて周りから噛まれる事態には発展していなかった。


 だが、それは今日の朝の出来事によって丸代わりした。


 何てことはない。偶然生徒玄関で由利村さんと出会し、共通の趣味である少女漫画の話に少々花を咲かせてしまったのだ。


 その光景が野郎共のリミッター解除の引き金となり、非モテ同盟とかいう訳の分からない宗教団体的なものに属する野郎共に追求された。その結果、由利村さんと友達になってRINEを交換したことがバレた。


 そして事の顛末がこれ。完全なる八つ当たりとして袋叩きにされ、身も心もズタボロにされたというわけだ。これぞ、出る杭は打たれるということに他ならない。


 人が抱く負の感情とは恐ろしい。些細な嫉妬や憎しみが連鎖に連鎖を重ねると、このような暴力沙汰にまで発展してしまうのだから。まぁ、多少は冗談半分だから加減はしてくれていたんだが、それでも痛いものは痛かった。


 土埃に塗れたズボンを払いながら立ち上がる。隅の方に置いてあるリュックを見ると、その隣には絆創膏が入った箱が備えてあった。良い奴らなのか悪い奴らなのか、そこのところをハッキリしてほしいものだ。


 箱をリュックの中に入れて肩に背負う。やれやれ、あの野蛮人達のせいですっかり身体が汚れてしまった。こういう日はゆっくり風呂に浸かって休みたいところだ。


 とっとと帰るために歩き出す。幸い、ここから家はすぐ近くなので、数分も掛からずに辿り着くことができた。


「ただいま〜」


 鍵を開けて中に入る。すると、先に帰っていたミノちゃんが部屋から出てきて、トコトコと近寄ってきた。


「ご帰宅ご苦労ツム兄。突然だけど、私達兄妹は緊急事態に巻き込まれてしまったようなのですよ。しかし同時にラッキープレゼント的なものもあるのでーす」


「すいません、話が唐突過ぎて何も分からないんだけど」


 帰って来てゆっくりしようと思ったらこれか。嫌な予感というか、面倒な予感しかしない。


「分かりやすく言えば、朗報と悲報の二つがあるわけ。で、どっちから先に聞きたい?」


「その前に兄ちゃんの姿を見て何も感想は無いわけ?」


「あっ、うん、ボロボロだね。それでどっちから聞きたい?」


「冷たい奴だな!? 少しは心配してくれても良くないかな!?」


「そうだね。で、どっちから聞きたい?」


「一言で流すな! 同情の余地無しか!」


「どっちから聞きたい?」


「頑なですね! 何処ぞのRPGのNPCかお前は!」


 これ以上足掻いても無駄だと思い、素直に「じゃあ悪い方から」と答えてやる。


「悪い方からね。それじゃ、専門家の彼女から説明してもらいましょうかね」


「なんだよ専門家って……」


「悩める若きボーイアンドガールに助言を下すことで有名なお方でございまするよ。では、登場していただきましょう」


 ノリノリのテンションで誰かを招くように手を動かすミノちゃん。そして、とある一人の人物がミノちゃんの部屋から姿を現した。


「どーも。専門家のセネガル・イジリンコです」


 白くてモサモサしたつけ髭をつけて、ジョークグッズの鼻眼鏡をかけた変人。だが、馴染み深い黒髪ストレートの髪型はそのままにしてあったため、一目見て彼女の正体を暴くことができた。


 天城陽乃。俺限定で弄ることが好きな憎たらしい後輩。そんな彼女だったが、ミノちゃんの影響によってついに壊れてしまったようだ。


「色々言いたいことが盛り沢山だけど、まずはこう言わせてもらうわ。何してんの君?」


「何をしていると? 私はプロフェッショナルですよ? 専門家としての責務を全うしていたに決まっているでしょう」


「だから専門家って何? 何の専門家なのさ? そこをまず説明してくれないと伝わらないんだけど?」


「ふっ……今の聞きましたかイジリンコさん?」


「えぇ聞きましたとも。事態に取り残されてる感がある質問をするこの姿。実に失笑物ですな」


「全くですよ。何を考えているんだかこの若者は……」


 何この人達、マジ蹴散らしたいんだけど。今までにないノリのウザさが癪に触るんだけど。


「あのさ、そういう茶番はいいから真面目に話をしてくれませんかね?」


「真面目? 何を言っておいでですかツム君少年。何処からどう見ても今の私は、真面目を絵に描いたような人柄ではないですか」


「錯乱を絵に描いた人柄の間違いかと」


「なんと……初対面の人に対して何という失礼な暴言を」


「いやもういいから! こっちはそんなくだらない茶番に付き合う気分じゃないんだよ!」


「ちぇー、ノリ悪いなぁツム兄」


 口を尖らせながら愚痴を漏らすミノちゃん。同時にヒノちゃんも浅い変装を解き、素顔を晒してお得意のニヤ顔を浮かべた。


「ミノちゃんの言う通りですよツム君。こういう軽い漫才に付き合えるだけの器量が無ければ、いつまで経っても彼女なんてできませんよ?」


「余計なお世話だ! 別にそういうのは期待してないからいいんだよ俺は!」


「そんなこと言いつつ、ツム君はアレですよね? バレンタインデーとかに下駄箱を覗いて、チョコが置いてないかと必ず確認したりしてる人なんですよね?」


「そ……そ、そんなことしてるわけないじゃないか! 勝手な解釈は止めていただきたいなぁ〜?」


 小学四年生辺りからしている恒例の行為を何故知っているんだこの娘? 相変わらず末恐ろしい後輩だ。もしかしたら俺の全てを見透かしてる可能性すらあり得ると思わせられる。


