僕の学校
今日は僕の通う学校を紹介します。
僕の通う小学校は、普通の人は知らない山の上の奥の奥の盆地にポツンと建っています。木造のボロ校舎です……。
人家はありません。
外からも人は滅多に来ません。
僕らには親がいないので、自分の家もありません。学校がおうちです。
……あ、もちろん僕たちを生んだ親はいますけど、もう死んじゃって顔も覚えていないという意味です。
僕らの学校にはクラスが一つしかありません。
先生は校長先生だけなので、国語も算数も理科も体育も、全部校長先生が教えてくれます。僕らはそうして、ずっと先生に教えてもらっています。
朝、教室に登校すると、まず先生が出欠を取ります。
「阿部くーん」
「はーい」
みんな呼ばれたら元気に返事をします。
「……次、藤原くーん」
「はい!」
「紫さーん」
「はい」
「えーっと、源くーん」
「へい!」
……たまに変な返事をする子もいます。そういう人ほどどっかに行っちゃいます。
「今日の欠席は足利くんだな」
毎日、僕らのクラスには一人だけ欠席者がいます。日替わりです。僕も月一か月二で欠席する予定です。
僕は先生が教えてくれる教科の中で、算数が一番嫌いです。国語と体育と理科は好きです。
国語はちょっと難しいけど、大切なことなので勉強しなきゃいけません。「オトナ」になるために一番必要な授業だそうです。
理科は簡単です。動物の体の中は何度も見ているので、仕組みはなんとなくわかります。
体育は楽しいです。
でも、算数だけはどうしても、一たす一が二になる理由がわかりません。
算数の次に嫌いなのは、お掃除の十分間です。
クラスみんなで二十人ほどなので、一人で廊下を二つか、教室一つを担当しなきゃいけません。
……正直だるいです。
でも、サボると先生が怒るのでちゃんとお掃除します。
お掃除をサボるとネズミとかが出るようになって、いろいろかじられて、腐ったり「ロウキュウカ」が進むそうです。
外から人は来ないので、そうなっても僕たちで直さないといけません。
……結局、先生もそれがだるいからお掃除をサボると怒るんです。
それでも、時間が経つとやっぱり腐ったり穴が開いたりするので、たまにみんなで「ホシュウコウジ」をします。
ちなみに、ネズミが出ると、中には喜ぶ人もいます。でも、僕はネズミなんかで喜ぶのは幼稚だと思います。やっぱりシカくらいで喜ぶのが「オトナ」だと思います。
午前と午後の授業、それから課外活動でお腹が膨れて夜になると、廊下にお布団を並べてみんな一緒に寝ます。
夜は絶対に校舎の外に出ちゃいけません。
先生が大怒りして顔が真っ青になるからです。
夜は月や星の魔力でヌシ様が眠くなって、「カミノセイナルケッカイ」というものが弱まるそうです。先生が言っていました。確か最近では、先生みたいな人を「イタイコ」って呼ぶと聞いた気がします。
なので、夜は先生がずっと起きてて誰も勝手に抜け出さないように見張っています。夜に寝れないので、先生は課外活動や授業中にたまに鼻から風船を膨らませています。
もしも夜、校舎を抜け出そうとしたら、その人は柱にはりつけにされて、全身の骨が折れるまでムチで打たれます。物凄く痛いので、僕は絶対に外に出たりしません。
先生も痛いのか、ムチで打っている時は一緒に泣いています。
きっとそういうのが「オトナ」なんだと思います。
ただ、先生も神様じゃありません。
夜、見張っていても時々うたた寝くらいはしてしまいます。
そういう時に変な子は抜け出しちゃいます。
夜に校舎を抜け出した子は二度と帰ってこれませんし、帰ってきません。
もし次の朝に帰ってきても、先生が追い出しちゃいます。
そういう子はもうダメなんだそうです。「オトナ」にはなれない、ということかもしれません。
……なので、たぶんもう源くんは帰ってきません。
実は今日、僕は課外活動の後で足利くんのお見舞いをしてきました。
