最後のストレート
もしも、自分に才能があったら剛速球をなげる投手になりたい。そして甲子園で優勝したい。
主人公の達川大樹は野球少年の夢みる姿かもしれない。そしてそこにはライバルと仲間。
大きな代償があったとしても、男は夢にチャレンジしたい。ヒーローに憧れる男達の夢見る世界です。
あなたが主人公になって読んでもらえれば幸いです。
最後のストレート
登場人物
達川大樹 16歳
160キロを超えるストレートを投げる天才投手。中学で肩を壊して野球をあきらめたはずが・・・
谷川有美 16歳
大樹の幼馴染 野球をあきらめた大樹を心配する
大野重人 16歳
大樹とはシニアリーグ時代からの友人、俊足で攻守のセンター。野球よりサッカーに興味あり
吉岡敦史 16歳
シニアNO1キャッチャーであったが腰を痛めて野球をあきらめる
山村真人 18歳
シニアリーグからの先輩。天成の長距離バーター。膝の故障で野球から遠ざかる。サード
中村義春 17歳
シニアリーグからの先輩。父が医者でそのあとを継ぐ為に野球をやめ勉強に励む学校一の秀才。セカンド
東幸成 16歳
大樹にあこがれるまじめな野球好き。ショート
水野明生 18歳
吹高のキャプテンで元エース。
新藤菊次郎 16歳
大樹と同じ中学、実家が近くのナナサン商店街で花屋を営んでいる本来はサードだが・・・レフト。
清川和孝 17歳
名門星斗学園の四番。プロが注目する逸材!大樹とはリトル時代からの親友!
並田和巳 17歳
星斗学園のエース。大樹とはリトルからのライバル
川上健二 27歳 大樹のシニアの先輩で吹高の先生
第一章新たな生活
1
空はどこまでも青く、桜並木は薄いピンクで彩られ、これからの新生活を応援しているようだった。
俺の名前は達川大樹、神戸市立吹上高校の一年生!自慢じゃないけど中学まではシニアリーグでかなり名の知れたピッチャーだった。
今では、ただの高校生
「大樹、大樹ったら!ちょっとまってよ」
後ろから大声で呼んでるのは幼馴染の谷川有美だった
「何だよ?朝からうるさいなぁ!」
「ちょっと待ってくれてもいいじゃない!」
「何の様だよ!」
「同じ学校行くんだから、一緒に行けばいいじゃない」
「何でお前と登校しなくちゃいけないだよ!ばら色の高校生活のスタートに!」
「何言ってるの?幼稚園から初日はずっと一緒でしょう」
有美とはご近所さんで親父同士が友達で生まれた頃からずっと一緒にいる仲である。
「おはよ!お二人さん」
振り向くと同級生の大野重人がいた。
「おはよ」
「おはよう、大野君」
「相変わらず仲いいね。付き合ってんの?」
「やめてよ!こんな男!」
「こっちこそ、ごめんだね」
「まぁまぁお二人さん、ところで大樹!サッカー部に入る気になったか?」
「えっ?大野君、野球部じゃないの?」
有美は驚いた様に聞いた。無理もない、大野はリトル、シニアと野球一筋で俺とは違うチームだったが、その俊足で攻守は有名で、選抜チーム選ばれるほどだった!
「俺、サッカー部だよ!野球は中学で終わり。これからは世界を目指すんや!」
「そうなの?大野君ってサッカー部なの?」
何だか困惑の表情で有美は聞き帰した。
「大野は高校ではサッカーやるってずっと言うとったんや。」
「へ〜ぇ、大野君が野球じゃないんや?どこか怪我したの?」
「怪我なんかしてへんよ。俺は野球も好きだけどサッカーも好きなんや!可能性にチャレンジってとこかな」
大野はおどけてみせた。
「放課後に見学に行くよ。まだ、決めかねてるから」
「OK!一緒にサッカーやってみようや!じゃぁ、待っとるな。それじゃ!」
大野は振って走って行った。
「大野君がサッカーね?」
「何や不満か?」
「そうじゃないけど、何か持ったいないなぁと思って。」
不満そうな顔の有美を残して俺も走り出した・
「ちょっと、待ってよ!」
2
俺たちの通う高校は、県内でもそこそこの進学校だった。
部活はそれほど強くは無かったが、校風と立地が良く人気の高校だった。
野球が出来なくなり、打ち込める物を失った代わりに受験勉強に精をだして入学を果たしたのだった。しかし、その後が見つからずに初登校を迎えていた。
「おはよ!大樹。」
「おはよ、吉岡」
同じクラスの吉岡敦史だった。彼もまた、リトル、シニアと強肩、強打のキャッチャーとして活躍したが、俺と同じ様に彼は腰を痛めて野球を断念!シニア時代は選抜チームで俺とバッテリーを組んでいた。
「新聞見たか?」
吉岡がスポーツ新聞を机に放り投げた。
「何や?」
「清川君が一面やで!高校通算早くも20号やって」
清川和孝、名門 星斗学園野球部の四番ファースト。プロが注目する逸材!昨年の夏の甲子園で一年生ながら四番を打ち、一試合3ホーマーを拭く大会新記録の7ホームランを打った怪物スラッガー!俺とはリトル、シニアと同じチームで歳は1コ上だが親友だった。
「凄いね!カズは、天才だね。」
新聞を広げて記事に見入った。
「大樹はどうすんの?」
「俺?大野がサッカーやらないかって言ってるから、放課後見学に行くよ」
「そっか、サッカーかぁ。」
「お前こそどうすんだよ?」
「スポーツは当分無理だろうから、軽音楽部でも入ろうかと考えてるところ」
「お互いつらいな」
俺は新聞に目をやったまま言った。
授業開始のチャイムが鳴った。席に着き、大樹は窓からグランドを見ていた。
俺と清川が出会ったのは小1の時だった。
大淀ホークスと言う少年野球チームに父親の友人の紹介で入部したのが小1だった。
当時、背が高いほうだっだけど、それを越える身長で一個上の少年がいた。
それが、清川和孝だった。
なぜだか二人は意気投合し、カズちゃん、大ちゃんと呼び合い切磋琢磨する仲になったのだった。
二人は体格の良さもあり、チームでは主力選手としてクリーンアップを打つほどになった。
「大ちゃん、俺リトルに行こうと思う。」
「リトルって硬球やで!大丈夫?」
「将来甲子園行くには、硬球つかうほうがええと思うから。大ちゃん、一緒に行こう」
「えっ、僕も?」
そして二人はリトルリーグに入った。清川は投手とファースト、俺はショート
二人はそこでも活躍した。周りから注目される選手になっていった。
清川が6年、俺が5年の時にはリーグで優勝し、日本代表としてアメリカ大会に出場した。
そのころから俺は投手に転向し、そのスピードとコントロールの良さに周囲を驚かせた。
「大ちゃん、俺、先にシニアに上がるけど、待ってるからな。二人でもっと上行こう」
「当たり前や、甲子園で優勝してプロ行くからな、絶対に!」
天才バッター清川と、50年にひとりの逸材達川の名前は全国区で広がり有名校はおろかプロのスカウトまでが見学に来るほどだった。
中学の間、二人は勝ち続けた。関西選抜や日本代表としても召集され、その力を発揮した。
清川は大阪の名門、星斗学園にスカウトされ、一年生で四番を打ち、甲子園で大活躍!
そのころ、俺も星斗学園進学がほぼ決まり!中学最後の夏の大会を戦っていた。
そして、決勝戦で敗れた!まさかの敗戦、それと同時に訪れた肩の痛み!すべては終わった。
診断は右肩内膜損傷。スピードが出なくなった以前にマウンドからホームベースまで球届かなくなった。栄光へのレールから外れる事になった。
第二章消えない感覚 1
「大樹!」
大声で呼ばれた先には、シニアの時2個上の先輩、山村真人がいた。
「山村さん、久しぶりです。」
「お前がこの高校に入学してくるなんて思わんかったよ」
「いやいや、家から近いんで・・・」
山村さんは俺や清川の先輩でチームのキャプテンを勤める信頼のある先輩だった。
おそらく将来の日本球界を背負って立つ逸材だったが、中三の秋に交通事故にあい左膝を大怪我した。
名門校進学を諦め、リハビリに一年以上を要したと聞いた事がある。
「山村さんこそ元気ですか?」
「おお、俺は元気やで。今、弓道部で頑張ってるんや」
「弓道部ですか?」
「うちの高校には弓道場は無いやけど、近くに市営の弓道場があるんや。そこで俺らも練習させてもらってる。」
吹上高校の周りに市営のテニスコートやバレーコート、弓道場など施設が充実している。
「弓道か、一度見学させてもらっていいですか?」
「もちろんや!いつでも見においで。」
久しぶりに会った山村さんは変わらない優しさだった。
うちの高校は高台にある、校舎からは神戸の町が一望でき、天気のいい日には対岸の泉州まできれいに見えた。グランドも意外と広く、野球部とサッカー部が一緒に練習できるくらいだった。施設には恵まれ、さっきも言ったけど市営の運動施設が沢山ある。
陸上競技場もありそのサブグランドでは陸上部が練習していた。
俺はぶらぶらと校庭を歩いてサッカー部と野球部の練習が見える所に腰を下ろした。
そこそこの歴史のある学校だが、運動部はコレと言った成績がない。
野球部の練習に目をやる。
守備練習中みたいだった。人目で一年生とわかる真新しいユニホームを着た連中が外野で球拾いをしている。
その何人かは知った顔がいた。
「野球部の見学ですか?」
振り向くと、サッカー部顧問の川上先生だった。
「サッカー部の見学ですよ。」
「ほぉ〜、そのわりには目線が野球部じゃないか?」
川上先生は俺のいた大淀ホークスのOBで休みの日にはよく練習を手伝ってくれていた。
「川上さん、いや先生はどうしてサッカー部なんですか?」
「まだ若い俺みたい教師は空いてる所に回されるんや!」
「へぇ〜そんなもんなんですね。」
川上先生は俺の横に腰を下ろした。
「どうだ、うちの野球部は?」
どう答えていいのか一瞬迷ったが正直に答えた。
「最悪の域ですね」
「どの辺がそう思う?」
「まず内野、残念ながら高校入って野球やりましたって感じがありありですね。特に三遊間はひどいかなぁ?」
「ほぉ〜」
俺はかまわず続けた。
「ノックがあれじゃ上手くはならないですよね。まぁ、有名校じゃないんだからこんなもんでしょう」
「残念ながらそうだな、創部以来2回戦以上の成績はゼロや!まさに弱小!サークルみたいな部やからな。その点サッカー部はちゃうぞ〜、昨年はベスト16や!国立も夢やないぞ!」
川上先生は少し得意げに言ったのだった。
「ゆっくり見学しとけや、サッカー部でも野球部でも」
「ありがとうございます。」
グランドまでの階段を小走りに走っていった。
2
授業が終わって俺は昨日と同じグランドが見える階段に腰を下ろした。
サッカー部の練習は活気づいていた。一方野球部はと言うと、まるで草野球チームの様な雰囲気たっだ。
「悩める少年!どうだ?」
川上先生だった。
「悩んでませんよ。何も!」
「まぁ、そう言うな。ところでこの野球部は強くなれそうか?」
「今のままでは無理かなぁ」
「どの辺変えたらええと思う?」
「昨日も言ったけど、内野。三遊間は一年のアズオや菊ちゃんのほうが何ぼか上手いと思います。」
アズオとは、東幸成。俺と同じ一年生でシニアのチームは違うが一緒だった奴。おとなしい奴だがなかなかまじめで堅実なショートだ。何でうちの高校に居るのはわからない?一説には俺に憧れて着いて来たと言う話もある。
菊ちゃん、新藤菊次郎。同じ中学の同級生、近所の商店街の花屋の息子。中学では軟式野球部のキャプテンを務めていた。なかなかいい奴!
「ピッチャーはどないや?」
「このチームにしてはなかなかいいじゃないかなぁ?カーブは良いと思うしコントロールも良い。ただストレートが遅いかな」
俺って偉そう?
「例えば、お前達が入ったらどないや?」
「何言ってるんですか?」
「俺の考えやで、投手が立川、捕手に吉岡、三塁 山村、遊撃手 東、中堅 大野、そして二塁に中村や!」
「中村?」
川上先生は鋭い目で俺を見た。
「芦屋ブレーブスの中村義春や。覚えてるやろ?あいつうち居る。それも学校一の秀才って言われてな」
中村さんがうちに居るなって、シニア時代攻守で頭のいい二塁手として有名だった。
親が医者なのでその後を継ぐ為に野球はやめたとは聞いていたけど・・・
「この面子やったら甲子園行かれへんか?」
真剣な表情で言われて、思わず笑ってしまった。
「むちゃくちゃ考えますね。」
「何でや?」
「まず、その誰もが野球部やない、それにその大半が何だかのリスクをもってる。」
川上先生は腕組みをしてグランドに目をやった。
「先生、俺らに何させる気?」
「お前らみたいな才能をここままにしたくないだけや!うちみたいな公立高校にそれだけ選手が集まるなんて何十年に一度あるかないかや!何だかの事情はあるにせよもったいなくてな」
「確かに!びっくりする面子ですよね」
俺はともかく他の人達を考えれば、有名強豪校並の選手が揃ってるのは確か!
「ひと夏限定なら可能性は?」
川上先生は思い立ったように聞いてきた。
「ぶっちゃけお前は投げれるんか?」
「半年以上投げてないです。ただ、リハビリも終わってるしトレーニングも欠かした事は無い」
肩がダメになったとは言え、ぶっ壊れた訳ではない。投手になってからこんなに長い間、肩を休めた事も無い。
ぶっ壊れるまでならまだ、少しは投げれる気がする。ひと夏限定なら!
「ちょっとキャッチッボールしてみいへんか?」
そういうとグランドに降りていった。
「お〜い、大樹!」
「おぉ、吉岡」
「どうや、サッカー部は?」
「結構活気あっていいよ!ただね・・・」
「野球部が気になるか?」
お前も同じだろうと言いたかったがこらえた。
「何だか川上先生が変な事言い出してな」
「何だよ?」
グランドから川上先生が大声をあげた
「大樹!おぉ、吉岡!ちょうどいいお前らこっち来い!」
大きく手を振りながら俺達を呼んだ
「何や一体?」
「キャッチボールやらさせられるらしいよ」
「えっ!大樹大丈夫か?」
「それを確かめるんや。とりあえず付き合え!」
何だか分らず吉岡は着いてくる。
3
グランドに降りた俺達にグローブとボールを渡した。
「軽くでええから投げてみてくれ。無理はせんでええからな!」
吉岡と俺は言われるがままキャッチボールを始めた。
周りの野球部員達は不思議そうに見ていた。
久しぶりの硬球の感触だった。
「大樹!大丈夫か?」
吉岡は心配そうだった。川上先生は腕組したままじっと見ていた。
「吉岡!座ってくれるか」
何だか軽い肩にいけそうな気がした。
「いいのか?」
「大丈夫や!10球だけな。」
そう言って俺はノーワインドアップで投げた!
