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放課後

 元は短編で書いていたんですが、まとめておきたいがために連載に移行しました。更新日は特に決まっていないので、そこのところはご了承くださいませ。

 俺には一つ歳下の後輩が存在する。


 高校生活をしていたら、そりゃ一人や二人の先輩や後輩くらいできて当然かもしれないが、そういう一般的な後輩とは少し違う。


「ツム君」


 今日授業で出されたかったるい課題をしている最中、真正面に座る後輩が話し掛けてくる。他でもない、彼女こそが今説明した人物である。


 相変わらず綺麗な黒髪ストレートで、ニヤニヤ顔に見事にマッチするタレ目具合。見た目は美少女でも、その中身は……ちょっとアレなので凄く困っている。


 そして今も、その表情は見るからにニヤついていて、完全に俺をハメる気満々だ。


「……なんだヒノちゃん」


「実は今朝、偶然目に付いた新商品のお菓子を買ってみたんですけど、良かったら食べませんか?」


 そう言って差し出して来たのは、至ってシンプルなデザインの九枚入りガム。既に何枚か食べた後があり、一枚のガムが取りやすく伸ばされている。


 なんて分かりやすい罠なんだろうか。今までこいつに散々騙されてきた過去を持つ俺だが、流石にこの程度の騙し討ちに引っかかる要素はない。


 だが敢えて乗っかってやろうじゃないか。バチンッと来るであろう絡繰が指に当たる前に手を引き、憎たらしいドヤ顔を浮かべてやろう。


「んじゃ、一枚だけ貰うよ」


 慎重に手を伸ばし、一枚のガムを目前に息を飲む。


 そして、ガムを掴んだ瞬間――


「いだっ!?」


 そこそこ強い静電気が俺の指先を襲った。


「ぷくくっ……学習しない人ですね」


 野郎! 物質系じゃなくて静電気ネタで攻めて来やがった! そんなの勝負受けた時点で負け確定じゃないか!


「くそっ、これで何度弄られたんだ俺は……」


「流石に数えてませんけど、かれこれ千回以上は突破してますよきっと。何か記念に贈呈しましょうか?」


「俺の汚名を形にしたいのが本音でしょそれ。貰っても押入れの隅に放置して、埃まみれの遺物にする自信しかないぞ」


「酷い言い様ですね。折角こうして作って来たのに」


「無駄なことに仕事が早いな!?」


 既に手遅れだったようで、地味に豪華なトロフィーが取り出された。そのトロフィーの先には俺の間抜け面が造形されている。高等技術を駆使してまで、完全に俺を馬鹿にしてやがるこいつ。


「はい、記念にどうぞ。ちなみに制作費は二万と三千七百円ですので、大切に取っておいてくださいね」


「いらん上に金額がリアル! 馬鹿なのか? 君は好きなことしか目に見えない猪突猛進馬鹿なのか!?」


 受け取らないわけにもいかないので、程良く大きいトロフィーを受け取る。


「いだっ!?」


 そしてまた、受け取った瞬間に微力の静電気が両手を襲った。その際にトロフィーを下に落としてしまい、どんだけ脆い作りなのか、いとも容易く砕き割れてしまった。


「ぷぷっ……くくくっ……」


 我が後輩はご満足なようで、良い笑顔を浮かべて笑っている。ぶん殴りたい衝動に駆られるも、かなり可愛いその笑顔のせいで俺の拳はいつも不発に終わる。


 中学の時からずっとこうだ。初対面であるにも関わらず、相手が先輩でありながらもちょいちょい悪戯を仕掛けて来ては笑っていた。


 それからずっとこのスタイルが現状維持だ。わざわざ放課後に教室で課題中なのに、こいつは纏わり付いてくる。余程の暇人なのか、あるいは……いやよそう、あり得ない話に頭を使う気はない。