なんだか阿部くんのいびきがうるさくて眠れないので、その時のことを思い出すことにします。
僕は課外活動の後、校舎の端っこの教室に行きました。いつも先生がお掃除する教室です。
この教室には机も椅子もありません。教卓の代わりに、黒板の前にタンスが置かれているだけです。
先生がゴシゴシ雑巾で拭くので、いつもピカピカです。
僕はタンスの前に立ちました。
タンスはガタガタ激しく震えていて、クチャクチャ音がします。
足利くんはヌシ様と一緒にタンスの中にいます。
何をしているかは秘密です。
……と思っていたのに、激しく震えるあまり、タンスの戸が開いてしまいました。
タンスの中では、女の子が口を真っ赤に染めて足利くんを抱いていました。足利くんはすでに右腕と右足がありませんでした。
戸が開いたことに気づいて、ヌシ様が叫び出しました。
甲高い恐ろしい声です。とても僕らの神様とは思えません。
すぐに先生が駆けつけて扉を閉めてくれました。
「おっと、カギを掛け忘れていた」
そう言って、先生はカギをガチャリと掛けました。
僕たちは、ヌシ様にヌシ様みたいにならないよう守られているそうです。そのために、僕たちはこうして毎日御恩返しをしています。
ヌシ様は、僕たちの御恩返しのおかげであれ以上おかしくならないでいられるそうです。
次の日の朝、僕たちがお布団をしまって教室に登校すると、やっぱり源くんはいませんでした。
今日は阿部くんが欠席のようです。
……まぁ番号順ですから。
「はい、じゃあ出欠とるぞー」
「足利くーん」
「はい!」
先生は出席を取り終わると、久しぶりに転校生の女の子を紹介しました。
先生はたまに、山の外からこうして転校生を拾ってきます。
「今日からみんなのお友達の、蘇我さんだ」
転校生が来ると、みんなで拍手します。
僕はこの時、だいぶ驚きました。
社会の授業はあんまり好きでも得意でもないけど、蘇我さんは、たぶん阿部くんよりも年上なんじゃないでしょうか。
「初めまして。これからよろしくお願いします」
「ねえねえ、下界でなんかやらかしちゃったの? それで先生に拾われたんでしょ」
藤原くんが遠慮なく尋ねました。
僕もそれは気になったけど、そんなにはっきり聞かないのが「オトナ」というものです。
「実は、人の家畜を襲ってしまいまして……」
あらら、それはダメですね。
おっちょこちょいだから先生が助けてくれたんですね。
「まあ、そんなわけだから、蘇我さんには君たちと一緒にここでいろいろ学んでもらうよ」
先生は僕の方を向いて言いました。
「ということで、学級委員は日記を蘇我さんに見せるように」
「わかってるよ、お兄ちゃ――じゃなくて先生」
そう、先生は僕のお兄ちゃんです。
お兄ちゃんは僕の前の学級委員です。
前の校長先生が源くんに襲われて亡くなってしまったので、お兄ちゃんが引き継ぎました。
僕は早く教頭先生としてお兄ちゃんを手伝えるように、「オトナ」になりたいです。
では、これで今日――じゃなくて昨日の学校の紹介を終わりますね。
……はぁ。また今日も今日の学校紹介日記を書かないと。
はい、わかっています。
面倒くさがったら「オトナ」になんてなれません。
僕は絶対に源くんのようにはなりたくないですから。
――満月の夜。
街の空気は妙に冷たく、時折不気味な獣の遠吠えが夜空を切り裂く。
「追えッ、絶対に逃がすな!」
山の麓の荒れ地で隊長の怒声が鳴り響く。
離れたところからは銃声。
「一班と二班は街のB区画を封鎖しろ!」
「はッ!」
「街に入れたら住民全員が殺されると思え!」
隊員たちが慌ただしく走る。
隊長は「チッ」と舌打ちした。
「……今回は家畜を襲うくらいの大人しい奴じゃなかったのかよ。それとも別の個体か……?」
人間の子供のふりなんかしやがって。
奴らの青い皮膚をずたずたに引き裂いて、肉を抉り取って、それから……
「隊長! 前ッ!」
え?
「アガガギ……ゲバ……ゴバババ…………イ……イダイ……ダズゲ……デ……ゼンゼェ?」