全ての動きが止まった気がした!一瞬の静寂とミット収まった球の音、グランドにいた全ての視線が俺に集まっていた。
「よっしゃ!」
川上先生が小さくガッツポーズをしたのが見えた。
この感覚!忘れられない感覚だ!
俺は2球3球と投げた!周りは固唾を飲んで見ていた。
「吉岡、どないや?」
川上先生が聞いた!
「やっぱり凄いです。ただ、まだ二割くらいの出来ですけどね」
俺はカーブのしぐさを吉岡に伝えて投げた。
「何や!あの曲がりかた!」
横で見ていた野球部の部員が漏らした。
最後に振りかぶって投げてみた!
「このぐらいでいいですか?」
「おぉ、すまんかったなぁ。肩は大丈夫か?」
「大丈夫です。」
俺はグラブを渡して周りに挨拶した。
「誰ですか?」
聞いたのは、野球部の主将の水野明生だった。
「百年に一人の天才かな?」
川上先生は答えた。
肩の調子は良かった。それに驚くほど、コントロールもスピード落ちてなかった。
「どないやった?」
吉岡は笑顔で答えた。
「文句なしや!治ったんか?」
「それは無いわ!たぶん?休めた分のアドバンテージって感じやろな?」
でも、投げられた感覚は最高のものだった。
グランドを見るとアズオと菊ちゃんがガッツポーズをこっちに向けていた。
「大樹!ひと夏限定で勝負してみるか?吉岡、お前もや!」
川上先生は何かを考えているようだった。
第三章 新たな挑戦
1
昨日の放課後に投げた事は俺の高校生活を変える事になった。
俺の事を知ってる同じ中学の連中が昨日事を得意げに話しているみたいだった。
昼休みの事だった。校内放送がなった。
「これから言う生徒は至急、校長室へ!3年C組 山村真人、2年A組 中村義春、
1年B組 達川大樹 同じく、吉岡敦史、1年D組 大野重人 以上の者は至急、校長室へ」
何や?いったい、校長室呼ばれる様な事はしてないぞ!しかし、面子が気になるなぁ?
「おまえら何かしたんか?」
同じクラスの神野が聞いてきた。
「いいや、何もしてへんで」
俺と吉岡は訳分らないまま教室を出た。
「ちょっと、大樹!何やったのよ?」
有美が血相変えて飛んできた!
「何もしてへんよ!」
「じゃぁ、何で校長室なんか呼ばれるんよ?」
「知らんわ!」
有美を振り切って歩き出した。大野も慌てて教室から飛び出してきた。
「何や!いったい?」
「わからんよ。」
吉岡がゼスチャー付きで答えた。
「とりあえず早行こうや!」
三人で校長室へと向かった。
2
校長室について俺達は緊張のおももちでノックした。
「どうぞ」
中に入ると山村さんは先に来ていた。
「まぁ、掛けなさい」
校長先生に促されてソファーに座った。校長のほかに教頭と川上先生そして、知らない先生がいた。
少しして中村さんが入ってきた。
「お久ぶりです。」
「おお、元気か?」
俺達は中村さんに挨拶した。
「突然呼び出されて驚いているとは思うが、私達も、もっと驚いてる。そこにいる川上先生が変な事を言い出してね」
一体何だ?
「彼が言うには我が校が甲子園に行けるかもしれなとね」
やっぱりたくらんでいたか、川上先生は!
「さっぱり理解が出来ない話だと思ったよ、最初はね。だって我が校は創設以来、野球部は三回戦に進んだ事も無い野球部だからね。それが甲子園って・・・」
校長は机の資料に目を通しながら話を続けた。
「ところがだ、君達の事を聞いたよ。そして調べさせてもらった。驚きだったよ」
校長は俺達一人一人の経歴を喋った。並べたてられると自分の事ながら凄いエリート野球少年だった。
しかめっ面の知らない先生が少し気になった。
「川上先生は君達なら甲子園に行けると言うが本当にそうか?山村君」
山村さんは驚いた様子も見せず淡々と俺達の事を説明し答えた。
「なるほど、可能性はあるって事だね?」
話が進まなそうなので俺は口をひらいた
「一体何なんですか?僕達にどうしろって言うんですか?川上先生はどうしたいって言うんですか?」
「そうだな、川上先生は君達と、この夏限定でいいから甲子園を目指したいと言ってきた」
俺達は顔を見合わせた。
「そこでだ、君達が凄い選手だった事は分ったが現在はどうなのか?それが知りたい
来週の土曜日に野球部と君達のチームで試合をしてもらい、その結果で判断したいと思う」
にんまりとする川上先生をみんなで見上げた。
校長の話の後、試合の説明がされた。誰か分らなかった先生は野球部の顧問の池田先生だとわかった。
「我々は5人しかいません、残りはどうするんですか?」
山村さんが聞いた。
「野球部の1年生を何人か借りる。」
川上先生は答えた。
訳がわからない顔で大野がキョロキョロしていた。
俺達は校長室を出た。
「詳しくは放課後や、グランドで待ってる」
川上先生ほそういい残して去っていった。残された俺達は・・・
「中村!大野!やってみいへんか?ひと夏だけや。」
山村さんはふたりの肩に手を置いて話した。
「何でこうなったんですか?」
中村さんが聞いた
「簡単な話や、これだけの面子がいてそれを知ってる人がおったらそう思うやろ。それに大樹が投げれるってなったら」
みんなが困惑していた。しかし、みんなの中の野球の虫が動きだしたのも確かだった。甲子園と言う言葉に!
3
放課後、みんなはグランドに集まった。
それぞれが昼休みからの数時間考えていたことを話した。
大野を除く4人は何だかの原因で野球をやっていいない。
しかし、野球の虫はすでにおおきく動き出していた。
「大樹は実際どないなんや?」
山村さんが聞いた。
「正直、治ってはないですけども、昨日投げた感じではいけると思ってます。ただし、いつまで持つかはわかりません」
全員が腕組みしていた。
「でも、行ける気がします。僕は昨日受けてみて感じました。」
吉岡の言葉に全員が反応した。
「お前が言うんやから大丈夫やな!」
「確かに!吉岡が一番わかるわなぁ」
先輩二人は吉岡の言葉に自信をもったようだった。
「でも、先輩達は大丈夫なんですか?」
確かに、山村さんは膝、中村さんは学業、吉岡も腰が」
「何とかなるで、ひと夏くらいは?」
山村さんの言葉に中村さんも吉岡も頷いた。
「では、やってみますか?甲子園で優勝を!」
「出場じゃなくて優勝か!お前らしいなぁ」
せっかくひと夏だけの勝負!俺なんかはおそらく次は無い。だったら優勝しかないやろ?
「ちょっと、すいません!俺が置いてきぼりなんですが?」
大野が前に出てきた。
「お前も野球好きやろ?甲子園魅了あるやろう?ひと夏だけや!協力せいや!」
山村さんの言葉に大野も納得せざる終えない感じだった。
「おぉ〜、話題の五人!集まっとうな」
川上先生が上機嫌で現れた。
「昼休みは突然ですまんかったなぁ、昨日の大樹の球見て我慢できへんかったんや!ゆるせや。」
「前もっと言って下さいよ!びっくりしましたよ。」
中村さんの言葉に先生も頭をかいた。
「校長が言うとった通りや!土曜日に試合して見とめられたら、俺とお前らは新しく野球部入りして甲子園目指す。ただし、期間限定や!」
川上先生は今までの経緯とこれからを説明した。
かなり強引ともとれる話だったが、みんな納得して力を合わせて頑張ることを約束した。
「それで、試合の時のメンバーはどうすんるですか?」
「今から野球部の練習みてメンバー決まる。一塁と遊撃手と外野2人や!」
俺達は野球部の練習が見れる所に腰を下ろした。
「この5人でも勝てると思うけど、9人でやるのが礼儀やろ?」
野球部も今回の話をされているようで、敵意むき出しの三年生の視線が痛かった。
「まず、遊撃手は東で決まりやなぁ!あとは誰か居るか?」
「新藤と矢作は結構上手いですね」
俺の言葉にみんながうなずいた!
そしてみんなで話した結果、あと一人は投手経験のある田中になった。
「よっしゃ、野球部に挨拶に行くで〜。」
「挨拶ですか?宣戦布告でしょう?」
中村さんが皮肉まじりで言った。
グランドの降りた俺達には容赦無い3年生の冷たい視線が突き刺さった。
野球部は練習を止めて集合した。川上先生が口火をきり、いきさつを話して本題に入った。
「と、言う事でよろしく。」
俺達は頭を下げた。
「中学ではそこそこの選手か知らんけど、こんなん納得いかへんな!」
3年生の一人が噛み付いた。
「せやから試合するんやろ!お前らが認め学校側が認めたらええんやろ!ちゃうか、中沢!」
中沢とは3年生の遊撃手で副キャプテン!俺が下手だと言った人だった!
憮然とした表情3年生とは対照的に1年生の表情はまったく逆だった。特に、アズオや菊ちゃんは笑顔だった。
「こちらの補充として、1年生から、東、新藤、矢作、田中の4人をお借りしたいんですが、よろいしいでしょうか?」
池田先生は無言でうなずいた。アズオ達は先輩に見えない様に小さくガッツポーズをした。
「では、以上の4名は明日からこっちの練習に参加するように。」
1年らしく大きな返事をした4人とは対象的に3年生の目は最後まで怖かった。
4
グランドは野球部が使うので俺達は近くの女子高のグランドを借りた。
ブランクのある俺達は少しでも感覚を戻す為の練習をした。
あとは連携の確認し、試合にそなえた。
「とりあえず、普通に力出したらええから、楽にいこうや!下手したらボールは何処にも転がんかもしれんからな!」
確かに、自分で言うのも何だが俺がまともに投げたら今の野球部では前に飛ばす奴はいないだろう?
たとえ飛んだとしても、この守備陣なら間違いない!
久しぶりに野球を出来る喜びに俺達はウキウキしていた。
「大樹!ありがとう」
「何や菊ちゃん!」
「いやな、俺ら今の野球部最悪と思っとってん。3年は下手くそやのにいちびってる。俺ら軟球組は硬球の高校野球に期待してたんや!」
確かに1年生にとっては最悪の環境やったと思う。
「お前が投げてるの見て、感動したでぇ〜。これで夢がみれるかもってな」
「僕もそうです!」
アズオが口を挟んだ。
菊ちゃんは延々と喋った。俺と一緒に野球が出来る楽しみと喜びを。
「菊ちゃん、ひと夏かぎりかもしれんけど協力してくれや!」
「もちろんや!甲子園行くで!」
アズオも後ろでうなずいている。
土曜日まであと4日。この試合がまずは第一関門!勝つ事は当たり前!どう勝つかが大切だ。
日に日に俺は球威が戻ってきた。吉岡も、山村さんも、中村さんも感が戻ってきた感じだった。
バッティング投手は田中が勤めた。
大きく振るのでは無くミートを心がけろと川上先生から指示があった。
毎日が楽しく野球が出来た。
学校中が今度の試合の話で持ちきりだった。おまけに菊ちゃんが親父に言ったことで、近所のナナサン商店街はちょっとした騒ぎになっていた。
「達川くん?」
「あっ、はい?」
校門の前で声をかけられたのは、ロングヘアーの美人!うちの生徒だ!
「久しぶり、覚えてる?」
「えぇ、鈴田のあっちゃん?」
「そぉ、覚えててくれてた。久しぶり!」
声をかけてきたのは、同じ小学校で昔よく遊んだ、一個上の鈴田敦子だった。
「あっちゃん、うちの高校だったの?」
昔はおかっぱ頭だった少女がえらいべっぴんになっていた。
「達川君だって、うちに居るなんて信じられない。急に時の人になってこっちが驚きよ」
何だか懐かしく、昔話をしながら一緒に帰った。
すれ違ううちの生徒達の視線がやけに気にはなったが、久々の再会に話は弾んだ!
「土曜日の試合の話でみんな持ちきりよ。」
「ただ試合するだけだよ。」
「うちの高校でそんな事が起こるなんて考えられない話だから、まして甲子園って言葉も飛び交ってるんだから」
色んな経緯をあっちゃんに話した。
「へぇ〜そうなんだ、頑張ってね試合!応援行くから。」
あっちゃんの笑顔に何とも言えない気持ちになった。
しかし、この事が大変な事だと言う事をあくる日知ることになる。
「大樹!あんた何やったんよ?」
有美が朝から喚いた!
「何が?」
「すごい話になってるわよ!」
「あぁ〜試合の事ね」
「違うわよ!ミス吹高との事!」
何の話か分らなかった。きょとんする俺に有美は捲し立てた!
「えぇ〜!あっちゃんがミス吹高だって!でも、一緒に帰ってきただけだよ!」
どうやら鈴田敦子は2年生ながらミス吹高と呼ばれ、男子生徒達のマドンナだった。
それが、今話題の1年生と歩いていた事が一晩で尾ひれはひれといっぱい付いて、手つないでただ、キスしてただと話が膨らんでいた。
「本当に一緒に帰っただけなの?」
「いやいや、うそついてないよ!マジだって!侵害だな」
しぶしぶ有美は納得したようだった。
「でも、当分の間相当言われるわよ。絶対!」
有美の言う通り、色んな奴から色々聞かれた。俺は本当のことをしゃべってたが、どれだけ信じてもらえたかはわからない。
放課後、練習に行くと山村さんが
「お前、球だけやなくて手も速いな!剛速球やな」
「勘弁してくださいよ」
みんなが笑いながら寄って来た。しかし、微妙に目が笑ってない。
「ミス吹高をねぇ〜、大樹がねぇ〜」
「いやいや、一緒に帰っただけだって!」
「お前はそこが重要なんや!鈴田は今までどんな男とも一緒に帰った事は無いの!」
中村さんまでもが・・・
「そんな事言われても?」
何とも最悪だ!俺は一緒に帰っただけだったのに!
試合を前にとんだ事になったもんだ。
5
いよいよ土曜日。まだまだの状態ではあるが、試合の望むだけの力はあった。
何だか話がどこで大きくなったのか、学校中が試合の話でもりあがり、ナナサン商店街の人達も試合を見に来ると言う事態になっていた。
「13時から試合開始や!軽くいわしたれ。」
川上先生はオーダーを発表した。
一番、中堅手大野 二番、二塁手中村 三番、捕手吉岡 四番、投手達川 五番、三塁手山村
六番、遊撃手東 七番、左翼手新藤 八番、右翼手矢作 九番、一塁手田中
「先生、9回までやるんですか?」
「大野、ええ質問や!大差が付くと思うけど、相手しだいやな?5回か7回かは?」
強気の二人の発言に驚いた反面、そうだなぁと思った俺だった。
「大樹、どんな感じで行く?」
「真っ直ぐ一本で!コントロール重視や!ただし、遊び球な無しやで!」
吉岡との打ち合わせはこれで終わった。
川上先生は思い切ってやって来いと、激が飛んだ。
いよいよ始まる。俺らのひと夏かぎりの挑戦が!