「と、とにかくだ! 話を戻すけど、一体何があったのさ? というか、なんでまたヒノちゃんが家に来てるわけ?」


「なにさツム兄。その言い方だと、まるでヒノが家に来ることを拒んでいるようじゃーないか。私の親友に冷たく当たらないで頂きたいねぇ」


「別にそういう意味を込めて言ったわけじゃないって。ただ、突然のことだったから驚いただけの話だよ」


「なるほど。つまりツム兄はツンデレを効かせたわけで、本当はヒノに会えて『キャー! ヒノたんに会えてラッキー!』と思ったわけだね?」


「発想がオーバー過ぎるわ! 何その偶然アイドルに会えて『萌え〜!』みたいな展開!? 求めてないよそんなの!」


「素直になりなよツム兄。ぶっちゃけ、ヒノに萌えてるんでしょ? この前に透けブラ見れて『ムフフッ』とか思ったんでしょ?」


「何でその事故のこと知ってんだよ! さてはヒノちゃん、あの時のことミノちゃんに話したでしょ!?」


 話をヒノちゃんに振ると、彼女の答えはわざとらしい口笛を吹いて視線を逸らすという行為だった。完全に確信犯だ。


「やれやれ、後輩の下着を見て昂ぶる兄がいるなんてねぇ。妹の私は情けないよ」


「ねぇ、そろそろ話を戻してくれない? このまま話が進んだら、俺は心を閉ざすことになりそうだから」


「ぷくくっ……そうですね。この辺でツム君弄りは止めておきましょうか」


 ヒノちゃんの笑みが終止符となり、俺にとっての厄災タッグの猛攻が止んだ。もう嫌なんだけどこの二人……。


「しょうがないなぁ。それじゃそろそろ真面目な話をしよっか」


 と言いつつも、ミノちゃんもヒノちゃんも真面目な顔付きになることはなく、軽い口調のまま話の本題に入った。


「えーとねツム兄。話を順序良く説明していくと、まず私とヒノは今日遊ぶ約束をしていて、ヒノが家に遊びに来てたの。で、ふと私がお風呂に入りたいって思ってさ。なら一緒に入ろうとヒノが提案してきて、お風呂を沸かそうとしたわけ」


「また唐突な気まぐれを……。それで?」


「それでお風呂を沸かそうとしたんだけど……蛇口を捻るとあら不思議。ボイラーが起動してくれず、冷水しか出てきてくれないじゃーないですか」


「つまりですね。ボイラーが壊れてしまっていたんですよ」


「えぇぇ……」


 思っていた以上に悪い事は深刻な問題だった。今すぐにでも風呂に入りたい状態だったというのに、なんでまたこんなタイミングに壊れるんだ……。


「で、その後にすぐ業者の方に電話をしてみたんですけど、向こうの都合で修理に来れるのが三日後くらいになりそうだと言ってたんです。つまり、最悪三日間はこの家のお風呂が使えないってことです」


「マジですか……どうするのミノちゃん?」


 流石に三日間も風呂に入れないのはキツい。特にミノちゃんは女の子だし、一日お風呂に入れないだけでもリスクは大きいだろう。


 だが、そんな最悪の状況下にありながらも、ミノちゃんは余裕のドヤ顔を浮かべていた。


「それなんだけどさツム兄。ここからが良い話に転換されるわけよ」


「はぁ……というと?」


「まずはこれを見て頂きたい」


 そう言ってミノちゃんがポケットから取り出したのは、お札と同じくらいの大きさの紙幣だった。


「……何それ」


「ふっふっふっ……これはねツム兄。私にとっての夢のチケットってやつなんだぜ」


「チケット? 何のさ?」


「一泊二日の合計四名様温泉旅行チケット」


「嘘っ!? マジで!?」


「ここでガセネタを提供するような性格の悪さなんて、私は持ち合わせてないよ〜」


 悪い事に続き、良い事まで想像を超えた朗報だった。やはり悪い事から話を聞いて正解だったみたいだ。だだ下がりだったテンションが一気に膨れ上がってくれたぞ。


「そんな良いお品を一体何処で?」


「ヒノがお母さんから貰ったみたいで、一緒に行こうと誘って来たわけ。いやぁ、良いお母さんをお持ちですよ我が親友は」


「へ、へぇ〜。ヒノちゃんが……」


 失礼だとは重々承知しているけど、持ち掛けて来た人物がヒノちゃんなだけに、素直に喜べなくなってしまった。これまでの彼女絡みのことはロクな思い出がなかったから。


「どうしましたツム君? 急にテンションが下がったように見えますよ? 何かご不満がありましたか?」


「べ、別にそういうわけじゃ……」


「というわけだからさ、ツム兄。明日温泉に泊まって来るから、留守番シクヨロね」


「あーはいはい分かった分かっ……たっ!?」


 こいつ今何と言った? まさかとは思うが、留守番宜しくと言ったのか?