「あのねぇヒノちゃん、見た通り俺はとても忙しいんだ。暇なら女友達の誰かとウインドショッピングにでも行ってきなさい」


「いえ、私はツム君を見ている方が楽しいので」


「見学で済むなら俺も何も言わないけど、君の場合は完全に弄りに来てるでしょーが! 俺は何も楽しくありません!」


「……そうですか」


 しゅんとなって俯いてしまうヒノちゃん。まずい、今のは言い過ぎたのかもしれない。


「そ、そんな落ち込まないでよ。嘘だよ、若干は楽しんでるから。でも少しは加減を――」


「ツム君、そんなことより課題をやらないと駄目ですよ。とても忙しい身なんですよね?」


 演技派女優も舌を巻く演技力。どこまで俺を茶化せば気が済むんだこの娘は……。


 もう無視だ無視。課題に集中しよう。今から何をされても決して反応しないでポーカーフェイスを決め込んでやる。


 シャーペンを手に課題だけを視界に捉える。俺の凄まじい集中力を見せてやるよヒノちゃん。


「ツム君」


「…………」


「ツーム君」


「…………」


「……えいっ」


「うぐっ……」


 色んな角度からあだ名で呼ばれるも、シカトを通す。だが、呼ぶだけじゃ俺が反応してくれないと悟ったのか、人差し指で脇腹を突っついてきた。


「えいっえいっ」


「ふっ……ぐぐっ……ぐふっ……」


 た、耐え抜け俺! ここで我慢し切ったら俺の勝ちだ! 流石に俺がこうして何も反応せずにいたら、ヒノちゃんも俺弄りに飽きて帰るはずだ!


「ふむ……じゃあ今度はここを」


「……くはぁっ!?」


 脇腹から狙いを脇に変更し、くすぐったい手使いで両の脇を掴まれた。んなの耐えられるわけないだろーが!


「えぇい鬱陶しい! 何なんだ君はもう!」


「ぷくくっ……なら無視しないでくださいよ。話だけでもしてくれないと退屈じゃないですか」


「分かったよ! 話は聞くからタッチは止めて! 課題どころの話じゃなくなるから!」


「聞くだけじゃなくて、受け答えもしないと駄目ですよ?」


「話すから! ちゃんと会話するからもう勘弁して!」


 多少涙目になって訴えると、ヒノちゃんは「分かりました」と返事を返し、笑いを(こら)えながらも座り直した。


 くそぅ……完全にヒノちゃんのペースに包み込まれている。このままじゃ引き下がれんよ俺。ここは一つ、ヒノちゃんが真っ赤になって照れるような発言をし、「何赤くなってんの〜?」的な発言をニヤニヤしながら言ってやろうじゃーないか。


 しかしそう簡単に思い付かないな……何か良い案はないだろうか?


 …………いや待てよ? 気付いてしまったが、この状況こそが既にネタにできるじゃないか。ふふふっ、見てろよヒノちゃん。その可愛い笑顔を赤く染めてやるぜ。


「やれやれ、ヒノちゃんは本当に暇人だな。しかも暇潰しのためにわざわざ俺のところに毎回来るだなんて、もしかしてヒノちゃんって俺のこと好きだったりするのかな〜、な〜んて?」


 決まった! これは決まったぞ俺! ここで返ってくるであろう台詞は、「べ、別にそういうのじゃありませんし!」だろう! ふははっ! さぁ見せてもらおうじゃないかその反応を!


「…………」


「……あり?」


 予想が外れてしまったようで、ヒノちゃんはいつになく真面目な表情を――と思いきや、すぐにいつものニヤニヤ顔になった。


「……どう思います?」


「……はぃ?」


「だから、ツム君はどう思いますか?」


「どうって……」


 何その返し? こっちが質問してるのに、何故聞き返してくる? 俺はエスパーじゃないし、ヒノちゃんの気持ちなんて分かるはずもなし。


 からかわれているんだと分かってる。今までの経験上から痛い程学んでいることなのに、何処か期待してしまう俺がいる。


 顔に熱が帯び始めた。止めろ止めろ深く考えるな俺!


「ぷくくっ……顔が真っ赤ですよツム君。もしかして、照れてるんですか?」


「は? 何? 照れる? 一体何のことかさっぱりなんですけど? そもそも照れるって何? 照れるという感情が俺には全く分からなーい」


 畜生ぉ!! 照れさせるはずが、カウンター喰らってこっちが照れてしまった! これならいけると思ったのに、なんて手強いんだこの後輩!