「達川くん!」
降る向くとあっちゃんが居た。
「やぁ〜。」
「試合頑張ってね、応援してるから。それと、変な噂になってごめんね」
「いやいや、あっちゃんがミス吹高やったなんて驚きや!」
俺達の話を遠めでみんなが聞き耳を立てていた。
「まぁ、ゆっくり見といて。」
笑顔で頷くあっちゃんは確かにに可愛かった。
「そろそろ行くで〜、剛速球!」
イヤミな言い方で山村さんが声をかけた。
少し緊張した面持ちでグランドに降り立った。結構多くの観衆がいた。
校長から、今回の試合についての話がみんなにされた。
ウォーミングアップの為にそれぞれがグランドに散った。野球部の目は敵意むき出しだった。
「大樹!ちょっと。」
川上先生が俺を呼んだ。
「ハイ。」
「肩がおかしなったらすぐに言えよ。あとは田中がおるから。」
「わかりました。でも大丈夫ですよ。もちますから」
川上先生の心配はありがたかったが、たった一試合、それも全力投球じゃないのに問題はなかった。
審判の合図で両チームが整列した。観衆から拍手が起こった。
一例して守備位置に付こうとした俺達に3年生の中沢が罵声を浴びせた!
「調子に乗るなよ!」
絶対こいつだけはバットにも当てさせねぇ〜!
先行の野球部はそれなり気合入ってる様に見えたが、素振りを見てるだけで安心した。
ウォーミングアップは軽めに抑えた。肩は出来上がっている。
吉岡が大きな声で激を飛ばした。
試合開始!実践マウンドは8ヶ月ぶり、楽しませてもらいます。
一番バッターに一球投げただけで野球部ベンチは静まり、観衆はどよめいた。
あっという間に三球三振!続く2番も三球三振!そしてあの中沢という3年生!
ド真中にストレートを三球投げ込んだ!まったくタイミング遅れの三振!
1回の表は5分もたたずに終わった。
「ナイスピー!」
川上先生が声をかけた。グランドには一番の大野と二番の中村さんがなにやら話をしていた。マウンドにはキャプテンの水野さんがウォーミングアップをしていた。
一回裏の攻撃は大野がセンター前ヒットで出て、すぐ二盗、あまりの速さに野球部は驚いていた。2球目に三盗、今度はキャッチャーも投げれる事もできなかった!さすが大野!
その後中村さんはきっちりレフト前ヒットで1点!続く吉岡は右中間へ、そして4番の俺は初球のストレートをホームランにした。
この回は山村さんも打ち5点を取った。
2回3回も俺は三振ショーを繰り広げ、まだ21球しか投げていない。攻撃はと言うとめった打ちの様相で2回に5点、3回に7点を取った。
「池田先生!まだやりますか?」
川上先生が3回終了と同時に言った。
「5回までやらしてください。」
キャプテンの水野さんが言ってきた。
「17点やぞ!3回で、まだやるんか?」
川上先生の言葉に校長が出てきた。
「川上先生、もう十分なほどあなたの言う事はわかりました。が、あまりの三振ショーに諸守備が見れてない。そこで、ピッチャーを変えてもらってあと少し見せてもらえますか?」
「わかりました。」
水野さんは深々と一礼して走り去った。
俺と一塁の田中が交代した。田中は中学ではピッチャーだった。
4回表は2四球と3安打だった。もちろん無失点!その裏はまたもや6点を取った。5回表はヒットを打たれたが守備の堅さは失点をゆるさなかった。
「ゲームセット」
結局、5回23対0で俺達は勝った。校長から、週明けに最終結論を出すと言われ解散した。
ひと夏限定
1
「大樹!肩は大丈夫なん?」
有美が心配そうに聞いてきた。
「あれぐらい大丈夫や!21球しか投げてへんねんぞ!」
「違うって、これから投げ続けられるの?」
ん〜、確かにひと夏限定とはいえ、その辺は神のみぞ知るって感じやった。
「お前は応援しといたらええねん!甲子園で俺の勇姿を見せたるから!」
「おはようさん」
菊ちゃんが声をかけた。
「お〜、この前はサンキュウ!」
「何言うてんねん。めっちゃ楽しかったは、今日から野球部やろ?」
「それはわからんで、校長しだいやな?」
果たしてどう言う事になるか?
「大丈夫や!あれ見て甲子園が見えてこん奴はあかんわ!俺の親父とか商店街の連中はえらい事になってるで!もう、甲子園の応援団結成してるわ、今年ナナサン祭りは甲子園壮行会の予定らしいで?」
「勘弁してよ!」
「優勝したら商店街をパレードや、って言うてるで」
何だか盛り上げてくれるのはうれしいけど、不安だなぁ〜
学校に着くとすぐに校長室に呼び出された。
「結論から言います。学校側はこの前の試合を踏まえて、川上先生の進言通りに甲子園を目指す事を全会一致で決定しバックアップする事にしました。」
俺達は顔を見合わせた。
「本日をもって君達5人は野球部員として練習に参加してください。そして川上先生は池田先生に代わり野球部の監督になってもらいます。」
川上先生が小さくVサインをした。
「かならず甲子園で吹高校歌を歌ってください。我々も全面的にバックアップします。よろしいですね。」
俺達は、深々とお辞儀した。
「今日から頼むな、よろしく」
キャプテンの水野さんが手を出してきた。
俺達はしっかり握手をした。
2
全校集会で校長から今回の一件の話があり、甲子園を目指すと宣言し、全校生徒の協力を求めた。
俺達も野球部に正式に入部して練習がはじまった。
新しく監督になった川上先生は、練習を一新し、徹底的な体力作りと守備練習に重きを置いた。
俺達5人はそれぞれの課題に重点を置き、練習する事になった。
部活ではさほど盛り上がらない吹高は、今回の事で一体感を見せ始めることになる。
バトン部とダンス部と言う微妙な部は合同で応援用にチアーの練習を始め、吹奏楽部もあきらかに応援用の練習に変わり、名ばかりの応援団は真剣に練習を始めた。
新聞部は毎日取材に来て野球部情報を流した。
「達川!俺にアドバイスしてくれるか?」
水野さんが言ってきた。
「水野さんはカーブも良いし、コントロールもいいです。ただ、真っ直ぐに力がないです。あと少し、スピードがついて体重が乗ったら良いと思いますけどね」
「投げ方見てくれるか?」
俺と吉岡は細かくフォームをチェックした。
「あと、今決め球がカーブですけど、カーブはカウント取りで勝負は外角の真っ直ぐがいいと思います。ビシィっと決まったら左バッターは手が出ないと思いますよ」
水野さん真剣に聞きいていた。
「単純に考えて、予選で7試合、兵庫県は準決勝までコールドがありますから、フルイニング投げるのは決勝のみ!しかし、甲子園は大量リードでも9回まで投げなあかんでしょう。一回戦や二回戦は何日かインターバルがあるけど、それ以降は連戦になるから、どっかで水野さんに投げてもらわなあかんと思います。」
俺の予選での強きの発言に水野さんは驚いていたが、実際にそう思ったらしく、真剣な目で俺に聞いてきた。
「俺でええんか?」
「水野さんはいい投手ですよ。あと少しです。」
俄然やる気になったキャプテンのおかげで部員の指揮も上がった。
この人も本当に野球が好きなんだと思った。
俺達が加入して、今までの部員は腐るどころか、あまりのレベルの違いにくやしさが出てきて、練習に打ち込んでいた。
ただひとり中沢を除いては。
「おーい集合!」
川上先生いや、監督が大きな声を上げた。
「練習試合の申込があったぞ。」
「うちに申込ですか?」
水野さんが驚いたように聞いた。
無理ない、今までにこちらから申し込む事はあっても申し込まれるなんてまず無かった。
「そうや!それも扇港学園からな!」
全員がどよめいた。扇港学園といえば、今年の春の選抜に出場し、ベスト16に進んだ兵庫県の名門校。夏も一番甲子園に近い高校と言えるだろう。
「どうしてなんやろ?」
「単純な話や、大樹らの噂が外にも流れてるって事やな!注目な的やで〜。」
喜ぶ監督を尻目にみんなは困惑していた。
「で、いつですか?」
「5月の連休の3日や!」
「ちょうどええ頃ですね。力試しできますね」
山村さんの言葉にみんなが注目した。
みんなの不安はよくわかった、いままでそんな強豪校はテレビで見るもんやと思っていたのが、対戦するなんて考えられへんみたいだった。
「大樹、どないや?」
「かかって来いって感じでどうでしょうか?」
「それでええねん!おまえら甲子園で優勝するんやぞ!」
全員がおおきな声で返事をした。
練習はかなり充実したものになり、みんながそれなりについて来れる様になってきた。毎日練習を見に来てる女生徒の黄色い声援が飛び、毎日の様にマネージャー希望者が来た。
3
毎日の様に女子からのラブレターをもらうようになったのは、俺だけじゃなくかなりの部員がそう言う状況になっていた。
「達川くん」
「あっちゃん!久しぶり」
「めっきり時の人になっちゃって、なかなか声も掛けれないもの」
ちょっとすねた顔のあっちゃんはすこぶる可愛かった。
「日曜日って練習かな?」
「夕方まではね、4時までかな?」
「映画でも行かない?チケットもらったんだけど・・・」
何、デートの誘い?仮にもミス吹高と呼ばれるあっちゃんから。ん〜、悩む所だ!
それでなくても一緒に帰っただけで、変な噂はすぐに流れるのに映画に行ったとなれば何て言われるやろ?
「だめかな?」
「あっちゃんこそ俺でええのか?もっとおるやろミス吹高やのに?」
「ミス吹高って言ったって彼氏もいないのに!」
すこし膨れたあっちゃんの可愛さにノックアウトされた!
「しゃぁ無いな、練習終わってからやで!」
「やった!」っとばかりに喜んだあっちゃんはその辺のアイドルより可愛いと思った。
とっさに周りを見回した。誰かに見られたらまた、大変な事になる。
日曜は朝から連携を中心に練習し、徹底的にフォーメーションを繰りかえして練習した。ランナーが一塁の場合や一二塁の場合などさまざまな想定で練習した。
午後からはバッティングを中心に走塁を絡めた攻撃の練習が行われた。
元々の野球部員もその緻密な練習に最初は戸惑っていたが、さすが進学校の生徒達。頭の回転は速かった。
「よ〜し、今日はこれまでストレッチして終わりや!寄り道せんと帰れよ!」
「大樹、モスでも寄って帰ろうや?」
大野の誘いに俺は首を振った!それに菊ちゃんが反応した。
「何や?あやしいんとちゃうか?」
「何がやねん!」
菊ちゃんは以外と鼻が利くと言うか感がいいというか、あなどれない!
「まさかデートちゃうやろなぁ?」
デートと言う言葉に周りの先輩も反応した。
「誰がデートやと?」
2年生の矢野さんが話しに入って来た。
「矢野さん、大樹ですよ」
「違うって!」
「デートやと!俺らが練習でいっぱいいっぱいやのに!」
「いや〜、違いますって矢野さん!」
だんだん話しは大きくなって、みんなで俺を攻撃しだした。しまいにはマネージャー連中も加わり大事になっていた。
「ええやないか、最近練習遅いからなかなか彼女とも会われへんねんし、日曜くらいはなぁ。俺も今日は会う約束してるし!で、誰とデートなんや達川?」
えぇ〜助け舟じゃないの!どう乗り切るこれって!
「映画です。映画に誘われました。」
「誰にや?」
みんなが一気に俺に集中してきた!近いって顔がみんな!
「先輩です。それで勘弁してください〜。」
そう言って俺は走りだした。逃げるが勝ちや!それに、時間も迫ってる!はよ、行かな!
うしろでみんなの罵声が聞こえた!裏切り者だの偽善者だの床上手だの意味わからんよ!
大慌てで汗を拭いて、デオドラントのスプレーを思いっきりかけて速攻着替えた。本当はシャワーを浴びたかったがみんなが来る前に出たかったので諸略した。
部室を出て猛ダッシュで校門に向かった。
校門を出て少し坂を下った所にあっちゃんは居た。
「ごめん、お待たせ」
「ううん、練習お疲れさま」
私服のあっちゃんはこれまためっちゃ可愛かった。
「じゃ、行こか!はよ行かな厄介な事にになるから」
「えっ?」
「いやいや何でもない」
俺はゆっくり後ろを振りかって校門の方を確認した。
そこにはユニホームの男達と明らかに監督が見ていた。俺は明日の練習はさぞ、辛いだろうと思った。
映画は今流行ってる恋とダンスと友情とみたいな映画で、これは絶対彼女と行くべきだとみんなで話してる作品だった。
「おもしろかったね」
「いや〜見れてよかったわ」
「何でぇ?」
「みんなでこれは彼女と行く映画っやて言われてたから、俺彼女おらんから見に行かれへんと思っとてん」
「えっ、彼女いないの?」
「おらへんよ!」
「じゃぁ、付き合って!」
えぇ〜!以外な展開!マジで!ほんまかよ!酔うってんのか?
「俺と?何で?」
「実話昔から好きやったの、達川君がうちの高校に入学して来てもう、気持ちが収まらなくなったの」
急に言われても〜どうしよう?・・・
「中学も違ったでしょう。よく試合見に行ったのよ!気づいてくれなかったけど。」
あっちゃんは堰が切れたように喋り続けてた。
「野球の邪魔はしないし、無理も言わないから。」
何だか涙目で言われて、本当にどうしていいかわからんくなっていた。
「いきなりでびっくりして、どう答えてええかわからんからちょっと待って!」
こんな展開になるとは思いもせず、答えを先延ばしにするしかなかった。
とりあえず帰りの電車に乗った。たった二駅、帰り道は同じ、何だか無言で歩いた。俺はその間色々な事えを考えていた。
ナナサン商店街を歩き、二丁目と三丁目の間で俺は山側へ、あっちゃんは海側へと別れる。
「今日はありがと。映画一緒に行ってくれて・・・」
「あっちゃん、俺でよかったら・・・」
「本当に?」
「野球ばっかりでデートとかあんまりやけど、それでよかったら!」
「ありがとう。うれしい。」
あっちゃんが飛びついてきた!何とも大胆!かなり焦った!
別れ際の笑顔は本当に可愛すぎてたまらんかった!
別れて1人歩いて帰り道、自分でもニヤニヤしてるのがわかった。でも、われに返って気が付いた。明日の言い訳どうしよう?
4
月曜日、予想以上に攻撃は早かった。
登校の途中から俺は野球部の連中に囲まれた!