「っ〜〜〜!」


 ヒノちゃんが必死に笑いを堪えて吹き出しそうになっている。もしかしてそういうことなのか? 餌をチラつかせるだけチラつかせて、俺には関係のない話だったと?


 ……泣きそうになってきた。


「友達だけで温泉旅行なんて初めてだよ私。UNOとか持ってこうねヒノ。旅行にカードゲームは付き物っしょ」


「そ、そうだね……ぷくくっ……持ち運び用のボードゲームとかもあれば……ぷ、ぷくくくくっ……」


 頭が真っ白になり、それはそれは楽しそうな二人の雑談を耳にしながら、部屋に戻っていくロンリーボーイな俺が一人。


「ちょいちょいツム兄、軽いジョークだから気を落とさないでよ。ちゃんとツム兄もメンバーに入ってるってば」


「……いいよもう。良い機会だから他に女友達連れて行けばいいよ。俺は一人寂しく業者さん方をお待ちしてるよ……」


 そっちがそうくるならもういい。それに、その温泉旅行について行ったとしても、どうせ待つのはこの二人による弄り倒しだ。癒されるための温泉旅行なのに、わざわざ疲れに行くようなトリップに誰が好き好んで同行する奴がいるか? いや、いるはずがない。


「ありゃりゃ、拗ねちったよ。ちょいと悪ふざけが過ぎちゃったかねぇ?」


「駄目だよミノちゃん。ツム君の扱い方はもっと繊細にしないと」


「と言いつつ爆笑していたのは誰だったか?」


「ぷくくっ……まぁ否定はしないけど。でも強く責めすぎるとあんな風になっちゃうから、今後は少しずつ弄っていくスタイルにしないと」


「何のアドバイスしてんだ君は! 俺の妹に余計な入れ知恵しないでくれます!?」


「あっ、戻った戻った。流石ヒノだね。ツム兄の扱い方に最も長けていると保証できよう」


「俺は彼女の飼い犬か!? こちとら人権持ってるまともな人間だっつの!」


「まとも? 何処にまともな人間がいるんですか? 生憎ですがツム君、ここにまともな人間は誰一人として存在しませんよ?」


「いいのかそれで!? 君自身の扱いそれでいいのか!?」


 肉体的にボロボロだってのに、こうも強制的にツッコミの連打を浴びせさせるか。やはりヒノちゃんは末恐ろしい娘よ。


「で、また話を戻しますが、一応これは四人まで行けるチケットなんですよ。つまり、私達三人以外にもう一人連れて行くことができるわけです」


「確かにそうだけど、別に無理して他に誘う必要はないんじゃないの? 俺達三人だけで十分過ぎると思うんだけど……」


 それはもう、色々な意味でね……。


「そだね。この三人が揃えば旅行の一つくらい楽しみに楽しめまくれっしょ」


「なら明日は三人で行くということで宜しいですか?」


「うん、それで良――」


 ……いや待て。俺はさっき自分で言ったはずだ。この三人だけで旅行に行けば、俺は二人に蜂の巣にされると。それだけは絶対に御免被る。


 俺の身としては、二人のストッパー的な役目を持った人が欲しいところ。でもそんな都合の良い友達なんて……。


「……あっ」


 いや、いた。つい最近だが、人間クラスでいうトップレベルの友達が一人いたことを思い出した。でも最近友達になったばかりなのに、一緒に温泉旅行に行こうなんて提案したら引かれるのでは?


 でも試しに言ってみよう。それで嫌われたら嫌われたらで終わりだ。損するのは俺一人。落ち込むのも俺一人。涙で枕を濡らすのも俺一人だ。


「ちょっと待って二人共。ちょい電話掛けさせて」


「電話? 誰に?」


「そこはまぁ……電話すれば分かるよ」


 スマホを取り出してRINEを開き、その人物の名前を探し出して通話ボタンを押した。


 耳を澄まし、ベルの音を聞きながら相手を待つ。すると、二度ベルが鳴ったところで向こうが電話に出てくれた。


〈〈も、もも、もしもし! 由利村ですけど!〉〉


「あっ、由利村さん? ちょっと話があるんだけど今大丈夫?」


〈〈う、うん! 勿論大丈夫だよ! どうしたの?〉〉


 由利村紫さん。彼女ならこの二人を抑える役目として適役だろう。二人も面識はあるし、丁度良い機会だからこの二人とも仲良くなって欲しい。友達が多くなることに越したことはないだろうし。


「ちょ、ちょいツム兄? その電話ちょい待って――」


「実は俺の友達……ほら、前にあった天城っていたでしょ? その娘が温泉旅行のチケットを持って来てくれてさ。最大四人で後一人だけ行けるんだけど、良かったら由利村さんも行かない?」


〈〈温泉旅行? で、でも私なんかが行ったら迷惑になるんじゃ……〉〉


「いや、むしろ喜ぶと思うけど……」


 主に俺がね!