「駄目ですよツム君、冗談を本気にしたら。こんな風に弄り返されるのがオチなんですから」


「分かってるよ! すいませんね見栄張って! どうせ俺は嘘偽りの言葉に容易く心動かされる軟弱者ですよ!」


「怒らないでくださいよ。ほら、ガムあげますから」


「くどい! 二度あることは三度あるなんて迷信――あっ、本物のガムだった……」


「くっ、あははははっ!」


 ドッと笑い出して腹を抱えるヒノちゃん。こっちの気も知らずに良い笑顔浮かべやがって、実に憎たらしい奴だ。


「ホントにツム君はからかい甲斐がありますね。いちいち反応が面白過ぎです」


「好きでこんな反応してないわ! 誰のせいだと思っとんじゃ!」


「まぁまぁそう怒らずに。良いじゃないですか面白い人。それも立派な長所の一つですよ」


「丸め込めようったってそうはいかんよヒノちゃん。仮に俺が面白い人だったとしても、今までの経験上からして何一つ得したことないからね? むしろ君に弄られまくって損してるくらいだからね?」


「損してるんですか? それは一体どんな損なんですか?」


「どんな損って……まず第一に馬鹿にされてるでしょ」


「馬鹿にしたことはないですよ。ただ私はツム君を弄ってるだけです」


「ぐっ……じゃ、じゃああれだよ。弄られ過ぎることによってストレスが溜まってる的な」


「そうなんですか? むしろ私から見たらツム君は機嫌良く見えますけど」


「……心労が――」


「嘘ですね。ツム君は一晩寝たら嫌なことを綺麗さっぱり忘れるような人間ですし」


「なんでそんなことまで知ってんの!?」


 心眼でも使えるのか、俺の素性が丸バレしてしまっている。そんな馬鹿なことがあるか、自分の身の丈の話なんて一度足りともしたことないんだぞ。


「あっ、本当だったんですね。カマ掛けてみただけなんですけど、もしかしてわざと引っ掛かってくれたんですか?」


 うっぜぇ!! 知ってて言ってるくせに! 素で引っ掛かってしまったんだと分かりきってるくせに! 殴りたいけど殴れないその笑顔にむかっ腹!


「ぷくくっ……後悔後に立たず、ですよ。ツム君は開いた口を塞ぐ努力をした方が宜しいのでは?」


「そうしたいのは山々だけど、喋らなかったら喋らなかったで脇腹やら脇やらを突っついてくるでしょーが。俺を八方塞がりにして楽しいです貴女? 楽しめてます貴女?」


「えぇ、それはもう(ニッコリ)」


 遠慮も躊躇もあったもんじゃない。これはもう弄りじゃなくてイジメだよイジメ。あーはいはい、どうせ俺は年下になめられてばかりの威厳無き先輩ですよ。


 興が削がれて課題をやる気が一気に失せてしまった。そもそも俺は課題をやる場所を最初から履き違えていたらしい。


 ノートや筆箱云々をリュックにしまい、席を立ち上がる。


「あれ? やらないんですか課題?」


「あぁ、どっかの誰かが妨害してくるからね。俺はさっさと家に帰って一人ゆっくりと勉学に励む」


「なら帰りましょうか。あっ、ついでにちょっとお買い物に行きましょうよ。私買いたい物があるんです」


「うん、人の話聞いてた君? 俺はさっさと帰るって言ったんだけど?」


「そうですか……帰りに荷物を持つのが大変だから手助けして欲しかったんですが、ツム君は箸より重い物を持てない乙女男子だったんですね。すみませんその……無理言ってしまいまして」


「誰が乙女男子だ! こう見えて結構力はあるんだぞ俺!」


「……また見栄張ってます?」


「張ってない! 事実無根の筋力はここにあります! ほら見ろ、このポッコリ膨れ上がった筋肉を!」


 制服の袖を捲って力こぶを作る。日頃キツすぎない筋トレを積み重ねているため、キチンと成果はこの腕に出ている。どうよこの筋肉、並大抵の学生レベルを超えているだろう?


