005:実父の呪縛
「先に話してもらえるかな?」
一頻り咽た姉が落ち着くのを待って、再び斬られる前に切り出した。
姉は嫌そうに小さな唇をちょっと尖らせた。似合うからやめなさい、とは言えない。
さらに不服そうに上目遣いで見られたが、嘘臭い笑顔を向けていたら諦めて話し始めてくれた。
要約すると、会場に着いて早々別行動を取った姉はダンスに誘われ、ちょっと踊ってそのまま休息室へ引き込まれた、とのこと。
その後は推して知るべし。
相手は?と聞くと、そっと金の指輪を取り出した。
受け取って明りにかざせば、そこに刻まれた紋章は……
「大公殿下ぁ?!」
「しっ、静かにして」
慌てた姉に口を塞がれ、目だけで頷かれる。
「出回っている絵姿を見たことがあるから、間違いないわ。本当は今日、返す約束だったの」
大公殿下と言えば王弟で、つい何年か前までは王太子だった人だ。
「それって目茶苦茶まずいんじゃないか?」
「良くはないわ。でも、仕方が無いでしょう?ドレスは切り刻まれたし」
「確かに。普段着でお目汚しするのもどうかって相手だな」
「だから、下手な人には預けられなくて。ここは母を頼ろうと思うの」
「なるほど。一応、領主代行だから」
「そうなの。それでね、近日中に家令が来るでしょう?母への届け物に忍ばせれば一番確実かなって」
「それ以外なさそうだ」
「だから、お願いね」
「はい?」
「コレ、適当なのに縫い込んでおいて。よろしくね」
そう言って『王族の証』を押しつけて来た。
本気ですか?丸投げですか。ソウデスカ。
ナニカを諦めた哀れな私を、猛禽類がロックオンしてきた。
「それで?ティスベの方も教えなさいよ」
姉の目がキラリと光る。
今度こそ、お茶を濁せそうも無いようだ。
渋々かいつまんで話した。
家を出る直前に履き替えた靴にガラスが仕込まれていて、馬車の中では我慢していた。
ガラスを取り除くために別行動して、戻って来た時にはすでに姉は会場に居なくて。
足の痛みを堪えて壁に寄り掛かっていたらダンスに誘われたが、動きのぎこちなさに直ぐ気付かれ、ご想像通り休息室へ連れて行かれ、そこで手当てを受けていたら十二時の鐘が鳴った。
「それだけ?」
「それ以上なにがある?こんな痣だらけの私に」
自嘲気味に嗤ったが、姉の追撃は鋭かった。
「少なくとも、髪が乱れて、ショールが肌蹴て、時間に遅れるだけでなく靴まで忘れる何かがあった、と思ってるけど?」
気まずくてついっと目を逸らしたが、黙秘を許してくれそうもない。
渋々、接吻を拒んだら抱き込まれショールを奪われかけて逃げてきた、と白状したら、予想外の悲しそうな声で呟かれた。
「あなたは……今でも父さんの教えを守っているのね」
「姉さんこそ。大物の次男坊を釣ったじゃないか」
「釣ってないわよ」
「王家の紋章を渡されといて、よく言うよ」
「これは、ただのお戯れよ」
軽口を言い合いながらも、お互いの心は重かった。
父の教え、それは……
姉は、爵位無くとも優秀な次男以下の男を。
私は、価値を下げないように貞淑たれ。
――ところで、私のお相手は誰だったのだ?