「二人はどう? 由利村さんなんだけど、一緒に行っても良いかな?」


「私は全然良いですよ。ミノちゃんも良いよね?」


「え? あっ、うん……ヒノがそう言うなら別に良いけど……」


 何でかミノちゃん一人は気乗りしていないご様子。人見知りなんて柄じゃないし、何が引っ掛かっているのやら。


「ミノちゃん。由利村さんは普通に良い人だから気を使わなくていいからね? きっとミノちゃんも仲良くなれるだろうし」


 何せ、この俺ですら仲良くなれたくらいだ。絶大な説得力だぞこれは。


「いやまぁそうなんだろうけど、だからこそヒノがアレと言いますか……」


「私? 私が何?」


「……揃いも揃って天然ばかりか。良いよツム兄、誘っちゃいなYO〜」


「へいへい。てなわけで、二人の許可は得たから、後は由利村さん次第なんだけど……どうかな?」


〈〈旅行……天川君と旅行……はわわわわっ……〉〉


「え? 何? 何て?」


〈〈ううん、なんでもないよ! ならお言葉に甘えさせてもらっても良いかな?〉〉


「了解。それじゃ詳しい時間は追々RINEで連絡するから」


〈〈うん、分かったよ!〉〉


 そこで電話を切って話を終えた。よし、これでストッパーである人材をゲットだ。少なからず、俺の身は安全な方に傾いてくれただろう。


「にしても珍しいねツム兄。まさかツム兄がヒノ以外に女友達を作るなんてさ。しかも仲良さげだし」


「いや、由利村さんの場合は成り行きで友達になったみたいなものだし。それに由利村さんって誰かさん達と違って純粋だからさ。裏表のない人にはそりゃ親近感も湧くでしょ」


「そうですね。確かに由利村先輩はむっつりツム君と違って素直そうです」


「誰がむっつりツム君だ! 自分のことを棚に上げるんじゃない!」


「私ですか? 少なくともツム君には嘘とかついた覚えはないんですが」


「確かに君は嘘つかないけども、それとはまた違った黒さがあると言いますか……」


 主に、人を区別して弄り倒す性格的な面が。


「差別は良くないぞ〜ツム兄。誤解してるようだけど、ヒノがツム兄を弄るのは意味があるのさ」


「んなの最初から知っとるわ。自分の欲求を満たすためでしょ」


「まぁ強ちその表現は間違ってないけどさ。ほら、答えてやりなよヒノ」


「……いや、そうじゃないよミノちゃん」


「そうじゃない?」


 すると、ヒノちゃんはまたお得意の笑みを浮かべた。また悪いこと思い付いたなこれは……。


 ズイッと俺に向かって一歩前に出てきて、反射的に俺の足も一歩後ろに退いた。


「確かに、ツム君を弄ることには意味があります。さて、ここでツム君に問題です。その意味とは一体何でしょうか?」


「いやだから、己の欲求を満たすためでしょ?」


「そこをもっと詳しく説明お願いします」


「詳しくって……」


 今更なんでこんな質問をしてくるんだろうか。さっきの顔からして、良からぬ意図がありそうなのは確かなんだろうけど。


「えーと……俺の弄られる姿を見て楽しむため、みたいな」


「つまり?」


「つまりって……それが答えじゃないの?」


「はい、それが答えなんですが、何故私はツム君を弄って楽しむんだと思います?」


「……?」


 何故俺を弄って楽しむ……か。そりゃヒノちゃんにとって俺が弄りやすい対象だからってことじゃないんだろうか?


「…………ん゛ん゛っ」


 いや……いやいやいや、何を考えてるんだ俺は。深く考えすぎるんじゃない。そんなわけないじゃないか。答えがその……“アレ”な意味だとか、そんなのあり得るはずがない。これはきっとまたおちょくられてるに違いない。


 だが、冗談だと分かっているのに、変に意識してしまったせいで顔に熱を感じ始めた。我ながらどんだけ初心なんだ俺は。


 見る見るうちに赤くなっていく俺を見て、ヒノちゃんはニヤニヤしながら一歩、また一歩と近付いてくる。


「どうしましたツム君? 何か思い付いたんですか?」


「べ、別に何も……」


「じゃあなんでそんなに顔を赤くさせてるんですか?」


「き、気のせいじゃないかなぁ〜?」


「その言い逃れは厳しいですよツム君」


「うぐっ……」


 この娘……まさか“それ”を俺の口で言わせるためにこんな問いを? 言えるわけないでしょーが! それで自意識過剰とか言われたら恥ずかし過ぎる!


「……ぷくくっ。とまぁ、こんな感じだよ。分かったかなミノちゃん?」


「……ファ?」


 絶体絶命と思われたが、最後の最後でいつものように笑って有耶無耶にされた。これは助かったのかな?


 というか、俺はまた容易く弄られて……。いい加減学習しろよ! 経験は積み重ねることによって学ぶものだというのに、俺はまだ何一つ学びを実践に活かせてないじゃないか!