「説明してもらおか、ちゃんとやで!」
矢野さんを中心に包囲網は完璧やった。
「下手な言い訳はきかんで、大樹!」
「いや〜言い訳もなにも・・・」
「誰と映画に行ったのかな?大樹君」
「いや〜・・・」
「ネタはあがっとんねん!はっきり言わんか!」
大野が声を上げた。
「はい、鈴田さんと行ってました。」
みんながため息混じりで大きなゼスチャーで両手を広げた。
「ほんでどないしたんや?」
「映画見て帰りました。」
「うそつけ!」
「いや、ほんまです。」
うたがいの眼差しは強烈だった。
「見たんやで〜、俺は・・・」
菊ちゃん、もしや?
「ゆるしてくださ〜い!」
いたたまれなくなって、俺は走って逃げた。逃げても無駄なのはわかっていたが、まさか付き合う事になったとはとても言えない。しかしウカツやった、菊ちゃんの店が三丁目やった事をすっかり忘れてた。ほんまに見られたかも?
何とか逃げて逃げて一日は終わった。しかし、部活はこれから!
部室に入るなり聞かれつづけて、朝と同じ返事を繰り返した。グラントに降りると監督が集合をかけた!
「よ〜し、報告があります。昨日、ミス吹高と映画に行ったわが野球部のエースですが、彼女と付き合う事になったそうです。」
ハァ〜、何で知ってるんの?てっ言うかここで言うか?
「何オオオオ!」
全員の視線が突き刺さった!
いやいや、ちょっと皆さん落ち着いて。練習しましょうね。
「と言う事で、今から千本ノックします。大樹君、グローブもって位置についてください。ノッカーは挙手でお願いします。」
一斉に手があがり、監督が任命していく、ちょっと待ってよ〜!
みんなが口々に色んな事を言いながら打ってくる、恨みとは恐ろしい物で、かなり強い打球がやってくる。
ちょっと言い過ぎじゃないのと言うような事もどんどんノックと共にやってくる。
さすがに千本はキツイ!本当に千本打ってくる。うちの部員が33人代わる代わる打ってくる!
最後に監督が「俺も気に入ってたのに〜」と打ってきた!なんじゃそりゃ!
「よし、これで終わりや!みんな満足やな?」
ノックを打った方も大声とともに全力で打ってきたので相当疲れた感じだった。
もちろん俺は完全グロッキーやった!
どうやら、監督はあっちゃんから直接聞き出したらしい、うちの大事なエースがなんちゃらとか適当に話しを作って!
しかし、お互いに全力だったので、かなり練習になった気がした。
5
俺とあっちゃんの事はあっと言う間に学校中に知れ渡った!
「大樹!どう言う事よ!」
有美が血相変えて飛んできた!
「何が?」
「鈴田さんと付き合うって!」
「ああ」
「まったく!」
「何でお前が怒ってんねん?」
「怒ってないわ!何かむかつく!」
有美は散々文句言って去っていた。なんやあいつは!
あっちゃんとは付き合ったからといって何も変わらなかった。毎日手紙交換するくらいで、俺は野球部の練習で遅いので一緒に帰る事もほとんどなかった。
練習試合まで一週間を切っていた。練習前の会話は俺とあっちゃんの事から試合の話になっていた。
野球部の盛り上がりと同じ様に学校全体も盛り上がっていた。練習試合だと言うのに、チアガールも出てくるし、ブラバンも参加!当然、応援団も気合が入っていた。
新聞部は毎日の用に取材をして、野球部の練習内容や選手紹介を新聞にして配っていた。
あとから参加した俺たち5人も、大分調子も戻ってきたみたいだった。
俺自身も肩の痛みもなく順調な仕上がりを見せていた。
扇港学園と言う強豪校との練習試合、その事自体が学校創設以来始めての出来事なのだ。
練習終了後に監督から話があった
「試合が迫ってきたが、緊張せんでええぞ!相手はうちの野球部を相手してるんやない!大樹を見たいんや。」
なにもそんな事言わなくてもも思ったが、これも監督のやり方やなぁと思って聞いていた。
「せやけど、相手は大樹以外は舐めてるはずやし、まさかの結果をたたきつけたろやないか!」
「大樹は6回までや、そのあとは水野、たのむぞ」
何だか全員の気合が入ったみたいだった。
勝つか負けるかなんてそんな問題ではない。どうやって勝って見せるかが一番大事って事かな!
陽射しはだんだんと夏に向かってる気がした。
伝説の始まり
1
世間は連休に浮かれてるに違いない!俺達は、初の練習試合に浮かれる暇まなかった。
朝9時に学校に集合した俺達は、道具を準備していた。
野球部以外にも色んな部の連中が用意に勤しんでいた。
「おはようさん。皆、調子はどないや?」
監督がやってきた。何ともニコニコ顔で俺たちに話した。
「オーダー発表するぞ」
少し緊張した感じで全員が集まった。
『1番、中堅手 大野 2番、二塁手 中村 3番、捕手 吉岡 4番、投手 達川 5番、三塁手 山村 6番 遊撃手 東
7番、一塁手 水野 8番、左翼手 新藤 9番、右翼手 工藤 』
「以上でスタートする、予定では6回で大樹は交代や、あとは状況で選手は交代するからみんな準備だけはしとけよ」
全員の大きな返事と共に、学校が用意したバスに向かった。
「大樹、今日はどんな感じでいく?」
吉岡が聞いてきた。
「お前の好きなようにリードしてくれ、ただし、遊び球は無しや!」
わかったとばかりにうなずいた。
道中の車内は以外にリラックスしているように見えた。市民球場までも30分、俺は精神統一していた。
8ヶ月ぶりのマウンドに少し緊張しているみたいやった。
球場に着くと俺たちはすぐに準備に入った。相手はまだ来ていないようだった。
さすがにみんな緊張してきたみたいで、ストレッチしている姿がぎこちなかった。
気合の空回りよりは緊張してるほうがいいとは思うけどね。
試合開始の2時間前だと言うのにスタンドには我が校の応援団がすでに集まっていた。
「どうも今日はよろしくお願いします。」
扇港学園監督の北見が挨拶にきた。
「こちらこそ、うちみたいなチームと練習試合していただきましてありがとうございます。」
うちの監督の少しイヤミのある返答に俺は笑いそうになるのをこらえた。
「達川君、久しぶり。肩は大丈夫か?」
「お久ぶりです。何とか投げれそうです。」
俺は扇港学園からも特待生の話があったので北見監督とは面識があった。
「今日は楽しみにしているよ。もちろん投げるんやろ」
「はい」
余裕のある北見監督の笑顔がとても印象的だった。
2
「監督、作戦はないんですか?」
大野が素振りしながら聞いた。
「作戦?徹底的に打って完璧に守れ!これでどうや?」
なんとも呆れた作戦に思えるが、実際、うちは打って守って完璧に勝つ事以外は、甲子園の道がない。
扇港は今年に春の選抜に出場している、言わば現時点で甲子園にもっとも近い戦力をもつ高校なのだ。
練習試合とは言え、無名の公立高校が大差で勝てば、それは話題になる。
それに、チームも勢いがつき、今後がいい方向に進む可能性が出てくる。
扇港の選手達は、やはりうちとは身体つきが違う。野球やってますって感じでがっちりしている。
「達川、俺はどう攻めればいいんや?一番と四番は要注意やと思うんやけど」
水野さんは俺のあとを投げるので神経質になっていた。
「大丈夫ですよ。吉岡のサイン通りになげれば」
不安そうな水野さんに俺は生意気にもアドバイスした。
「フォーム注意して全力でいってください。それに、俺の後なので、その違いにあたふたするはずです。タイミング外せばOKですよ。」
こんな相手とやることはまず無いので神経質になるのもわかるけど、水野さんが投げる頃には戦意は喪失してると思うけど。
相手はこちらを伺う事も無く、余裕の表情でストレッチをしていた。
さすがに甲子園出場の自身が漲っていた。
まぁ、試合が始まればそれもどうなるか、必死させてあげますよ。そうならないと、こっちも練習試合の意味ないから。
「よーし、全員集合!」
監督の号令にみんなが集まった。
「練習試合とはいえ、これは俺たちの運命の一戦や。目一杯いくぞ!負けはありえへんからな。」
監督の気合はかなりの物だった。学校側も盛り上がってきているし、野球部自体もかなり気合が入ってきている。
「監督の言う通り俺たちは目一杯いくしかないんやから、力いっぱい出し切るぞ」
水野さんの激にナインは大きく返事した。
3
ホームベースを挟んで整列した俺たちは明らかに舐められてる感はあった。
まぁ仕方ない、こんな無名の公立校と何で練習試合とはいえ、やらなきゃいけないいだと思うのも無理は無い。
ただ、これがいい経験になる事をこれからおもいしるだろう。何てちょっと、生意気なか?
先頭バッターは甲子園で先頭打者ホームランを打ったほどの力のある選手だ。
吉岡のサインは真っ直ぐ、首を縦に振るとミットめがけて投げ込んだ。
三振ショーは始まった。相手バッターはまさかの展開にどうする事も出来ない様子だった。
一回は三者三振。唖然とする扇港ベンチと対照的に、吹高ベンチは盛り上がっていた。
相手はエースではなく、10番をつけた二番手が先発だった。
さすがに二番手とはいえ、強豪校だ。かなり良い投手だった。
ネクストバッターズサークルでは、大野と中村さんがなにやらひそひそ話していた。
いつもの光景。中学の時もよく見た、中村さんの観察力は鋭く、それを大野が聞いて、実感して打ってくる。
読みの鋭さは今すぐ、プロでも通用するのではないかと思っていた。
一回の裏の攻撃が、大野がセンター前にヒットを打って、いつものように初球、盗塁。
その後はいつものように、ホームランを含む連打で4点を取った。
俺は5回まで三振8個と内野ゴロ4個、内野フライ3個のパーフェクトピッチだった。
「よし、次から水野、行くぞ」
監督の言葉に水野さんの背筋が伸びた。
「リラックスしていきましょう。11点ありますか」
俺は水野さんに声をかけた。
「思いっきりいってくる。」
その時点で扇港ベンチは驚きを越えて、諦めに入っていた。いくら、中学時代の俺達が凄かったとはいえ、ここまで歯が立たないなんて思わなかっただろう。
6回から投げた水野さんは、吉岡の巧みなリードでランナーは出すものの、相手を上手く抑えた。
結局、終わってみれば15対1で勝った。上出来すぎる内容だった。
「夏の予選はこうは行きませんからね。」
北見監督の負け惜しみまじりで、うちの監督に言った。
「今日はありがとうございました。いい経験になりました。」
監督の言葉に苦虫を噛み潰した様な顔の北見監督が印象的だった。
とりあえずの第一関門は、チームとしては大成功というところだろ。
異様なほどのスタンドの盛り上がりが、おかしかった。
夏の香り
1
練習試合のあとの学校の盛り上がりは、半端じゃなかった。
もう、甲子園に行ったかのごとく、話しは弾み、先生方も今後どうするか協議がはじまっていた。
盛り上がりは学校にとどまらず、近所の商店街に地元メディアにと広がっていた。
練習には色んな人たちが見学に訪れ、野球部のみんなも困惑ぎみだった。
それでも、俺たちは一生懸命練習に集中していた。夏の予選までは、あと少し。
「大樹、お前にテレビの取材が来てるけど、どうする?」
監督から唐突に言われた。
「いや〜、あんまり受けたくないですね。」
最近、新聞や雑誌のインタビューを結構受けていた。
「どうせ、テレビで取り上げられるねんから、受けとけや」
監督は簡単に言ってくれるは、毎回同じ様な事ばかり聞かれて、結構大変なんだけど。
結局、取材を受ける事になった。
「女関係は気をつけろよ。お前は話題の人だからな」
毎日が忙しくて、勉強、練習、取材。デートする暇もないよ。せっかく、あっちゃんと付き合う事になったのに、電話と毎日の手紙くらいだけだった。でも、この夏限定。頑張るだけだった。
2
練習試合をやるかやらないかで、監督は迷っているようだった。試合の申込は連日山の様に来ているみたいだった。
確かに、経験として試合はやっておいたほうが良いに決まっていた。だけど、あまり研究されても困る。それに、俺の肩も酷使はできない現状があった。
「今週末に、練習試合の申込があった。相手は、星斗学園や。さぁ、どないする?」
星斗学園だと!
みんなはよろめきだった。無理もない、今までなら一生試合などできる事もないほどの、強豪校だからな。
「やめましょう。」
山村さんが言った。みんなが、唖然としていた。
「何でや?」
「甲子園の決勝で当たる相手に、わざわざ手の内見せる必要はないでしょう。」
山村さんの強気な発言に、みんなはびっくりしていた。
強気な発言の裏には、俺の気持ちへの拝領があった事はわかった。
「そやな、山村の言う通りや。断るわ。」
監督のあっさりした判断にも、びっくりしていた。
しかし、星斗学園も嫌な事してくるなぁ。お前らとやるには舞台が必要や、大きなそれに見合う舞台がね。
「今週末は、山名高校と試合する事にするは、準備しとけよ。先発は水野や!」
これまた、監督の急な話に、みんなはびっくりしていた。
「相当、お前が見たいんやな、大した奴やな、達川大樹は。」
中村さんが肩をたたきがら、そう言って練習に戻っていった。
嬉しい事だが、マークはかなりきつくなりそうやな、引き締めていかんとあかんと思った。
カズちゃん待っとけよ!自分たちの力でそこまで行ったるからな。
3
ガクランが暑く感じる頃ごろに、わくわくしているのは俺だけだろうか?