「ツム君、ひょっとして今ナルシストになってません? 別に見せて欲しいだなんて言ってませんよ私」


「そういう流れだったから見せたんだよ! 急に冷たい態度取らないでよ! 泣くぞ!? いい歳こいて泣き喚くぞ!?」


「どうぞどうぞ。私は静かに見守っていますので、存分に泣き喚いて結構ですよ」


「腹立つ! この娘腹立つ!」


 結局この後、学校から真っ直ぐ家に帰ろうとしても、ヒノちゃんの弄り妨害によってそれは阻まれ、やけくそ気味のまま街の方へと繰り出すこととなった。




〜※〜




「先に言っておくけど、俺は何も奢らないからね? 見た目通り金には乏しい小遣い学生なんで」


「大丈夫です。私はちょこちょこバイトしながら無駄遣いせずに貯金してるので、誰かに奢ってもらうという概念はないですから。そもそもツム君は、先週に新作ゲーム買ってお金ないこと知ってますし」


「だからなんで俺の内情を知ってるんだ君は……。まさかストーカーとかしてないよね?」


「……どう思います?」


「またその受け答えだよ! しかも今回に限ってはリアルに怖いよ!」


「ぷくくっ……冗談ですよ。たまたま友達とお買い物してたら偶然見掛けただけです。確かゲームのタイトルは、俺のハーレム――」


「わざわざ口に出さんでいい! 絶対わざとだろそれ!」


 不覚なことに、俺が恋愛シミュレーションゲームに一枚噛んでいることがバレてしまった。女の子相手にそういうゲームやってるのがバレるとか、軽く死にたい気持ちになる。


「言うなよ? 絶対俺の知人とかに言うなよ? 言ったらアレだからね? 君が女の子と言えど張り倒すからね?」


「ツム君、できないことを軽々と口にしない方が身のためですよ?」


「な、なめんなしっ! いざとなったら俺はできる男だしっ!」


「なら口封じのために今ここで張り倒しますか? ほら、良いですよ好きにして」


「くっ……何処までも俺を馬鹿にしてからに……」


 ニヤつき顔のまま歩を止めて両手を広げるヒノちゃん。無論、ここはデパートの中なので張り倒せるわけもない。完全に俺を舐め腐ってやがる。


 野郎……今は無理でも、ここで何らかの手段を使って辱めに晒してやる。もう二度とここに顔を出せないような恥辱を受けるがいいわ!


「ほら、遊んでないでとっとと行くよ。てゆーか何を買いに来たのか何も知らされてないんだけど」


「ぷくくっ……まぁ楽しみにしててください」


「…………そッスか」


 そこでニヤニヤするということは、間違いなく俺が大きく関係してくる何かなのだろう。全く想像が思い付かないから余計に怖い。


 ……なんて、恐れてる場合でも無し。俺はこの憎たらしき娘に復讐――いやそこまで物騒じゃないな、仕返しだ仕返し。それを決行するためにも臆するな、俺!


 デパートの中を歩くこと数分。ヒノちゃんがとある店の前で歩を止め、俺の方に振り向いた。


「着きましたよ。ここです」


「…………は?」


「どうしましたツム君?」


「いや……どうしましたじゃなくてさ……」


 お買い物をしたくて荷物を持ってほしいと言うから、大量の食品か、それなりに大きい家具でも買いたかったのだろうと思っていたのが浅はかだった。


 俺としたことが油断していた。俺を買い物に連れて行く時点で、彼女が何か良からぬことを企んでいたのは明白だったはず。今更それに気付いてしまうだなんて、ヒノちゃんが言っていた通り学習しない奴だな俺も。


 ヒノちゃんが指を差す店。それ即ち、女性物の下着の巣窟であるランジェリーショップである。


「ほら、入りますよ」


「すいません、僕これから英会話の塾があるので失礼します」


「……恥ずかしいんですか?」


「あっー! ごめんごめん、俺ってそもそも塾とか通ってなかったわー! ほらほら何をモタモタしてるんだいヒノちゃん! さっさと行きますよもう!」


 ニヤつき顔で馬鹿にされて引き下がれるか! 上等だ! 入ってやろうじゃねーかこの女の子の巣窟店に!