「なるほどなるほど、流石ですなぁ。ツム兄、座布団一枚持って来てくださいな」


「知らん。勝手に漫談してなさい」


 温泉の件について用は済んだんだ。これ以上、俺がここに留まる必要はない。冷たいのは我慢して冷水で身体を洗ってこよう……。


「あっ、ツム兄。そういえば伝え忘れてたけど、今日家にヒノ泊まっていくから」


「…………はぃ?」


 温泉話が終わったと思いきや、唐突にまた予想外の一言が投げ掛けられた。


 今までそんなことしてなかったくせに、何故今日になってそんなことを? ま、まぁ、ヒノちゃんが泊まっていくとはいえ、俺には然程関係ない話か。


「泊まるのは別に良いけど、夜はあんまり騒がしくしないでよ?」


「それは分かってるけど……ツム兄? その発言からして自分は関わりないと思ってるっぽいけど、これは他人事じゃないからね?」


「はぃ? どういうことだよ?」


「どうって……ねぇ?」


 何食わぬ顔でミノちゃんがヒノちゃんに視線を送ると、ヒノちゃんはまたニヤニヤと笑い出した。


「ツム君。今日のお泊まり会はツム君も参加メンバーですよ。今晩は三人で楽しくゲームをしたり、お喋りしたりしましょう」


「そういや俺用事を思い出した。ちょっと出てくるね」


 冗談じゃない。温泉メンバーの問題を解決できたと思っていたのに、今度は今日という日に危機が訪れてしまうなんて。そんなお泊まり会に参加なんてしてみろ。散々弄り尽くされること間違い無しだぞ。


 身体を洗うことも厭わず、逃げることを最優先して玄関の方に歩を進める。


 ……直後、カチャリと手首に何かを掛けられる音が聞こえた。


 嫌な予感を察知してチラリと手元を見てみると、ミノちゃんが俺に手錠を掛けていた。


「ツム兄……貴方に逃走という選択肢は存在しませぬ。大人しくお縄に頂戴されなされ」


「何処で買って来たこんな物!? 妙な物に無駄遣いしちゃ駄目と常日頃から言ってるでしょーが!」


「安心してくださいツム君。それはミノちゃんが独力で作ったジョークグッズですよ」


「あっ、そうなの? それじゃ安心……できるわけないよね!? 何処からどう見ても本物の手錠だよね!? ジョークの欠片もあったもんじゃない!」


 ツッコミをしている内に、左手にも手錠を掛けられて完全に拘束された。是が非でも逃すわけにはいかないらしい。いつ何処でこんな物を作り出す技術を身に付けてきたんだミノちゃん。我が妹ながら恐ろしい。


「というわけで、逃げると言うならこっちも強行手段を使うから。これじゃ満足に冷水シャワーを浴びることもできないね〜?」


「どうしますかツム君? よければ私が背中を流してあげますよ?」


 くそぅ! 最早逃げ道は断たれてしまったということかぁ! やはりこの二人がタッグを組んだらロクなことにならない!


 とはいえ、このままじゃ本当に冷水シャワーすら浴びれない。こうなった以上は腹を括るしかない。なんて無力なんだ俺は……。


「分かったよ、分かりましたよ。俺も参加するから、せめて手錠は外してください」


「素直で宜しい。それじゃ着替え持ってくるから、ツム兄は先に入ってていいよ。あっ、それとも本当にヒノに身体を洗いに行かせて――」


「ええから早よせぃ!」


 あぁ……今日もまた厄日か。毎度毎度ハプニングに事欠かない今日この頃。いつか俺に平穏の時はやって来るのだろうか?


 そんなことを考えながら、俺は手錠を外してもらった後に風呂場へと向かった。




〜※〜




 ヒノちゃんが泊まりに来たということで、今日の夕食はミノちゃんとヒノちゃんの共同作業による物だった。それがまた美味なもので、俺の好みの的を得ている味に面食らった。


 そして、リビングにて軽い談笑をしながら夕食を食べ、やること全てを済ませてから俺はスウェットに着替え、ミノちゃんの部屋の前で待機していた。


 現在二人は着替え中。いつもならそんなこと気にせずにミノちゃんの部屋に入っているところだが、今日のミノちゃんの部屋にはヒノちゃんがいる。流石にそんなデリカシーのないことはできない。


 部屋に戻ってゆっくりしたい衝動に駆られながら、まだかまだかとその場で足踏みをする。そして大体十分くらい経過した頃、見慣れた着ぐるみパジャマに着替えたミノちゃんがひょこっと顔を出してきた。


「お待たせツム兄。入っていーよ」


「……あのさ、やっぱり俺って必要なくね? 二人でガールズトークに花を咲かせていればいいじゃんか」


「今更文句を言っても駄目駄目。ほら、入った入った」


 全く気乗りしないまま、ミノちゃんに背中を押されて部屋の中に入れられた。


「……っ!?」


 そして俺は、ヒノちゃんの見慣れない斬新な姿に絶句した。


 ミノちゃんのような着ぐるみスタイルとは違い、ヒノちゃんはフリルの付いた可愛らしいネグリジェを着ていた。しかも袖が無いもののため、肌がいつも以上に露出している。


「シンプルな格好ですねツム君。ツム君も着ぐるみパジャマとか持ってないんですか?」


「…………」


「……ツム君?」


「……ハッ!?」


 お、俺としたことがなんてザマだ。ネグリジェ姿如きに目を奪われてしまうなんて。しかも相手はあのヒノちゃんだぞ? しっかりしろよ俺。内情がバレないように平常心を保つんだ。


 ……いや、内情がバレないようにって何? 別に俺は焦ってないしぃ? 見惚れたとかそういうわけじゃないしぃ? こんなのただの寝巻き姿じゃないか。何を動揺することがある?