「達川君」
あっちゃんが、駆け寄ってきた。やっぱ可愛い。
「まだ、居たの?」
「英語の補習受けてたから遅くなっちゃた。」
「補習とか受けてるんや、大変やね。俺も、勉強せなな。」
久しぶりに二人で一緒に帰りながら、色々と学校の話とか、野球の話とかしながら歩いた。
さすがに、下校の生徒も少ない時間だったので、いつもより視線を気にする事はなかった。
「練習きつい?」
「そんなにきつくなはないよ。うちの監督は熱血だけど、結構、最先端の練習を取り入れるほうだから、努力と根性みたいな練習じゃないから」
「甲子園行ってね。応援してるから」
任しとけ。とばかりに胸をはってみせた。思春期真っ只中の高校一年生、女の子とこうしているのは何物にも変えがたい時間だった。
「日曜日に練習試合あるから、よかったら見においでよ。うちの学校であるから」
絶対行くとばかりに、目を見開いてうなずいた。
学校から帰り道は、何とも楽しい時間だった。人通りの少なくなったところで、どちらからともなく手をつないだ。
俺はマウンドで投げてる時より、ドキドキだった。
もうすぐ夏、青春真只中。恋にうつつを抜かしたいが、それは後のお楽しみに取っておこう。
あっちゃんを家の近くまで送って行き、俺はウキウキしながら歩いていた。
「大樹!」
振り向くと有美が自転車で走ってきた。
「おぉ、有美。何処行ってたんや」
「買い物、おかあさんの夕飯の買い忘れをね」
「相変わらずやな、おばさんわ」
有美とこのおばさんは綺麗でやさしいけど、かなりのおっちょこちょいの忘れん坊だった。
いつだったか、夏祭りに俺と有美を連れていってくれたが、知り合いと話が弾んだおばさんは、俺たちを忘れて先に家に帰ったてしまった。俺たちを置いてきたのを思い出したのは、おじさんが帰ってきてからだった。
俺たちもそう言う人だとわかっているから、二人でさんざん遊んで帰った。
「本当よ、ハンバーグするのにひき肉わすれるんだから、まったく」
お前も似たとこあるよと、言いたかったが、それを言うと怒鳴られそうなのでやめといた。
「ハンバーグかよ!俺の分は無いんか?」
「あんた、本当にハンバーグ好きやね」
俺はハンバーグと夏が大好きな野球少年なのだ。
有美の自転車の後ろに乗って、家まで帰った。
強くなる為に
1
日曜日は5月末にしては、かなり暑かった。今年初めての夏日に練習試合とは、いい感じじゃないのかな。
相手の山名高校はけっして名門ではないが、しっかり野球をやってくる学校だった。
「今日は、水野の先発で5回まで行くぞ。その後は吉田と田中で1イニングづつや。最後2回は大樹で行くぞ」
水野さんはやはり、かなりの緊張具合だった。
「水野さん、この間の感じでいけたら大丈夫ですよ。ストレートきてますから。」
「打たしていけや、守ったるから」
山村さんの言葉にようやく笑みがこぼれた。
前回と同じように、観客のボルテージは練習試合とは思えない感じだった。応援する方も、本番に向けての練習って感じはあった。
観客の中に、あっちゃんを見つけた。光ってるね、あの中に居ると。
試合は山名の先行で始まった。
先頭バッターこそ打ち取ったが、後続のバッターに連打くらって2失点した。少し、球が高い気がした。
俺はベンチから、ゆっくり見方の動きを観察していた。
今日は四番に山村さん、いきなりどデカイ一発を撃った。早くも逆転!うちの一番から四番までは、頼りになる存在だった。
2回以降は水野さんもランナー背負いながらも、要所を押さえていた。
打線は下位打線が今ひとつだったが、上位打線の活躍で得点は増えていった。
さすがに、一回から飛ばしてきたので、水野さんも5回はバテバテだった。3点をとられて降板した。
次に投げた吉田さんは何とか後続を抑えた。
7対5 果たして俺が投げるまでリードは保てるだろうか。
六回は吉田さんが捕まった。あっと言う間に同点。ツーアウトから田中がマウンドに上がった。
田中は準備が出来ていたので、後続を抑えた。その裏は中村さんからの連打で2点を取った。
俺はゆっくりと準備に入った。
「岸本さんお願いします。」
三年生のキャッチャーの岸本さんとブルペンに向かった。観客から軽く歓声がでた。
田中は無難に7回を抑えた。裏の攻撃でうちの下位打線は三者凡退だった。
強くなる為には、下位打線は課題の一つだった。
8回からマウンドに上がった。汚れたマウンドに上がるのは久しぶりだった。念入りにならしてから投球練習に入った。
俺は変化球中心の組み立てで、打たして取るピッチングで8回を三者凡退で終わった。
8回裏は一番の大野からだったので、攻撃は繋がり、3点を取った。
9回は三者三振で終え、12対7 で勝った。
強くなる為にはもっともっと、練習が必要だった。観客の喜びとは別に俺は不安を感じていた。
2
練習試合の後は、みんなが前回とは違っていた。打たれた投手たち、打てなかった下位打線。
前回の扇港学園の様な強豪校じゃなく、ごく普通の高校に、勝ちはしたが、まったくいい所は無かった。
12点は大量得点だけど、その大半は上位打線が取ったもの、野球は飛びぬけてる選手が居るから勝てる部分もあるけど、
9人でやるもの、みんなの力がチームの力だ。
俺たち5人でもやってはいけるかもしれない、でも、野球はチームでやるからおもしろい。
「今日からは、打撃特訓や!実践形式でやる。一球一球を大事にしてやれ」
監督のいつに無い、強い口調でみんなにいった。
「山村、お前がみんなのバッティングを見てやれ、それと走塁は大野がアドバイスしてやれ」
みんなに異論は無かった。むしろ、やる気の漲り方は凄かった。
「どうすれば、いい山村。」
三年生が詰め寄った。
「力を付ける事や、筋力に動体視力、洞察力、判断力、やる事はいっぱいあるで」
山村さんは自分たちで出来ることを色々とレクチャーした。そして、グランドに散らばっていった。
こんなにも、みんなが変わるなんて俺も驚いた。甲子園の魔力に魅せられてしまったみたいだった。
「大樹、これから楽しみやな。ほんまに甲子園いけるで」
中村さんが笑顔で言った。
「今年の夏は暑くなると思いますよ」
こんな短時間で野球部は一つになってきていた。監督と僕達5人は半ばむちゃくちゃな話で野球部にやってきた。
それが、いまでは普通になっている。先輩や同級生に感謝しなくてはならいと思った。
期待の大きさ
夏の予選の組み合わせが決まった。俺たち吹高は一回戦からの長い道のり、強豪と当たるのは二回戦以降になる。
まずは初戦突破が目標だ。
「初戦は相生工業や、今の力ならうちの方が上やけど、気引き締めてかかれや。」
いよいよ始まる。ひと夏限りの挑戦が。
「相手の分析は中村に任せるから、頼むぞ」
中村さんの相手の分析の能力はすごかった。大野なんかは、打席の前に必ず助言を受けている。
予選が始まると言う事もあって、自然に学校は盛り上がり、話題はほとんどが甲子園の話だった。
全てのスケジュールが野球部中心に変わり、監督、部長先生に加えて広報担当や渉外担当など先生方が色んな担当をもっていた。
校長が春にいった全面バックアップは本当に行われていた。
吹高の全ての人が甲子園という言葉に見入られていた感じがした。
野球部も誰かが言った訳ではなく、自主練を率先してやる部員が増えていた。早朝に昼休みと
俺の肩も今のところは何の変化もなくすんでいる。ただ、吉岡の腰はそうでもない様子だった。
「お前、腰は大丈夫か」
「少しは痛いけど、まだまだ大丈夫なラインや」
「あまり無理はすんなよ」
「これだけ期待されて、腰痛いなんて言えないわ。でも、ほんまにまだ大丈夫や」
確かに、今俺達の誰かがダメになったらかなりの打撃をうける。それもチームだけじゃなく周りの人たちも。
初戦の相生工業まで1週間。興奮は高まる一方で冷静にならいいけない部分もたくさんあった。
野球部OB達からボールやバットの差し入れがあった。それどころか卒業生の一人が移動用のバスを提供してくれた。
何だかの形で協力を申し出てくれる卒業生やご近所の人たちで毎日バタバタしている様子だった。
「大樹、すごい盛り上がりね。予選の日程が決勝まで張り出されて、応援募集してるわよ」
「お前も応援来るんやろ」
「全部が応援ありきで日程が組まれてるよ」
「甲子園まで連れていったるからな!幼馴染が甲子園でなげるって感動やろ」
有美はハイハイって感じで話を流した。
「肩は大丈夫?」
「悪くなるならこれからやな、期待がかかった肩はそう簡単には潰すわけにはいかんよ」
「無理しないようにね」
有美は俺が野球をやりだした頃から、大きな試合は全部応援にきてくれていた。
中学最後の試合に負けて肩がだめになった時、俺よりも悔し涙を流したのはこいつだった。
俺の夢は甲子園、そしてプロ野球。いつしかその夢はこいつの夢にもなっていた。
「明日壮行会があるみたいね。」
「あぁ、全校集会でやるらしいで」
「そうそう、お母さんが予選の前にハンバーグ作ってくれるって、大樹に伝えてって言ってた」
「おぉ、おばさんにひき肉忘れないように言っといて、楽しみしてるよ」
あくる日の全校集会は野球部の壮行会になっていた。
野球部員全員が壇上に上げられて、校長と生徒会長から激励の言葉をもらい、監督と主将の水野さんが意気込みを語った。
皆の期待は大きな力になるに違いない。これから7試合、全力でいきますよ。
伝説の幕開け
1
一回戦当日は学校のを出る時からまさにお祭りムードだった。いったい本当に甲子園が決まったらどうなるだろう?
「いよいよやなぁ、興奮するわ」
大野はいつに無く落ち着きがなかった。バスの中でずっとグラブをさわっていた。
「今日の相手はごくごく普通のチームやな、特に飛びぬけた選手はおらへんわ」
中村さんが冷静に分析結果を皆に伝えた。
バスの中はそれぞれが緊張をほぐしたり、集中したりいていた。
水野さんは相変わらず神経質になっていた。
「水野!予選の一回戦でそんな状態やったら甲子園で選手宣誓でもあたったどないすねん」
山村さんの言葉に水野さんも頭をかきながら答えた。
「ほんまやな、でも選手宣誓はないで」
「わからんで〜、くじ引くのはお前やけどなぁ」
バスの中が少し笑いで和んだ。
高校に入学した時にはこんな雰囲気を味わえるなんて思ってみなかった。皆に感謝です。
2
市民球場に着いた時はすでに学校の応戦団が大勢来ていた。
「すごいなぁ、まだ一回戦やで」
菊ちゃんが驚いていた。でも、このあともっと驚くことになる。
俺たちは後攻になった。グランドに立つと独特の黒土の匂いがした。
俺にとっては、アドレナリンの上がる匂いだった。
「大樹、大変や!」
菊ちゃんが慌ててやってきた。
「どないしたん」
「スタンド見てみ」
吹高の応援団の陣取るスタンドに、大弾幕に「ナナサンの星!菊ちゃん頑張れ」
「ひゃはは、すごいな!親父さん達やりすぎやろ」
「はずかしすぎる〜」
「ええ事やないか、応援してくれるのはありがたいぞ」
監督が笑いなが菊ちゃんに言った。
この盛り上がりにきっちり答えてこそでしょう。俺はグラブをポンっとたたいてブルペンにむかった。
地区予選の一回戦にしてはマスコミも多いようで、俺は歩くたびに写真を撮られた。
13時30分 プレイボールのサイレンは鳴った。
ベンチ入り15人の大半が緊張していた。
俺は吉岡のサイン通りに投げた。一回、二回は三振ショー、三回以降は監督から支持で打たせて取る内容に変えて固くなってる野手の動きをほぐした。
打線は普通に爆発した。予定通りの五回コールド!おまけに完全試合で一回戦を終えた。
その後の学校や周りのはしゃぎぶりは想像を超えていた。
二回戦は明石常盤高校、一試合した事もあり皆幾分落ち着いていた。
この試合は緊張の取れた下位打線が爆発し、あっと言う間の五回コールド
二試合連続の5回コールド&完全試合に新聞紙面も吹高の名前が踊っていた。
三回戦から強豪校と対戦が始まった。相手は私立の名門、町野高校
すでに上昇軍団になっていた吹高にとっては強豪校も敵ではなかった。
試合を重ねる事に上手くなっていく野球部とそれを応援するスタンドもかなりいい感じになっていた。
皆が野球を予選を楽しんでした。
あっと言う間に準決勝まで来た。ここまで全試合二ケタ得点の五回コールド!
予定のラインだが上手く行きすぎだった。
俺も省エネ投法で少しでも肩に負担をかけないようにしていた。
つぎはコールドは七回成立でなる。ここまで5試合で25イニング、230球ほどしか投げていないが、少し肩に張りを感じていた。タイムアウトのカウントダウンが始まっている気がした。
俺の予想では1000球前後がパンドラの箱になるだろう。開いた時に果たしてどうなるか。
吉岡の腰もかなりきてるみたいだった。
少し辛そうにする事があった。
「いけるか?」
「大丈夫や、中国四千年の歴史で乗り切るわ」
「何や?中国四千年の歴史て」
「針や!けっこう効くねんで」
「せめて打順下げてもろたらどうや?」
「アホか!あれだけみんなバカスカ打ったら下位打線でも変わらんわ」
確かに、一試合の打席数は五回コールドのチームのわりに九回分以上あった。
身体のケアは監督も気を配ってくれていた。監督の先輩と言う釜井先生が試合後にマッサージを含めたケアをしてくれていた。それにマネージャーの皆もかなり気を配って水分補給など考えて用意してくれていた。
全員一丸となって甲子園に向かっていた。
準決勝は春に練習試合をした扇港学園だった。今大会も圧倒的な強さでここまで上がってきた。
相手も強豪校、練習試合の時のようにはいかないだろう。
夏の暑さは最高潮に向かっていた。
3
学校側は雲を掴む話がいよいよ現実味をおびてきて、慌て気味だった。寄付集めに奔走する先生方やもろもろの対応に追われていた。
「大樹君!待って」
後ろから走ってくるあっちゃんが大きな声で叫んだ。
「ずっと渡そうと思ってたんだけど、なかなか時間なくて」
あっちゃんは袋を僕に手渡した。
「何?」
「巾着作ったんやけど使ってくれる?」
袋の中には可愛い野球のアップリケのついた巾着が入っていた。
「ありがとう、めっちゃええやん。グラブと入れさせてもらってええかな」
うんうんとばかりに頷くあっちゃんは可愛すぎた。
予選が始まってあまりあう時間も無いし、電話もできなくっていた。
「ごめんね、あんまり連絡できなくて」
「全然、だって今が一番大切な時でしょう。応援で見れるから大丈夫よ。それに自慢の彼氏なんだから」
何だか照れる発言だな
「今日も応援行くからね。絶対勝ってね」
「もちろん」
野球三昧の日々にホッとするあっちゃんとのひと時だった。
甲子園のあとは青春が待ってるぜ〜!