「うっ……」


 人生初のランジェリーショップへと一歩を踏み出す。すると当然のこと、視界に映るのは色とりどりの下着の数々。無意識のうちに顔に熱が生じた。


「ぷくくっ……今どんな気持ちですか?」


「いいからとっとと選びなさい!」


「ならそうすることにしますね。先に言っておきますが、女の子の買い物は総じて長いので気を長くしておいてくださいね?」


「……善処します」


 意気込んで中に入ったのは良いが、もう心が折れそうだ。何処を見ても下着一色で目のやり場が見当たらないし、周りにいる女性客の数人が俺を見て密かにくすりと笑ってるし、やはりここは男が入る店なんかじゃなかった。


 こんなにホームシックになっているのはいつ以来だろうか。あぁ、早く帰りたい。帰って秘蔵の盆栽コレクションを見て和やかな気持ちに包まれたい。あわよくば可愛い女の子に優しくされたい。無論、弄り趣味のない清廉潔白な性格の女の子に。


 ジッと下着を見ているわけにもいかないので、ヒノちゃんの背中を見ながら黙って付いて行く。


 すると、俺の視線に気付いたヒノちゃんが首を振り向かせて、俺の顔を見てまたニヤついた。


「どうしました? 私の背中に何か付いてます?」


「……何も」


「ふむ……ツム君、もしかして今エッチなことを考えてませんか?」


「考えてませんが何か?」


「でも私の背中の上の辺りを見てましたよね? ほら、このブラの付け目があるであろう位置を」


「妙な言い掛かりを付けるんじゃない! 他に目のやり場がないだけです!」


「まぁまぁ、そうムキにならないでください。冗談だって分かっているでしょう?」


「この状況でそういう冗談止めてくんない!?」


「この状況……それはどういう状況ですか? 事細かく説明してください」


「選べよ下着を! 俺で遊んでないで!」


 まさか女の子にセクハラされる日が来るとは思いもしなかった。いっそ訴えてやろうかこのニヤニヤ娘。


 流石に懲りたのか、俺から視線を離してキョロキョロと周りを見渡すヒノちゃん。目が付いた商品を発見できたのか、フリルの付いた可愛いデザインのブラを二つ手に取り、見比べ出す。


 そしてまた、わざと俺に見せびらかすようにニヤッと笑った。


「ツム君」


「言っておくけど、俺は何の意見も言うつもりないんで」


「こっちとこっち、どっちが私に似合うと思いますか?」


「知らんわ。ブラを選ぶセンスなんて俺にはない」


「え? それよりあの際どい紐ブラの方が似合うと? エロさがより醸し出されると? もうエロければ何でも良いと?」


「誰もそんなこと言ってない!」


「でもぶっちゃけ思ってはいましたよね? やっぱりエッチですねツム君は」


「止めてくんない!? 言い掛かりで俺の自尊心を傷付けるの止めてくんない!?」


 爆笑するのを堪えて両手で口元を塞ぐヒノちゃん。ここはからかいアイテムの巣窟でもあるのか? 形勢が不利すぎてヒノちゃんを辱める以前に、自分の身を守ることで手一杯だ。


「で、どっちが似合うと思いますか?」


「話戻すんですね結局……」


「フフフッ……言うまでこの状況は永遠に続きますよ」


 とんだサディストだ。意見を言うまで帰らせないときた。というか、男の俺にそんなこと聞いて恥ずかしくならないのかこの娘は? その度胸を今だけ貸して欲しいものだ。


 他に逃れる手段も思い付かないので、邪な感情を抱かないよう心掛けて、二つの下着をジッと見比べる。


 一方は黄色と白が混ざり合った水玉模様。もう一方は桃色と白が混ざり合った横ラインのしましま模様。


 ……どうしよう、どうでも良い気持ちがでかすぎてどっちでも良いとしか思えない。


「うーん……ちなみにヒノちゃんの好きな色は何さ?」


「黄緑です」


「じゃあ黄緑のやつにしろよ! 何故この二つを選んだ!?」


「デザインが好みだったからですよ。まぁ、もっと良さげな物があるんですけど」


「だから何故それを選ばない!?」


「さぁ、何ででしょうね?」


「聞いてんのこっちぃ!!」


 いかん、興奮し過ぎて息切れしてきた。手の平の上で俺を弄びやがって、傍観者は楽しそうで良いご身分ですこと。


「頼むから……早く決めてください……」


「ならこれをちょっと持っててください。他にも良いデザインの物が沢山あるので」


「何でもいいから早くして……」


 言われるがままに二つのブラを持つと、ヒノちゃんは店内を歩き回ってあらゆる場所からブラを持ち出し、全て俺に渡してくる。お陰で俺の手はブラとパンツだらけ。


 マジで何なのこの状況。つーかどんだけ買うつもりなのあの娘?