 そうだ、そうだぞ俺。見た目などに惑わされるな。この娘は俺を散々弄り倒して来る憎たらしい後輩なんだ。ここは先輩として、堂々と、勇ましく、凛としていなければ!


「良かったねぇヒノ。今のツム兄はヒノにメロメロみたい。やはり私の予想は的中していたようだぁ」


「誰がメロメロだ! ヒノちゃんごときにそんなことがあってたまるかってんだぃ!」


「ごときって……酷いですツム君……」


 ヒノちゃんは両手で顔を覆って俺に背を向ける。違う、違うぞ、あれは絶対に嘘泣きだ。またああやって俺を騙そうとしてるんだ。謝る必要なんて断じてないんだ!


 ミノちゃんがヒノちゃんの隣に寄り添い、彼女の顔を覗く。その後、ミノちゃんは俺に対して冷たい視線を送ってきた。


「ツム兄、女の子を泣かせるなんて最低だよ。まさかツム兄がそんな人だったなんて、妹の私は情けないよ……」


「うぐっ……う、嘘付け! こんなことでヒノちゃんが泣くわけないだろーが!」


「そう思うなら見てみなよ。ほら」


 ミノちゃんはヒノちゃんの肩をぽんぽんと叩くと、チラリとヒノちゃんの顔を覗かせた。


 ……ぽろぽろと目から涙が溢れていた。


 瞬間、俺の顔色が真っ青に染まる。言葉の綾ではなく、本当に真っ青な色に肌が染まった。


「ううっ……うううっ……」


「可哀想に……よしよし、安心しなさいヒノ。今の貴女はとても可愛いわ。ただツム兄は女の子の見る目が無いから……ね」


 ぐさりぐさりと俺のメンタルを潰してくる発言が飛び交う。堪らず俺はヒノちゃんに対して頭を下げた。


「ご、ごめんヒノちゃん! 悪気はなかったんだよ! ただそんな風に泣くだなんて思ってなかったから……その……」


「違うよツム兄。ヒノは謝ってほしいなんて思ってない。素直な感想を言って欲しいと思ってるんだよ。そんなことも分からないの? ホントに駄目駄目だなぁツム兄は」


「す、素直な感想って……」


 言えってか!? 有りのまま思ったことを暴露しろってか!? でも明らかに悪いことを言ったのは俺だ。女の子を泣かせるようなことをしてしまったんだし、この懺悔の機会を見過ごすわけにはいかない!


「わ……分かったよ。ちゃんと言うよ」


 背中にミノちゃんの視線を感じながら、俺は顔に熱が帯びるのを感じながら思いの丈を打ち明けた。


「その……なんていうか……凄く似合ってると思いました……」


「つまり?」


「つまりその……か、可愛いと思いました! まるで静寂に包まれた中で咲き誇る夜桜のような美しさだと思いましたよ! えぇ!」


「……くくくっ」


 その時、ピッと何かのスイッチが押された音を俺は聞き逃さなかった。


 よくよく見ると、ミノちゃんが後手に何かを持っていた。そしてヒノちゃんもまた、片手に何かを持っていた。


「……ツム君」


 ヒノちゃんが自分の顔を覆うことを止め、下に俯いて表情を見せないまま、手に持っていたそれを俺に見せ付けてきた。


 ……市販の目薬だった。


「……ぷくくっ」


 ヒノちゃんがいつも通りの笑い声を上げる。そして同時に、ミノちゃんも手に持っていたそれを見せ付けてきた。


 ……ボイスレコーダーだった。


「ぷぷっ……夜桜て……静寂の夜桜……これはまたネタ発言でしたなぁ」


「ぷくくっ……くくっ、アハハハハッ!」


 二人が同時に大声上げて笑い出した。二人共腹を抱えて愉快爽快に。ミノちゃんなんてその場に寝転んで足をバタバタと動かす始末だ。


 要はまぁ……あれだ。いつものお約束パターンだ。


 ……こほんっ。


「うぉああぁあ゛あ゛あ゛!!」


 この演技派女優共がぁ!! これはないだろ!? この弄り方はないだろ!? こちとらマジで慌ててたってのに、とうとう今までにないタチの悪い弄り方をして来やがった!!


「お、お腹が! お腹が痛いです! アハハハハッ!」


「わ、笑い過ぎだってヒノ、ハハハハハッ! 夜桜ぁ〜! 静寂の美しい夜桜ぁ〜! ニャハハハハハッ!!」


 やべぇ、軽く死にたくなってきた。それか洞穴に入って冬眠したい。全てを忘れて虚無の存在になりたい。


 もうマジでやだこの人達。この娘達に関わると本当にロクな目に合わない。嫌いだ、嫌い。俺を弄って遊んでくる奴は皆嫌いだ!