扇港学園戦は予想通りの展開になった。俺を徹底的に研究してきた様で、バット短く持ってのミート打法でやってきた。
とは言え俺の球威も春とは大きく違っている。さすがにノーヒットとまではいかなが散発3安打に抑えた。
自信をもった打線は的確に相手投手を捉えての8得点!当初の予定通りに七回コールドで決勝進出を決めた。
4
「見てみ、これ!」
吉岡がスポーツ新聞を差し出した。
「4ヶ月前に清川君が紙面で踊っとったけど、今はお前が踊ってる。大した奴やなお前は」
「俺やない、俺たちが踊ってるんや」
スポーツ新聞の紙面には夏の予選記事が増えていた。その中に大阪大会の星斗学園、清川と兵庫大会の吹上高校、達川の記事は中でも大きく取り上げられていた。
中学まで同じチームにいた事や俺が肩を壊してのカムバックで、宿命のライバル対決の見出しで書かれていた。
和ちゃんとは高校に入ってからは連絡を取っていない。お互いが意識している事は間違いない。
甲子園まであと一つ、願うなら甲子園の決勝で対戦したいものだった。
予選の疲れが無いと言えばうそになる。皆はそれよりも決勝まで来た事に興奮していた。
「いよいよ、決勝まで来たな、みんな良くやった。一生懸命やった結果や!」
監督が目面しく褒めた。
「ここまで来たら、思いっきりやって来い!練習した事はお前らに必ず結果を残すはずや!」
皆はそれぞれの思いを胸に頷いた。
県大会の決勝は強豪、東工大姫路。甲子園の常連で優勝経験もある高校だった。
エースは俺と同じ一年生の長谷部、もちろん顔見知りだった。
シニアで何度も対戦している。それに中学最後に負けた相手だった。
「長谷部はスピードこそ無いが、コントロールは抜群や!スライダーには要注意やから気をつけて」
中村さんからデータが詳細に説明された。
「行くぞ!夢の舞台へ!俺たちみんなで!」
監督の激に大きく返事をした。
5
グランドは蒸し暑かった。でもこれが夏の大会を感じさせた。
緊張はもちろんしていたが、今からの戦いに興奮は隠せなかった。
「吉岡、今日はAパターンでいくで!」
「了解!三振ショーを見せたろか」
Aパーンはストレート中心の三振を取りに行く組み立てだった。ちなみにBパターンが打たして捕る組み立てだった。
スタンドは予選にもかかわらず満員で、学校関係者やナナサン商店街の応援団に俺たちの父兄も大挙していた。
「大樹!頑張ってよ〜。」
スタンドから有美が大声で叫んだ。隣にはうちの両親と有美の両親が笑顔で座っていた。
親父にとっても甲子園は夢だった。俺が才能のある選手だと知ったとき、親父は全面的にバックアップしてくれてた。
肩がダメになっ時はの落胆ぶりはかわいそうなぐらいだった。
試合前からスタンドの応援はヒートアップしていた。テレビ中継もあるので、そこは甲子園の予行演習のように全てが全力のようだった。
審判が号令をかけた。
盛り上がりはこれからや!吹高は高校だった。
“プレイボール”
夢の舞台に上がる為に俺は持てる力の全てで投げた。肩の不安など今はまったく忘れてる。
一回からの三振ショーは始まった。調子は最高に良かった。
相手の長谷部もなかなかの投球で吹高のダイナマイト打線をかわしていった。
今大会、初めて先頭バッターの大野が塁に出れなかった。期待と不安がスタンドに渦巻いた。
初めて経験する投手戦に吹高ベンチには変な空気が流れていた。
「大樹は打たれへんから、おまえら長谷部に喰らいついていけ!」
監督の激が飛ぶ。
三回までお互い無得点、ヒットこそ打つが、上手く長谷部にかわされている。
俺の方も危なげなく三振の山を築いていた。
先取点は俺たちだった。八番の菊ちゃんのフォアボールから二打席凡退の大野が気を吐き二塁打で一点先制
続く中村さんもヒットで繋ぐ、吉岡が犠牲フライで二点目。この回は俺も山村さんも打ち、四点を取った。
この得点で俄然勢いが出たのか、今までがうそのようにベンチは明るくなった。
俺もはじめての9イニングだったが、球威が落ちることなく完全試合で勝利した。
審判のゲームセットの声とともに、球場は大歓声に包まれた。ナインも見たことないくらい喜びはしゃいでいた。
監督はガッツポーズを繰り返し、目には涙を浮かべていた。
「大樹、お前はやっぱりすごいわ!甲子園やぞ、ほんまに甲子園や!」
山村さんがいつになく興奮していた。
「やったなぁ、めっちゃうれしいわ!」
吉岡も目に涙をためていた。
水野さんは何度も俺に礼を言っていた。
みんながうれしさを実感して、思いのまま表現していた。
スタンドのみんなも思い思いの喜びを出していた。その中の俺の両親も大喜びしているのが見えた。
第一関門突破!勝負はこれからや、待っとけよ和ちゃん!
夏到来!
1
甲子園決定以降はめまぐるしく日々が動いた。
学校は甲子園に向けてみんながバタバタしていた。こんなに忙しい夏休みはみんな初めてだろう。
「あさってから合宿に入る。柔道場を開放してもっらたから、そこで寝泊りして甲子園に向かう。」
甲子園は車で30分くらいなので、他校とは違い地元の利で学校で全て行う。
まぁ、お金もないので経費削減といったところだろう。
甲子園出場と同時に物心両方の支援の話がいっぱいきていた。ナナサン商店街は合宿中の食事に寝具一式を提供してくれていた。菊ちゃんの親父様様だった。
「大阪、星斗学園決まったで!」
中村さんの言葉に俺は胸をなでおろした。まさかは無いと思ってはいたが、こればっかりはわからない。
「並田が凄いわ、あれはなかなか打てへんかもな」
並田和巳、星斗学園のエース 奴とはシニア時代に良く投げ合った。コントロール、スピード、変化球と何をとっても一級品だった。ポーカーフェイスでまさにピッチャーと言うタイプだった。
確かに俺の知る限りではNO1ピッチャーの一人だった。
「ただ、相手もお前はそうそう打てんわ!」
「中村さんにそう言ってもらえると心強いです。」
俺は気合を入れなおした。ここからが本当の本番やから。
合宿に備えて、明日は休みになった。いよいよ始まる決戦に向けてのインターバルだった。
「休みだからといってうろちょろすんなよ!身体と心の休養やからな。特に大樹!女関係は気をつけろや」
イヤミな言い方、俺だけが彼女がいる訳や無いと思うけど。
でも、当分会えないので明日は会いたい気持ちはかなりあった。
監督から著注意とか色々と話があった。父兄は今晩集まることになっているみたいだった。
俺の親父は興奮して会社休みそうな勢いだった。やっぱりと言うか当然と言うか有美の両親も協力体制にいた。
甲子園出場って俺たちだけじゃなく、学校も家族も周りを巻き込んだ一大イベントになる。協力なくして俺たちは無い。
2
合宿前の貴重な一日、俺は午前中に病院に行き検査をした。これからの試合に耐えれるかどうかを見てもらう為だ。
結果はどちらとも言えないと言うものだった。まぁ、そうだろう治っている訳ではないので今投げられてる事が不思議なぐらいだから。
ただ、悪くなっている訳ではないので、それを確認しただけで俺は満足していた。
午後からは監督にはああ言われたが、あっちゃんと会った。
菊ちゃんの計らいで、菊ちゃんとこの店の隣にある喫茶店「マドンナ」で会う事が出来た。ここの娘も中学からの同級生の谷村麻紀のお店で親父さんはナナサンの世話役なので、今回の地元スターの密会に快く場所を提供してくれた。
「忙しいのにありがとう。」
「今日を逃すと甲子園終わるまでゆっくり会えないから」
こうやって会うのも久ぶりだった。
「本当に甲子園に行くんだね。信じられない」
「まだまだこれからやで」
「でも、凄い!感動って言葉だけではすまないね」
あっちゃんも経験の無いことに興奮してる反面、彼氏がその場に立つ事に困惑してるみたいだった。
二時間ほどだったけど、二人でたわいもない話をした。甲子園が終わったらどこかに行こうと色々案を出しあっていた。
普通のカップルなら、夏休みは海だの遊園地だのと行くのだろうが、あっちゃんはこの夏休みは甲子園と言う今年もっとも暑い場所に通う事になる。
店を出てあっちゃんの家まで送る事にした。手を繋いで歩くことに抵抗もなくなったこの頃である。
「あんまり無理しなでね。甲子園一生懸命応援するから」
「ありがとう。あんまり会えないけどごめんね」
「全然、でも甲子園おわったらいっぱい付き合ってもらうから」
可愛くて失神しそうだだった。
「甲子園で優勝できる様におまじない」
そう言うとあっちゃんの柔らかい唇が俺のかさかさの唇にぶつかった。
ファーストキス!あぁ〜レモンも味!これは優勝できそうだ。
16歳の夏、幸せいっぱいの夏、うまく行き過ぎて怖いくらいだった。
俺はその余韻と共に家路についた。
3
合宿前の晩は俺たち家族と有美の家族で壮行会ならぬしゃぶしゃぶ大会が行われた。
うちの親父と有美の親父は中学からの友達で、野球仲間だった。
二人の共通点は大の肉好きでキングオブしゃぶしゃぶだと思ってる事
「大ちゃん、これ食って甲子園で優勝せえよ」
「そうや、大樹、今日の肉は最高級品やぞ!これ食ったらバンバンホームラン打てるわ」
「おとうさんもおじさんも興奮しすぎ」
有美が大人二人を制止した。
キングオブしゃぶしゃぶに興奮しすぎる父親二人であった。
「でも、大樹はほんまに凄かったんやね。甲子園って夢みたいやわ」
有美自身も甲子園って言葉は子供の頃から身近にあったが、現実になると何だか不思議な感覚だったに違いない。
「有美も自慢してええぞ、幼馴染が甲子園行くんやから」
事ある事にこうやってあつまる俺たち家族は分かり合える関係で仲良く楽しかった。
親父達は酒飲んで勝手に楽しそうだし、お袋達も何だかんだと楽しんでいた。
俺と有美だけが、大人たちの行動言動に押され気味のなかしゃぶしゃぶに食らい付いていた。
「お前、肉ばっかり食うなよ。野菜も食えよ」
「じゃぶしゃぶってお肉食べるもんでしょう」
「太るぞ!」
「うるさいなぁ、黙ってたべなさいよ」
宴はこんな感じで遅くまで続いた。俺も有美もキングオブしゃぶしゃぶだと思い始めていた。
明日から合宿、甲子園はもうすぐだ。
夢の舞台
1
合宿も順調に進んでいた。思ったより快適な空間で寝泊りできた。みんなといる時間がいっぱいあるので色んな話も出来て甲子園を前にチームの一体感が生まれた気がした。
甲子園練習は大体地元が一番に行う、俺たち地元兵庫県代表、吹上高校は緊張の面持ちでグランドに向かった。
持ち時間が少ないのでほとんどの学校が守備練習に重点をおいた。
俺たちもグランドを確かめる様にノックを受け、その後はシートバッティングをした。
さすがに興奮するものだった。憧れの甲子園にやってきたと実感する事ができた。
練習後は取材陣にかなりの質問攻撃を受けたが、その大半は清川との対決のことばかりだった。
俺は必ず「決勝で!」と大きな口をたたいてやった。
決勝で当たれば言う事ないけど、この大舞台であいつと真剣勝負できるならどのタイミングでもよかった。
「明日は抽選や、どのあたりが希望や大樹!」
「俺は初日がいいです。」
連投が続く甲子園では、少しでも間があく方がいいに決まってる。
「水野、しっかり引いて来いよ。選手宣誓は引いてもええけど、星斗学園だけは引くなよ」
「いやいや、選手宣誓はいやですよ」
この所ずっとこのネタでいじられてる水野さんだった。
とにかく早めの試合を引いてもらって、できれば星斗以外どこでもよかった。
合宿中、テレビ局の取材も張り付いていたが、それによって他校の事を教えてもらえる事があった。
その情報を元に中村さんと吉岡と毎夜作戦会議を開いていた。
中村さんのアドバイスで俺と吉岡が配球をシュミレーションして進めていく。
すでに俺たちの中では決勝の星斗学園戦まできていた。
2
抽選日当日、レギュラー組みで会場に向かった。会場のホールには各県を勝ち抜いた学校が集まっていた。
常連組と初出場組、抽選だけでもその余裕は違って見えた。
現にうちの主将の水野さんはガチガチだった。
本選抽選の順番を決めるくじでうちは7番だった。水野さんの選手宣誓はなくなった。
壇上では各校の主将が次々に抽選していく。
いよいよ7番目、水野さんが壇上でにやりと笑った。
「吹上高校、1番!」
大会初日の一試合目だった。これが春の選抜なら水野さんは選手宣誓だった。
どよめく会場!うちのみんなは喜ぶべきかどうか悩んでる感じだった。
程なく相手校も決まった。富山県代表の富山第一高校だった。
星斗学園は大会6日目の第三試合に決まった。
これで充当に行けば準決勝までは当たらなくて済む。
緊張と興奮が少しだけ高まってきた感じがした。
「思惑通りやな、神様見方してくれてる気がするわ」
吉岡の言葉に俺は頷いた。
3
学校に戻った俺たちは練習に励んだ。
普段の力を出せば勝てる相手ではあったが、大舞台でその力を出すことは難しい事だった。
監督はより実戦を考えての練習を取り入れていた。
個人個人がどうするのか、本気で考えて練習していた。ベンチ入りの15名はすでに発表されていた。
監督は水野さんの登板をどのタイミングにするかで悩んでいた。
「監督、今の水野さんなら何処でも大丈夫じゃないですか?」
俺の言葉に監督は安堵した感じだった。
「そうやな、あいつもかなり成長したし自信もついてきてる。でもな、舞台は甲子園やからなぁ」
確かに、予選でも一度も投げていないのにいきなり甲子園ってのはかなりのプレッシャーだろう。
「一回戦の9回1イニングでもなげさしますか?」
「それも展開しだいではありやな。」
監督の悩みは尽きない様だった。
俺はこの事を山村さんと中村さんに相談した。
山村さんはメンタルの部分は何とかしてみると言ってくれた。中村さんは相手のデーターを元に完璧なイメトレをしてみるといってくれた。
長い決勝への道はみんなの力なしにはありえない事だった。
俺の肩が決勝まで無事にもつもこを神に祈るしかなかった。
グランドには金属バットの音ともみんなの気合の入った声、そして夏を賑わすセミの声がこだましていた。
カウントダウンテン
1
開会式の朝、大勢の見送りの中、俺たちは甲子園に向かった。
バスの中からその緊張具合は半端なものではなかった。俺や吉岡はそうでもなかったが、水野さんをはじめとしてほとんどのナインが嗚咽をもらすほど緊張していた。
「おまえら緊張すんのはええけど、入場で手と足一緒に動かしたりすんなよ!はずかしいから。」
監督はみんなをほぐすために色々話したが、まったく効果はない感じだった。
「甲子園やな、甲子園やで!」
となりで吉岡が訳のわからない事をつぶやいた。
「何や、えれ?」
「いやな、今さらながら甲子園に出れるんやなって思って」
「お前の緊張してわけわからんようになったか?」
「違う違う、子供の頃から夢見てきた甲子園にいける喜びを噛み締めてたんや。一回は諦めて野球やし、親父もお袋もジィちゃんもめっちゃ喜んでくれてるし、俺自身もめっちゃうれしい」
吉岡の言ってる意味はわかった。野球少年にとって甲子園はめっちゃうれしい所や。そこで今から試合する、こんな喜びは無いで!俺はをそれをみんなに向かって言った。
「そうでしょう!こんな喜びはないです。たかだか50000人がみてるだけですよ!おもいっきりやりましょう」
俺の言った言葉の50000人は完全逆効果だった。ついに菊ちゃんは吐いた。
大丈夫か?みんな勝つねんで、頼みますよ。
バスはあっという間に甲子園についた。
すでに大勢のお客さんと報道陣がそこのは居た。
「あかんトイレ!」
三年の秋田さんがトイレに一目散に走っていった。それを追うように何人もがトイレに向かった。
「大樹、今日は全部三振取らなあかんみたやで」
山村さんが笑いながらいった。確かに今の状態ではまともなプレーは出来なさそうな感じだった。
でも、それはうちだけに限った事ではないみたいだった。他校の選手もほとんどがそんな感じだった。
「大ちゃん!」
振り向くと和ちゃんがいた。
「さすがに余裕の顔してるなぁ、和ちゃんは」
「俺は今日試合無いからな。調子はどないや?」
「悪くはないわ!マウンド上がってみないとわからんけどな」
お互いチームは違えどこの舞台に来た事がうれしく思えていた。
敵とはいえ、友達には変わりないので色々と世間話ついでに他校の情報交換した。
それを見つけた報道陣がいつの間にか集まって、黒山の人だかりになっていた。
2
澄み切った青空の中、開会式は行われた。心地よい緊張感の中、甲子園の黒土をしっかり踏みしめて歩いた。
開会式が終わって安堵する他校の生徒達とは違い、俺たちはすぐに試合が待ってる。
余韻にひたる暇も無く試合の準備に入った。
「緊張するなと言っても無駄やから、せっかく甲子園を楽しめや!ただ、自分がせなあかん事はしっかりやれよ」
監督の言葉と共に俺たちはグランド散っていった。
マウンドに上がった瞬間、満員のスタンドを背負った俺は武者震いした。夢にまで見た甲子園で今まさに俺は投げる事ができる。練習をしながらナインを見ると、山村さんは三塁ベース付近でニヤニヤしているし、中村さんも楽しそうにボール回しをしている。外野に目をやれば、大野は芝をなでましている。
みんながここに来た喜びを噛み締めているのがよくわかった。
試合は俺たちの先行で始まった。
「大野、先頭打者ホームランでたのむぞ!」
「任しとけ、先制攻撃こそうちのお家芸やからな」
こういう大舞台で大野は昔から恐ろしいくらい力を発揮する奴だった。
お偉いさんの始球式のあとプレイボールのサイレンと大歓声の音にかき消されながら金属音と共に白球はスタンドに吸い込まれた。
「あいつほんまに打ちよったでぇ」
ベンチは一揆にヒートアップした。この後、相手チームは信じられない光景を目にする事になる。
大野の後、二番の中村さん、三番吉岡、四番の俺、そして五番山村さんまでが連続ホームラン!