「……あっ」


 すると突然、何かを思い出したような呟きをして、下着回収を中止して俺の方に戻って来た。


「すみませんツム君。ちょっとお手洗いに行きたいので、ここで待っててもらえますか?」


「別に良いけど早く戻って来てよ。色々と誤解される前に」


「誤解? それはどういった誤解ですか?」


「いいから早よ行け!」


「ぷくくっ……では行ってきますね」


 そうしてヒノちゃんは姿を消した。大の方じゃ無いことを心から祈りつつ、俺はジッと待ち続ける。



 〜五分経過〜



「……」



 〜十分経過〜



「…………遅い」



 〜二十分経過〜



「………………詰まってんのかな」



 〜三十分経過〜



「遅い!!」


 どれだけ時間が過ぎても帰ってくる気配がない。大の方だったとしても、三十分も掛かる大とか滅多にない。胃腸炎か何かになって腹を下した時ならまだしも、ヒノちゃんは至って健康そのものだったはずだ。


「ちょっと見てあの人……」


「うわぁ……」


 新しく来た女性客にこの姿を見られ、影でボソボソと良からぬことを呟かれる。あの野郎、帰ってきたら覚えてろよ。


「あの〜、お客様?」


 誤解が誤解を招く連鎖が続いた祟りか、ついに店員のお姉さんに声を掛けられてしまった。やばい泣きそう。


「違うんですお姉さん。これは連れが持っててと言われて持ってるだけなんです。決してアレ目的なアレじゃないんです。俺のこのピュアな瞳を見て信じてください、いやホントに」


「いえ、そうではなくてですね。先程、貴方のお連れの方から伝言を預かっていまして」


「……伝言?」


「はい。えーと……『ツム君。私はアクセサリー店の方に行っているので、下着は全部戻しておいてください』と言っておいてほしいと」


「…………そッスか」


 んの野郎ぉ!! またもや俺をハメやがった! またもや俺を辱めやがった! この耐久レースがどれだけ恥ずかしく、周りからの視線が痛かったことか! あの娘には人情というものが無いのか!?


「くそぉぉぉ……これはあそこでこれはあっちで……」


「お客様、宜しければ私がお戻ししておきますが……」


「いいんです! ここで他人の力を借りたら、余計に俺のプライドが傷付けられることになるんです! どれだけ屈辱的なことであっても、折れたらそこで負けなんです!」


「は、はぁ……」


 困り顔の店員さんを背に、あっちゃこっちゃと店内を走り回る俺。店の人以外から見たら変質者にしか見えないことだろう。現にまた周りの視線が痛々しいし、少し油断したら目から涙粒が溢れてきそうだ。


「あっ、そういえばお客様」


 粗方元の位置に戻せたところで、店員さんに話し掛けられる。一方、俺の方は肩で息を切らしていて、口を聞く余裕が殆どない。もう放っておいてほしいのになぁ……。


「先程、あの二着の下着で迷っていたようですが、宜しければどちらか彼女さんに買っていきませんか?」


「いえ、彼女じゃないのでそういうのはいいです」


「え? 違ったんですか? こういう店に二人きりでくるから私はてっきり……」


「……やっぱそういうものですよねぇ」


 確かにここは男女の友達同士でやってくるような場所ではない。ウィンドウショッピングだとしても、来ることはあり得ないと俺でも思う。普通なら気まずい空気が流れて話もロクにできない状態になるはずであるが、あの娘はちょっと……いや、かなり特殊だからな……。


「なら日頃のプレゼントとしてはどうですか? きっと喜ぶと思いますよ?」


 商売に必死なのか、どうしても買ってもらいたいらしい。でもこの人は明らかに冷静さを欠いていると言えるだろう。


「あのねお姉さん、よく考えてみてください。ただの友達の男が『はいこれ、プレゼント』と言って渡してきたものが下着って……セクハラですよね?」


「あっ……はい……」


「…………む?」


 まてよ……これは盲点だったが、反撃の狼煙を上げるチャンスなのでは? 幾度となく逆セクハラ行為を受けてきた俺だが、ここで逆に俺がセクハラ返しをしたらどうなるか?