「もう知らん! 俺は寝る!」


 ごろんと隅っこの方で横になる。もう部屋に戻る気さえしない。俺がここで寝ることで、男がいる中で眠ることになる気まずさに悩まされればいいんだ。


「ぷくくっ……す、拗ねないでくださいよツム君。ちゃんと謝りますから」


「うるさい! 知らん! 寝る!」


「そうですか。それじゃ私も隣で――」


「やっぱり起きます!」


 すぐ隣に寝てこようとして来たため、起きる以外の選択肢を奪われてしまった。そこまでして俺を弄りたいのか? あぁんコラァ?


「ぷくくっ……止めてくださいツム君。その変顔もツボに……アハハハハッ!」


「いいよもう! 好きなだけ俺を馬鹿にして笑えばいいさ! どうせ俺は考え無しに恥ずかしい発言をするような猪突猛進馬鹿ですよ! ありがとうございました〜!」


 完全に怒ったぞ俺は。もう今日は一切口聞かない。体育座りして眠ってやる。


 体育座りをして顔を蹲める。視界は暗闇に包まれ、今すぐにでも眠ってやろうと目を瞑った。


「ありゃりゃ、こりゃ完全に拗ねちったよ。よし、フォーメーションAでいこうヒノ」


「ぷくくっ……了解」


 何をされようと俺は動かん。今の俺はモアイ像だ。ずっと濃ゆい顔のまま微動だにせず、沈黙を押し通してやる。


「「ふぅ〜」」


「ふぉおおぅ!?」


 と思った直後、突如両耳に吹き掛けられたこそばゆい息により、いとも容易く奇声を上げてしまった。俺の言葉にゃ信憑性の欠片もない。


「ねぇねぇツム兄、今どんな気持ち? 可愛い女の子二人に息を吹き掛けられてどんな気持ち?」


「興奮しましたか? 興奮しちゃいましたか? 背筋がぞくぞくってなって、見るもの全てがいやらしく感じますか?」


「お前らは俺に何を求めてるんだよ!? 一応俺も男なんだからね!? 俺がそういう気分になって襲い掛かられても知りませんよ!?」


「禁断の愛……それもまた一興かと」


「一興どころか発狂しろそこは!」


「ん? 何? 何ですかツム君? 今の一興と発狂って……もしかしてラップですか? 上手いこと言ったと思いましたか? うんうん、上手いです上手いです」


「止まらないねぇ君達!? そんなに俺を弄ってよく飽きないねぇ!?」


「「それは勿論」」


 意志を疎通させやがって! てっきり俺はのんびりとしたトークで夜を過ごすと思っていたのに、さっきから声を張り上げてばかりだよ!


「たまには休ませてくれよぉ……毎日毎日疲れてんだよぉこっちは……」


「え? ホントに? それってどんな症状? 肩とか重くなったりしちゃう感じ?」


「憑かれてるんじゃない! 疲れてんの! 疲労困憊し切ってんの! 分かる!? 日本語分かります貴女!?」


「ねぇヒノ、さっきからツム兄うるさくない? 耳にキンキン響いてたりしない?」


 こ、この妹めがぁ……。いっそ一思いにボコボコにしてやろうか。……返り討ちに合いそうだけど。


「ツム君、ここはカラオケではないですよ。ここはのんびりと世間話に花を咲かせる落ち着いた場所です。もう少し静かにしましょうね? ぷくくっ……」


「だから原因はおまっ……君達なんだからな……」


 今日はぐっすり眠れるような気がする。主にこの非道な女の子二人が俺を疲れさせてきた影響で。


 叫ぶことで流石に体力が底を付き、顔から前のめりに布団に倒れ込んだ。三枚も敷いてあるんだし、一つくらい俺が使っても良いだろう。


 ……ん? あれ? 三枚?


「……ねぇミノちゃん。一つ聞いてもいいかな?」


「ん? 何?」


「うん。あのさ……今日の俺の寝床は俺の部屋で合ってるよね?」


「…………」


「いや、なんでそこ黙るの? なんでわざとらしくそっぽ向くの? その口笛吹いて誤魔化すの止めてくれない? スッゲー腹立つ」


 追求しても止めてくれる素振りはなく、ヒノちゃんはヒノちゃんでいつも通りの笑みを浮かべていた。


「……どう思います?」


「どうって……」


 出たよ天丼ネタ。何度も言わせないで欲しい。質問はこっちがしてるんだよ! たまには素直に答えを教えてくれよ!


「今のツム君の口振りだと、この部屋に三枚の布団が敷かれているから、今日は俺もここで寝ることになるのか〜、と思ったようですが……本当はどうだと思いますか?」


「…………」


 今度はこっちが押し黙る番だった。まさか早とちりな発言しちゃった感じ? また恥ずかしい勘違いをしてしまった感じ?


 ……洞穴は何処だ。誰か恥ずかしむ俺を匿ってくれ。


「ぷくくっ……安心してくださいツム君。寝床はここで合っていますから。今日は三人仲良く川の字になって寝ましょう」


 ……野郎、また俺の心を弄びおって。こう何度も顔に熱を帯びさせられたら堪ったもんじゃないっつんだよ。


 でもまぁ、勘違いじゃなかっただけありがたい――


「……ん? いやちょっと待って。ヒノちゃん、今なんて言った?」


「今ですか? 三人仲良く川の字になって寝ましょう、と言いました」


 正気か此奴。自分の言葉の意味を理解しているのか?


