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鈍色の祈り

作者: o-sumi

行き交う車の喧騒が遠い都会の端。

コの字型の校舎に蓋をするようにプールが併設されている小学校。


校舎とプールに囲われるグラウンドには衝撃を和らげる深緑色の人工土。

休み時間になると無数の児童たちで埋め尽くされ、高く、はしゃぐ声が響く。


グラウンドの端にはプールを背にして鉄製のパイプで組まれた塔のような遊具がある。

休み時間、少年は常にその最上部に腰掛けていた。


「どいつもこいつもワラワラと群れやがって、歯ごたえのあるやつがいないなー、なあ、大臣?」

「王様、国民の仕事は遊ぶことですから仲良くするのは良いことなんだよ。」


少年の一段下に腰掛けていた大臣と呼ばれた友人は、半ば役を忘れて答える。


「おい、王様にはちゃんと敬語を使わないとダメだろ。」

「あ、ごめん、王様。」


「そろそろ、2人で王国ごっこも飽きたなー、大臣もお前だけじゃなー。他のやつもスカウトするか、そうしようぜ。」


僕は2人でも楽しいよ、と友人が答え切る間もなく、少年は誰にしようかクラスメイトの名を挙げ連ねていた。

少年は、その日の内に3人のクラスメイトを副大臣に任命し、休み時間に塔の遊具で遊ぶように約束した。


**

少年の悪態にも付き合う友人は、いつも少年のそばにいた。


遊ぶときは菓子を持参させ、ときに宿題も肩代わりさせる、少年にとってなくてはならない、掛け替えのない友人は、いつでも少年のそばにいた。


ある日の放課後、学校近くの公園。

夕方を告げるメロディが街のどこからか流れていた。


「お前さ、いっつもオレの後についてないで何かしたら?」

下にいる友人を見ることなく、滑り台の上で少年は言った。


時節は霜降を過ぎて立冬、遠くの街並みに日が沈み、空気は熱を失っていく。

夕方を告げるメロディはいつの間にか鳴り終わっていた。


翌日から友人は、休み時間になるとすぐにどこかへ行ってしまうようになった。

休み時間の終わり、その寸前まで教室に帰ってくることはない。


少年は自分に何も言おうとしない友人に苛立ちを覚えた。唯々諾々と付き従う友人を咎めたことも忘れ、まるで臣下の裏切りを見た王様のように、腹の底に渦巻く怒りを感じた。


休み時間、教室を出る友人の背を睨み、少年はいつものように塔の遊具に向かう。

塔のてっぺんには王様、2段下には副大臣たち3人が昨日のテレビの話で盛り上がっている。


「なー、何で俺らこんな下なの?てかテレビ見た?昨日の。話入らないの???」

1段下は不在の大臣の席で、王様にとって3人は何の変哲もないただのクラスメイトだった。


***

その休み時間の終わり、児童玄関で靴を履き替えている最中に少年はあることに気付いた。

靴棚の上の薄汚れた小窓を通して太陽が見えたのだ。


窓の向こうの木々が葉を落として、太陽がよく見えるようになっていた。

曇った窓から見える太陽は、暗く灰色に濁った色味で、それでも鈍く輝いて幻想的だった。


少年は膝をついて太陽を見上げた。


本来、美しく光り輝く太陽が、こんなにも醜く光ることが、その背反する神秘性に触れたことが、その事実が、その事実を発見したことが、背筋を逆撫でる様な寒気にも似た衝撃だった。


「何やってんの?膝ついて太陽見てるの??意味分かんねー(笑」

3人のクラスメイトはさっさと上履きに履き替えて、教室に帰っていってしまった。


少年は思った。

ああ、何てつまらない奴らなんだ、と。

その一方で、自身に衝撃を与えた光景には何の価値もないことを思った。


つまらないのはオレの方ではないのか、みんなが見ているテレビを面白がらず、興味すら示さない。

一体、誰がオレと同じものを、同じ世界を見てくれるというのか・・・!

その考えは少年を酷く傷付けた。


「すごいもの、見つけたね。」


不意に、少年の頭上に優しい言葉が落とされた、友人だった。

不思議な光だねと、友人は膝をついて、太陽を見上げた。


「お前、休み時間に何してんだよ。」

少年は友人に対して苛立っていたことをすっかり失念して、訊いていた。


「実はね、学校中に宝物を隠してたんだ、大したものじゃないけど、宝物。今度さ、みんなで宝探しをしようよ。順番に隠す人を決めて、見つけた数で勝ち負けを決める、全然見つからなかったら隠した人の勝ち、どう?僕も面白いこと考えれたかな??」


みんなで楽しむような遊びを、少年は考えたことがなかった。

少年には鉄の塔の王様が関の山だった。


「すげー、面白いと思う。今度、みんなでやろう、宝探し。」

「ホント?じゃあ、やろう!」


友人は満面の笑みで言う。

「僕はいつも面白いことを分けてもらうばかりだったから、嬉しいな。この不思議な太陽も1人じゃ気付けなかったもん。」


少年には友人が濁った太陽に自分と同じ衝撃を受けたのかは解らなかった。


けれど、同じじゃなくてもいいと思えた。

ただ、同じものを見てくれた事実によって、救われた様な気持ちで、満たされた。

自分を認めてくれる存在の尊さを想った。


鈍く降り注ぐ太陽の光の下、児童玄関で膝をつく2人、その姿は、誰かを想う祈りに似ていた。


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