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美食家たちの島

 不幸にも、海運業の仕事で立て続けに大きな失敗を犯した青年は、職を失い路頭に迷った。街で仕事を探すが、見つからない。

 ついに彼は、恥を承知で父親に連絡を取った。

「少し待ってろ。俺の生まれ故郷のツテを使って探してみる」

 そして青年は、その国からだいぶ離れた小さな離島で暮らす、とある富豪の家の使用人として働くことになった。


 離島は中心部に深い森を控える緑豊かなところだった。驚くべきことに、その島では漁業よりもキノコ採りが盛んだった。港はすっからかんで、漁船の影など微塵もない。代わりに、町にはたくさんのキノコ売りがいた。

「寄ってらっしゃい来てらっしゃい。アタリつきキノコ、売ってるよー」

 彼らの転がす荷台には、大きな極彩色のキノコが溢れんばかりに詰め込まれていた。値が張るのか、買い手の多くは貴人に仕えていそうな召使や小間使いばかりで、一気に大量のキノコを買っていく人がほとんどだった。

(そんなにアタリが欲しいのか? って言うかアタリって何だ……?)

 変わった町だな、と思いながら、彼は地図を頼りに島の奥へと足を運んだ。


 父親の取り計らいで雇ってもらえた貴族の邸宅は、島の内陸部にあり、すぐ背後には厳然たる森の木々がそびえていた。

 邸宅での仕事は清掃、食器洗い、主人やその家族への食事の配膳といった雑用が主たるもので、特別難しい仕事もなかった。さらに住み込みであるため、三食ついて広々とした個室まで用意されていた。

(最初からここで働いていればよかったな)

 青年は感謝の気持ちをこの家への奉仕で示そうと、日々熱心に働いた。

 差し当たって問題というほどのことは起きなかったが、強いて言えば、この邸宅の恰幅のいい主人のご機嫌がたいそう傾きやすかった。床に塵一つ見つければ大声で使用人を呼び出し、食器がてかっていなければ怒鳴り散らす。

 しかしそんな主人にも、それまでどれだけ憤っていようと立ちどころに穏やかで楽しそうにする「至福のひと時」があった。

 それは食後のデザートにキノコが運ばれてくる時だった。丸焼きにされ、何の味付けもなされていない毒々しいキノコ。この時だけは、主人は子供さながらにデザートのキノコを心待ちにするのだった。

「んっ‼」

 主人は口の中をもぐもぐさせたまま叫んだ。そしてこれ以上ないほど幸せそうな表情になり、握ったフォークを落とし、まるで大切に味わうようにキノコをゆっくり噛んだ。時折軟骨を噛むようなコリっとした音が聞こえた。

 主人は皿を運んできた青年を見て、とろけるように言った。

「ア・タ・リ」

 青年は毎度のことながら、主人の変わりように戸惑いを隠せなかった。

(そんなにアタリはおいしいのか?)

 後から他の使用人に話を聞いてみたところ、この島の森で採れるキノコは特別珍しくもない種類のものだった。

(この島の人は単にキノコ好きなのか? それとも他に何か理由が……?)

 そう言えば父親もかなりの美食家だった気がするな、と彼は思った。ここの島民はみな風変わりな舌をもっているのかもしれない。


 ある日、青年は機嫌のいい主人から、例の高級アタリつきキノコを食べる機会を与えられた。どんな味がするのかと期待しながらも恐る恐る口に入れると、味は思ったよりも淡白だった。

 そして彼はすぐに全身の痺れと異様な吐き気に襲われた。

 どうやら毒キノコらしかった。ハズレというわけではなく、島民もみな、アタリでないこの毒キノコを平然と食べているのだという。慣れれば毒の耐性もついてくるとのことだった。

(ここの人は舌も胃も腸もどうかしてるんだ……)

 そう彼は確信した。


 それから数週間後、青年は執事頭から呼び出され、共に森へキノコ採りに行くよう命じられた。邸宅専属のキノコ採りが病に伏したということだった。

 森はじめじめとして薄暗く、いかにもキノコが好みそうな環境だった。

「例のキノコを見つけたら、決して容易く触らないでください」

 執事頭は小さな木箱から針を取り出しながら懇切丁寧に説明した。

「この木箱をあなたにも御渡します。キノコを見つけたら、なるべく音を立てないよう慎重に近付いて、木箱の中にある針を傘から縦に刺してから後ろのかごの中に入れます」

「どうしてこんな針を――」

 質問に答える前に執事頭は森の奥へと歩いていってしまった。

 森には足元から樹木の幹に至るまで、コケがびっしりと生えていた。小川のせせらぎがひんやりとした微風を伴って清涼感を与えた。

 小鳥が飛び交い、多様な虫たちが彼らを出迎えた。

 倒木に生えている毒々しい色をした大きなキノコを見つけたのは、森に入って小一時間が経過した頃だった。

 執事頭が口元に人差し指を立て、青年に採るよう促した。

 彼は言われていた通り、そっと近付き、木箱から取り出した針を傘から足先にかけて勢いよく刺した。

 何か妙に高い音が聞こえた気がした。

 それから、アタリつきキノコは押し寄せる波のように次々と発見された。その度に、青年は言われた通りに針を傘から突き刺してから、背中のかごに入れた。奇妙な高い音は聞こえたり聞こえなかったりだった。

(もしかして、この音がアタリかどうかのポイントなのか……?)

 その後、青年は針を刺した時に音が聞こえたキノコの傘を、こっそりと取り除いてみた。中に何が入っているのか、どうしても好奇心を抑えることができなかったのだ。

 中には、頭から針に貫かれた小さな人のようなものが入っていた。

「おや、見てしまいましたか」

 いつの間にか執事頭が目の前にいた。

「こ、これって……」

「ええ、見ての通り、『小人』です」

「じゃ、じゃあ、針を刺した時の音は小人の……」

「断末魔、というやつでしょう。彼らは森の木々の樹液を滋養にして生きておりましてね。それはもう、身体中がとろけるほどに甘いお味なのですよ」

 青年は顔を青くした。

 執事頭は続けた。

「彼らはそのおいしさのせいで外敵が多く、隠れ場所に困っていたようなんです。木の中に隠れればヘビが侵入し、川の中に身を潜めてもクマに見つかる。そこで彼らは考えたのです。誰も食べようとしない毒キノコの中に隠れれば安全だ、と」

 執事頭は青年の手からキノコを取って自分の口に入れた。

 そしておいしそうに噛んだ。

「ゴリッ、ゴリッ」と硬い音がした。青年はようやくこの音が小人の骨の噛み砕かれる音であることを知った。

「……っはぁ、おいしかった」

 執事頭は完全に呑み込むと、気絶の一歩手前というような恍惚とした微笑みを浮かべて言った。

「あなたも、お一ついかがですか? アタリには……」



 甘~い小人が入っていますよ?


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