甲子園至上初めていや、野球界至上初めての5連続ホームラン!
相手は完全に戦意喪失だった。
「お前ら恐ろしいな」
監督はめちゃめちゃ笑顔でいった。さすがに一回表に全員が打席に立ち、7点も奪った事で緊張はかなりほぐれていた。
午前中の試合とは言え、マウンドの蒸し暑さは普通なら不快度200%だったが今の俺には爽快度200%に感じるくらいだった。夢にまで見た甲子園のマウンドに俺は立っている。
大声援がこだまする球場で俺は思いっきり投げる!一試合一試合、一球一球がカウントダウンになるのは間違いないが何時おわりが来たとしても悔いなく投げる事が目標だった。
「締まっていくぞ~!」
吉岡の気合の声に全員が大きく返事した。
この試合思いっきりいかせてもらいますよ!
俺はストレートを中心に吉岡のミットめがけて投げ続けた。一回の連続ホームランで戦意喪失した相手打線を抑えるのは簡単だった。得意の三振ショーにスタンドは沸いた。
打線も堰を切ったように撃ち続けて大量17点を取った。もちろん俺は一人も塁に出すことなく完全試合で初戦を飾った。
テレビも新聞も全てが吹高一色だった。
「大樹、完璧やったな」
大野は自分の活躍を自慢したくてしょうがないって感じで俺に寄ってきた。
「お前は大舞台にはほんまに強いなぁ、尊敬するわ」
「そんなこと無い無い、まぐれやまぐれや」
一応謙遜はしていたが、それはまったくのポーズだった。
いずれにしても、いい形で勝てた事は間違いない。
2回戦の相手も決まった。茨城代表 水戸工業
3
初戦の勝利以降、吹高フィーバーは凄まじかった。練習を一目見ようと大勢の人が学校に押しかけて警備員が出る始末だった。一試合したことで緊張も取れたのか、練習では皆がいい動きをしていた。
「そろそろ星斗学園の試合が始まるなぁ」
吉岡がつぶやいた。
「楽勝やろ」
「見たないか?」
「一回戦くらいで負ける訳ないし、今見んでもイヤちゅうほど見れるわ」
チームのみんなはかなり星斗学園を意識しているみたいだった。随分みんな成長したもんだ。まずは目の前の相手が大事だと思うけどね。
練習は守備を中心に行われていた。いつもと違う甲子園で試合をする為の練習を監督は毎日考えてくれた。
OBも多く駆けつけてくれて毎日練習を手伝ってくれいた。
うちの親父やお袋も毎日の様に訪れては合宿の手伝いをしてくれていた。
全てが一丸となって応援してくれていた。俺たちと一緒に夢を見ている感じがした。
夕食後は個人練習の時間になっていた。それぞれが課題をもって取り組んでいた。
俺や吉岡はマッサージを受けることが多かった。
この寝る前の時間は貴重な時間だった。みんなと色々と話をした。
もちろん、野球の事が一番多かったけど、お互いに色んな話題をもっていて楽しく談笑する事が多かった。
「清川と対戦したら、何投げる?」
水野さんが真剣に聞いてきた。
「基本は真っ直ぐ一本で勝負したですけど、そんなに甘くはないでしょう」
「真剣勝負はあるんか、今までに」
「ずっと同じチームやったから、紅白戦くらいですね」
「楽しみやなぁ、俺の方がワクワクするわ」
その後、話は水野さんだったらどうするって話でシュミレーションをした。
「まずは初球何にします。」
「内角のボールになるカーブでどうかな?」
「良いと思いますよ。ただ、しっかりボールにしなとやられますよ」
「二球目は真っ直ぐで同じコース行って、三級目に外角のカーブでカウント取る」
「あぁ、三球目に打たれますね。それも大きいのを」
本当に打たれた感じでうなだれた水野さんを見ていた中村さんが口をはさんだ。
「内角攻めるなら徹底的ですよ。外は清川の得意なコースです。」
中村さんは分析データーを披露してくれた。
いつの間にこんなに調べたのかと思うぐらいのデーターブックを持っていた。
二回戦の相手のデーターは見せてもらっていたが、それ以外の高校のデーターがかなりあった。
学校一の秀才は恐るべきだと思った。
二回戦に登板の可能性のある水野さんはデーターを食い入る様に見ていた。
忍び寄る感覚
1
2回戦の水戸工業との試合も打線は好調だった。上位打線に引っ張られる感じで下位打線は奮起していた。
先制攻撃で5点を取った吹高はそのままの勢いで試合を支配した。
アルプスの応援も熱が入り、回を重ねる事にうまくなっていた。
8点差のついた7回に俺と水野さんは交代した。
緊張している水野さんに一塁に変わった俺は声をかけた。
「いつものの調子でいけば大丈夫です。バックを信じて打たしていきましょう。」
大きく頷いてマウンドに立つ水野さんは一回り大きく見えた。
吉岡のリードの巧みさはあったが、ランナーを出すも要所要所を押さえて初マウンドを無難にやってのけた。
その後三回戦の広島代表、広島東高校戦にも水野さんは先発し、4回を二失点に抑えた。
この試合も7対2で勝った。
順調に勝ち続ける吹高ではあったが、カウントダウンのタイマーは動いていた。
少し肩に張り同時に何とも言えない違和感が出てきていた。
吉岡も腰を辛そうにしている。もつか決勝まで!
準々決勝は西東京代表、帝豪高校。
関東の強豪校で優勝経験もある高校だった。
俺たち吹高も甲子園に来てから、毎試合事に強くなっていく気がしていた。
アズオなどは、元々守備は良かったが最近では内野を率先してまとめていた。
菊ちゃんは人一倍大きな声で激を飛ばしてナインを元気つけていた。
星斗学園も順調に勝ち進み、和ちゃんも三試合で3ホーマーを放ち並田も風格のあるピッチングで3連続完封、周囲を圧倒していた。
マスコミは現実に迫ってきたライバル対決をあおり始めていた。
2
「大樹、凄いね。ベスト16だよ、やるじゃん。」
久しぶりに有美と話した。
「まだまだ、あと3つ勝たないと優勝できへんわ」
「肩はどないなん?」
「まぁ、まだ大丈夫やろ。たぶん?」
少し表情を曇らせながら有美は話を続けた。
「無理すんなって言ってみ無理やと思うけど、無理したらあかんで」
「おお!優勝して、スタンドで泣かしたるから!」
「何で泣くんよ!」
俺の甲子園での優勝はみんなの夢でもある。マウンドからホームベースに球が届くかぎり投げ続ける。
最初で最後の夏に後悔はしたくなかった。
「大樹君!」
振り向くとあっちゃんだった。
「ごねんね、連絡できなくて」
「ううん、頑張ってるの見てるから。」
あっちゃんと会うのは合宿前に会って以来だった。
時間はあまりないのでちょっとだけイチャイチャトークをした。
「こんなにドキドキする夏休みは初めて、頑張ってね。一生懸命応援してるから」
「頼むね。応援が一番の力になるから」
「甲子園おわったらいっぱい会おうね」
何だか今すぐ抱きしめたかった。しかし、俺は背中にものすごい視線を感じていた。
グランドからみんながこっちを見ていた。
「じゃぁ、練習に戻るね。また!」
名残惜しかったが、これ以上喋ってると後が怖いので話切ってグランドにもどった。
その後にねちねち言われた事はもちろん言うまでも無い。
あと3つ!夏の日差しは容赦なく照りつけていた。
正念場
1
帝豪高校との試合は水野さんの先発で始まった。ここからの連戦にそなえた監督の配慮だった。
一回は何とか抑えたものの、二回に2点を取られた。
さすがに強豪校、作戦には余念がない。水野さんのストレートに的を絞り打ってきた。
しかし、相手の投手の立ち上がりも悪く乱打戦の様相を見せていた。
「大樹、四回から行ってくれるか?」
「いつでもいけますよ」
肩の張りはけっこうあったが、それは織り込み済みの事だった。
打ち合いの試合は三回で終わった。俺の登板と共に試合は締まった。
俺も快調に投げる事ができた。スピード、切れとも問題なかった。
4回以降沈黙した帝豪打線に比べうちは絶好調だった。
試合は圧倒的な打力で吹高が勝ち、ベスト4入りをした。
2試合目終了の後に準決勝の抽選が行われた。ここで、星斗学園と何処で当たるか決まる。
水野さんは準決勝の第二試合を引いた。
星斗学園は第一試合だった。これで決勝でなければ当たらない。
予定通りといえばかっこいいが、神様のいたずらはまだ続いているようだった。
準決勝の相手は愛媛の古豪、松山東商業だった。
ここまできて相手に対しては何の不安もなかった。
ただ、肩の張りは少し痛みを伴いだしていた。
2
準決勝の当日、俺の肩の状態は今までになく最悪だった。
あきらかに肩は熱を持っていた。身体も重く軽い痺れもあった。
朝から念入りにマッサージをしてもらっていた。あきらかな違いに危険を感じた先生は辞めるように助言してくれたが、
ここまできてそんな事が聞ける訳はなかった。
「今日はノンワイドアップで行くから、それとコントロール重視で、変化球は少なめで・・・」
吉岡は何も聞かずに頷いた。
第一試合で星斗学園はその強さを見せつけ、あっさりと決勝進出を決めた。
バックヤードですれ違いに和ちゃんが軽いガッツポーズで激励してくれた。別に言葉は無かった。
激闘の跡が残るマウンドはいつになく重圧で俺に迫ってきた感じがした。
ウォーミングアップの時に自分の身体の重さに驚いた。
「打たして、省エネ投法でいけよ。俺らに任せろ、守備は信用できるやろ」
中村さんのありがたい言葉に俺は頷いた。すでにみんなも気がついているのかもしれない。
いつもと同じで行かなければ、ここで立ち止まる訳には行かない。
省エネ投法は相手打線のリズムを狂わせたようだった。早い球を予想して策を練ってきたに違いないが、それを覆した打ちごろの球がどんどんくる。
我慢できない打者達は早打ちになり凡打の山を築いていった。
打線もかなり研究されているみたいだったが、着実に得点していた。俺はさすがに打てなかった。
五回が終わって4対0で勝ってはいたが、さすがに相手打線も微調整してきていた。右狙いのバッティングで勝機を見出すつもりみたいだったが、中村さんの大活躍で事なきを得ていた。
「次からAパターンで行くぞ!」
「大丈夫か?」
「あかんかったらそれまでや!」
「よっしゃ、おもいっきりこいや!」
六回からは別人の様に剛速球の力でねじ伏せた。肩の具合はそれとは逆に最悪な感じだった。
相手打線はまったくついて来れない感じで、三振の山を築いていた。
スタンドは盛り上がりのピークを向かえ、俺が投げる一球一球に大声援を送っていた。
大声援は後押しになるものだが、今の俺にはそれも聞こえないくらい意識は肩にあった。
最後の打者に投げた一球と共に沸き起こる大歓声。
喜びを全面に出すナイン、俺は限界を感じていた。
「よう投げたな、あと一試合みんなえ死のうや!」
山村さんが声をかけてくれた。
俺には最高の仲間達がいる。夢の舞台に立ち、等々その頂点に立つ時がきた。
言えばわがままと夢物語のような事で始まったこの挑戦が、本当にここまでやってきた。
色んな人たちに迷惑をかけながここまでたどり着いた。
あとは自分の肩がどんな事になろうとも、優勝の二文字を掴む事がみんなへの感謝の印となる
決勝戦は俺の全てで勝負する。
3
「いよいよ、明日は決勝戦や!それも相手は念願の星斗学園や、ようやったお前らは最高や!明日は思う存分甲子園を楽しんで野球やって来い」
夕食の時、監督は感無量といった感じで俺たちに激を飛ばした。
この席には校長を始めとして関わった全ての大人たちも加わり、今日までの事そして決勝戦の事を楽しいそうに話していた。
野球部員もここまで来た安堵感とうれしさでいつになくテンションが高かった。
俺はどうしても言いたいことがあったので思い切って口を開いた。
「みなさん、今日までありがとうございました。わがままいっぱいの一年坊主をここまで自由させてくれて感謝しています。本来ならありえない話の連続でいやな思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。
決勝戦はどんな状態になろうとも抑えてみせます。あと一試合我慢してやってください。よろしくお願いします。」
おそらく、普通の高校ではありえない流れの三ヶ月だった。上下関係の厳しい野球でこんなにフレンドリーに接してくれた先輩に感謝です。
「何を言うてんねん、お前がおったからここまで来れたんやろ!礼を言うのは俺らの方やないか。」
「そうや!こんなへたくそな俺ら野球部が甲子園出場して、尚且つ決勝まできたんやで。お前は最高や!」
先輩達は口々に俺に言葉をかけてくれた。感動で涙が出てきた。
「大樹、事の発端は俺やないか。それを実現したんがお前らや!よう我慢してやってくれた感謝や!無名の俺が、甲子園の優勝監督やぞ!」
監督はもう、優勝した気でいた。
夕食の時間はみんなにとって最高にいい時間になった。
あと一つ、夢の実現に夏の暑さはちょうど良かった。
真っ向勝負
1
決勝戦を前にマスコミは清川対立川のライバル対決の話題を絶好調に盛り上げていた。世間の話題もそこの集中していた。
テレビでは昔の俺たちの映像が流され、評論家達は対戦の予想を好き勝手に言っていた。
高校入学の時点ではまったく考えれなかった事に何だかおかしな感覚だった。
俺の肩はもうカウントダウンの数字が少なくなってる気がしていた。
すでに張りはかなりの物だし、痛みも大きくなっていた。
幼い頃、甲子園はまさに夢の舞台だった。いつかきっとあそこで野球をしたいとずっと思っていた。
朝からみんなの緊張と興奮はマックスだった。決勝の日は今年一番の暑さだと天気予報は言ってた。
「決勝はどうする?」
「お前は気づいていると思うけど、限界ぎりぎりや!任せる」
吉岡自身も限界の腰だった。
「OK!勝つためにリードするわ」
ここまで、一度も吉岡のサインに首を振った事は無い。信頼は100%だった。
球場内は異様な盛り上がりだった。試合の2時間も前だと言うのに満員のスタンドからは絶え間なく声援が飛び交っていた。
練習の時間、俺と吉岡は念入りに身体をほぐしていた。
グランドではノックが行われ、みんなハツラツとした動きを見せていた。
決勝戦が楽しみなのか、和ちゃんとの対決が楽しみなのか自分でもわからないくらいワクワクしていた。
2
「俺たちはもう自信をもって強いと言える。今日も思い切って相手に向かって行くぞ!」
水野さんがみんなに激を飛ばした。
いざ決勝の舞台へ
俺たちは先攻だった。大野の気合は半端じゃなかったが、星斗学園のエース並田の気迫はそれを上回っていた。
コントロール、スピード、変化球の斬れとどれを取っても完璧だった。
連投してきた投手とは思えないくらい球には勢いがあった。
さすがの吹高打線も討ち取られ、今大会初めての一回三者凡退をきした。
「並田は並田、お前はお前や!自分のピッチングでな」
山村さんが軽くグラブで背中を叩いてポジションに着いた。
いつもの様に投げる前にスタンドをグルッと一周してバックスクリーンを向いた。
満員のスタンドは一回かヒートアップしていた。親父やお袋、有美やおじさんおばさん、そしてあっちゃんの顔が飛び込んできた。
「しまっていくぞ〜!」
吉岡の気合の掛け声と共に戦闘モードに入った。
俺は集中して吉岡のサインを見た。
サインは真っ直ぐ!大きく頷いて俺は投げた。
「ストライ〜ク!」
審判のコールと共にスタンドが沸いた!