 一度も試したことはないが、いかにあのヒノちゃんであっても赤面する可能性があるんじゃないか?「まさか本当にしてくるなんて……」みたいな、予想外の逆襲にテンパるんじゃないか?


 ニヤリと口元が緩む。店員さんにちょっと引かれる反応をされたが、まぁ良い。


「えーと……じゃあ、あの下着を買いたいので、何かに包んでくれますか?」


「え? いやでもセクハラと……」


「事情が変わりました。なので一着だけください」


「はぁ……かしこまりました」


 見てろよヒノちゃん。今度こそお前さんを俺の手で辱めてやるぜ。


 へっへっへっへっへ……って、あれ? 俺なんか変態化してない? 大丈夫? 大丈夫なのかこれ?




〜※〜




「あっ、遅かったですね」


 伝言通り、近場のアクセサリー店に足を運ぶと、ヒノちゃんの姿があった。ニヤニヤしやがってこんにゃろう……。


「遅かったですね、じゃないよ。俺が一体どんな目に遭ってたか分かる君?」


「そんなことより、ツム君」


 問答無用で話を切られる。そんなことと一言で片付けおったよこの娘。鬼か。


「その手に持ってる買い物袋はなんですか?」


「ん? これ? これはねぇ……」


 素顔の裏でニヤリと笑い、ヒノちゃんに差し出すように買い物袋を見せ付ける。


「ちょっと近くの店で目を付けた物があってね。あげるよこれ」


「プレゼントってことですか? どうしたんですか急に?」


 しまった、建前を何も考えていなかった。ここはアドリブで乗り切るしかない!


「あ、あれだよほら。日頃俺みたいな奴と遊んでくれてるお礼的な? 言っておくけど深い意味はないからね? それ以上の意味とか何もないからね? 勘違いしないでよね!」


「そうですか、それは奇遇ですね」


「へ? 奇遇?」


 すると、ヒノちゃんも買い物をしていたようで、後手に隠されていた小さな袋を差し出してきた。


「実は私も用意しておいたんです。これは私からの日頃のお礼ということで、受け取ってください」


「は、はぁ……どうもッス……」


 怪しみながらも物を受け取り、下着が入った買い物を同時に差し出す。


「開けていいのこれ?」


「良いですよ。でもそんなに期待しないでくださいね?」


 期待も何も、どうせ罠的な物が入ってるんだろう。手を入れた瞬間に静電気が迸ったり、ベトベトの液体で手がドロドロになったり、うじゃうじゃした気色悪い虫で悲鳴を上げることになったり、想像すればするほどオチが見え透いて来る。


 でも受け取っておいて開けないわけにもいかないので、恐る恐る中身の物を確認し、手に取った。


 出てきたのは、綺麗なパワーストーンで出来た二つブレスレット。金色の物と、エメラルドグリーンの物が入っていた。


 ペタペタと触れてみるが、静電気が発生することはない。嫌な感触もしないし、虫の仕掛けなんてあるわけもなし。


 マジだ。このタイミングでマジ物のプレゼント渡してきてくれちゃったよこの娘。


「良いのこれ!? 何か凄い高そうに見えるんだけど!?」


「安心して良いですよ。それは知り合いに頼んで素材を貰って、私が独断で作った物なので」


 しかもここで買った物じゃなくて、まさかの手作りだと!? ヒノちゃんって実は女子力高い人!? 普通に凄ぇ!


