006:プラムケーキは貪るな
小さなレース飾りを編んでいる時に思いついた。
母への届け物は聖誕際が近いので、その飾りにしよう、と。
姉の依頼であるそちらの方が急ぎなので、一旦手仕事を中断し、早速取り掛かる。
まず、例のブツ以外にも、似たような重さの小物を用意する。
それらを一つ一つ小袋に入れ、綿で包み丸く整え、ドレスの端切れを張れば、ボールオーナメントの出来上がり。
大小さまざま色とりどりに作れば、もうどれに例のブツが入っているのか、当りを引ける人はなかなか居ないだろう。
母以外は。
と言うのも、オーナメントを見分けられるように、目印を付けたからだ。
それぞれにモチーフとなるワンポイントを縫いつけてあり、例のブツ入りにはプラムの刺繍を施した。
後は姉が手紙を書く前に、『白パン、黒パン、ケーキ』を暗号文の要領で織り交ぜるように伝えておこう。
引用したのは有名な童謡(注1)だし、暗号文を忍ばせた手紙は便箋の端にお約束の印を入れる。
私たちが遊んだ秘密の手紙ごっこの事は、母だけが知っているから大丈夫、分かってくれるだろう。
偉大なるアヒル婆さんに乾杯だ!
仕上げた作品を小綺麗な箱に詰め、カードを差し込んだ。
一仕事終え、内職を再開して姉の帰りを待っている時、ふと気になった。
――先日、新聞を引き千切って以来、義妹が大人しい。
おかげで作業は捗ったが、嵐の前の静けさでなければ良いな。
などと甘いことを考えていたら、その嵐の方からやって来た。
最早馴染みとなったドスドスという足音の後、バーン!としか表現しようのない勢いで戸が開けられ、上機嫌な義妹が現れる。
「あたしの美しさに、ひれ伏すが良い!」
意味不明な第一声を放ち胸を張るその姿を見て、思わず目を逸らした。
細かい描写は控えるが、ただ、装飾過多は目に痛い、とだけ言っておこう。
「嫉妬して目をそむけるなんて、相変わらず卑小だねぇ、お姉さま」
何を勘違いしたのか、さらに機嫌を良くして顎を上げ、フシューっと勢い良く鼻息を噴出した。
「この艶姿で次の夜会に参加すれば、王子様はあたしの虜!プラムケーキ(注2)を最初に切るのは、このあたしだよ!」
ゴテゴテの指先で人を指すのは止めなさい。や、ゴテゴテしてなくても、だめだけどさっ。
次の夜会っていつ?なんで先日の夜会に、その姿で出なかったかな。
ところで、息巻くのは勝手だが、君は切らずに手掴みしそうだ。
と言うか、王子様ってどこの王子ですか?わが国の王子はまだ幼児。それをつかまえるのは犯罪では?
それより何より、頭から爪先まで全身でいくらかかったんだ!そして、そのお金はどこから出てるんだ!!
人間、言いたい事が複数あると絶句するしかないらしい。
しかも、この義妹にヘタなことを言うと、上を下への大暴れしてくれるので、言葉選びは慎重に為らざるを得ない。
そんな言いあぐねている私を尻目に啖呵切って満足したのか、全身を見せびらかすように一回転した義妹は、気取った足取りでジャラジャラと体をゆすって出て行った。
ね、姉さん、事件ですっ!
注1:次話に童謡を掲載。あくまでお遊び程度ですが、ご参考までにどうぞ。
注2:結婚式に供されたケーキ。ウェディングケーキと同じ意味にお考え下さい。
2013.12.12 ティスベの突っ込みに一文を追加しました。