007:悪報は単独では来ない
取り合えず補佐を呼んで、知っていることは無いかを問い質そうとした。
そこへ、珍しく慌てた様子を隠しもしない姉が、帰宅一番に飛び込んできた。
お互いの顔を見て、挨拶もそこそこに口火を切る。
「大変よ!殿下が近々視察にお越しになるって!!」
「大変だ!アンジェリーナが散財している!!」
顔を見合わせ二人同時に言い合った。
「それは大変だわ!どこからお金を調達したのかしら?!」
「それは大変だ!視察って何を調べに来るんだ?!」
ぴたりと二人同時に口を閉じる。
そんな場合ではないのに笑いがこみ上げてきた。
一頻り笑って、目元を拭いながら椅子に腰掛けた姉が、顔を引き締める。
「先に、起きていることから話し合いましょう。アンジェリーナが散財って、買い食いの現場でも見たの?」
「そんな呑気に!ジャラッジャラのゴテッゴテに宝石を身に付けて、フリッフリのドレス着て、『艶姿で王子を虜にして見せる』とか言ってたんだよ?!」
身振り手振りで声音まで真似して説明すると、姉は「あらあら困ったちゃんね」という顔つきで頬に手を添えた。
「うわ〜。痛い、痛いと思っていたけれど、とうとうそこまでイっちゃったのね〜」
しかし、言っている内容は辛辣だった。
「なんか、振り切れたって感じだったよ」
対する私の疲れた顔を見て深刻さを推し量ってくれたのか、戸口で控えていた補佐を振り仰ぐ。
察した彼は、目礼してから少し躊躇い、意を決して話し出した。
「申し訳ございません。アンジェリーナ様宛のお手紙は全て、直接お渡しするよう申しつけられており、その内の何通かは家令へと転送しておりました」
本来ならば屋敷に届く手紙は、姉と私が全てに目を通すことになっている。
しかし、さらに深く首を垂れた為に晒された物悲しい茂みに哀れを誘われ、私は責めの言葉を失った。
代わりに姉が確認を口にする。
「つまり、家令が支払っていた?」
「恐らくは」
下げたままの頭で器用に同意を表す補佐を置いて、姉と目を見合わせた。
補佐は、あくまで領地の屋敷を管理するのみなので、子爵家全体の収入と支出を把握している訳ではない。
領主代理は母なので、私たちもしかり。
「しかし、財政は厳しいと聞いている」
「……これは家令に確認しなくては、分からないわね」
一つ頷き合い、そして私たちは肩を落とした。
「その前に、一応アンジェリーナにも聞かないと……」
「それが一番の難題だわ」
妄想に取りつかれている義妹は、自分の心の中としか会話をしない。
上手に誘導しなければ、聞きたいことを引き出せないだけでなく、前触れも無く猛り狂い始める。
端的に言えば、饒舌に話すか、暴れるか、の二択しかないのだ。
義妹の方は軽い把握に止めて、詳しい話は数日後にこちらに来る家令に聞く、で落ち着いた。