自分でも驚くほどの球がいった!肩の張りと痛みは変わらずあったが、投げる球にそれは感じられなかった。
一回の裏は真っ直ぐを中心に三者三振で和ちゃんをネクストバーターズサークルにたたずました。
俺はそっちを向いて、右肩を回して快調やとアピールした。
和ちゃんはニヤっと笑って頷いた。
久しぶりの並田と対決でバーターボックスに入った。
さすがに星斗学園で一年からエースを張るだけはある、中学時代とは比べ物にならないくらいいい球を投げ込んできた。
さすがに、手が出ない球もあった。俺はうまく引っ掛けせられセカンドゴロに討ち取られた。
一塁ベース上で和ちゃんが一言俺に言った。
「全打席ホームラン狙うからな」
「俺は三振取りに行く」
五番の山村さんもレフトフライに打ち取られ、続くアズオはミートしたものの、サードライナーだった。
二回の裏に和ちゃんとの対決が生まれて初めてやってきた。
さすがにプロが注目する超高校級のスラッガーだ、打席に立っただけでかなりの威圧感があった。
小学校からずっと一緒だった、同じチームで頑張って夢をみていた仲間そして親友
初めての真剣勝負。俺は真っ向勝負で和ちゃんを打ち取る!
サインは真っ直ぐ、俺はミット目掛けておもいっきり投げた。
和ちゃんもフルスイングで向かってきた。
スタンドからは、驚きの声にも似た声があがった。世間も注目する対決をみなが楽しんでいた。
最初の勝負は三球三振!
はなから打たすわけにはいかない。
3
お互い譲らずに六回まで完全試合で進んだ。
「変化球は捨てていけ、真っ直ぐを打ち返す事だけ考えろ」
監督からの指示にみんな一握りバット短くもって打席に向かった。
初ヒットは七回だった。アズオがセンター前ヒットで塁に出た。
今日のうちの打線では一番アズオが合ってるみたいだった。
しかし、並田の球威は落ちるどころか増してるようで、後続はあっさり三振させられた。
俺も何とか抑えてはいたが、あきらかに肩の痛みは強くなり、投げにくくなりつつあった。
和ちゃんとの三度の対決を三振に斬って取ったが、いい当たりされる事も多くなっていた。
息を飲むような試合はあっと言う間に九回を向かえた。
俺はいまだ完全試合、並田は1安打だった。
九回表もあっさり抑えられた。延長だけは避けたかったがどうやら無理のようだった。
俺は裏も抑え延長戦に入った。
「大樹、行けるか?」
「行けても行けなくても、行くしかないでしょう」
監督の言葉に強気で答えた。
「お前の肩の事を知ってて投げさせるのは指導者失格やけど、俺はお前と心中する覚悟や!好きにやって来い」
「ありがとうございます。必ず優勝監督にしてみせますよ」
わがままは十分わかっていた。ここまで来てもう投げれませんって言うほど俺はヤワじゃなかった。
延長に入り、少しは動きが出てきた。俺たちも並田かヒットを打てるようになった。
しかし、並田のピッチングはまさに神がかりの上手さで連打は許さなかった。
俺も、4度目の対決で和ちゃんにレフト前に運ばれた。夏春連覇の星斗学園打線は少しずつ合わせてきていた。
暑さはマックスだった。体力も奪われ、投げる事が精一杯になっていた。
明らかに、吉岡も腰の痛みが増し打席では振りが悪くなっていた。
応援のボルテージは上がる一方だった。
延長戦もお互い一歩も譲らず、一進一退の攻防が続いていた。
「大樹、大丈夫か?」
「そう思うなら点採って終わらしてくれ」
大野は任せとけとばかりに胸を叩いた。
延長17回、大野が塁に出たものの中村さんが抑えられ得点にはいたらなかった。
その裏、俺もヒットを打たれたがバックの守りに助けられ何とか抑えた。
いよいよ延長18回、これで点が取れなければ再試合。しかし、俺には次は無理のようだった。
肩はもうすでに上がらないくらいになっていた。
18回表、吉岡からだった。この試合終始内角攻めで腰の回らない吉岡は抑えこまれていた。
最後の力で振り抜いたが、無常にも打球はグラブに収まった。
ワンアウト!
俺もこの試合投げる事が精一杯で打つ余力は無かった。上がらない右腕では左バッターの俺では打てる可能性は少なかった。
並田もさすがに球威が落ちてはいたが、俺に比べればまだまだいい球を投げていた。
俺が塁に出る方法はこれしか無かった。
初球、バント!
完全に意表をつかれた並田はスタートが遅れた。
チャンス!打球もいい感じで転がってくれた。俺は一心不乱に一塁に走った。
「セーフ!」
神はまだ見捨ててなかったようだった。
大歓声のスタンド。異様なほどの応援合戦になっている。
山村さんに任せるしかない。大きな当たりでもない限りホームに帰る事は今の俺で無理に思えた。
沈着冷静な並田はまったく動揺する気配も無く、変わらないピッッチングを見せた。
「大ちゃん、お前はやっぱりすごいな」
和ちゃんが一塁で話してきた。
「お前には負けるわ。俺は一杯一杯や」
「次の打席で留め刺したるからゆっくりここで休んどけ」
「お気遣いありがとう。ゆっくりさせてもらうわ」
最後の最後に和ちゃんとの勝負があれば最高かもしれん
並田にまったく合ってなかった山村さんは三振を喫した。
ツーアウト一塁
次のバッターはアズオ。今日一本ヒットを打っている。非力な奴だがこの春から一番成長したに違いない。
努力していつも笑顔で頑張る奴。頼むぞアズオ!
一球目、カーブ。見逃し方がいいぞ、球が見えてる。
俺はここで勝負に出る事にした。ここでじりじり熱気にやられるよりは思い切ってやってやる。
二球目もカーブ!カウントワンエンドワン!
打席を外したアズオにアイコンタクト!次いくぞ!
アズオは大きく頷いた。
並田の足が上がる、俺は思い切ってスタートを切った。
「走った!」
和ちゃんの声
並田の渾身のストレート!
アズオは思いっきり振りぬいた!
打球が左中間に向かって伸びていく!
俺は二塁を蹴った
三塁手が大声で呼んでいる
三塁コーチャーの今田さんが腕を大きく広げて止めようとしている。
俺はそれを無視した。ここで止まれば全てが終わる。
三塁を回った。
ホームベース上で捕手がブロック体勢で待っている。
球が帰ってくる、捕手の腰がすこし落ちて捕球体勢だ。
俺は捕手を掻い潜る様に頭から滑り込んだ。
一瞬の静寂!
「セーフ、セーフ!」
18回の表、均衡は破られた。
俺は菊ちゃんと大野に抱えられてベンチに戻った。
アズオの奴、やってくれる。
俺は意識が薄れるくらい疲れていた。
スタンドは今日一番の大歓声に包まれていた。
次々にチームメイトが声をかけてくれていたが、まったく聞こえないくらいだっだ。
「大樹、ゆっくりでええから最後に行け」
監督の言葉でチェンジになった事がわかった。
もう、限界は超えていた。
あと一回、三人抑えれば終わる。
俺はスパイクの紐を結びなおして立ち上がった。
「ゆっくり歩いていけよ」
監督ありがとう。でも、最後まで強気でいきます。
俺はベンチを小走りで飛び出した。
「大樹!」
監督の怒りの一言を大歓声が打ち消した。
「あと、三人。打たしていけ」
「アズオ、ナイスバッテイングやった。」
「ウォーミングアップはいらんな?」
あきらかに体力は消耗していた。味わった事ない感覚でマウンドに立っていた。
18回の裏、バッターは八番からだった。
残りの力を振り絞って投げた。
次の瞬間、右肩に激痛が走った。
ピッチャー強襲のライナーが右肩を直撃した。
俺はマウンドでのた打ち回った。
みんながマウンドに駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「スプレー、スプレー」
痛みで気が遠くなる感覚の中、スプレーを断った。
「大丈夫です。スプレーすると感覚鈍るから、少し時間をください。」
中村さんに付き添われベンチに戻った。
痛みの感覚は少しずつ消えていた。そしてだんだんと何も感じない感覚になっていた。
「行けるか?」
「行きます!」
「お前と玉砕や!真っ向勝負して来い」
はたから見れば鬼のような話だが、こんな愛情たっぷりの言葉は無かった。
「大樹、打たれてかまへんから俺らに任せろ!スタンド以外はどこでも取ったる」
涙が出そうな言葉に頷き、マウンドへ戻った。
「もう肩に感覚が無いから、ノーサインや。お前のミット目掛けて投げる事しかできへん」
「わかった、好きなように投げて来い」
ノーアウト、ランナー一塁。
次の9番バッターには何を投げたかわからない。簡単にレフト前に持っていかれた。
ノーアウト、ランナー一二塁
一番に戻って、もう開き直るしかなかった。逆転のランナーを出しての上位打線。
あきらかに球威はなかった。
三球目、ミートされた打球はライナーで俺の横を抜けた!
外野に抜けるその時、中村さんが飛び込んできた。
ファインプレー!
ワンアウト、一二塁
二番バッターは初球ヒッテイング!打球は左中間に飛んだ。
「大野、飛び込め!」
山村さん大声と共に大野はダイビングキャッチしフェンスにぶち当たった。
俺には最高のバックがついている。まだ、神はチャンスをくれている様だった。
ツーアウト、二三塁
マウンドに内野が集まった。
「よう投げた。あと一人や」
「清川の前でよかった」
「打たせていけ」
口々にみんなが声をかけてくれた。
ネクストバッターズサークルの和ちゃんは無心で素振りをしていた。
悪いな、和ちゃん!最後の勝負は無しや。
プレイ再開
吉岡が立った。
何?敬遠!
みんな、そんなドラマはいらんで!
「満塁策や!次で勝負や」
山村さんが大声で叫んだ。
俺はみんなの行為に甘えた。
ツーアウトフルベース、回は18回裏、得点は1対0 バッターは4番清川
みんなに感謝し、俺は本当に終わるであろう野球人生を最後の三球に賭ける事にした。
この満塁策にスタンドは沸き立った。
この勝負、誰も邪魔する者はいない。振りかぶって一球目、渾身の真っ直ぐを投げた。
「ストライク!」
まったく微動だにせず見逃した。
二球目、肩が外れるかと思うくらいに投げた。
ジャストミート!打球はレフトスタンドに向かって飛んでいた。
「ファール!」
ポールのわずか数センチ左を飛んでいた。
球場全体が異様な雰囲気になっていた。遊び球など無い。
三振かホームランか、二つに一つ。
俺は大きき息を吐き最後の一球に全てを賭けた。
俺の思い、みんなの思い、全てをこの一球に賭ける。
バッターボックスの和ちゃんは恐ろしいほどの気迫のオーラを放っていた。
俺はそれに負けないくらいの気迫で振りかぶった。
足を上げ、渾身の力で腕を振りぬいた。
「ストライク!バッターアウト!ゲームセット」
最後のストレート
和ちゃんのバットはうなりをあげて空を切った。
その瞬間、静寂から一転しての大歓声!
終わった、夢の様な話は今まさに現実になった。
多くの仲間と多くの大人たちが夢に向かって突っ走った。
達川大樹16歳!最高の瞬間です。
わがままだったかもしれない。
強引だったかもしれない。
でも、野球が好きだった。
夢の舞台、甲子園で野球がしたかった。
夢を掴んだ代償は一生野球が出来なくなった肩
後悔なんてみじんもしていない。
ありがとう。そして野球最高!
おわり
ハッピーエンドが一番です。今回はその代償は大きかったかもしれないが、それ以上の物を掴んだはずです。彼らきっとこの後も夢に向かった歩いていったはずです。夢の舞台は何処にでもあるはず。
みんなでそこへ上がって輝きましょう。
永らくお付き合いいただきありがとうございました。