「私はこんな性格ですから、きっとツム君には嫌われているんでしょうけど、それが少しでもお詫びになれば幸いです」


「は? いや別に嫌いだなんて一言も言った覚えは……」


「……じゃあ好きなんですか?」


 少し溜めてから唐突にそんな質問をしてきた。笑ってはいるが、いつもの冗談めいたニヤつきの笑みではない。


 心の何処かで意識しているのか、またもや顔に熱が帯びてきた。


「いや……好きというかなんというか……嫌いではないというか……」


「よく分かりませんね。分かりやすく言ってくださいよ」


「分かりやすくってなんだよ! 君は何を求めてるんだよ俺に!」


「……何だと思います?」


「い、いやだから……」


 お得意の質問返し。本人の考えの真相は本人にしか分からないというのに、俺が理解できるはずもなし。


 モヤモヤした何かにざわつきを感じる。いやいや違う、違うから。この娘は俺を弄り安い先輩としか思っていないはずだ。俺だって憎たらしい後輩としか思っていないはずだ。


 別にそういう感情とかねーし? 好きとかまずありねーし? 年齢=彼女無しの状況に心折れて、もう期待とかしてねーし? 夢のまた夢の見過ぎだ


「……分からん。それ以前に答えがないんじゃないの?」


「ふふっ……それはですね……」


 すると、急にヒノちゃんが身を乗り出して顔を徐々に近付けてくる。


 え? マジなの? まさかそういうことだったの? ま、待て! まだ心の準備が!?


「っ~~~!」


 思わず目を瞑ってしまう。


 そして、くすりという僅かな笑い声が聞こえたと思いきや、鼻先に指先が触れた感触がした。


 目を開くと、人差し指を俺の鼻先に当てたヒノちゃんが、ニッコリとした笑みを浮かべていた。


「その可愛い顔ですよ♪」


「…………」


 ま、まぁ分かってましたけどね。結局は弄りオチだってことくらい、今までの経験上から察していましたよ。別に残念だとか思ってないし、勘違いしないでよね!


 ……俺は誰に対して言い訳してるんだろうか。


「それじゃ、今度は私の番ですね。さて、なにが入ってるのかな〜?」


「え? い、いやちょっと待って!」


 真面目なプレゼントからのそれはヤバい! いつものジョークグッズネタだったら良かったものの、このタイミングでそれを渡してしまっては、俺はマジでヒノちゃんから変態扱いされてしまう!


 だが時既に遅く、ヒノちゃんは取り出してしまった。彼女の好きな色である黄緑色のデザインの下着を。


 ヒノちゃんが掴んだ下着を見つめ、時が一瞬だけ固まる。そして――


「ぷくくっ……あははははっ!」


 キツく縛られていた紐が解けるように、ヒノちゃんの笑い袋が爆発した。対象的に俺の顔は真っ赤に染まる。


「くくくっ……さっきのお店で買って来たんですか。良いチョイスですよツム君」


 反論したいが何も言えない。そもそも口を開く余裕すらない。


「しかもツム君、これ見たところサイズが合ってませんよ。私こう見えても、AカップじゃなくてBカップですから」


 そういやサイズを選ばずに適当に買って来てしまった。というか、堂々とバストサイズを言っちゃってるんですけど。やばい、顔が焼き上がりそうだ。


「ふむ……もしかしてツム君は、敢えて小さなサイズを選んできて、キツキツになった私の下着姿を見たかったということなんですね? やっぱりエッチですね、ツム君は」


「い……言い掛かりだぁ……でもごめんなさい……」


「ぷくくっ……でもまぁ、身に付けられないこともないので、大切に扱わせてもらいますね。このセクハラの意味が込められた下着を」


「違うんです! そういうわけじゃ……いや強ち間違ってないけど、でも意味合いの違いというかなんというか……」


「ならそういうことにしておきましょうか」


「そのまとめ方止めてくんない!?」


「そんなことよりツム君。私何だかアイスが食べたくなってきました」


「わ、分かったよ! 奢るよ! 奢るからこの事は金輪際忘れてください!」


「さて、それはどうでしょうかね〜?」


「ぐっ……この野郎ぉぉぉ……」


 きっと、ヒノちゃんがこの出来事を忘れることはないだろう。彼女にとって、俺が弄られた思い出は後々ネタとして切り返しをするネタとなるから。


「それじゃ、行きましょうか。あっ、宜しかったらこれに着替えてきましょうか?」


「いらん気遣いすな!」


「ぷくくっ……本当に可愛いですねツム君は」


「んなこと言われても嬉しくないわ!!」


 この後、色々な場所に連れられて散々弄られるが、不覚にもヒノちゃんと遊んでいるこの二人きりの状況を楽しんでいる俺がいた。


「……やっぱり、さっきの時に――しておけば良かったかな……」


「ん? なんだって?」


「いえ、何でもないです」


 何を言ったのか聞き取れなかったが……いや、きっと気のせいだろう。


 自然と口元が緩み、無意識のうちに俺はヒノちゃんと共に笑っていた。

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