 さっきは冗談半分でここで寝てやろうと思っていたが、まさか本当にここに俺も寝させようとしていたと? この女の子二人に囲まれた密室で? いや、一人は妹だから良いけど、問題ある人物が目の前にいるじゃないですか。


「あのさぁヒノちゃん。いくらなんでも俺のことを信用し過ぎじゃない? さっきも言ったけど、俺も一応男だからね? 思春期真っ盛りの男子高校生だからね? こんな得体も知れない男と同じ部屋で寝るというのは、ちょっと抵抗あるんじゃない?」


「大丈夫ですよ。得体はちゃんと知れてますし、ツム君は信用しても信頼しても大丈夫な人だと確信してますから」


「何を根拠にそんなこと言ってます?」


「ぷくくっ……だってツム君、可愛いじゃないですか」


「根拠以前に何も関係ないよねそれ!?」


 可愛いから信用も信頼もできるって何!? 信じてくれてるのは凄く嬉しくはあるけど、なんか納得いかない!


「いちいち大袈裟だってばツム兄。そんな考え過ぎないで、昔のように私を抱いて夜を過ごせば良い話さ……」


「誤解を招くような言い方止めてくれない?」


 そういや子供の頃は毎日ミノちゃんと寝てたっけか。と言っても、ミノちゃんから俺の部屋に来て寝てたんだけど。抱き枕扱いされてたのも俺だし。


「なるほど。つまりツム君は妹大好き人間だったわけですね」


「違うよヒノ。過去形じゃなくて、現在進行形だよ。今も私はツム兄に愛され過ぎて……暇さえあればあんな事やそんな事を……ね?」


「ね? じゃねーよ。マッサージしてとか耳掻きしてとか言って来てたのは全部そっちでしょーが」


「ふふっ……でも何だかんだで言うこと聞いてあげてたんですね」


「…………まぁ」


 別に断る理由もないし、断ったら断ったらで駄々をこねるし。俺としては普通のことだと思ってたけど、実はそういうわけじゃなかったのか?


「二人は本当に仲が良いんですね」


「フッ、そりゃ当然さぁ。ツム兄は私に生かされてるようなものだからねぇ。私がいなければ、ツム兄はこうして在り来たりの日常すら送れない。だからツム兄は嫌々媚を売ってでも私と仲良くしなくちゃいけない状況化にあるわけだよ」


「媚ってなんだコラ。それに嫌々なんて思ったことねーよ。ちゃんと可愛い妹とし……んんゴホンッ!!」


 やっちまった。言ってはいけないことを口走ってしまった。


 寸止めしたものの、それは全く意味のない行為。一番重要視されるであろう言葉をハッキリと聞かれたようで、ミノちゃんは今まで以上の満面のニヤ顔を浮かべた。


「え? 何? 何て? 可愛い妹ぉ〜? ツム兄、私のこと可愛い妹と思っててくれたんだぁ〜?」


「ち……違う! 今のは言葉を間違っただけだ! 本当は鬱陶しいと言おうとしたんだ!」


「まぁまぁそんな照れなさるなって〜。大丈夫大丈夫、私もツム兄は大好きだからさぁ〜? にっししし〜」


「えぇい止めろ! 後ろから抱き付いて来るな! 本当に鬱陶しいわ!」


 嬉しそうな顔しちゃってまぁ。こういうのはまぁ……言葉にしなくても伝わってるもんだろ。相手が家族なら尚更だ。


「ふふっ、良かったねミノちゃん」


「ハッハッハッ〜。この調子でいずれツム兄は私色に染め上げてやるさぁ〜。そうすれば毎日マッサージしてもらえるし〜」


「おい、俺の価値観はそれだけか? もっと他にないのか?」


「勿論あるよ。可愛いところが」


「だからそれはもういいんだよ!!」


「照れるな照れるな。にっしっし〜」


 笑顔になりながら頬を擦り付けてくる妹が一人。いくつになっても甘えん坊なところは変わってないってか。ったく、まだまだこいつも子供だな。


「そうだツム兄。今日は気分が良いから、本日の就寝時は私を抱き枕として使うことを許可してしんぜよう」


「いや、結構です。寝相悪そうだしお前」


「なら私を抱き枕に使いますか? 自分で言うのもなんですが、安眠効果間違いなしですよ。ぷくくっ……」


「安眠どころか一睡もできなくなるわ! アホか!」


「え? 一睡も? それはどういうことですか?」


「もういいよこのパターン!」


 こうしてまた俺は、余計なことを口走ったことで今以上に二人から弄られることとなった。くそっ、小生意気な年下共め。


 ……まぁでも、そこまで悪い気がしなかったのもまた事実。大人の対応として、ここは先輩らしく広い心を持ってやることにしよう。


「にしても……まさかツム兄にシスコン疑惑とはねぇ。私萌えちゃうわぁ。も〜、ツム兄ったら可愛いんだから〜」


 ……大人の対応か。絶対無理だな。


 またもや信憑性のない思いを抱きながら、この後も俺はミノちゃん中心に弄られる羽目となった。

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